夢に咲く花後編37
魔術研究所内で起きた火災は、作為的に引き起こされたのだとする見方が主流だった。
偶然ではと言う者がいなかったわけではないが、それにしては、不自然な点があまりにも多かった。
まず、火元となった一階の火の回りが異様に早かった点が挙げられる。
守衛が気が付いた時には、すでに一階と建物の周囲は炎の海と化していた。火や煙を感知する警報器と散水装置が共に壊されており、気付くのが遅れた事も要因の一つだ。
火事に気付いた守衛は警報を鳴らそうとしたが叶わず、どうにかして知らせようと魔術を行使している間に、中毒を起こしたらしかった。
次に挙げられるのは、二階以上の火回りの遅さだ。
二階三階は防火扉を閉めてもおらず、早い段階で炎が延焼していたと見られるが、一階と違い、一面炎に飲み込まれることもなかった。しかし、局所的に見ると、金属が変形する程激しく燃えてた形跡が認められており、極めて不自然であるといえた。
死者を出しているのは、一階以外では二階と三階だけである。
三つ目は孝宏も感知していた、炎の暴走である。
それまで一階で――外から見る分には二階まで――燃えていた火が、突然外壁を登り始めたのを、自然的とするには無理があった。
外壁を登り始める直前、一階の火が部分的に消え始めていた矢先の出来事――後にこれは孝宏の仕業と判明――だけに、異様さが浮彫だっていた。
四つ目は魔術が使えなくなった現象だ。
火災が発生していた当時、現場である研究棟の周囲でのみ、強力な魔術妨害が発生しており、これは人間が行わないと発現しない現象であった。
これまでもアノ国内において、魔術妨害は度々報告されてきたが、今回は範囲が極小規模で合った事に注目された。
魔術妨害を行う際に重要なのは、術の範囲をどのように指定するかという点に尽きる。広範囲で在れば、その分効力は弱まるものの、遠くからでも容易に指定が可能で、全体的に見れば、効率が良いとされ、国内で確認された魔術妨害は殆どがこのパターンだ。
狭い範囲に魔術妨害を起こす場合、一体どうするのかというと、遠く離れれば離れる程、効果を及ぼす範囲を指定しづらくなるので、術者は魔術妨害する場所の近くにいる必要があった。
今回の様に一切の魔術を妨害しようとするなら、術者を中心として妨害魔術を展開する。相手に姿を晒しやすく危険も多いが、離れた場所から行うより、遥かに強力な魔術妨害を行う事ができる。
外塀に囲まれた広い魔術研究所において、外から、外壁に施された魔術を搔い潜り、局所的に魔術妨害を起こすのは非常に困難であるといえた。
つまりだ、魔術妨害を引き起こした人物は、外塀の内側にいたことになるのだ。
この問題は上層部の頭を、非常に悩ませた。
よりによって魔術研究所内に、敵の間者いるかもしれないのだ。所員として潜り込んでいたとしても、そうでなくとも、これは防衛面での敗北といえる。
安全を図る為、所員たちはしばらくの間、ランダムに組まれた三人組で行動することが義務付けられた。しかし所員の安全という表向きの理由を、信じる者など誰もいなかった。
魔術研究所はその役割から、重要な拠点の一つされ、厳重に守られているはずだった。こんな惨事が起きた後でさえ、上層部と所員たちの多くが、敵が外からセキュリティーを掻い潜り侵入したことを信じられずにいた。
そうなると、どういう事が起きるかというと、疑惑の矛先が一番痛みの少ない所へ向けられるのである。
今回の場合孝宏とマリーがその立場にあった。
特にマリーは火事の当事者であり、誰もが魔術を使えない中――実際はそうでなくとも――唯一魔術を使い、多数の犠牲者を出した火事で、ほぼ無事な姿で脱出して来た。
彼女は、彼女が引き起こした自作自演なのではと疑われるだけの要素を持っていた。
さらに運の悪い事に、マリーが発した『машина』というロシア語。これと非常によく似た発音の単語がこの世界にも存在していたのだ。
円を意味し、中央大陸で広く使われている言葉、これに発音とイントネーションがよく似ていた。
外国から身元不明者を装って入り込んでいる。マリーは所員たちから疑惑の目を向けられることになってしまったのだ。




