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夢に咲く花後編33

「タカヒロは自分の出来ることを精一杯したじゃない。こんなにボロボロになるまで頑張ったじゃない」



「……マリー?」



「悪いのはここまで追い込んだ犯人よ」



「っ……」



「絶対に許さないんだから」




 ボコボコにしてやる。マリーが鼻息荒く言う。その光景がありありと思い浮かび可笑しくて、孝宏は小さく噴き出した。肩揺れ胸が膨らみ、一瞬痛みが強くなる。



「兆しの鳥、少しだけで……いいから、明かりを……」



ずるりと何かがからだの中を巡った感覚の後、とたんに身体が重くなり、目眩を起こした。


 一瞬体温がカッと熱くなったかと思うと、目前に小さな明かりが現れた。



「いて、てててててて……」



 孝宏は壁にもたれ掛かりながら蹲った。マリーが咄嗟に支えようとするが、一人分の体を支えるには力が足りなかった。



「大丈夫?どうしたの?」



「俺は……待ってるから…………マリーはこいつ持って……助けを…………頼む」



 フヨフヨと漂う明かりに対し、孝宏が手を伸ばすと、明かりは吸い寄せられるように掌に納まった。マリーに差し出す。



「しょうがない……ほら……」



 マリーが孝宏に背を向けてしゃがんだ。



「え?何?」



「私が負ぶっていくの。手を伸ばして」



 断っても、無駄な気がする。たぶん、マリーは俺を置いていけないのだろう。

 俺がマリーの心にトラウマを植え付けてしまったからだ。

 さっき嘘をついて先に行かせ、なけなしの信用もなくなってしまっただろうから、適当な言い訳も、きっと通じない。



「体中……痛むから…………そっと頼む…………」



 孝宏はマリーに手を引かれながら負ぶられた。

 マリーは息を整え、ふらつきながら立ち上がる。マリーの方が背は高いとはいえ、孝宏は決して軽くない。ずれ落ちそうになる孝宏を、マリーは何度か揺すって位置を直すのだが、その度、体のあちらこちらが痛んだ。


 孝宏が低く唸ように、マリーに話しかけた。



「マリー」


「何?」


「助けに……来て……くれて…………ありがとう」


「……どういたしまして」



 そんなやり取りをした後は照れくささもあってか、二人は無言でエミンを探しながら、一階を目指し始めた。





「エ、エミンさん?」



「いたら返事……してください」



 マリーの声が静まり返った廊下に響いた。


 足元を照らす明かりを、孝宏がスイっと大きく蛇行させながら数メートル先に飛ばした。マリーの背中に体を預ける孝宏は、もう頭を動かすのも辛く、己の操る火の玉を通して僅かに見える光景を頼りに、扉を探し、部屋中を駆け巡らせた。


 室内を調べるのはもっぱら孝宏の役目だ。部屋の中まで見ようとしたマリーを、自分が火を通して見た方が早いと言い、止めたのは孝宏だ。

 孝宏を負ぶいながらでは、マリーの体力が持たないと思ったからだ。

 余計に疲弊して落とされてはかなわない、ただそれだけだ。

 火の玉がドアの隙間から廊下へと出て来た。

 マリーは孝宏が何も言わないので息を吐いた。

 何も孝宏がどうこう言うのではなく、様々な感情が渦巻き淀んだ何かを吐き出したかっただけだ。


 火の玉は部屋を探し、廊下を蛇行していたが、孝宏はそれを止め、引き戻した。スイィっと戻ってくる火の玉はやはり蛇行し探しながら戻ってきた。それどころかマリーの足元を通り過ぎ来た通路を照らす。



「どうしたの?見つかったの?」



 そう尋ねても、マリーも本当に見つかったとは思っていない。孝宏が操る明かりの動きが奇妙だった為に、不安を覚え、つい口から出ただけだ。



「本当に……はぁ、はぁ……こ、こか?」



 孝宏が言った。息も切れ切れで苦しそうだ。マリーは少し考え、間違いないと力強く頷いた。



「どこにもいなかったのね?じゃあやっぱりどこかに避難したのよ!生きてるかもしれない!」



「…………ほんとに、間違って……っ……ないん、だよな?」



「間違いなくここ。暗かったけど、曲がったタイミングとか回数とはちゃんと覚えてるから」



「………………う、ん……」



「それとも何?何か……あったの?」



「いや、あった……っぅ、というかっ……なかったっいうか……はぁ、はぁ、はぁ……」



「どういう事?」



「階、段、な……はぁっはぁ……ない……だよ」



「階段がない?」



「うん」



「え?まさか………………ううん、そんなはずない!道はあってるっ……はず」



「え、エミンさんがっ……まち…………がえたの、かも……」



「そ、んな……」



 そんな事があるのか。マリーは言葉を飲み込んだ。今、いくら考えたとしてもエミンがこの場にいない限り、答えは出ないのだから、気力と時間の無駄だ。


 二人の間に沈黙が落ち、互いの荒い息遣いだけが、聞こえてくる。 

 孝宏を支えるマリーの腕に力が入る。孝宏をグッと上に持ち上げ、落ちないよう背負い直した。

 マリーは何も言わなかったが、歯を食いしばり堪える息遣いが、孝宏にも聞こえてくる。


 マリーは踵を返し、通路を戻り始めた。

   


 火の玉がマリーの足元の数歩先を行き、曲がり角に来ると先に壁を照らした。ひしゃげた扉が転がる、壊れた壁の横を通り過ぎ、四階へ続く階段の手前まで戻ってきた。


 マリーは立ち止まり、明かりだけが先へ、スイっと飛んで照らした。


 右手に昇りの階段があった。右奥は窓もない壁だが、手すりが左へ続いている。

 火の玉が手すりに沿って照らせば、上り階段のすぐ左側に、三階への階段が現れた。階下から仄かに明かりが洩れている。



「あ……あった」



(こんな近くにあるのに間違える物なのか?それともあの突き当りに避難設備があったのか?)



「ごめん、一度下ろして良い?」



「あ、ああ……」



 マリーは孝宏を壁に預けながらゆっくりと床に下した。マリーは自由になった手をプラプラと振り、指を絡めて伸ばす。無言でストレッチをする。



「もし、か、したら……エミンさん……はぁはぁ、俺の……こと……信じて、っはぁ、なかったの、かも……はぁはぁはぁ……」



 火が燃え盛る中に突っ込むのは誰がだって怖いはずだ。エミンも一度は信じると言ったものの、一階からの脱出を諦め、別の脱出方法を探していたのかもしれない。

 だってそれしか考えられないだろう。孝宏が言うと、マリーも納得した様子で頷いた。



「そうか、だから階段じゃなくて別の方法で外に出ようとしたのね……そうね、それもあり得るよね」

 


(それも……か。それ以外に何が……いや、まさか、そんなはずないよな。だってあの人は俺たちを助けに来てくれたんだぞ。まさか……)



「よし、もう大丈夫、タカヒロ、もう一度私の背中に乗って、下に降りよう」



「いや、俺はっ……ここで待って、る……はぁ…はぁ」



「……何でそんな事言うの?」



「いや、だって……っは、はぁ……お前に負ぶわれて階段降りるのっ…………怖いし………」



「大丈夫、落とさないって」



(いやいや、この距離で手、痺れてんじゃん。普通に無理だろ。マリーがパッと行って、助けを呼んでくる方が早いって……って俺が言って、信じてくれるのかね、この人)



「無理だよ」



「でも!」



 マリーが声を荒げた。歯を食いしばり、顔を俯ける。



「それでも…………あんたを置いて行くのは、もう、嫌なの」



 語尾が震える。階下からの明かりがあるとはいえ、通路までは光も届かず、足元を照らす小さな明かり一つでは互いの顔も満足に見えない。孝宏は影にしか見えないマリーを見上げた。



「俺は……大丈夫……はぁっはぁっ……本当、だって」



「私の我儘なのはわかっているけど、駄目。絶対一緒に行く」



「エミンさん……下で、待ってる……っぅ……早く、いかな、いと」



「あ……」



 卑怯な言い方なのはわかっていた。


 しかし、マリーに置いて行かれて、一番困るのは孝宏だ。マリーがいなくなり、階下の火が消えれば、新たに火を起こすのは難しい。

 そうなればここは真っ暗になる。闇は孝宏の心を蝕むだろうし、また幻覚に襲われるかもしれない。


 孝宏は考えるだけで体が震えてくる。


 マリーがサッと動いた。しゃがんで孝宏の腕を取ると、孝宏がうめくのも無視して素早く背中に乗せた。



「何して……」



「言ったでしょう?あんたの意見は却下よ。そんなに震えて……何かあってからじゃ遅いの。階段なら大丈夫。壁に預けながら降りられるし、最悪こけたら、水を出して流されれば酷い事にならないって。ね?」



「ねって……」



(さっきみたく、水でぶん投げられる感じね……今度は気を失うかも)


 マリーが足を広げ、大きく息を吐き出した。短い、息を吐き出すような掛け声とともに全身に力がグッと入る。



「よっ……と……」



 マリーが立ち上がるのに合わせて、孝宏も無事な方の足で床を蹴る。マリーは危なげなく立ち上がった。








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