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夢に咲く花後編28


 もし、今、壁が崩れたとしたら、新たに道を作り出すのは不可能だろう。孝宏にそれだけの力は残っていない。

 孝宏は火の壁が崩れないように、ただそれだけを意識した。

 しかし、いくら感覚が繋がっているとはいえ、疲労困憊の身では、すでに火を通して見えてくる景色は不鮮明だった。

 孝宏は睡魔に飲まれないように、意識を保っていた…………つもりだった。しかし、徐々に頭はぼんやりと、思考が霞がかっていく。


 誰かが火に触れながら歩く感覚だけが、微かに指先に伝わってくる。



(何かが火に触れた……ああ、マリーたちだ)



 きっと順調に進んでいるのだと、孝宏は胸を撫でおろした。


 道は崩れなければ、ただそれだけで良い。すべてに目を配らなくとも大丈夫だろう。


 孝宏は一階の出入口の付近に、意識を集中させ、火に触れる、ただそれだけを感じ取ろうとした。

 出入口はすぐに見つけられた。しかし、先程火に触れた場所とそこは、随分距離がある様に思えた。ともすれば、二人はまだ、一階に着いてすらいないかもしれない。


 その瞬間どうしてという思いが、苛立ちと共に湧き上がってきた。どうにもならないと解っていても、気持ちばかりが急いて、ぞわりとした感覚が四肢の先へと流れていく。



(なんで、早く……早く……)


(きつい。楽になりたくなる。早く……)


(兆しの鳥、頼むから二人が出るまで頑張ってくれ。頼む。みちをく…………)



 孝宏の意識が途切れ、闇に、夢に落ちてしまった瞬間。その時だった。


 出入口の火が外に向かって軽く振れた。何かに触れた。



「今だ!頼む!」



 孝宏は道を維持するのに使っていた力を、すべて、背後の炎に向け攻め立てた。





 時を同じくして、建物の出入口から、火の壁が一気に崩れ、道を飲み込んでいった。波が一気に引くが如く、火の海から無数の蝶たちが飛び出していく。


 建物の外で見てた者たちには何が起きたのか理解できず、単に火が弱まった様に見えた事だろう。しかし、肌を焼きながらも、入れないものかと中を覗いていたルイや、一階のロビーで呆然と立ち尽くすカダンには、火の蝶が物凄い速度で壁の向こうへ消えていくのを、驚きと期待を持って眺めていた。


 壁を突き抜け飛んでいく蝶たちが飛んでいく、その先に目を向けていた。








 ひらりひらりと、火の蝶が孝宏を囲い飛び、炎は蝶に押し止められた。

 孝宏はぜぇぜぇ息を切らしながら体を起こし、床に座った。後ろを見れば、炎は天井に届くまで燃え上がり、しかし、まるで見えない壁があるかのように、その場でゆらゆらと揺れている。



(間一髪だった?あと少し遅かったら……)



 孝宏は喉を鳴らし、オレンジ色の炎に見入った。こうして普通に見れば、他の火と何ら変わりない。何か炎を纏った獣がいるわけでもないし、炎に見える別物でもない。これは凶鳥の兆しの火と同様、異質で、火という生き物に思えてくる。


 そこまで考えて、孝宏はゆっくり立ち上がり、壁伝いに歩き出した。



(考えるのは後だ。今は早く逃げないと……)



「後は頼むぞ、兆しの鳥。せめて……できればあれを支配して……」



 孝宏は壁を頼りに歩き、ようやく廊下の突き当りまでたどり着いた。大きな窓があるそこに、階下への階段が見える。

 炎はあれから均衡を保ったまま、あの場から動きを見せていない。しかし、それもあの場だけの事であり、外では今も炎が猛威を振るっている事だろう。そう思えば、窓に近づくのも恐ろしい。


 孝宏は慎重に歩みを進めた。



 ――コツン……ペタン……コツン……ペタン……――



 誰かが階段を上がってくる音が聞こえてくる。

 この建物内に誰かいる。皆逃げたはずの建物内に、孝宏以外の誰かがいるのだ。ゾワリと全身鳥肌が立つ。



(まさか炎を操っている奴が……)



 あの異質な炎は、誰かが操っているので間違いない。それならば、相手は邪魔をしている孝宏の存在にも気が付いているはずだ。

 不気味なほどに動きのない炎。てっきり蝶と均衡を保っているとばかり思っていたが、相手はすでに次の一手を打ってきていたのだ。



(どうする?蝶を呼ぶか?いや、あれが動き出したらヤバイ。じゃあ、やっぱり分散させるしか…………でも今そんな器用な事できるか?……隠れる……でもどこに……)



 長い廊下。部屋のドアは、今の孝宏にとっては遥か後ろに感じる。



(やるしか……)



 孝宏は拳を握った。唾を飲み込み息を殺す。高ぶる感情を制御できないまま、心の中で凶鳥の兆しに指示を出す。



――コツン……ペタン……コツン……ペタン……――



 足音が近づいてきた。



「はぁ……はぁ……ふっ……ふぅ……」



 自分の息をする音がうるさい。口の中が渇き、唇を下で湿らせた。しかし不快感がぬぐえないどころか、一瞬息を止めたことで、より大きく息を吐き出すはめになる。

 ふと、孝宏の脳裏に一番楽で手っ取り早い方法が思い浮かんだ。乱暴だが、自身の安全は守られる最高の案だ。



(いっそ、全部焼いて……)



 他に選択肢はない様に思えた。

 孝宏の足元から、火が立ち上がる。といっても脛の中ほどまでもいかず、広がるにつれ低く、床を這って広がっていく。火は徐々に速度を上げ、階段を目掛け走った。


 孝宏は頭の中で想像した。


 階段を駆け下りた火は、自分に危害を加えようとした《その人》に襲い掛かり、渦を巻き、全身を焼き尽くすだろう。

 煌煌と燃える熱い火を、冷静にやり過ごせる人などいるはずがないのだから、きっと軽く尽き飛ばすだけで、その人は階段の途中でバランスを崩し、転げ落ちる。その間に階下に逃げよう。相手の手の位置、足の位置には気をつけた方が良いだろう。もしも掴まれたら、足を引っかけられたら、体力が落ちた状態では抵抗も難しい。急所を狙うのに躊躇してはいけない、文字通り命取りになる。






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