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夢に咲く花後編27


「こっちへ!」



 突然声がした。初めは幻聴かとも思った。いよいよ危ないのだと、ズキズキと痛む頭で、ぼんやりと考えた。



「早く!」



 しかし、二回目ともなると、孝宏も幻聴でないと気が付いた。

 マリーの声だ。黒煙の中で腕を掴み、孝宏を前へと引っ張る。

 よぼよぼと、しかし再び進み始めた歩みを、止めないと言わんばかりに、腕を引く手がもう一つ増えた。



 孝宏の指先はまだ、懸命に動いている。



「もう少し…ゲホッも……ぐっ……階段です!」



「あんたがいないと道が出来ないじゃない!早く歩きなさい!」 



 マリーとエミンの叱咤に、孝宏は全身鳥肌が立り、訪れた最悪の状況に、四肢に力が戻る。



(どうしよう……)



 背中が熱い。



(どうしたら……)


 

 もう走れない。



(どうする……)



 指先だけが小さく跳ねた。



 覚悟はさっき決めたばかりだ。



「なあ、せっかく戻って来てくれたんだけどさ、残念なお知らせがあるんだ。建物内の火は、俺が殆ど支配出来てたりするだよね。それで、俺の火は俺を焼かないんだけどさ、他の人を焼かないように調整する気力が……もう残ってねぇの。つまり、このままだと俺は助かっても、マリーとエミンさんは死んじゃうんだけど……どうする?」



「あ゛?何それ、嘘ついて私たちを助けようっていうの?」



(ああ、怖い怖い。マリーがマジで怒ってる)



「何だよ、せっかく親切で言ってるのに。死んでも俺を恨むなよ」



「余計な事言ってないで、とっとと走りなさい!」



「嘘じゃねぇって!あと走ってるって」



「じゃあ、さっさと走りなさい!」



「じゃあって何だよ。全然意味わかんねぇよ」




 孝宏の腕を引く一方の力が弱まり、ゼェゼェ息を切るような音が聞こえてくる。



(エミンさんはもう……)



 考えれば、エミンのが人魚の魔法を己に使ったのは、初めに避難する時だったに違いない。長くはもたないと言った魔法が、とっくに切れていてもおかしくはないのだ。


 孝宏は渾身の力を振り絞り、二人の手を振り払った。


 同時に背後から迫り襲い掛からんとした炎が、孝宏の起こした渦巻く火に飲み込まれ、小さな爆発が起こる。


 爆風で一瞬煙が晴れ、己を囲った紅蓮の火の中で、孝宏は驚く二人に向けてあっけらかんと笑った。



「これで分かった?」


「ダメよ。一緒に……」


「寧ろ早く行ってくれないと……やばいんだけど」


「わかってる!だから……」


「俺だけ助かっても後味悪いだけだし」


「私だけ助かっても同じだよ」


「俺一人だけ助かってカウルに恨まれるの嫌だんだけど、マジ勘弁して……」



 孝宏は呆れたように、大げさに息を吐き出した。《それ》を務めて意識しないよう、心の中で懸命に自分に言い聞かせながら。



(俺は火を全部支配した。俺は火を全部支配した。俺は火を全部支配した。俺は……死なない)



 相手に嘘を信じ込ませたくば、真実の中に隠せば良いと誰かに聞いた事がある。

 自分が嘘を信じれば、まるで本当の事のように、聞こえるのだとも聞いた。



(ここで俺が脱出出来れば、本当の正義のヒーローみたいじゃん。俺って格好いいねぇ。さっすが、俺)



「本当にね、後で来るのね?」



「うん。本当に余力がないから、そうなる間に逃げくれないと、俺も危ないの。マジな話、ホント……」



 マリーはまだ不安そうにしている。まだ説得力が足りないか。孝宏が言い訳を考えていると、エミンがマリーの腕を引いた。



「早く!」



 何を言いかけたマリーが、もつれそうになる足元に気を取られ、引かれるまま走り出した。



「外で待ってるか!」



「ああ、うん」



 孝宏が実に呑気にヒラヒラと手を振り、バタバタとエミンとマリーの声が遠ざかる。

 黒煙に遮られ、二人の姿が見えなくなってからも、数秒間は手を振っていただろう。

 それでも足音がどれかわからなくなると、孝宏は足元から地面に崩れ落ちるようにして、廊下に座り込んだ。

 孝宏の背中は肌が赤く爛れている。


 あと一瞬火を起こすのが遅ければ、炎は孝宏だけでなく、マリーとエミンにも襲い掛かっていただろう。



「上手く誤魔化せたかな…………俺にしては上出来じゃね?」



 下手な笑い声が零れ目を眇めても、乾いた瞳は涙で濡れない。すっかり乾いてしまった。



(マリーの奴、簡単に騙されやがって。あそこは、やっぱり置いていけないって言って、無理やりに連れていくところだろうが。察しの悪い奴め)



 孝宏は這って廊下を進もうとしたが、地面を蹴る元気も、腕を持ち上げる力も殆ど残っていなかった。

 わずかずつ前に進み、懸命に指先を動かす。


 二階や三階は元々炎が回り切っていなかった事で、内部構造を把握したかった孝宏が火を広げていた最中だった。それも結局は二階の階段まででとどまっている。

 三階はほぼ元のまま、ろくに道を維持しなくとも通れるだろう。


 しかしだ、背後から迫ってくる炎を押しとどめながら、三階は火が広がらないよう制御しつつ、且つ、火の回りきった二階から一階までの最短距離の道を維持するのは思いの外辛かった。

 この籠手さえなければ、もっと楽に操作できただろうし、今頃は三人で外に脱出できていただろう。



(後でカダンに文句言わないとな。てめぇのせいで酷い目に合ったって)



 火を通して見えていた光景も、次第に朧げになっていく。



(エミンさんがもうすぐ階段って言ってたし、三階もすぐだよな)



(もう少しだけ頑張って、マリー達が外へ出れば、後ろだけに集中できるから……その時、俺も外に……)



 孝宏は 「少しだけ」 呟き目を閉じた。




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