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夢に咲く花後編23

 二人は逃げられそうな場所を探した。

 避難設備だったり、非常口だったり。しかし、四階にそれらしきものは見当たらない。窓の外は濛々と黒煙が立ち昇り、階段下からも煙が上ってくる。


 結局二人は、炎から逃れる為、階段を上り始めた。


 煙の匂いが次第に強くなっていく中、口に布を当てる手に力が籠る。それにどれだけの効果があるかは分からないが、気分だけでも違うというものだ。態勢は出来るだけ低く、自然と這うように階段を上がる。

 孝宏は先を行くマリーをしっかり視界の端に捉え、無言でついていった。


 煙が障害もなく流れ込んでいく五階を通り過ぎ、六階に到着すると、閉められている防火戸を見つけ、二人は開け中に入った。

 六階は煙もいくらかもマシで、何より呼吸ができた。

 マリーが壁に背をつけ、肩で息をする。孝宏も息苦しくて、床に座り込んだ。少しでも綺麗な空気を吸うためだ。煙ったようにぼんやりした思考も、僅かに晴れる。

 今の状態では、煙に巻かれ息絶えてしまう未来は避けられないだろう。しかし建物の構造も、どこに避難設備があるのか、そもそもあるのかどうかさえ分からない。



(どうにかしないと……どうにか)



「大丈夫よ……ケホッゴホッ……」



 ふとマリーが言った。


 マリーは顔面蒼白で、それだというのに、気丈にも笑ってみせた。しかし、一方の孝宏はマリーをギロリと睨みつけた。少なくともマリーにはそう見えた。



「大丈夫、煙がすごくて、ここからじゃ外が見えないけど、ゲホッ……ルイたちが外にいるはずだから……だからきっと大丈夫」



(確かにそうだ。あいつらもいるんだった)



 思惑がどうであれ、ここで切り捨てられない――そう思いたい――くらいには自分に利用価値があるし、何より、彼等との間にはそれなりの情があると信じたい。

 少なくともあの双子は、マリーを見殺しにはしないだろう。



(それにだ。そもそも俺は今……)



「解ってる。大丈夫だよ。飛行船でも大丈夫だった。ゴホゴホッ、ゾンビからも逃げられた。マリーと一緒だし大丈夫」



 孝宏は苦しいのを誤魔化そうと胸を張った。だからだろうか、自信満々に頷いた、ように見えた。


 孝宏の言い分は、楽観的と言わざる得ない。

 二人は廊下で話しているというのに、誰とも出会わない。それどころかこのフロアからも、物音一つ聞こえてこない。他の人達は皆逃げた後なのだろう。

 二人だけ取り残されたのだ。そのことに気が付いていないのかと、マリーが目をぱちくりとさせるが、孝宏の瞳は揺らぎもしない。


 これも信頼の一つか。マリーの笑顔が崩れた。大げさに溜息を吐き、わざとらしく額に手を当て、首を横に振った。



「呆れた」



 ため息交じりの小さな呟きを拾い、孝宏「能天気で悪かったな」と返した。


 それが、まるでいつも通りなのだ。

 魔術の訓練をしていた時の様に、食事当番で揉めた時の様に、馬車の中で言い争う双子の仲裁に入った時の様に。

 明らかに異様な状況にも関わらず、ついにマリーもコロコロ笑い出した。とても火事の現場にいるとは思えない、朗らかな雰囲気だ。


 その時、孝宏はふと



「俺の火は?使えるかもしれない」



 閃いて独り言ちた。



「一気に燃やして、酸素をなくそうっての?まさかやけくそになってるんじゃ……」



「そうじゃなくて。俺、自分の火を操れるだろ?同じように、今燃えてる火を支配できれば、操って道を作れないかなって……思っただけ。それに、火を通せば遠くが見えるし、俺……」



 孝宏は言いながら立ち上がり、手順を思い出した。



「あ、そうだ。ゴホッコホッ……マリーこれ外してくんね?」



 孝宏が両腕を上げで籠手をマリーに見せた。マリーは他の魔法具にするのと同じように、籠手に魔力を込めて外そうした。しかし籠手はうんともスンとも言わず、カチリも鳴らない。



「えっと、コホッ……ゴメン、外れない」



 先ほどマリーが、魔法を使えないと言ったのと同じ影響だろうか。おそらく繰り返し試した所で、徒労に終わるのは目に見えている。

 孝宏は籠手を外すことを諦め、心の中で凶鳥の兆しに語りかけた。



(兆しの鳥、この建物の火を操りたい、あれをすべて飲み込んでくれ)



 孝宏の灯した明かりが消え、同時に、周囲に無数の火の蝶が合われた。紅蓮の羽をチリチリ羽ばたかせ、孝宏たちが上がってきた階段を、素早く下りていく。



「ふぅ……」



 孝宏は呼吸を整え、しっかりと目を開く。蝶を通し階下の映像が、目前の暗いだけの光景とは別に見えてくる。



(ひでぇ……)



 一階は炎に飲み込まれていた。二階と三階は、一階に比べるれば、それほど炎が回っていない様に思えたが、それでも、棚や机は崩れ、金属で作られた重厚な扉は表面が溶けている。


 二階で倒れている人を見つけた。崩れた棚に隠れ、黒くピクリとも動かないそれを、初め人だとは思わなかった。他と同じように焼け崩れた家具が、消し炭になっているのだと思ったのだ。

 しかし、ぴたりと揃えられた、丸太のようなそれが脚だと気づき、孝宏は腹から込み上がってくる気持ち悪いモノを堪えて飲み込んだ。


 ジワリジワリと、孝宏の火が広がり、炎を飲み込んでいく。



「二階と三階は火を避けて行けるけど、一階はこのままじゃ無理かも」



「で?どうするの?」



 凶鳥の兆しを通し、掌に伝わる炎の熱が、じりじりと孝宏を内側から焼こうとする。孝宏は火に侵された初夜を思い出し、ニヤリと歪に笑った。



「俺が道を作る」



(兆しの鳥はこんなもんじゃなかった。あの時は痛くて…………もっと熱かった)



 額を伝い流れ落ちる汗が目に沁みる。孝宏は目を細めた。指先がそれぞれ火の熱を拾い、ピクリと動き、合わせて火が跳ねる。



(……イケる) 



 孝宏が火を動かす。ある所では小さく、ある所では周囲の炎を飲み込み、天井まで届く火柱となる。それらがすべて繋がり、一階の入り口までの、一筋の道が出来上がった。


 道を形作る火の壁は、すぐに中央に向かってなだれ込んだが、操れたことには変わりない。最悪の場合の逃げ道が確保できたのだから上出来といえよう。



「どうだ、できた……」




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