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夢に咲く花後編20

 喫茶店に一人残されたルイは、メモを握った手を固く結んだまま、紅茶を飲み干した。



「えらい事になった…………………………勧誘されてしまった」



 少しの間、呆然とした様子で座っていたが、やがて店を出た。


 ルイは店を出てすぐ、ナキイの連絡先を自身が持つ通信機に登録した、紙をかざすだけだ。簡単に終わる。


 ナキイの連絡先を登録し終えると、連絡先の番号の下に書かれた文字


――タカヒロ間者疑い利用されるな所作に気をつけろ――


 にルイはもう一度目を通した。


 それから紙を掌に乗せると、術式を紡ぎ、火で燃やした。ボウッと音を立て、紙は一瞬の内に灰となった。



「面会に来た色白の、緑の髪の男か。ちょっと気になるな」



 それ以上は何も口に出さなかった。

 魔術研究所に戻る為、ルイは術式を展開した。






 ルイが研究所に着いて、まず向かったのはカウルの所だ。病室に孝宏たちはおらず、カウルが一人で退屈そうにベッドの上に寝転がっていた。


 もう宿舎に戻ったのだろう、ルイは何となくそう思った。



「元気?」



「元気だ。もう何ともない。すこぶる元気だ。だから早く俺をここから出してくれ」



 ルイは部屋の中を見渡した。


 ベッドと洗面台。一応荷物を入れるケースは用意されているが空だ。何もすることなく、回復した体を持て余す日々なのが容易に想像できる。



「変な虫に汚染されるから悪いんだよ。良い勉強になっただろう?僕はもちろん、誰も感染されてないからね。カウルだけ」



 ルイがせせら笑う。カウルは不貞腐れ、ゴロンとベッドに横になり背を向けたが、すぐに起き上がった。



「あのな、ルイ。相談があるんだが……」



 カウルの目は真剣そのものだ。茶化していい雰囲気でないと悟ると、ルイは笑うのを止めた。



「マリーとタカヒロのことなんだが…………あの二人を元のせっんん゛」



 焦ったルイがカウルの口を塞いだ。カウルは突然の事に驚いたものの、大人しく口を噤み、ただ頷いて見せた。

 ルイが徐に、鞄からノートとペンを取り出す。



「カウルは一度魔術の基礎から勉強し直した方が良いと思う。我慢して僕の説明を聞く、良い?」



 他人から見ると辻褄の合わないルイの言動も、カウルにしてみれば昔馴染みのある懐かしいものだ。カウルは疑問を呈さず頷いた。



「…………解った。今回は俺もちょっと堪えた。確かにあの二人を気にしている場合じゃないな」



「そゆこと」



 広げたノートにルイがペンを滑らせていく。



――今日、ヒタル・ナキイに会った―――



 カウルの眉だけがピクリと上がった。



「ほう、俺に必要な魔法ね。聞こうか」



「そうそう、魔力の扱いは誰よりも上手いんだから、面倒がらずに勉強すれば良いのに」



――タカヒロが間者として疑われているから気をつけるよう、言われた――



「これはちょっと難しくないか?よくわからないんだが……」



「良い?この数字をここに当てはめて……」



――詳しくは解らない。タカヒロ間者疑い利用されるな所作に注意って書いた紙を渡された。もう燃やした――



「ペンを……」



 ルイがカウルにペンを渡す。



「ここが良く解らない。ここをこうしてこうじゃないのか?」



――所作とかいうなら、ただ単に、外国人が疑われている?――



「俺は大げさだと思うが、数字はあってるか?」



 ルイはペンを返してもらおうと出しかけた手を止め、カバンからもう一本ペンを取り出した。



――ナキイは警戒していた。多分ただ事じゃない。もしかしたらマリーも――



「これは本当に合ってるのか?俺の頭では理解が追いつかない。もっと優しく噛み砕いてくれ」



 ルイが首を横に振る。自分も良く分からないと言いたいのだ。



「カウルはもっと自分で考える癖をつけた方が良いと思う」



「まるで俺が何も考えていないみたいな言い方をするな」



「あれ?違ってたっけ?」



 ルイからすればカウルは、魔術に関しては特にだが、ややこしい話は他人に丸投げしているのが常だ。

 ニヤニヤしながら言うルイに、違うと即答できない辺り、自分でも解っているのだ。



――タカヒロは火の魔法があるのに疑われるのか?英雄になれる――



「ここからは上手く説明できない、ぼんやりしてるっていうか……」



――だからだよ。都合が良すぎる。敵の罠の可能性を考えているのかも。救世主なら中枢に入り込むのも容易になる――



 だから≪もしかしたらマリーも≫なのだ。理解できたカウルが苛ついた様子で、ノートを指先で叩く。


 カウルがペンをノートに走らせた。



――二人を異世界に返す方法を探したい――



 ルイがきょとんとして、カウルの顔をまじまじと見た。≪タカヒロを≫ではなく≪二人を≫だ。



「この式、このままだと変か?」



「大丈夫だよ。僕の中では繋がってる」



――僕も同じこと考えていた――


――まじか――


――今日も図書館でその事を調べに行ってきた。手がかり見つけた――



 カウルがノートから視線を上げた。どうしたと、ルイが怪訝そうにする。



「もしかして…………いや何でもない」




 もしかして、初めからそのつもりで魔術研究所に行こうと言い出したのか。

 王都の図書館から国中の、ありとあらゆる書物が揃っているから、彼らの元の世界の手がかり得られよう。それにだ、魔術研究所に行きたがっていたのは、二人を地球に返す前に、彼らの不安要素をそのままにておけないから。




 そう問おうとして、カウルは言葉を飲み込んだ。

 自分がこれまで彼らをその様に気遣った事があっただろうかと自問自答したとして、答えは解り良きっている。双子の片割れがあまりにも自分と違い過ぎて、悔しいやら、情けないやらで、カウルは泣きたい気分になった。



――マリーも?良いの?――



 黙り込んだカウルに、きっとマリーの事を考えているのだろうと、ルイが気を回した。


 そういうところは常に冷静なルイだ。カウルを心配したのではなく、計画の途中で気が変わる事を危惧したのだろう。


 カウルにはルイの考えている事が、手に取るように解った。カウルは笑み、力強く頷いた。



「解った。もうここの説明はいらないね。次はね……」



――それでカダンに相談しようか迷ってる―― 



 ルイが書いた文に、カウルが厳しい反応を見せた。


 ≪カダンはユウシャをずっと待っていたから≫と続けるつもりで、ルイがペンを走らせようとした横に、それを遮りカウルが殴り書いた。



――ダメだ――



 二人は目を合わせ、カウルが首を横に振る。ルイは首を傾げた。



――カダンはここの所長とグルだ。初めから二人をここに連れてきて実験体にするつもりだった。その後は前線に出すって――



「嘘だ……これ間違ってると思うんだけど、僕の計算では……」



 カウルがゆっくりと首を振る。ルイの表情が曇る。



――間違えてない、見た。ソコトラでタカヒロが例の告白をして泣いた後。飛び出したカダンを追いかけた。動揺してて俺に気が付いてなかった。その時に所長と通信してた。聞いた。間違いない――




「知ってて!」



 ルイは思わず声を荒げた。表情には少なからず怒りの感情が見て取れる。しかしハッとして、奥歯を噛みしめた。

 ルイもまた、カウルと同じなのだ。彼らを戦場に引きずり出した一人だ。

 自分が言い出したわけではないとか、危険な目に合わせるつもりはなかったとか、守るつもりだったとか。言い訳をいくら重ねても、結局行きつく先は同じなのだ。カウルもルイも、カダンも。最終的には同じ所を目的にしている。



「大きな声出してゴメン。とにかくこの問題に集中しよう」



「ああ、そうだな」



 二人はペンを走らせた。





設定などを少し内容を追加してます↓

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