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夢に咲く花後編15


 孝宏は魔術に一番精通しているのはルイだと思っていた。

 確かにルイはあの中で唯一魔術師の資格を持つ者だが、彼だけが魔術を扱うわけでない事をすっかり失念していた。

 カダンもまた、たとえ資格を持っていなくとも魔術を操る者だ。



「テストって、カダンに解るわけ……え?」



 カダンがしぶしぶ孝宏の隣に座り、孝宏の顔をちらりと見た。孝宏の顔を赤みがサッと引く。

 カダンは不機嫌そうに口を歪ませ、乱暴にペンダントを引っ張った。



「わっ」



 孝宏は引っ張られるまま、上体を斜めに倒した。大きく倒れたわけでもないが、地味に辛い。自身とカダンの間のわずかな隙間に手を付いたが、長くはもちそうにない。そんな孝宏を察してか、カダンは大げさにため息を吐くと、タツマと同じように肩に手を回し、体を密着させた。

 おかげで辛くはなくなったが、おかげで妙な気分だ。



(やっぱりこの世界の距離感はおかしい気がする)



 直前までは嫌そうにしていカダンだったが、ペンダントを見る表情は真剣そのものだ。


 裏に返したり紐の部分を目を眇めて見たりしていたが、丸く平たく立っている石の側面を何かを見つけ、手を止めた。



「タツマさん書くものを貸してください。紙は……これの裏使ってもいいですか?」



 カダンが検査結果の載る紙を裏返した。



「いいよ」



 タツマは胸ポケットに刺さっていたペンをカダンに渡した。」



  勢いよく筆記音が室内に響く。孝宏が見てもカダンが何を計算しているのか、欠片も理解できそうにない。


 タツマは楽しそうにしているあたり、理解しているのだろう。孝宏は感心しつつも、疎外感に、悔しさとほんの僅かに寂しさを感じた。



 カダンが計算していた時間は長くなかったが、決して短くもなかった。五分は経っていただろう。カダンが出来たと嬉しそうに言った。



「タツマさん、出来ました」



 カダンが、おそらく計算式が書かれた紙をタツマに渡す。タツマは紙に視線を落としながら、カダンの答えを聞いた。



「これ、認識を阻害する魔術が組み込まれています。ペンダントの存在を知らなきゃ認識するのは難しいどころか、これだと、持ち主ですら意識してないと忘れてしまうかもしれません。それからこれの本来の目的は持ち主の精神的負担を軽減することです。すでに何度か発動してます」



「よろしい。式も問題ないし、カダンの言う通りだろうな。やるじゃないか。オウカから聞いていた以上だよ」



「ありがとうございます。オウカ叔母さんと比べるとまだまだですけど……」

































 目の前で交わされる二人の会話に、孝宏は瞠目した。魔術具に関してでなく、カダンにだ。



 孝宏の中で魔術担当はルイだ。


いつだってルイが道具を作り、結界を張り、魔術を行使してきた。カダンが手伝う事があっても、それはあくまでも手伝いであって、孝宏からすればルイには及ばないという認識だ。


 それがどうだ。検査結果を見て異常に気が付き、それが意味するところ理解する。そして魔法具の術式からどのような魔術かを言い当てた。


 それが並の事なのかは、魔術に詳しくない孝宏でも、何となく察しが付くというものだ。



(カダンてかなりすごいの?いや、どうなの?何かあった時、本当に逃げられるの?俺……)



「な、カダン……」



「ん?何?」



 孝宏は息を呑み、カダンの名を呼んだ。

 名を呼ばれ振り向くカダンは何やらすっきりした様子で、笑みさえ浮かべて返事をする。


 孝宏はカッとなり、悟られぬよう努めて平静を装った。顔の筋肉がピクぴくする。



「これ、発動したらどうなんだ?」



「どうもならない。タカヒロが受けるはずだった精神的苦痛をかわり引き受ける。タカヒロが気が付かない間にね」



「じゃ、あ、じゃあ、この石が働いても俺自身には解らないんだ」



「そうだよ。これは鏡石って呼ばれる石の一つで、持ち主の身代わりになるって言われてるんだよ。だからお守りとしても使うけど、魔力を多く蓄えている石は魔法具としても使われるんだよ。もう何度も助けられていると思うよ。よく見るとここが、ほら白く濁ってる」



 カダンがここと指を指す。しかし黒い石には埃一つない。しいて言うならば、擦れたよう痕があるだけだ。



(ああ、なるほど……) 


 孝宏とカダンで見え方が違っているのだ。これが意味するところは一つ。



「なあ、カダンにはこれ何色に見える?」



 孝宏は胸に下がるペンダントを摘まみ上げた。



「透明だけど……ああそうか。違う色に見えてるんだ」



「そ。黒、真っ黒」



「黒か、ちょっとわかるな」



 カダンが意味深に言う。



「人間でも魔力を多く持って生まれてくると、どの人種でも髪が黒くなるんだ。この石も強い魔力を感じるから……」



 黒曜石だと思っていた物は全く別物の石で、黒いのは魔力。



(これが俺を助けてくれた、俺を映す鏡。もしかしてあの声は、ひょっとして……)





――コンコンコン――




 ドアを叩いたのは、契約用の紙とペンを持ってきた所員だった。





「我々との間で交わす契約の中身を決めないとな。後で認識のズレが出た時困るからな」



「あ、はい。そうですよね」



 タツマがようやく孝宏から離れた。ホッとしたような残念のような複雑な気持ちだ。カダンも孝宏いから少し離れ、元の場所に座る。



 検査や実験、孝宏の生活にかかるすべての費用をタツマが負担する事や、実験の際、孝宏が拒否した場合無理強いはしない事などが話し合われた。



「それから寝食はここでしてもらう」



「え?ここですか?もしかしてさっきの部屋で寝ろなんて言うんじゃ……」



「まさか、ちゃんとした部屋を用意する。快適な部屋をね」



「俺の自由を保障してください。部屋に閉じ込めるとか、外出できないとか、そう言ったのを一切やめてほしいんです」



「しっかりしてるね。良いだろう。ただしこちらに支障が出ない場合のみだ。研究所がてんてこ舞いの時にて歩かれても困るし、立ち入り禁止区域もある。これは守ってもらおう」



「そちらに支障がない場合のみではなく、俺の心身ともに健康を損なわないようにです。もちろん研究所の邪魔にならないようにします。絶対に、よ・ろ・し・くお・ね・が・い・し・ま・す」



「我々には君の心身を守る義務があるという事かな?」



「はい、俺は俺の好きな時に出歩きますし、自由にします。でないと、きっとストレスでおかしくなって凶鳥の兆しの制御が出来なくなります」



「……………………良いだろう。君の希望に沿おう」





 結局話し合いは、所員から目を覚ましたマリーが棟内をうろついていると報告が来るまで続けられた。



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