夢に咲く花後編14
「それで?他にはあのクs……アベルは何かしたか?」
(今クソって言ったな。綺麗な人なのに、こんな風になるなんて、アベルさんって…………そういや俺、あの人に殴られたしな、ちょっと気持ちわかるかも)
「あの、これをくれました」
孝宏が取り出したのはアベルのくれた、その黒い石のペンダントだ。
ルイにはお守りの石と言われだけの代物だ。何か特別な物でもないだろうが、何故言わなかったと問われれる事は避けたかった。
孝宏はペンダントを首から外そうとして、
――ダメじゃない。そんな大事なものを不用意に外しちゃ………危ないわよ?――
アベルに殴られた時の事を思い出し、手を止めた。
(そうだ、あの時も言われるがまま差し出して殴られたんだ)
「見せてみろ」
アベルへの怒りからか、タツマは尊大な態度のまま、手を差し出している。掌を見せ、渡せと言ってくる。
(これを離してまた何かあったら……でもタツマさん怖い……)
「何だ?見せたくないのか?」
(やっぱり怖い……でも)
「いえ、見せるのは大丈夫なんですが……その……なんというか……外したくないんです」
抵抗というにはささやかだが、孝宏はタツマの反応を試したくなった。
頭に血の上ったタツマが、思い通りにならない孝宏をどうするのか、確かめたくなったのだ。
場合によっては契約の内容もどれだけ譲歩するのか変わってくるだろう。
孝宏は首に下げたペンダントを、服の上から握り絞めた。
「ふん、ならしょうがないな」
タツマ面倒そうに鼻を鳴らすと、立ち上がった。
(え?)
そのまま孝宏の隣に座ると
(へ?)
孝宏の肩に手を回し
(はい?)
体を密着させた。
「見せてみろ」
いうや否や、タツマは服の中に隠れたペンダントを引き出した。タツマの柔らかく暖かい指先が、孝宏の胸元を引っ掻く。
「は、はい。どうぞ」
(やばい、柔らかい、胸が、すげぇ、柔らかくて気持ちいい……それにナニコレ!良いに匂いしてやばい。どういう状況!?)
孝宏は表情こそほとんど変わらない。わずかに眉間に皺を寄せただけだ。
上っ面だけでいったいどれだけの人が、頭の中の混乱に気付けるのか。少なくとも、研究対象に目を奪われている研究者には無理だろう。
孝宏が思わず体を引くと、石を見ていたタツマは、表情をピクリとも動かさず、無言で孝宏の肩を引き寄せた。
結果、先程よりタツマが近くなり、孝宏の心臓もはやくなる。
――クスッ――
タツマが小さく笑った。
耳元に息が掛かる。孝宏は奥歯に力を入れ、目を瞑った。
「ほうこれは……」
(みみみ耳に、息が……)
「なるほど……」
(耳がくすぐったい……)
「なら、もう……」
(何でこうなった。もうしんどい……)
孝宏は耳がどころか、顔まで熱くなった。
首から外さないと言ったばかりに、嬉しいやら恥ずかしいやらな状況に追い込まれ、半分パニックになっていた。
動かなければ平常心でいられようと、孝宏は意味もなく呼吸を止め、拳を握り全身に力を入れた。
しかしそんな状態が続くはずもなく、孝宏は浅い呼吸を繰り返しながら、徐々に頭をタツマとは反対の方へ回した。
すると、カダンと目が合った。
(げ……)
冷たく見下ろすカダンの目には、優越感が見え隠れする。
言い返したくとも言えない孝宏の、浅く開いた唇がワナワナと震え、拳を握った手が開いた。
(だってしょうがいないだろう!?俺だって健全な男なの!美女に引っ付かれたら照れるの!)
孝宏は言ってしまいたかった。大声で叫べたらどれだけすっきりするだろう。
決して届かない心の叫びは、いくらかは、表情に現れる。お前が換わってみろ、こんなの平静でいられる方がおかしいのだと、反抗的に睨み返す孝宏に、カダンは勝ち誇ったように嘲笑を浮かべた。
(そういや、カダンはボウクウさんとキスしてたな。駄目だ。この分じゃ、男も女も変わらない気がする)
「フン、忌々しい」
タツマが実に憎々し気に呟いた。
孝宏の肩から腕を引き、体が離れる。ソファーの肘掛けで頬杖を付き、背もたれに体を預けた。
「面白いじゃないか。カダン、テストだ。これが何か説明しなさい」
「「え?」」
二人の声が重なった。
孝宏はカダンに解るわけがない、と思った。
しかしタツマは真剣そのものだ。もちろんタツマは冗談を言うタイプでも、出来ない事をさせて、それを見てニヤニヤ笑うタイプでもない。
真剣に、カダンに≪忌々しく面白いペンダント≫の解析をしろと言っているのだ。