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夢に咲く花後編8


 朝食も済み、さっそくカウルに会いに行こうという時、昨夜、車で宿舎まで案内してくれた所員の女が孝宏たちを迎えに来ていた。


 朝食後、すぐにでもカウルに会えるものだと思っていた孝宏たちに、迎えに来た所員は申し訳なさそうに告げた。



「カウルさんは朝から検査が入っており、今日の午前中は会えなくなってしまったんです。昨日は面会できると言っておきながら、すみません。それで先に皆さまの検査をするとの事で、お連れするよう所長から申し付けられており、お迎えに参りました」



(ついに来た)



 孝宏は心の奥がピリッとした。

 これはここ数日ずっと頭を悩ませていた問題が、明らかになるかもしれない重要イベントだ。

 

 カダンが怪しいやら魔術研究所もグルかもしれないやらと、悩んでいた事がすべて孝宏の杞憂である可能性もあるのだ。

 もしもそうであれば、彼らは親切心から普通に検査をし、場合によっては、元の体に戻る手がかかりでも見つかるかもしれない。


 その淡い期待が、空港で信用ならないカダンから逃げておけば良かったと何度後悔してでも、この場に度どまり続ける理由でもある。


 期待と不安で心臓がドキドキした。

 研究棟まで案内すると歩き始めた所員の背中を見ていると、ジワリジワリと視界が狭くなっていく。



(いざとなれば全部燃やしてしまえば良いし…………協力してくれるか?)



 心の中で漏らした呟きに、答えるように腹の奥が熱くなった。






 案内された研究棟の一室で、タツマが孝宏たちを待っていた。

 カノ国で防護服越しの顔しか見ていない孝宏は、ソファーにもたれ掛かり座る女性に、一瞬誰だろうと思った。


 頭部の綺麗な丸みが際立つ程に髪は極めて短く、頭の高い位置にピンと立つ、丸みを帯びた三角の耳がとても印象的だ。


 後頭部から背中にかけて逆立つ灰白色の鬣は、薄茶の髪中に混じっても目立っている。

 タツマは目を閉じていた。二本の長い尻尾が、服の上から羽織った白衣をたくし上げ、ソファーをパシリと叩いた。


 所員が遠慮がちに声をかけた。



「あの、お客人をお連れしました」



「ああ……ありがとう」



 そう言いながらもタツマはぼんやりとしている。



「所長、やはり検査は我々で行います。所長は少し休んでください」



「いや…………いいや。ありがとう、でも大丈夫。これはね、私がしたいんだよ」



 タツマが微笑み返し、所員の女が頬を染めた。



「いえ……私も出過ぎたことを言いました」



 タツマの疲労は、コノ国の事後処理に起因する。


 コノ国でタツマは一連の説明を求められ、自分たちの行動の正当性を訴えたが、相手側が渋り良しとしなかったのだ。

 だからといって、提案した孝宏や自分の決断に対しどうこう思うところはない。


 孝宏の提案を呑むと決めた時、コノ国と揉めるのは覚悟の上だったし、そして何より、争点は蝸牛相手にカノ国内で武力を行使した事ではなく、蝸牛から採取したサンプルの有無だった。


 サンプルなど回収していないと主張したタツマに対し、採取した物を返還するようカノ国側が求めてきたのだ。

 タツマが求めて、アノ国から圧力をかけてもらうまで、タツマはコノ国で拘束されており、帰国したのは昨夜のことだった。


 帰ってから急がなけれなならない仕事を片づけ、タツマが寝たのは深夜を過ぎてからだ。



「ではさっそく検査をしようか」



(うぇ!?)



 タツマが立ち上がり、同時に白衣に隠れていた胸元が露わになると、孝宏はだらしなく緩みそうになる唇を噛んだ。


 タツマは決して若くない。見た目からしても、孝宏より年上の大人の女性なのは確かだ。

 しかし年齢を感じさせない白い肌と、白衣の下に着た薄い布地の黒い服が体に張り付き、タツマの女性らしい部分が浮き彫りになっている。

 さらに引き締まったウエストとハイウエストのベルトが豊満な胸をさらに強調する。



(何これ……やばくない?)



 孝宏は息を呑んだ。表情だけは険しく厳しく、マリーも釣られて不安そうに手を揉む。


 カダンとルイの検査を所員が、孝宏とマリーの検査をタツマがする事になっている。 

 カダンたちまで検査するのは、ゾンビ虫が蔓延する中で感染しなった彼らを調べるとい建前があるからで、それに加え、ルイはカウルと比較するデータを取ると言う目的もある。


 しかし、タツマ以外の所員たちは、孝宏とマリーの重要性を知らない。

 知らないが故に、疲労と睡眠不足から力の入らない体で無理をしてでも、二人の検査を自らするタツマの行動に、誰もが疑問を持っていた。


 それでもタツマが自分以外の人間に本当の理由を明かさないのは、決して独占欲などではなく、万が一責任を追及された時、庇えないというのが大きな理由だった。


 自分一人で終わらすべきだと考えていたのだ。




 

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