夢に咲く花 100
十分後、火は極小規模な爆発を繰り返し火の粉を散らしながらも、それまでの勢いが嘘のように弱まり初め、さらに五分も経たない内に飛行船の火は完全に消えた。
遠くではまだ火が燃えているが、それがどちらの火かは孝宏にしか判断できない。
タツマは自分たちと飛行船を結界で覆うと、孝宏に火を止めるように言った。
孝宏が静止の言葉を口にし、遠くで火がいくらか静まる。
「さて、噂通り奇跡と呼ぶに相応しいのか……楽しみだ」
タツマは掌を上にし、両腕を前に、高めに突き出した。掌の上に小さな銅で出来た包みが乗っている。
「さあ、私が見たい物を見せてくれ」
タツマが言い終えると同時に銅が溶だした。
両腕を左右に開くと、溶けだした銅が地面に質量を増しながらドロリと落ちていく。しかしすぐに落ちる量よりも膨れ上がる速度の方が増し、銅は見る間に飛行船を飲み込むほどに巨大化していった。
スライムにも似たそれはブヨブヨとしつつも光沢を放つ赤胴色をしている。
孝宏は既視感を覚えながら初めて見るそれを、口を閉じるのも忘れて見上げていた。
「凄いな…………本当に一匹もいないじゃないか」
タツマは不機嫌そうに眉を顰めた。
「す……オウカの……いう…………けか」
「え?」
タツマが動揺のあまり口に出してしまった呟きは、途切れながらも孝宏の耳に届いた。
(オウカ?オウカって……確かルイたちのお母さんだよな……)
タツマとオウカは友人同士なのだから、タツマの口からオウカの名前が出てくる事自体は、何らおかしくはない。
しかし孝宏は、親しい友の名を呼ぶにしては、嫌に恐ろしい印象を受けた。疑り深い性格でなくとも違和感を覚えただろう。
孝宏はタツマを見た。しかしタツマは向けられた視線など気にも止めず、スライムに良く似たそれを元の塊に戻し、空中に文字を乱雑に記している。
タツマの呟きをルイはどう思っただろうと、今度はルイの方にも視線をむけた。耳が良い分、ルイはっきり聞こえたのではないかと思ったが、素知らぬ顔で飛行船を眺めている。
(どうでも良く……はないか。聞こえなかった? いや……)
気にするほどの事でもなかったのだろうと、孝宏は胸の前で腕を組み前を向いた。
タツマは急いでメモを書き終えると、それを指先で払い、メモは書き消えてしまった。
ルイが視線だけで見えなくなったはずのメモを追い、すぐにタツマに向き合うと、これからどうすればよいのか尋ねた。
「時間がない。麓の住人の避難が終了次第、あの怪物をやる。今各方面に指示を出した。準備次第連絡が来る。それまでに私たちも手順を確認をしよう」
タツマはまず飛行船をすべて分解すると言った。孝宏は理解が及ばず、困惑気味に荷物はどうするのか聞き返とした。タツマは涼しい顔で同じ言葉を返す。
「俺たちの荷物……いや、大事な物だけでも取りに行ってはいけませんか?」
「着替えならまた揃えればよいだろう。命令はすべてだ。わかるな?」
それは本当に大事なものなのだと、孝宏は繰り返し訴えた。ルイのカバンとカウルの武器、それだけで良いと。
ルイはハッとした。タツマが小さく息を呑んだルイに気が付き、何かあるのかと視線で問えば、ルイは神妙な面持ちで答えた。
「僕のカバンの中には祖父の作った魔法具と母のノートが、同じくカウルの武器は昔祖父が作ってくれた物で……」
建前とは言え、国に雇用されている身で命令違反するのは良心が咎めた。しかし有用だからではなく、やはり形見は捨てがたかった。
「祖父……というとシュウトの遺品か?」
「はい」
「回収を許可しよう」
「え?良いんですか?」
ルイは存外あっさり許可が出て驚いた。
「シュウトの魔法具は我が国に取っても財産と呼ぶべき貴重なものだ。責任は私が負う。構わない取っておいで」
「はい!ありがとうございます!」
ルイは本当に嬉しそうな顔で頷いた。走り出したルイの背中を見送りつつ、孝宏は胸を撫でおろす。
「ありがとうございました」
孝宏が礼を言いつつ頭を下げると、タツマは先ほどルイに向けたように微笑んだ。
孝宏がルイの後を追い飛行船に入る事はなかった。二人並び、タツマは忙しそうに通信機で部下とやり取りしていたが、孝宏は寂し気に飛行船を眺めながらルイが出てくるのを待っていた。無意識に何もない左胸に手を当てる。
やがてルイが出て来た時、孝宏は笑顔で彼を迎えた。ルイの手には自身のカバンとカウルの武器一本。ルイが差し出すと、タツマは先ほどと同じようにスライムで包み込んだ。
「…………」
タツマは念入りに調べているようだった。その様子を固唾の呑んで見守るルイの緊張が、孝宏も伝わり拳を握る。
タツマは無言のまま、視線を荷物からルイに移した。タツマの大きな猫の目が雄弁に物を語る。ルイは目を泳がせ俯き加減に何かを言いたそうにしていたが、言う前にタツマが大きくため息を吐き出した。
「良いだろう。持っていきなさい。でもこれは特別だよ。決して誰にも言ってはいけない。できるだけ隠していなさい」
「はい、ありがとうござます」
ルイの顔が綻び力が抜け肩が下がる。孝宏も拳を解いた。