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夢に咲く花 99

 ちょうどその頃、孝宏たちは置き去りにされた飛行船の前にいた。

 落ちて砕けた飛行船は焼け焦げ、辛うじて面影を残すだけだが、もう一隻の飛行船は煤けているものの無事な姿でそこにあった。



「タカヒロ、君は船を燃やさず、ゾンビ虫とやらだけを燃やし尽くす事は出来るか?」



 タツマの孝宏を見る目は挑発的で、できないとは言わせない雰囲気があった。


 魔究所に居ながらも、孝宏の噂はタツマの耳にも届いていた。カダンからの報告もある。


 タツマは尋ねながらも、それくらい可能だろうと踏んでいた。


 たとえ失敗したとしても、飛行船は全廃棄を命じられた代物だ。最後にはタツマが塵となるまで分解する予定になっている。


 むしろタツマにとっては他の目がない今こそ、凶鳥の兆しの能力を直に見る良い機会だったのだ。


 孝宏は返答に困り、どうしたものかと目を彷徨わせた。

 ただ人を焼かないようには出来たのだから、その応用だと思えば可能だろうと思えた。結局孝宏は、多分と曖昧に頷いた。



「では、やって見せてくれ」



 孝宏は二人より三歩前へ出た。つい十数分前に決まった呪文を思い起こす。




火鳥群翔の術




 これはルイと一緒に考えた呪文とは少し違う。


 孝宏はそれを元に日本語に訳し、かつ漢字にして縮めた。

 元の意味は変えていないが、理解できるのはこの異世界では鈴木くらいだろう。


 孝宏も健全な子供時代を送ってきただけに、当然ヒーローに憧れる時期は経験済みだ。


 ポーズを真似したり、必殺技を考えたり、意味もなく格好良い漢字を調べたり。思春期を迎えるころには落ち着きを見せたが、異世界に来て幼い頃の記憶が疼いた。



 日本語で言えば呪文から効果が知られるのを防げるし、さしものカダンでえ日本語に成通していないだろう。


 他の誰でもない、自分自身に言い訳を繰り返し考えた呪文は、結局のところ格好の良くを魔術を使ってみたいという、幼い頃の夢が沸き上がった結果だ。


「か……」


 どうせならよりらしくしようかと思い、恥ずかしさに負けた。火遁の術と言いかけて一度は口を閉じる。


 孝宏はにやける口元を、考えるふりをして手で隠した。



(いや、まて、せっかくの異世界。本物の魔法が使えるんだよ?ここでやらねばいつやる)



 軽く咳ばらいをすると背筋を伸ばし、つま先を開いたまま踵を揃えて立つ。昔見た忍者のように、人差し指を立てたまま両手を組み、上胸の辺りで構えた。



(兆しの鳥、さっき見た、あのゾンビの虫だけを焼きたい、誰も殺したくないんだ。ホントお願い……します)



 孝宏は心の中で丁寧にお願いしてか口を開いた。同時に孝宏の周囲に蝶を模した火がポツリポツリと現れ始めた。



「兆しの鳥よ 群れて舞い翔べ」



 孝宏は日本語の呪文ではなく、元の、ルイと考えた異世界語の呪文を唱えた。


 その時の孝宏に明確な理由があったわけではない。

 単に日本語よりも異世界語の方が恥ずかしさが半減する気がする、それだけの事だ。


 ただこの時、物陰から三人を見つめる影があった。タツマにも気配を気付かせないその人物は、孝宏を注視している。

 

 呪文を言い終える頃には、孝宏の周りには数えきれない程の、火の蝶がヒラヒラと飛んでいた。


 互いに交わし、またはぶつかり合い一つに融合し、羽ばたき散った火の粉が蝶へと変化する。



「忌まわしいモノを焼き尽くせ」



 孝宏が言い終わると同時に、蝶たちは鳥の名にふさわしい速度で、一斉に飛行船に向かって飛んで行った。


 すぐさま、飛行船の外部内部問わず火の手が上がった。


 パチパチと弾ける様な音と共に、火はあっという間に燃え上がり、飛行船のみならずその周囲にまで及んだ。


 地面を這い、防護服の表面を覆い広がりを見せていく。


 初め、タツマは火から逃れようと後退った。


 しかし孝宏が平然としているのに加え、ルイも僅かに身構えただけで一歩たりとも動かなかったのを見て、自身の爪先に火が届いた時、今度は注意深く観察しながらもその場で耐えた。


 火は不思議と熱くなった。


 もちろん防護服が溶ける様な事もなかったし、煤けてすらいない。まるで玩具のようだとタツマは嫌味に笑う。




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