夢に咲く花 98
マリーを庇う様にして立つカダンは、エモンに引きずられるナルミーに対し、不快感を隠そうともしない。エモンは遠慮なく引きずりナルミーを窓際の、二人から一番離れた場所に立たせた。
「頼むからこれ以上軍の恥を振りまいてくれるな」
エモンの台詞に彼の苦労が偲ばれ、カダンは同情的な気持ちになった。またナルミーが性懲りもなくポーズを決め、ない前髪をかき上げるしぐさを見せるのが、それに輪をかけた。
ソコトラで大抵の人間がナルミーのこうした大げさなリアクションに対し、特に何を言うでもなかったのと比べれば、上司という立場上致し方ないとはいえ、エモンは根気強く付き合っている方だろう。
「あなたは一体何をしに来たんですか」
呆れ気味だが、カダンの語尾が強くなる。八つ当たりも入っていた。
しかしナルミーの目にはカダンがマリーに嫉妬したように見えらしい。ナルミーが直立不動で胸に手を当てた。表情はあくまでも真面目に、わずかに眉尻が下がり縋るような視線がカダンをまっすぐ捉える。
「拗ねているのかい?誤解しないでほしいのだけど、誓って私の心はいつだって君に囚われている。君という花を胸に抱くからこそ、私は美しい蝶に目を奪われるんだ」
ナルミーのセリフにエモンが目を細めた。
よくも最低で恥ずかしい台詞を、ペラペラと吐けるものだ。普段のエモンならそう言っただろう。しかし、思いの外真面目なナルミーを前に茶化すよりも先に、彼の素晴らしい程の変わりように心底関心した。たとえ台詞の中身が酷くとも、雰囲気だけは誠実な男に見えるのだから、彼の役者ぶりに寧ろ惚れ惚れする。
ただカダンの方はいよいよ言葉に怒気を孕んだ。
「本当に何をしに来たんですか?」
ナルミーがカダンを口説く時、言葉通りの感情が籠っていないのは常だった。もちろんカダンも気が付いていたからこそ、ナルミーにとって少なからず好ましく思った相手を口説くのは、挨拶に等しい行為なのだと結論づけていた。
しかし普段なら適当に流せてしまう事柄も、予定外の事ばかり起こる現状では、感情を逆なでする要因にしかならず、正直なところ、孝宏の件で頭が精一杯なカダンにとっては、邪魔でしかなかった。
いつになく殺気立つカダンに、茶化せる雰囲気でないのはさすがのナルミーでも感じ取れた。いや、正確に言うならば、ナルミーはいつも見抜いた上で、相手の許容を超えないよう行動を選択していたので、今の今まで気が付かなかった、と言う方が本当は正しい。
普段の彼ならばもっと早く、初めの一言で、あるいはカダンを見た時に、彼の苛立ちに気が付いただろう。ナルミーもまた、身に降りかかる災難に平静を失っていたのだ。
ナルミーはバツが悪そうに咳ばらいをした。
「失敬、もちろんあの奇妙な怪物から住人たちを助けるためだよ。あれをそのままにして置くなんて、私にはできないからね」
「はぁ…………それなら良いんですけど……」
カダンは虚を突かれたような表情で小さく数回頷いた。この人でも本当の事を言うのだなとを心の中で妙な感心する。
その様子を眺めるエモンとマリーは実に対照的だった。エモンは俯き加減に目元を覆ったのに対し、マリーはナルミーに取られた手を揉み、瞳に困惑の色を浮かべつつも、視線はしっかりナルミーに注がれている。
マリーはこの場にいない恋人を想い、僅かばかりの時間目を閉じた。
住人を避難させるための時間はそう多くない。エモンは初めから決まっていたかのように采配を振るった。
エモンは住民を一時的に避難させる場所として地下格納をあげ、ナルミーに確認に行かせた。その間、エモンが室内のパネルを材料に板を作り、それにカダンが転送用の魔法陣を刻んだ。
マリーはいうと、一階に残された防護服を着て階段の下で待機するだけだった。マリーは手に自身の剣を握っている。
「これも重要な役割……上に二人は私が守るの……これは神が私に与えた試練、勇者のための……人助けのために」
マリーの役目は外との連絡係と、術を使用している間無防備になるカダンたちの護衛だ。
これも大事な役目であるのは理解していたが、彼女のイメージする勇者像とは若干異なっていたのもあり、本音の部分では疎外感と不満を感じていた。
しかし、だからといって役目を疎かにするつもりは欠片もなく、やるからには完ぺきにこなして見せると鼻息を荒くしていた。