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夢に咲く花 94


「とりあえず、これからの事を話そうか」


 徐に切り出したカダンの声色は心なしか明るい。少しでも雰囲気を変え可愛いイトコの気を紛らわしたい思惑からだが、肝心のルイには全く届いていない。返事どころか振り向きすらしない。

 カダンは肩を竦めた。


 ルイと合流したカダンは、まず魔術研究所の所長で双子の母オウカの友人であるタツマに連絡を取った。事情を話すと、準備を整えすぐに人を送ると言ってくれた。感染か魔術か、人を操る何かがある地域に行くにはそれなりの準備が必要で、それまでの間に何とかカウルを捕まえておくよう言われたのがつい二十分前の事だ。


 その話を聞いて真っ先に手を挙げたのは孝宏だった。


「じゃあ、俺が行ってくる。外にいてもゾンビにならなかったし、俺なら外に出られると思う」


 その条件ならマリーもそうなのだが、じゃあ二人で行ってくるとはならないのは孝宏だからだ。多少打ち解けたと言えども、初めに染みついた苦手意識は無意識下に染みついている。払拭するにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「いや、大丈夫。カウルはもう確保したも同然だから」


 捕まえたでも確保したでもなく、したも同然というカダンの表現が孝宏は妙に引っかかった。

 いつの間にか復活したルイが階段とは反対側、出入り口のドアのすぐ横の窓を指差した。孝宏は見覚えのないその窓を良く思い出そうと首を傾げた。


「あれ?あんなところに窓あったっけ?」


「おぉ……よく覚えてるねぇ。言っておくけど僕は止めたんだよ」


 ルイの微妙な言い様が気になりつつも、孝宏とマリーが窓から外をのぞいた。


「うわ……」

「え?」


 二人はほぼ同時に声を上げた。

 そこには来た時にはなかった四方の壁が透明な部屋があり、中には植物が青々と茂り、一部だけを見ればおしゃれな温室に見えなくもない。しかしその周囲をゾンビたちが取り囲み群がる。

 そんな部屋の中に人が二人いた。しかも内一人に孝宏は見覚えがある。プラチナブロンドの短い髪が美しく自信に満ち溢れた彼が今は見る影もない。


「あれ、ボ、ボウクウさん?カダン……嫌いだからってとうとうここまで……」


「ち、違う。これはあくまでも一時的な処置で……」


 カダンは即座に否定した。必死の様相で首を横に振ったが、マリーは何と言っていいのか分からずに口元を手で覆った。


 もちろんカダンは個人的な感情は抜きにして、よく考えた上で実行している。

 ゾンビ虫に運よく感染しなかった彼らが、中に入れて欲しいと言い逃げて来たのは少し前の事だ。感染はせずとも、体のどこかにゾンビ虫が付いている可能性を考えれば塔の中に入れられず、だからと言って助けを求めてきた彼らを無視するわけにもいかなかった。すでにルイが塔の中に入っているのだから、今更とも思ったが、結局はカダンは外に部屋を設けるという荒業で乗り気ったのだ。

 呼吸が続くよう通常より早く成長する植物まで生やして。さらに壁を透明にすることにより、ゾンビたちを引き付けておけるというおまけつきだ。


 これ以上の妙案はないとカダンは力説するが、孝宏には悪夢に見えた。


「あ、あの人蹲った。本当に大丈夫?」


「ああ、体育座りしてる」


「誰だってああなるよ。囮なんて……僕だってごめんだね」


 マリー、孝宏、ルイ。三人の視線が一斉にカダンに向けられた。

 目は口ほどにものを言う。ある程度の事情は組みつつも、実際にやってのける行動力と決断力は凡人には想像して余りある。


(やっぱりカダンは普通じゃない?)


 孝宏はカダンを見た。


 建物が崩壊しない保証はどこにもない。囮の身が危険なこと以外は立派に機能している作戦ではあるが、どれだけ無情になれば実行できるのか。例えばこれがカウルとルイならばカダンは決して実行しようなどと思わなかっただろう。つまり、カダンは自信の利益の外にいるもの対しては、容赦のない人間ということだ。


 何かが起こってしまったとして、あの双子と天秤にかけられれば、カウルの恋人であるマリーより自分が先に切り捨てられるかもしれない。孝宏は息を呑んだ。

 

(でも今は逃げられない。それに万が一たんに俺の考えすぎって事もあるんだし……ああ、でも、それだけはあり得ない。カダンは信じられないやつだ。早く逃げる事を考えないと……)


 逃げるなら準備がいる。

 まずはカダンたち以外に信用のおける人間を作るべきだろう。その判断は難しいかもしれないが、カダンが反骨する人ならば候補にあげても良いかもしれない。

 とっさの場合は隙を作って逃げなければならないだろう。ありきたりだと砂利投げつけるか、いっそのこと火で目を焼いてしまうのありかもしれない。


(いやそこまでするのは……でも何かあってから考えても遅いし……)


 孝宏は心の中で葛藤していた。人を傷つけるのが恐ろしいのはもちろんだが、一番の要因は信用できないと確信に近い疑いを持っている彼に対して、心情的な部分でブレーキがかかっているからだ。カダンを信用していない自分と、信じたい自分とが同時に存在している。そんな状態だった。

 もちろん原因はカダンのかけた暗示にあるのだが、孝宏が知る由もなく、ただただ2つの心に翻弄されている。 

 孝宏が考え込んでいる間に、魔術研究所から人が二人やってきた。全身を白い防護服に包み、外見だけでは人型である以外は何をわからないのは顔部分までが白く覆われ、あらわになっている部分が欠片もないためだ。ロボットかもしれない、と孝宏は思った。


「………………」


 孝宏たちには魔術研究所から派遣されてきた白い人型が動きを止めたように映った。その間何かをしていたのか喋っていたのか孝宏はわからなかったが、カダンだけは頷いた。


「俺たちは二階へ行けってさ。あとはこの人達に任せよう」


 カダンが通訳するように言った。カダンが真っ先に階段に飛び乗ると、ルイとマリーがそれに続き最後に孝宏が動く階段に乗った。

 本当にそんなことを言っていたのか。孝宏はエスカレーターを上がりながら何度もじっとして動かないロボットのような二人組を振り返った。

 

 孝宏には気味の悪い物として映っているが、それも外見だけが要因ではなく、実際のところカダンが呼んだというのが大きい。


(ああ、もう疲れた……)


 孝宏の手すりを掴む手に力が入った。




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