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夢に咲く花 92

 マリーに責められながらも視界の端に捉えたカダンの冷淡な表情に、孝宏は軽い衝撃を受けた。


(とりあえずあいつらの仲間じゃなさそうってだけで、俺たちの味方とは限らない……)


 孝宏はカダンに対して持っている疑惑がそもそも何だったのか思い出し、胃がキリリとなった。

 カダンが自分たちを盗聴して監視しているとしたら、それは何のためなのか、どうしてナキイを警戒する必要があるのか。軍部を警戒しているのか、それともナキイを個人的に警戒しているのか。どれもさっぱりわからないままだ。


 孝宏が考え込んでいる内に、カダンとマリーの間でこれからの段取りを決めてしまったようだった。


 カダンが窓ガラスに人差し指で文字を書きだす。

 インクがあるわけでも、結露しているわけでもないが、指先をなぞるようにガラスに文字浮かび上がる。カダンは長すぎる術式を何段かに分けて連ねた。文字列は長くなるにつれ徐々に下がっていく。


 長い文を書くのに集中しているカダンは、他所を見向きもしない。孝宏は唾を飲みこんだ。


「なあなあ、カダン?」


「ん?」


 カダンは返事はしたものの、視線は指先から動かなかった。どれほど集中しているのか、引き締まった頬が、瞬きしない目が、揺らぎない視線が物語っている。

 名前を呼んだ時にはまたあった迷いも押し込んで、孝宏は思い切って口を開いた。

 

「夢の話を思い出したのって、俺たちの声が聞こえてきたからなんだよな?」


「うん……」


「俺たちを盗聴していたから聞こえてたんだよな?」


「ん、そうだ……」


 カダンは返事をしかけ指がぴたりと止まり、表情が強張った。それを見た孝宏は自分の考えは間違っていなかったと肩を落とし、傷心にじむため息を漏らした。無意識の内に胸ポケットを上から握り込み、携帯電話の質感を布越しに味わいながら一瞬だけ目を閉じる。



(あぁ……)



 目を閉じたほんの一瞬だけ何も考えず地球を、親しい者たちを思い出す。



「何を言ってんの?盗聴って俺がそんなことするわけないだろう?」



 魔術に集中していた分不意を突かれ、カダンの動揺は大きかった。辛うじて声は震えていなかったが、表情はこわばり頬が引きつっている。するわけがないと、言い切ったカダンの言葉を誰が信じられようか。マリーですらも口では否定しつつも、懐疑的な視線をカダンに向ける。


「盗聴して、たぶん位置がわかるような魔法も使ってんだろう?」


「違うっ」


「俺を見つけるために。監視……していたんだろう?」


「ちがっ」


「おかしいと思っていたんだ!」


 カダンが否定すればするほど募る悲しみに、つい孝宏は声を荒げた。大声で押し切られ、カダンは奥歯を噛み締め孝宏を睨みつける。


「ナキイさんと居るたびにカダンが俺を連れ戻しに来るから。アノ国の兵士と一緒に居られると困るみたいだな」


「そういえば……」


 マリーが言いかけてちらりとカダンを見てから遠慮がちに口を開いた。


「私が殿下と話した時もちょっとのことで切り上げさせたし……それに、誰か兵士と話していると必ずカダンが来て……」



 こんな時に面倒なことを言ってくれるな。勇者でなければ、こんな時でなければ、二人とも外に叩きだしたのに。面倒でも、もう少し付き合って貰わなければいけないのに、何て事だ。



 カダンの本音はそんなところだ。

 冷静であるなら、人魚であるカダンが落ち着いて取り繕えば、今からでも本音を隠したまま二人を丸め込むのも可能だ。カダンは両腕を広げた。


「待って。何か勘違いがある」


 カダンは笑おうとして、何を間違えたか奥歯を噛み締めたまま歯をむき出しにした。いびつに歪んだ表情は騙すどころか恐怖を与え、マリーは顔を引きつらせ、孝宏は下唇を噛んだ。


「今の自分の顔、窓で見ろよ。とても俺の勘違いには見えない」


 責め立てる孝宏の方が、今にも泣き出しそうなのは何故だろうか。悲しげに憂う瞳に心が激しくかき乱され、カダンは拳を振り上げた。


――ダン!!!――


 カダンの拳がパネルに振り下ろされた。窓ガラスの文字はとっくに消えている。

 カダンは自身がどれほど醜い顔をしているかなど、見なくとも解っていた。今のカダンにとって人並みの心など持っていても邪魔でしかなく、煩わしく思うばかりだ。その証拠にかき乱された心は乱れたまま、愛想の笑顔一つ作れないでいる。

 カダンが低く唸るように言った。


「よく知りもしないで、べらべらと偉そうに喋る……」


 孝宏はギクリと体を強張らせた。

 

「どうしてわざわざ盗聴までする必要がある。何で兵士から逃げるんだよ…………俺たちに隠していることあるんだろう?」


「誰かを守る為には仕方ない事だってあるだろう?俺も別に好きでしているわけじゃない。あんたたちは勇者だから俺は何としても………………何をしても…………守らなきゃならないんだ」


 カダンは鼻に皺を寄せ目を吊り上げた。マリーはハッと何かに気づき、カダンに手を伸ばしたが、手が届く前に、カダンの人差し指がピッと向けられ動きを止めた。



「人魚である私が命令する。古い理に従え。孝宏もマリーもこの部屋での会話をすべて忘れるんだ。言った事も言われた事も、行動も、すべて忘れろ。眠れ。次に起きた時には………………また、話をしよう」



 孝宏はカダンの目からあふれる青い光を見ながら床に膝を付き、ジワリと迫る闇に呑まれていった。


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