冬に咲く花 17
「そう……ならさ、俺が教えてあげようか?」
「カダンが?」
孝宏にそう言ってくるのはずっとカウルとルイだった。カダンはどちらかと言うと一歩引いたところで見ていた印象の方が強い。何なら嫌われているとさえ思っていた。今更言われても、失礼ながら教えられるのかと懐疑的にならざるえない。
孝宏の肩に置かれたままのカダンの手の、首筋に当たる指先がくすぐったい。手を払うつもりで振返り様に、一歩引いた孝宏の右足が鉢植えに当たった。陶器の鉢植え同士がぶつかり、カツンと小さな音を立てた。
倒してしまったかも知れないと慌てて下を見ると、幸運の草と隣の睡蓮に似た葉の鉢とが、少々ずれただけで並んでいる。
「よかった。倒れて……」
ホッと胸を撫で下ろした時、突然カダンに左手を掴まれた。カダンは笑顔のまま強い力で孝弘を引き寄せた。二人は向かい合い握手する格好になっているが、互いの距離が非常に近い。握り合った手は互いの腹に触れ、顔を背けた孝宏の耳元でカダンの息がかかる。
「ち、近すぎ。何やってだよ、俺たち……」
完全にカダンに揶揄われている。こういう時中の良い友人同士なら軽く小突いてやるのだが、ルイやカウルならともかく、カダン相手にどうすべきか戸惑い声が上ずってしまった。
「教えてあげる。俺、ルイより上手だと思うよ」
カダンは頭を傾け、こちらを伺う仕草が妙に似合う。アルカイックスマイルとでも言うのか口元に笑みを浮かべ、いつもの彼ではないようだ。
「あの……カダンってさ……」
揶揄われていると思うのと別に、以前から思っていたことがあった。いつもではなく、会話の間に覗く表情や、考え込んでいる時、夜におやすみという時、今と同じようにカダンはいつもと違う雰囲気をまとっていた。その度にカダンとの距離を感じて、なおのこと興味をそそられた。
「カダンってさ、もしかして女の子……だったり、しない……よね」
孝宏にしてみれば思い切って尋ねたつもりで、当のカダンは無言で真顔で孝宏を見つめてくる。先程までの雰囲気などすっかり掻き消え、大きな目をぱちくりと見開く。それから眉をひそめた。
「……俺が女の子に見えるの?」
「見えないよ!急に素に戻るなんて反則だぞ!」
孝宏自身も馬鹿な質問だと思った。服の下に隠れる腹筋はいつだって割れていたし、女の子特有の流線系のフォルムもない。声は声変わり前だろうが、それでも女のものでないのくらい、女と接点の少ない孝宏でも解る。身長も孝宏と同じくらいで初めて浴室で会った時の、全身で寄りかかってもビクともしない、強靭な肉体。男として嫉妬を覚える程カダンは男らしかった。
「ゴメン、俺は女の子じゃないよ」
カダンが調子でカラカラ笑った。だからというわけではないが、孝宏は勢いよく手を振りほどいた。どうしてかは自分でも解らない。
心臓がバクバクして、握られていた手がやけに熱かった。カダンが笑った時、確かに体の内に何かを感じたのだ。全身にめぐる血液が沸騰し、皮膚の下で暴れているようだった。
「ダメだよ、手を離したら。これからが本番なんだから」
どうやら知らない内に、彼流の魔法の訓練が始まっていたようだ。
「な、なんだよ。訓練始めるならそう言ってからしてくれよ。びっくりするじゃないか」
「ゴメンゴメン……じゃあ始めるよ」
嫌に軽い詫びを繰り返しても全く誠意は感じられないが、孝宏は差し出されたカダンの手を、恐る恐る握り返した。