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夢に咲く花 83

 孝宏とマリーが部屋に戻って来た時、ルイは部屋にいなかった。カウルはあの時のまま毛布を頭から被って寝てしまっていた。もしかすると起きていたかもしれないが、毛布が僅かに上下する他は、身動き一つしない。

身の安全のためにも誰かと一緒にいた方が良いと言われても、これではマリーと二人でいる時と何ら変わらないではないか。

孝宏はソファーにドカッと座り込むと、目は虚ろに、疲労感の滲む大きな溜め息を吐いた。

ここが息苦しい空間である事は間違いない。マリーも戸惑っているようだったが、少し考え、孝宏の隣に座り、肘掛けに頬杖をついて目を閉じた。


 誰も一言も発しないまま夜を迎え、カダンが返ってきた。

 夕食を食べながら、カダンは会ってきた狼人のことを聞かせた。


 狼人の男はコレー地方が二度目の襲撃を受けた後、村から少し離れた街道沿いで倒れていたらしい。

 目立った怪我もなく、ほどなくして目を覚ますだろうと思われていたが意識は戻らず、男が意識を取り戻したのは十日も経ってからだった。

 厄介なこ事に、目を覚ました男は体が上手く動かせず、記憶もなかった。

 男が発見された同日、襲われた村々ら逃げてきた人たちが多数いた事から、その村の誰かだろうと思われていた。

 コノ国は魔人が多く住み、それ以外の人種をお目にかかる機会はほぼなく、カノ国の住人で彼らしき捜索願いは出ていない。

ソコトラから逃げてきた村人は双子の父を知っていた。知ってはいたが、容姿について詳しくなかった。ソコトラには狼人がすんでいる、その一点のみで、双子の父であろうとされたのだ。

沿岸沿いには多くいる獣人も内陸部に行くにつれ少なくなり、国境近い地域ではほぼ見かけない。ソコトラに住まう獣人は、双子の父のみだ。

 その双子の父でないのだから、狼人の男の正体はまた分からなくなってしまった。


 ふん、カウルが鼻を鳴らす。


「どうせそんなのカノ国の人だろう?北には狼人が多いんだから。捜索願はどういうわけか出ていないだけだ」


 こんな投げやりな言い方はカウルらしくない。ただらしくないのはルイも一緒だ。食事の盛られた皿を見つめ、話を聞いているのかいないのか、ボーッとしている。

 録に味もわからない食事を終えた後、孝宏は久しぶりに眠れない夜を過ごした。




 次の日の朝。カダンは再び船を降りた。

 今日はソコトラの村の人たちをアノ国に連れて帰る日だ。村出身の者がいた方がスムーズに進むだろうと、カダンが手伝いに駆り出されたのだ。


 孝宏たちはアノ国に着くまでじっとしているだけ、ただそれだけのはずだった。



――ゴゴゴゴゴゴ――



 突然空気を震わす重低音があたりに響いた。実に嫌な音だった。空から降ってくるような、大地が唸っているようなそんな音だ。

 何者かが襲ってきたのかと誰もが身構え空を見上げ、あるいは遠くを見通した。孝宏は地震でも起きるんじゃないかと、とりあえず窓を開けた。腕にはしっかり荷物を抱えている。


 正体不明の音は五分以上はなっていただろうか。音ばかりで、姿を見せない音の正体が不気味でならないが、警戒心もちょっとずつ薄れていく、そんな時だった。


 ずっと外を見ていた孝宏は、≪高名な魔術師が動かした伝説の山≫が揺れているのに気がづいた。


「は?何だあれ」


 その山だけだ。その他は、奥の山々も建物も木々も人々も揺れていない。あの山だけが狂ったように揺れている。


――ドドドドドドドドガラガラドドドドドガシャンドドドドド――


 孝宏は自分が見ている光景光景(もの)が信じられなかった。

 山の表面が木々事すべて崩れ落ち、薄茶色のザラリとした下地と隠れていた溝が現れた。渦を巻く溝は表面を鉛筆の様な尖った物で削った、丸みを帯びた鋭角な溝だった。



 あれは何だ。



 誰もがそう思ったが、あまりにも許容し難い事柄にあっけに取られ、声には出せなかった。しかし頭の中でそれが何か、あらゆる可能性を探っており、もちろんそれは、孝宏とマリーも同じだった。しかし二人が他と違っていたのは、彼らには地球の知識があった事だ。

 よく似通ったこの異世界では、似すぎているがゆえに、違いを意識せずとも過ごせる。

 この時も二人には山から現れた化け物が、《何と言う生き物》と酷似しているかなど指摘しなかった。見れば誰もがわかるだろうというのが、彼らの認識だったからだ。


 山の麓の地面が盛り上がりそれの頭が飛び出した。

 ぬめりを帯びた体を無数の斑点が凸凹と表面を飾る。大きな二本の触覚と小さな二本の触覚。体内で何が動いているように見えるのは内臓なのか、しかしそれ自体が生き物のようにも見える。


 カウルもルイも口を閉じるのも忘れ、それを眺めていた。全貌が現れた時、ようやくカウルが声を絞り出した。


「あのおぞましい生き物は何だ?」


 しかも巨大な。蟻よりも蜘蛛よりもずっと大きな、町に立つどの建物よりも大きな生物。

 当たり前だ。それはついさっきまで低いとはいえ山だったのだ。人が相手にするにはあまりある。


 山から崩れ落ちた土砂で、麓にあった建物は軒並みすべて埋まっていた。そこが住宅街であったなら被害は甚大だっただろう。裾のに広がる建物が民家などではなく、山を観光する人のための施設であったのは、ある意味幸運であったといえる。

春になれば多くの観光客で溢れるが、冬のこの時期は春に比べると閑散としている。

とはいえ全く人がいないわけではない。人の少ないこの時期だからこそと、巡業に訪れる魔術師も多く、彼ら相手に施設もいくつかは営業していた。


「助けないと……」


 おもむろにルイが孝宏を押しのけ、窓の前に立った。

 孝宏はルイを見てギョッとした。ルイは顔面蒼白で歯を覗かせて食いしばり鼻息が荒い。瞬きを忘れた目は視線を彷徨わせ安定しておらず、ルイの感情の高ぶりが手の取るように伝わってくる。


「ちょっと落ち着けって……なあ、ル……」


 止めようとする孝宏の手を振り払い、ルイはそのまま窓の外へ飛び出した。ルイの体がふわりと宙に浮き山の方へ飛んでく。


「ルイ!待て、どこに行くつもりだ!」


カウルが咄嗟に、窓枠に足をかけルイの足を辛うじて掴んだが、カウルの叫びにも耳を貸さず、ルイはカウルをぶら下げたまま、飛んで行ってしまった。


「まずい……まずいぞマリー!」


 この状況下で外に出るのも不味ければ、いつカウルが落下するとも限らない。

 ルイが正気に戻り、足にぶら下がるカウルに注意してくれるのを願うばかりだ。


「とにかく二人を追いましょう。そうしよう!」


 孝宏とマリーは二人を追うべく部屋のドアを勢いよく開いた。





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