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夢に咲く花 78

 ナキイは孝宏がカダンに連れ去れた後も、そのまま部屋にとどまり、孝宏のことを考えていた。

 腕を組み、今しがた孝宏が出て行ったドアを睨みつけ、表情は引き締まり、兵士としてのナキイがそこにはいた。しばらくそうしていたが、深く短く大きくため息を吐いたかと徐に立ち上がり自室へと戻っていった。







「では彼が敵でないのは間違いないんだな?」



 次の日ナキイは、前の晩に魔術を使い知りえた情報を、コオユイに報告していた。



「はい、明らかなのは最近の記憶だけですが」



 ナキイが探って見た孝宏の記憶は、実に興味深いものだった。

 よく知られていない人種との接触からソコトラでのアベルの行い。彼らが凶鳥の兆しと呼ぶものが、他よりもたらされたということ。彼自身は力に驚き怯えていること。


 孝宏はアノ国に対して敵対意識を持っておらず、むしろコレ—地方が襲撃を受けたことにより同情的であった。出身地などは不だが、あの双子やカダンとは付き合いが浅く、この土地の知識に明るくない。マリーともう一人、孝宏がスズキサンと呼ぶ男がいるが、その彼らもこの国の国籍は有していない可能性が高く、しかし三人に面識はなかったようだった。



「とりあえず、魔女の隠し子の可能性は少ないか…………」



 コオユイはほっとして椅子の背もたれに体重を預けた。



「報告に嘘はないな?」



「はい、嘘はありません」



 確かに嘘はなかった。

 ナキイはこれでもエリートと呼ばれる、ごく一握りに属する人間だ。嘘を吐かずに済む方法はよくよく心得ている。

 コオユイはテーブルの上で、風に吹かれ揺れる体を装う人精に目を落とし、浅く頷いた。


「よし、他の者の報告とも合っているし、スズキという男の話とも違いはない。報告に偽りもない。問題ないだろう。」


 調査はすでに町に残してきた鈴木へも及んでいた。その鈴木から聞き出した話と、ナキイ以外の者が調べた孝宏たちの情報はすべてに相違なく辻褄は合っており納得できるものだった。


 コオユイはただ面倒でナキイに調査を押し付けたのではなかった。

 元々はヘルメルの提案であったのだが、ナキイともう一人チャカの二人は命令違反で処分されることが決定している。特に毒薬零の治療薬完成に貢献したナキイには間者の疑いがかかっていた。孝宏と仲が良いのも悪く働いた。


 軍本部では身元のはっきりしない孝宏たちに疑いの目を向けており、その孝宏たちと接点を持ち、彼らを助けるために薬を勝手に使ったナキイも彼らと目的を共有するものではないかと考えているのだ。


 ヘルメルが孝宏たちの調査をあえて命じ、その結果彼が潔白であると証明できないかと提言したのだ。コオユイは会議でナキイに調査を命じた後に、ナツトにも同じ命令を下いしていた。同時に鈴木のもとへ送られた調査員の報告結果を照らし合わせれば、少なくともナキイがいかに誠実な兵士であるかの証明くらいはできるはずだ。



 どうしてもナキイの処分をなかったことにしたかったヘルメルの意向を汲んで、コオユイも考えたがこれ以上はどうしようもなかった。


 コオユイの、いかなる時も業務優先であるナキイへの信頼は厚かった。今回はイレギュラーが多かっただけと理解しているが、コオユイが唯一後悔しているのは、ヘルメルが強く反対し視察の護衛の任務からわざわざ外したナキイを、増員の為に徴集したことだ。未来を知ることのできるヘルメルが強く反対した理由は、おそらくこれだったのだろう。


 惜しんで惜しんで一番最後に切り捨てる位には、ナキイは優秀な侍衛兵だった。



「ご苦労だった。下がれ」



 ナキイは敬礼し部屋の後にした。





 コオユイに報告を済ませたナキイは、そのまま業務へと戻らず、当てが割れている部屋まで戻った。しかし、そこで何をするでもなく、次にトイレへと向かった。用を足したかったのではない。現時点で唯一のプライベート空間だからだ。


 便座に座り額に押し付ける両手の拳の掌はじっとりと汗を掻いている。



「疑われているのは薄々気が付いていたけど……」



 まさかこんなことになるとは。


 最後の呟きは音に出さない。


 ナキイは綺麗なままの便器の水を流し、今度こそ業務へと戻っていった。



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