夢に咲く花 75
「それは多分、魔力が暴走したんだろう。一度に多くの魔力を流しすぎるとそうなる。よくあることだ」
「よくあるんですか!?あれが!?」
「ああ。強力な魔法は、魔力の使用量も多いから安定を図るのがとても難しいんだ。だから練習として、大量の魔力を流して慣れさせるんだけど。普通は少ない魔力から徐々に増やして慣らしていくんだけど、それを省略することも多い。その場合一度に多くの魔力を流すから、その過程で体内に留めておけない魔力が溢れて暴走するんだ。実際の魔法を使う時も、経験豊富な魔術師などは一気に魔力注ぎ込むから、その方が正しい形なんだろうけど……」
「じゃあ、よくあることだけど普通じゃないと?」
「悪い方法じゃないんだ。ただ体調不良を起こしやすいだけで。早急に仕上げたい時は軍でも行われる訓練法だし」
掌を孝宏に向けて待てのポーズ。昔を思い出し肩を竦めるナキイの渇いた笑みが、孝宏の胸に突きささる。
(なんでだろう。同情されている気がする)
カウルとルイだけでなくカダンも彼らの父親から軍式の訓練を施されていたのなら、あれがどの様な意味を持つ訓練なのか、カダンもきっと知っていたに違いない。
あの時カダンは凶鳥の兆しのことを知る前だった。その時にはすでに孝宏が強力な魔術を扱うようになると知っていた、もしくは確信していたことになる。
これから起こるかもしれない魔王の行進に備えて。勇者だから。強くあらねばならないと事を急いたのだろうか。本当かどうかも怪しい未来を確信して。他にもマリーと鈴木がいるのにだ。
孝宏は下唇を強くかんだ。
(安全な方法もあったのに、何でわざわざあれを選択した?)
それとも他に理由があったのだろうか。強力な魔術を扱う以外の理由が。≪不確かな未来≫以外の理由が。
孝宏は背中がぞわっとて首を振った。
(いや、カダンは身内を裏切るような人間には見えない。村を襲ったのは別の奴だ)
「俺は制限を解除する」
唐突にナキイが口にした聞き覚えのある呪文に、孝宏はハッとして目を見張った。
これまでこの呪文により生じた変化はどれもすまじく、孝宏にとっては久しく忘れていた子供心をくすぐるものであった。
変身やパワーアップなどは、どんな形であれ一度は憧れるものだ。変身といってもどれもアニメのように音楽が流れるでも光輝くでもなかったが、制限せざるえない程の力とは何だろうと、不謹慎ながらワクワクする。
今回はどんなものが見れるのだろうと、悩んでいたこともいったん忘れ孝宏は固唾をのんでナキイを見守った。
変化はほんの一瞬だった。体が全体的に膨らみ――と言っても太ったわけではない――髪が肩と首を覆い、角は太く長くなり顔つきも変わった。これは孝宏の主観だが、顔の印象はキリッとした印象から優男へと変化した。
孝宏の知るナキイとは確実に違うが、全くの別人というわけでもない。道端で会ってもすぐに彼だと気づくだろう。
(ショボい!これまでで一番ショボい。あんまり凄そうじゃない。いやでも、もしかしたらこれからすっごい魔力の爆発とか、変身が……)
「よし始めようか」
(やっぱないのか)
ナキイは手を両手を差し出した。笑顔は前にも増して優しげで上品だ。
「…………はい」
決してナキイが悪いわけではないが、孝宏は肩透かしな気分だった。
孝宏はこれまでの経験から、凶悪な程の力が故に封印する呪文だと思いこんでいたが、実際は違う。
これは身体的にまたは特別な能力を持つが故に、生活に支障をきたす場合に施され、獣人たちにとっては常識であった。
とはいえ日常的に使われることはまずない呪文で、それを必要としない人たち、特に魔人たちは知らぬ者もいるほどだ。
本人も獣人なら、付き合いも獣人が多いナキイは孝宏が勝手に失望していると気が付きもしない。
孝宏がナキイの掌に自身の掌を重ねた。自分より大きな手が汗ばんでいる。不快感を押し殺し、孝宏はピッと背筋を伸ばした。
「よろしくお願いします」
「一つ言い忘れていたけど、俺の魔力が受け入れるよう努力して欲しい。拒絶するか受け入れるかでタカヒロ自身の負担も変わるし、成果も違ってくる」
難しいことを言う。孝宏は目を閉じた。
孝宏はカダンとの訓練を思い出し身構えていた。たとえ訓練に魔力の暴走が付きものでも、凶鳥の兆しが暴走したその時は、孝宏が自分で止めなければならない。
(火事にならないよな……あの時もすぐに消えたし、問題ないよな?)
今からでもナキイの手を振り払おうか、孝宏は迷った。ここには燃えるものも多く、カダンは無事だったとしても、ナキイが無事に済むとは限らない。しかしここで手を振り払えばナキイの孝宏に対する心象がどう変わるのか想像すると少し怖い。
(嫌われるのは……嫌だよな。でもここが大変に……)
ナキイは喋らなくなり孝宏の手を握りピクリとも動かなかった。緊張が孝宏にも伝わってくる。
掌がじんわり暖かくなっていくと、孝宏は違和感に気が付いた。カダンの時とは何かが違う。
(あれ?何か、すごくしっくりくるというか、違和感がないというか)
掌から伝わる温もりが腕を駆け上がり、胴をめぐって反対の手から抜けていったが、全く苦しくないどころか心地良く、良い意味で裏切られた気分だ。
(これが普通なのか!?こんなに楽なのに?マジで!?)
これならば怖がることもない。思いの外早く自分で操れるようになるのではないのか。孝宏は嬉しくなりナキイを見上げた。
(あれぇ?)
ナキイは目を閉じ眉間にシワを寄せ、額には汗をかいて一見苦しそうに見える。快適そのものの孝宏と違い、苦し気にするナキイがあの日のカダンと重なり、孝宏が脳裏に紅蓮の炎が燃え上がった。
とっさに手を振りほどこうとした。しかしナキイはしっかりと握って孝宏を逃がしてくれない。
「君は……」
「え?」
孝宏がナキイに声をかけようとしたまさにその時ナキイが口を開いた。声が低い。
「君は……君の魔力はいろいろ異物が混ざり合っている。だから制御が困難なんだろう」
「異物……ですか?」
ナキイが言うには、一人の人間が持つ魔力は一つの性質を持つ。血液型が決まっているように、魔力の形も決まっているものだが、孝宏の場合混ざり合っている。
するとどうなるか。もしも完全に交じり合えば安定もするが、そうでなければ反発し暴走しやすくなるのだ。
「タカヒロは今その状態にある。力が安定しないのもそのせいじゃないかな。……多分だけどな」
ナキイは曖昧にしようとしたが、孝宏は心をざわつかせた。
混じっている。この言葉をこれほど不快に感じたことはない。全身に鳥肌が立ち、芯まで凍るような感情の波が孝宏を襲った。
「凶鳥の兆し……」
孝宏は元凶であろう物の名前を口して、奥歯をかみしめた。
顔面から血の気は引き、曇る眼はナキイを見てはいなかったがナキイは特に尋ねはせず、何事もないように続けた。
「混ざり合っていても制御は可能だ。むしろ歴史に名を遺す魔術師の多くが混ざり合った魔力であったと言われている。アンガン、コロテ、ジュンダーイダ、サトタあたりが有名だな。あと宮廷魔術師のアベルさんもそうらしい。あの人も稀代の天才って言われる人だからな」
出てくる名前が意外と多く、ナキイの言い様だとまだいるのだと解釈できる。歴史に名を遺すほどの大魔術師は意外と少なくないのだ。
「結構普通なんですか?混ざってるって……」
「複数の性質を持つ人の話はたまに聞くな。それを完全に制御できる人となると滅多に聞かない。だからタカヒロが制御できるようになれば、一躍有名人になれる」
不快であることには違いないのに、特別ではないというだけで少しだけ損な気分になるのだから不思議だ。
(こんな力なんてない方がずっと良いに決まってるのになぁ。俺って結構ミーハーだったんだな)
「ついでだ。何か聞きたいことはないか?」
ナキイがそんなことを言うので、孝宏はナキイに何の動物かと尋ねた。
ナキイは少し驚いて、頭を掻いた。それから、その質問は失礼に当たるから人に尋ねる時は≪種は何か≫と言うよう孝宏に教えた。
「そうなんですか!?ごめんなさい、俺知らなくて失礼なことを言いました」
「いや、知らなかったんだから仕方ないさ。それよりも俺は何だと思う?」
孝宏はナキイをまじまじと見た。二本の大きな角に赤茶けた髪。たてがみのようにも見える。それ以外はほぼ魔人と同じ風貌だ。動物の風貌をほぼ残している人もいるが、実際はナキイのように魔人に動物やその他の生き物の特徴を兼ね備えた人が圧倒的に多い。
(皆はどこで見分けてるんだろ?やっぱり角かな?)
「う……牛……とかでしょうか?」
この言い方が正しいとは限らない。もしかすると先ほど動物と表現したのがまずかったように、動物の名前を直接出すのもいけないことなのかもしれない。そう思うと孝宏はまた失敗していないか心配だった。
孝宏がナキイの反応を上目遣いでそろりと伺うと、声を殺しているいるものの、ナキイは口元を抑え肩を震わしている。
(笑ってる……?)
「そういう時は牛人というんだ。ちなみに俺は牛人でなくて山羊人だ。牛人と山羊人は角で見分けるんだ。湾曲している方向が違うから覚えればわかりやすい。羊人も角が同じようだが彼らの毛は特徴的だからまあ、見ればすぐに違いが分かる。ちなみに完全に獣の姿に変態できる種もいるが、俺はそういった化け属じゃない。ヒト属だから獣の姿にならない」
「ナキイさんはまるで先生見たいですね」
「そうか?……そうだな今更こんな普通のことを講釈しても仕方ないか。どうしても弟を思い出してしまって……すまんな」
「ナキイさんは弟がいるんですか?俺にも双子の妹と弟がいるんですよ」
「正確には幼馴染の弟だが、面倒見ることも多くてな。すっかり自分の弟のように……」
その時外を歩く足音が聞こえてきた。足音は次第に大きくなりドアの辺りでピタリと止まった。
――カチャ――
それはカダンだった。髪に寝ぐせが付いていないのはいつものことだが、頬に赤く腕の跡が付いている。
部屋の中で向かい合う孝宏とナキイは手を握り合ったままだ。カダンはグッと眉間に皺を寄せた。
「カダン!?なんでこんなとこに?」
孝宏が体を向きを変えると、今度はするりと手が解けた。
「それはこっちが訊きたいね。起きたら一人足りないから驚いたよ」
「随分と過保護だな」
彼は分別が付かない子供でないのだからと、ナキイが続けた。薄っすら笑みを浮かべている。カダンを煽っているようにも見え、孝宏は肩をすくめた。
(さっきまで弟のようだと、子ども扱いしていた人のセリフとは思えないな)
カダンは奥歯を食いしばる。ナキイに敵意をむき出しにし隠そうとしない。孝宏は、どうして二人がピリピリしているのか今一理解できず、二人の顔を交互に見た。
「俺は別に害になることなどしないさ。話をしてそれから少し色々としていただけだ。な?」
「え?はい、そうです。魔力のこんとろーr……」
「そうですか?すいませんでした。じゃあ帰ろうか」
カダンは悪びれたようすもなく、口先だけの謝罪が全く謝罪の様をて様を呈してない。代わりに孝宏が顔を青くして、ナキイに何度も頭を下げた。
「すいませんナキイさん。相談に乗ってもらったのに」
「ほら、行こう。悪い人がどこに潜んでいるのかわからないんだから」
カダンは孝宏の腕を半ば無理やり引き、部屋を出て行った。




