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夢に咲く花 74

 手を繋ぎこれから何をおこなうのか。緊張するのは相手がナキイだからという訳ではないだろう。いつだって分からないとは恐ろしいものだ。

 ナキイの金色の瞳は普段からも美しくも迫力があったが、今はどうしたことか。気迫さえ感じられる。


 ナキイの雰囲気に押され、孝宏は無意識の内に体を引くと、ナキイは逃すものかと手を強く握った。

 孝宏は驚いた。声は出さなかったものの、浅く開いた唇から空気が漏れる。


「あぁ、うっかりしてた」


 ナキイがいつも通りの笑みを浮かべる。


「これから俺の魔力をタカヒロの中に流すから、初めはそれを感じることだけに専念するんだ。それから徐々に君自身の魔力を引っ張り出す。君は俺の魔力と自分の魔力の違いを感じ取って、感覚を追うんだ。最終的には俺から主導権を取れれば完了だ。はじめは上手くいかなくても、繰り返し行うことで上手くなて行く。主導権か取れたらあとは一人でできるようになるだろう」


 それは以前にカダンと行った魔力制御の訓練で間違いなかった。カダンを火で吹き飛ばしたアレだ。

 両手の篭手がヒヤリと冷たさを増し、孝宏は息を呑んだ。


 カダンとした時は失敗した。検問所で力を使った時は何とかなったが、危うく人を巻き込むところだった。火が噴く時は幸運が上手く処理してくれただけのこと。


 カダンを吹き飛ばしたように、今度こそはナキイを火で焼いてしまうかもしれない。孝宏はそれが心底怖かった。



「仕事は大丈夫なんですか?俺のはやっぱり良いです。あの、その、時間かかりそうですし……きっとナキイさんの迷惑にもなりますし」


 ここまで付いて来ておきながら、今更何を言うか。心の中で自身に突っ込みなっがら、孝宏は必死にやらなくていい言い訳を考えた。

 自分は異世界人だし、魔力なんて存在を認識してから2ヶ月もたってないし、下手したらこの世界の幼児にも劣るだろうし。

 ナキイには言えない言い訳だけが浮かんでは消える。


 本当はいつだって火を使う時は怖いのだ。自尊心と自虐心とが常に存在して、やじろべえのようにユラリユラリと孝宏の弱い心を翻弄している。


 兵士たちのため息が幻聴として聞こえてくる。呆れたように小馬鹿にした目が口が、かつての道場の仲間たちが、頭の中に浮かんでは消えた。


「ナキイさんを焼いてしまうかも知れない」


 ポロリと零れた本音。孝宏はハッとして口を押えた。


 孝宏の声は震えて、目には涙が滲む。

 人前で泣くなどみっともない。泣き止めといくら念じても、唇を強くかんでも、一度決壊した堰は感情の波を止める術を持たない。


 孝宏の涙が零れそうになるのを見て、ナキイはとっさに孝宏を抱き寄せた。



 胸に孝宏の顔を押し付け、自分と比べると随分と小さな肩を抱き、子をあやす様に頭を撫でた。

 孝宏の殺すように漏らす嗚咽が夢と重なり、ナキイは唾を飲みこんだ。


「…………」


 夢での滑らかな肌の舌触りは克明に覚えている。


 落ち着け、ナキイは自分に言い聞かせた。

 夢とは違い、孝宏は未成年でナキイは大人。どうやっても変えられない法という壁が立ちふさがっている以上どうにかなりえないのだから、ふしだらな夢など忘れて然るべきだろう。

 現実は夢ではないのだ。そして何より、自分を信じ委ねてくれている少年に対し、失礼にもほどがある。

 ナキイが自身の欲と戦っている頃、孝宏はようやく正気を取り戻しつつあった。

 思わぬ感情の高ぶりから人に縋って泣くという失態を犯してしまったが、挽回するにはどうしたら良いだろう。


(何度か人前で泣いたけど、今回が断トツでハズイ。いや狼カダンの時のも結構……俺ヤバいな、泣きすぎ。この世界に来てから変になったんじゃ……)


 孝宏はあることに気が付き、驚き口をあんぐりと開けたまま、ナキイの腕の中で見をよじった。ナキイを見上げた。



「あの……ごめんなさい」


 泣いたので目が赤く鼻水がたくさん出た。こっそり手で拭いさるのは到底不可能な程の量が。孝宏の顔にも、ナキイの服にも。


「あ……あぁ。気にしなくても良い」



 ナキイは来ていた上着を脱ぎシャツ一枚になると、ポケットから取り出したハンカチで孝宏の鼻水を拭った。

 孝宏はナキイの行動一つ一つが余裕がある大人である気がして、内心感心したが、自分の子供っぽさが恥ずかしくてたまらなくなる。


「その、聞いていいか?人を……その……焼いた事が?」


 ナキイは気まずそうに切り出した。当然と言えば当然だろう。

 孝宏の反応を見る限りだと、まるで以前にも人を焼き殺しているかのような印象を受けるのも無理はない。

 実際にはそうではないのだから、ナキイはあそこまで泣かなくてもと呆れるかもしれない。


(何で今泣いてしまったんだ!俺!)


「いえ!あの、でも俺前に一度だけ、ヒタルさんが今言った事をカダンとした事があったんです。すごく熱くて苦しくて、あの時は耐えきれなくて火をバーッと出しちゃったんです……あのこんな風にバアッと」



 バアッっと孝宏は両腕を広げた。失態を誤魔化したくてつい大げさにしすぎた。

 炎がどのように吹き出しか表現したかったが、上手く伝わっている気がしない上に、恥の輪塗りをしてしまったようだ。

 ナキイは口元を抑え、ワザとらしい咳払いなどしている。


(また失敗した)


「カダンは怪我は……多分酷いのはなかったんですけど、ふっとばしてしまったんです。こんな理由ですみません」







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