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夢に咲く花 73


 ちょうどその頃、孝宏もまたベッドの上で眠れずにいた。

 一度は目を閉じたのだが、やはり緊張が解けないのか、夜中に目が覚めてしまった。それから一時間、考えにふけっていたが、いい加減ベッドの上でじっとしているのも飽きてしまった。

 孝宏はトイレに立ち、そのままベッドに戻る気にもなれず部屋の外へ出た。


 すると、部屋を出た向かいの壁に、腕を組んでもたれかかる者がいる。

 開くドアに見据えられた鋭い眼光が、中から出てきた孝宏を捉えると一転し、柔らかく笑みをたたえた。


「ナキイさんがどうしてここに?」


 部屋の前には常に誰かしら兵士がいるのだが、ナキイとここで会うのは初めてだった。


「タカヒロこそこんな時間にどうしたんだ?」


「眠れなくて、それで外の空気を吸えば気分転換になるかと思って…………」


「外?もしかして甲板に出たいのか?」


「はい……ダメでしょうか」


 見張りがいるとはいえ船内なら自由がある。ぶらりと部屋を出るのはよくあったが、孝宏は言いながら、夜に外へ出るのはさすがに止められるのではないかと思い始め、声も尻すぼみになっていく。


「残念だが、夜に甲板に出るのは禁止されている」


(やっぱりか)


 孝宏は星空を見たかったので残念に思った。しかし、規則ならば仕方がない。

 孝宏は素直に部屋に戻ろうとしたが、それをナキイが引き止めた。


「まあ待て、気晴らしなら良い場所がある。俺が案内しよう」


 おいでとナキイが手招きをする。


「ここの見張りは?」


「ん?すぐに担当が戻ってくるし、それに君たちをどうにかできる奴は、そうそういないだろうさ」


 部屋の前に兵士が立つ表向きの理由は、あくまでも民間人の保護である。


 ナキイもそれのみが真実であるかのように振る舞うのは慣れていたし、孝宏もそう説明を受け、カダンたちがすんなり受け入れたので、見張られているようだと思いつつも信じていた。

 ナキイが善意のみで動いているとは思ってないが、だからといって下心があるとも思っていなかった。兵士としての義務感が自分に親切にさせているのだと解釈していた。

 なので、孝宏の正直な気持ちとしては、嬉しいが職務放棄にはならないのだろうかと心配になる。

 自分のせいでナキイが処罰されるようなことがあれば、目覚めが悪くてたまらない。


「お仕事は大丈夫なんですか?」


「ああ、俺は本当なら休憩時間だし、少しの間だけ代わっていただけだからな。あいつからもすぐ戻ると返事があった。心配ないさ」


「はあ……いつの間に……」


 ナキイは静かな船内をずんずん進んだ。孝宏も黙って後をついていく。

 夜だからか誰ともすれ違わないまま、船の端までやって来た。ちょうど飛行船の出入り口の上に当たる部屋だ。広々とした部屋に、それに見合うだけの大きさのテーブルと椅子が並べられていた。


 普段会議などに使われているこの部屋には、とある装置が備え付けられている。


 ナキイは孝宏に椅子に座って待つよう言うと、入り口横のスイッチを入れた。

 すると壁と天井が透け、外の風景が広がった。柔らかな風が吹きまるで外にいるようだ。

 風が冷たくないのは、自然のままの風でないからだろう。しかし、孝宏には十分だった。


「どうだ?割と雰囲気出ているだろう?」


「はい。これ今の映像ですか?」


「ああ、そうだ。もちろん時間帯と場所を設定すれば合成映像を映すこともできる。どうする?」


「いえ、十分です。ありがとうございます」


 空には半分にも満たない二つの月と、さらには雲が流れていく。月に照らされ星たちは隠れてしまっていたが、夜なのにぼんやりと白く浮かび上がる雲が思いの外美しい。

 孝宏はしばらく空を眺めていたが、おもむろにナキイに声をかけた。


「実は……俺、もっと強くなりたいんです。バカみたいですけど、ずっとそんなことをばかり考えて。せめて誰かの負担にならない程度にはって……」


 本当は話すのを迷った。

 お前には無理だと言われれば、さすがに傷つくし心が折れる。無理ならいっそ笑い飛ばしてくれれば、いくらか気も楽になるというものだ。しかしナキイは笑わなかった。


「そうか。頑張ってるんだな」


 ナキイにも覚えのある感情だった。

 自分の未熟さに焦り、むしゃらに訓練に励んだ。今では懐かしい思い出だ。


「強くなるとは、具体的にどういう風になりたいんだ?」


「どうって……まだよく分からくて、筋トレだけはしてるんですけど」


 小さい頃から習っていた格闘技が、この世界で通用するか分からないし、そもそも自分に才能がないのは嫌というほどわかっている。

 しかしだからといって魔術が使える気もせず、少しでもと思い筋トレに励んでいるがそれでも十分とは言い難い。


「俺が思うに、タカヒロには強力な火の魔法があるんだから、そこの強化したらどうだろう。俺が教えてあげるよ」


 ナキイは笑みを浮かべているが、彼の金色の瞳が一瞬怪しく光った気がして、孝宏は差し出された手を取るのを躊躇した。


(でもこの人は良い人だ)


 だから大丈夫だ。孝宏はナキイの手を取った。


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