夢に咲く花 70
精霊は気まぐれであるが故に契約を結びにくく、ましてや自分が見えていない人間に手を貸すことは稀であった。
召喚時も精霊個々の好みに応じた方法で行われるために、決まった形式などなく、こだわりのない精霊だと≪来い≫の一言で現れるものさえいる。
大抵は自分の名前と精霊の名前の後に来るように言えば良い。
「私の精霊は妙に古臭くて格式ばった言い方が好きでね。長かっただろう?三分の一は私の名前なんだよ、あれ」
キイは腕を組んだ。
精霊との関係が密接であればあるほど精霊から名前を貰えるのだが、しかしキイの場合いかんせんその名前が長かった。精霊からもらった名前も長ければ、精霊自身の名前も長い。
「名前を貰えるだけですごいことなんだけどさ、でも長い。黄昏よりの死者かわたれに帰る者って名前かどうかも怪しくない?頼んでも変えてくんないんだよ」
「確かに長いですね……えっともしかしてその後の、箱庭より生み出されし根源の一部を抱く我に属する混沌の源とかなんとかいうのが、その精霊の名前ですか?」
ナツトは瞬きを繰り返す。
「そう、だよ」
ナキイは孝宏が口にした名前かどうかも疑わしい文章を舌の上で転がした。
これだけ長い名前を一度聞いただけでほぼ正確に言ってのけた人物はそう多くないはずだ。しかもだ、よくもあの状況で覚えていられたものだと感心する。
「箱庭より生み出されし根源をって随分と長い名前?……なんだな。精霊は全くの専門外だから知らなかったが、少し興味が湧いてきたよ。まあ、見えないけどな」
「あの名前をほとんど覚えているなんてすごいじゃないか。私なんて間違えずにいえるようになるまで一週間かかったのに」
「それは時間がかかりすぎだろう。精霊には怒られないのか?こだわりがあるんだろう?」
「ある!他の子はそこまでじゃないんだけど、この子だけはプライドが高いのか、少しの間違いも許してくれないんだ」
「精霊も喋るんだな。俺には無口なイメージしかなかった」
「契約した人以外は聞こえていないからそのイメージも間違ってはいない。それにある程度なら頭で考えるだけで通じるから、人によっては会話らしい会話はしないし……」
ナキイとナツトの会話を聞いていると、キイが精霊についてかなり詳しいのが伺えた。
ナキイが持った疑問に間髪入れず答えるナツトはやはり、さすが精霊を使役する者なのだろう。
孝宏は思い切ってずっと気になっていることを聞いてみた。
「あの、それは人工的に作られた精霊のようなものでも同じ何でしょうか?その呪文とか、扱い方とか」
孝宏が気にしているのは自身の中に宿る凶鳥の兆しのことだ。
語りかけるように祈るとある程度自由が効くが、やり方があるならば知りたかった。より効率的な方法を模索するためだ。
孝宏の中にあるのは、あの医者の死と、それに伴い思い知らされた自身の不甲斐なさ。どうしても拭えない罪悪感が、これまでは意識していなった部分を突くのだ。
「それって人精のこと?それはほとんど同じもの言えるけど、精霊自体が置かれている状況が違うからそんな面倒はしなくても、製作者なら言葉に出しても出さなくても命令するだけで、意のままに動かせるはずだ。あれは製作者自身であるとも言えるからそもそも意思疎通もいらないし」
「そう……なんですね」
(じゃあ俺は今のままで満足するしかないのか)
製作者でない孝宏は諦めるしかなかった。