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夢に咲く花 68

 病院から帰ってきて孝宏はずっとふさぎ込んでいた。明るく振舞っているルイが奇妙に思えるほどに二人は対照的だ。


「何かあったのか?」


 カウルが疑問に思うのも至極当然の事と言えた。

 どう答えるべきか、ルイは一瞬だけ迷った。しかし特に隠す理由はないと、病院であったことを正直にすべて話した。


 果たして医者はルイを見捨てたのか否か。それは人によって意見が別れるところだろうが、はやりというべきか、誰も答えを出さなかった。いや出せなかったのだ。

 母親の最期を看取れず、父親は行方不明である彼らにとって、医者の言い分もある程度理解できるのだ。


「こういうのは考えるだけ無駄だから、僕は考えない事にしてんの。だってその結果僕が助かっているわけだし、助けるなって言うの変だよねぇ」


 ルイの事もなさげな言い分にカウルが頷いた。助かってくれたのなら後はもうどうでも良いのだ。薄情に聞こえるかもしれないが、家族を失った直後の二人にとって、その考えは至極当然だった。


「まあ、確かにそうだな。もしも医者が最後まで頑張ってくれていたら、きっとあの人は薬を使ってくれなかっただろうし、ルイと孝宏は今、無事でいるんだ。それだけで十分だ」


 皮肉な話だ。孝宏は二人の会話を聞きながら思った。



 考えるだけ無駄だとは分かっていても、孝宏は考えずにはいられない。



 もしも俺が早くに六眼のことに気が付いていたら、蜘蛛の巣に気が付けていたなら、何かが変わっていたかもしれない。

 ひょっとするとあの医者は助かっていたかもしれない。

 俺がもっと凶鳥の兆しの火を操れていたら、死んだ人はもっと少なかったかもしれない。


 俺にもっと知識があったらなら、もっと能力があったら。もっと勇気があったなら、あるいは……



 ≪ない物ねだりは見苦しい≫あの日、言われた言葉は今も胸に張り付いて剥がれない。諦めろと言われている気がして、思い出す度に胸の中心がキリリと痛んだ。



 孝宏はその日、久しぶりに眠れぬ夜を過ごした。




 次の日のはマリーとヘルメルの会談の日だ。出発の準備はすでに整っており、当事者以外はさほど忙しくない日。

 カダンとマリーが、ヘルメルのところへ向かった後、カウルは不機嫌になり、面倒になった孝宏はカウルをルイに任せ部屋の外へと出た。どこか落ち着ける場所はないか探したかったのだ。



 飛行船の内部は、外へ出る為の通路を歩くだけで、こうしてじっくり見て回るのは初めてだった。

 廊下には絨毯が敷かれ、客船ばりに部屋が並ぶ。飛行船は三層構造になっており、下層と往復するだけで十分な暇つぶしになるだろう。


 但し、誰もいなければだ。


(なんだろ、見られてる。部屋の外に出るのダメだったとか?)


 飛行船内にいる兵士の多さに、孝宏は少なからず驚いた。


 外との往復だけとはいえ、これまで飛行船内部で兵士を見かけたのは毎回数人程度で、広い船内がもったいなく思っていた。

 それが今日は数が多いし、気のせいだろうか、よく目が合う。


 兵士たちの瞳に籠る感情の意味を孝宏は知らないが、探るような視線が、好奇の目が、孝宏を不快にさせる。居心地が悪い。

 孝宏は部屋を出る時≪部屋の前にいる兵士に船内を歩いても良いか≫確認を取っていた。兵士が適当を言ったのでなければ、咎められる事はないはずだ。

 しかし、こうも見られていては、気恥ずかしさよりも、ここにいることを責められているような気になってくる。


(ただ一人になりたかっただけなんだけどな)


 孝宏からため息が漏れる。


 意外と広いといえどもしょせんは船の中。もちろん扉が付いている部屋は無断で開けなかったし、そう言う意味では隅々まで見たわけでない。

 孝宏はさほど時間もかからずに、船内を見終えてしまった。


 途中見つけた、トレーニングジムは心惹かれたが、今は気分ではないし、何より多くの見知らぬ兵士に、一人で混じれるかといえば、孝宏にそんな度胸はない。

 せめて筋トレばかりしていた、一昨日までに知りたかったと思うのは我儘だろうか。


 一人になれそうな場所が見つからず、孝宏はとぼとぼと肩を落とし部屋に戻った。


(あ〜帰りたくない、いや、寝不足だしひたすら寝てようかな。カウルも寝てたらちょっかいかけてこないよな)


 部屋に待っているのは、おそらくは不機嫌なカウルと、やはり不機嫌なルイの二人。孝宏の歩みはいっそう重くなる。

 出かけてからさほど時間が経っていないが、奇跡的にマリーが戻って来ているならば、カウルの機嫌も直っているだろうし、それに彼女の話を聞くのでも良いだろう。


(大体、王子との会話って弾むものかね?それにマリーが出て行ったのついさっきだし、寝ていられるなら、そもそも部屋を出てないし……ああ、戻りたくない……)



 奇跡などそうそう起こりそうもないと、孝宏はついに足を止めた。




「シンドウさん!」




 そんな時、孝宏を呼ぶ者がいた。足早に近づいてくるのはナキイだ。


「こんなところでどうしたんだ?」


(またか……)


 そう言われるのは初めてのはずだが、孝宏は思わずそんな風に思ってしまった。それに、≪こんな所≫と言われる程、既に部屋から離れてもいない。孝宏はため息こそ吐かなかったが、部屋に帰りたくなくて不機嫌だった表情が、より一層陰った。


(いちゃ悪いかよって返したらダメだろうな)


 自分がささくれ立っている自覚はあった。ただ孝宏にだって、未熟が故に感情が表情に出てしまっても、それが良しとされないのは理解している。

 咄嗟に無理やり作った笑顔は、嫌ににやけた。孝宏は頬を指で掻いた。


「部屋にいるのも落ち着かなくて、ちょっとぶらぶらとしてたんです。でももう部屋に戻ります」


 部屋はもうすぐそこだ。廊下の先の角を曲がればそこにある。孝宏は指さした。


「それならいいところがある。おいで」


 ナキイは孝宏の答えも聞かず手を引いて、今来た道を引き返していく。


「あの、俺もう……」


「まあまあ、良いから、ね?」


 戸惑う孝宏を宥めすかしながら、ナキイは仕事で身に着けた人の好い笑顔を浮かべ手を引いて進んだ。

 

 孝宏が一人で船内をウロウロしていると、部屋の見張りについている兵士から同室者が連絡を受け、ナキイが叩き起こされたのはつい数分前の事だ。


 不機嫌でよそよそしくしている孝宏の手を、強引に引いたのは、ナキイには目的があり孝宏との接触のタイミングを計っていたからだ。部屋に籠りがちな孝宏が一人でいることなどほぼなく、今は貴重な機会だった。


 邪魔が入る前に済ましてしまおうと焦るナキイは、自身の身だしなみにまで気が回っていない。一見軍服をきちんと着ている様に見えるものの、上着の裾から下に来ているシャツが覗き、髪は乱れ寝癖が付いたままだ。

 いかにも寝起きで飛び出して来たと言わんばかりのナキイに、孝宏も違和感を覚えた。焦っているかのような印象も受ける。

 事実ナキイは焦っているのだが、明らかに戸惑っている孝宏のフォローよりも、二人っきりになる方を優先した。


「あの、せめてどこにい……」


 せめてどこに行くのかだけでも教えてください、孝宏が口を開いた時、ちょうど曲がり角だった。





—―ドンッ!—―






 突然上からぶつかるような、物が落ちるような大きな音がして、孝宏は目を開いて見上げた。いつも静かな船内では珍しいことだ。

 ナキイも音源を見上げ、舌打ちせんばかりに表情を崩した。≪早いな≫ナキイの口が音を漏らさず呟いた。


 速度を落とさず歩きながら見上げた一秒は、壁の張り出した部分に孝宏がぶつかりそうになるには十分な時間だった。


「よそ見してると危ないよ」


 気が付いたナキイが瞬時にいつもの冷静な顔に切り替え、壁にぶつかりそうになっていた孝宏をやんわりと引き寄せた。

 普段護衛対象にするよりさらに丁寧に、腰に手を回し手を引く。


(は?体が密着してるんですけど?いや、おかげでぶつからなかったけど? 助かったんだけど?近いんですけど!?)


 辛うじて声は出さなかったものの、孝宏は顔が引きつり、笑顔とも睨んでいるともとれる微妙な表情を浮かべた。


「あり、がとうございます」


(マジでいちいち距離が近い。何なんだよ、この世界はぁ……カダンといい、ナキイさんといい……)


「久しぶりにまともな休憩だからって誰か暴れている奴がいるな」


 まったくと言い、ナキイはおかしそうに笑った。





 ナキイに連れられてたどり着いたのは、船の甲板に当たる場所だった。鳥の羽が透けて、薄っすら残像だけを残し、頭上に灰色の空が広かる。


「今日も天気が悪いな。晴れだったらよかったが……まあ、仕方ないか」


 船の中はあれほど人がいたというのに、ここは人がほとんどいなかった。それも一人二人と中に戻って行き、孝宏たちが出てきてから1分もしない内に、誰もいなくなってしまった。


「ここは寒いから、冬場なんて特にほとんど人がいない、意外と見落としがちな場所でね。落ち着くだろう?」


 孝宏は外に出るつもりでなかったので部屋着のままだ。冬の冷たい風が吹く度に、全身に鳥肌が立ち、指先から体温が奪われていく。

 腕を摩りながらナキイを振り返った。孝宏と同じく薄着のはずが、それこそ文字通り涼しげな表情で立っている。


(やせ我慢とかか?いや絶対そうだろう。こんなに寒いんだぞ?


 ナキイのせっかくの親切だが、こうも寒くては落ち着くどころの話じゃない。

 ここへ来る途中、ナキイの久しぶりのまともな休憩と言った台詞と、乱れた服装からすると、さっきまで休んでいたという推測は、孝宏にも容易に立てられた。

 孝宏はさっさと話しを切り上げるつもりで、口を開いた。


「あの、さっきまともな休憩って……ヒタルさんもですか?」


 孝宏の思惑も決して的外れというわけでない。

 ナキイは現在進行形で任務中であったりするのだが、やはり疲れていた。久々の休憩を中断しこの場にいるのかと思うと、うっかり気が緩んでしまいそうになる。

 ナキイはあいまいに笑って背中を孝宏に向け、何も考えず飛び出して来た自身の行動の言い訳を考えた。


「あぁ……そうだな」


 ナキイは手すりに掴まり持たれながら、いつもよりゆっくりと喋り始めた。


「やはり後片付けが大変でな。やっと今日から順番に長めの休憩が取れるようになったんだ。そしたら、人からシンドウさんがずっとウロウロしてるって聞いて……まあ、昨日のことが頭から離れなくてずっとモヤモヤしてたから、話をしたいと思ったんだ」


「昨日の……」


「そう、昨日の病院の、だよ」


 振り向いたナキイはどこか寂しそうに眼を伏せた。


「民間の犠牲者が出ていたのは知ってたのに、まさかないだろうって。どうしてちゃんと守れなかったんだろうって考えてしまうんだ。せめて確認していたら、シンドウさんにも辛い思いをさせずに済んだのにって……」


 そもそも行こうと言い出したのは孝宏で、もっと言えば、言い出したのは孝宏だが、ナキイは勝手に付いてきたのだ。そもそも医師が死んだのは誰の責任でもない。

 あえて言うなれば、あんなものを送り込んできたモノの責任だろう。


「俺のことは良いんです。でもヒタルさんでもそんなことを思うんですね」


 孝宏は心苦しく思ったと同時にナキイに親近感が湧いた。どこかホッとする。


「当たり前だ」 


 ナキイは乱れた軍服をピッと引っ張り正した。


「たとえ任務は違っても、この軍服は民を守る者である証で、俺たち兵士の誇りその物なんだ」


 胸の赤い花のエンブレムが孝宏の目に入った。


 兵士の鎧にも軍服にもはいってた赤い花は、ナキイの胸元にも揺れていた花と同じ物で、一度だけ孝宏も背負った花だ。


「医者も一緒でしょうか?」


「わからない。わからないけどあの人が白衣を脱いでいなかったのなら、同じだと思いたい。俺たちがあの病院に行かなくても、あの医者はきっと同じように患者を受け入れてたんじゃないかな。俺にはあの人が命を助ける事を、諦めていたとは思えないんだ」


(本当にそうだったら良いのに)


 ナキイの言葉にホッとし、孝宏はこの時初めて、医者が変わったのは孝宏たちが病院を訪れたからと、遠回しに言われた事を、ずっと気に病んでいたと気が付いた。


 未来が自分の選択一つで変わる、しかも他人の未来がだ。至極当然の事柄は考えれば考える程重い。しかし関係ないと言い切ってしまえない、何かが孝宏の中にあった。


(他人の命の責任なんて俺が知るかよ)




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