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夢に咲く花 65

「やっと帰ってきたか。さっき兵士の人がカダンを呼びにきてたぞ」


 帰ってきたカダンを迎えたのは、一人で部屋に残った孝宏だった。退屈そうにベッドに寝そべって大きな欠伸をする。

 兵士がカダンを呼びに来たのはつい10分程前のことだった。カダンがまだ町から帰ってきていないと知ると、また来ると言い残しただけで帰ったので、孝宏はカダンが呼ばれた理由を知らない。カダンに何故と聞き返された時も≪さあ≫とあいまいに首を傾げただけだった。

 カダンが部屋に戻ってから数分後に現れた兵士に理由を告げられるまで、カダンは様々な可能性に頭を悩ませる羽目になったが、理由を知っても心中穏やかにはいられなかった。何故なら、カダンにはやましい事柄が多すぎた。


「ヘルメル殿下がお呼びです」


 一人部屋に残る孝宏に見送られ、緊張した面持ちでカダンは兵士と共に部屋を出て行った。

 転送陣を使い、迷路のような下水道へ降りてからどこかの室内へと入ると、壁にずらりと並んだ濃紺色のマントを羽織った兵士たちが静かな視線をカダンに向けてきた。

 敵意を持たれている様子はないが、歓迎されている気もせず、どのような話があるのだろうといよいよカダンは身構えた。




「は?いえ、も、申し訳ございません。もう一度お願い致します」


 しかしヘルメルの口から告げられ時、カダンが思わず聞き返していた。

 無理もない。ヘルメルは大真面目な顔で大層なことを言うが如くマリーの名を口にした。彼女と二人で話がしたいと。

 カダンは気が抜けたような返事をした。王子相手に失礼だとかこの時は頭からすっかり抜け落ちていた。

 もっと違うことを考えていたが、まさかそれがマリーとは。

 マリー本人でなく、ヘルメルに負い目のあるカダンを呼びつけたあたり、嫌われくないという姑息さが見え隠れし、それは高潔と名高いヘルメル王子のイメージとは懸け離れたものだった。

 権力を使い人の負い目に付け込んで、寄りによって女に会いたいなどと、彼に傾倒する者が聞いたらショックを受けるのではないだろうか。

 兵士ですらも幾人かは、僅かにだか、目を伏せ唇を固く結ぶ。そうはいっても彼らは優秀な兵士だ。カダンだから分かったのであって、例えば双子やマリーならば表情の変化にすら気が付かなかっただろう。寝起きでルイとカウルを見分けた孝宏なら、あるいは違和感くらい感じたかもしれない。

 カダンは彼らの心情を察し、心の中で同情した。


 こうやって誤解が増えていくヘルメルだが、彼には彼なりの理由があった。しかし周囲に理解してもらえないこともよく知っていた。説明しても無駄なのだと、ヘルメルは理解してもらうのをとうの昔に諦めていた。

 ただし、今回ばかりは単純にそれに託けてマリーと話したいという、純粋で邪な気持ちもあったのだから、兵士たちの落胆もあながち見当外れでもなかった。


「どうだ?」


 ヘルメルは答えせかしたが、カダンは王子が相手だからといっても素直に頷かなかった。ヘルメルがどのような意図を持ってカダンを呼んだのか、未だ図りかねていたからだ。

 恋は人を愚かにするとはいえ、ヘルメルが本当にマリーと話したいだけで呼びつけたと、カダンは考えていなかった。

 カダンが人魚と知ってなお、直接話そうとする人はそう多くはない。異世界から来た三人のように、人魚の特性を知らないのであれば無理もないが、王子であるヘルメルが知らないはずがない。


(嘘を見抜かれるのが怖くない?あまりそういう人はいないんだけどな)


「どうなんだい?」


 カダンはどう答えようか考えた。


 素直に頷くのは簡単だが、もしもこれで勇者を奪われでもして、ましてや戦場には出さないと言い始めたらそれこそこれまでの準備が水の泡となる。

 引き渡すなら勇者は二人とも渡さなければならない。こちらの意図を理解し協力してくれる人物に、勇者に気づかれずに、確実に。とはいえ、一度ヘルメル相手に不敬を働いている以上、カダンの立場は弱い。


 中々答えを出さないカダンが決断できるよう、ヘルメルのほうから条件を出した。


「では、こうしよう。君たちカノ国に行きたいんだろう?私が連れて行ってあげよう」


「その話をどこでお聞きになられたのですか?」


「……確か兵士の誰かが君たちが話しているのを聞いたとかなんとか。でも重要なのはそこじゃない。カノ国で襲われたソコトラの人々が見つかった。君たちは行方不明の父親を捜しに行きたい。でも君たちはカノ国に入国できるのかな?」


 その気になれば不法入国者として取り締まるのも可能だ。


 言葉の裏に気が付き、カダンは奥歯をグッと噛み締めた。


 孝宏たちのアノ国滞在の手続きは住んでいる。

 彼らの現在の扱いは身元不明滞在者。カダンが身元引受人となり監督しているということになっている。しかしそれには制限があり、ソコトラに行くのだけでも特別な許可を要したのだ。国外となるとなお難しい。


 今孝宏たちがここにいるのも規約違反なのだか、カダンはカノ国に行く前にタツマに引き渡すつもりでいたので、面倒なことはタツマが何とかするだろうと考えていた。


 最早選べる選択肢は少なく、万が一猶予をもらえたならタツマに相談できるのだが、ヘルメルはカダンを決して解放しないだろう。


「この後カノ国に行くことになっているんだ。私なら君たちをカノ国に連れていくことができる。すぐにでもね」


「……」


「その後の君たちの自由は保障しよう。この場にいる全員が証人だ。さあ、どうする?」


 難なくカノ国に行けて、金もかからず、捕らわれる心配もない、マリーを差し出しさえすれば。ヘルメルが意地悪く笑みを浮かべた。


 数十分後、カダンが部屋に戻ってきた時にはルイもカウルも戻ってきていた。カダンはヘルメルとのことを皆に話した。


「カノ国に連れて行くから、その代わりマリーと二人っきり話しをさせろって?」


 カウルが怒りを顕にした。当の本人は満更でもない様子で《ヘルメルってどんな人?》などと呟いている。


「二人っきりじゃなくて、護衛の人と俺が付いていくから変なことにはならないって保障する。最小限のぎ……ぎせ……犠牲と言って良いのかわからないけど、それだけでカノ国に行けるんだ。乗らない手はないと思う」


 孝宏はそもそもどこでそんな面白い話になっているのか興味しかなかったが、カウルが明らかに面白くなさそうにしており、ルイも反対だと言わんばかりに腕を組む。


 ソコトラからの道中ずっと喧嘩していたとこからも分かるように二人とも頑固だ。結局二人を説得するのに一晩中かかってしまった。





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