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夢に咲く花 64

 孝宏たちの外出許可が出たのは五日目のことだった。

 条件として必ず護衛の兵士が付くことを強要されたが、飛行船の中で窮屈な思いをするよりはずっとマシと、その時は皆手放しで喜んだ。

 町に出て何かしたいわけではないが気分転換ができるだけで精神的な負担が大きく変わるというもので、孝宏だけは飛行船に残ったが、カダンはマリーと、ルイとカウルはそれぞれ一人で町へと繰り出した。マリーは解放感を味わいたかっただけで特に目的はなく、カダンが町を見て回りたいと言ったので便乗しただけだった。

 ちなみにマリーが外出すると聞いて、護衛役に立候補した兵士たちの間で、ちょっとした争奪戦になったことをマリーたちは知らない。逆に護衛の兵士がやたら誇らしげに胸を張るので、マリーは妙な威圧感から距離を取ってしまったのも彼らは知らない。


 町並みはほぼ元通りになっていた。町を囲う塀はなくなり、崩れた建物の外壁も綺麗に直り、真新しい壁がむしろ浮いて見える。表通りは閑散としていたが一歩裏路地に入れば、並ぶ品物の種類は少なく全体的に見ても偏りはあるだろうが、人々の生きる意志が垣間見える。そこは以前の賑わいをすでに取り戻しつつあった。

 マリーとカダンは一時間ほど町を回った後、飛行船へと戻った。


「じゃあ、私は少し休むね」


 マリーは飛行船で与えれれている自室に戻ろうとした時、カダンが扉を押さえ無理矢理部屋に入ってきた。


「ちょっと話があるんだけど良い?」


「良いも何も、もう入ってきてるじゃない。……良いよ、何?」


 マリーは不満を漏らしながらも、カダンにお茶を入れて出した。時間とはいえ、何も持たずに出たので、二人とも喉が渇いていた。


「今日は……というか、昨日からずっと浮かない顔をしているから気になって。心配なんだ、マリーのことが」


 マリーはドキッとした。

 決していつになく真面目な雰囲気のカダンに艶めいた瞳で見られ、心動かされたからではない。

 自分では気を付けていたつもりが、卑しい本心が顔に滲み出ていたのかと驚いたからだ。


「俺はマリーの助けになりたい。俺じゃあ力不足かな」


 そんなはずがなかった。マリーは自然と関を切ったかのように話し出した。


 それは昨日孝宏のところへ来た客がきっかけだった。

 自分では数多くの巨大蜘蛛を切り倒し、多くの人を救ったつもりになっていた。自分にお礼を言いに来た人がいるといわれても当然のように思った。作戦中に民間人にほぼ会っていないのにのにも関わらず、自分はそれだけのことをしてきたという自負に、間違いを疑いもしなかった。


「私はね、私が恥ずかしいのよ。だって自分が勇者になるとか言って、本当は人を助けて良い気になって、相手のことなんて見てなかったんだって……滑稽で酷いもんよ。そう思ったら落ち込むしじゃない。それに私、自分が間違いと知って、間違えた兵士を睨みつけてしまって。自分が恥を欠かされて腹が立ったの。ホント、最低……」


「そんなことがあったんなら気に病むのも分かるよ。人違いでしたなんて、ショックを受けて当然だって」


 常に理想を掲げる彼女から聞く本音はどれも特別なものでなく、誰もが当たり前に持っている感情で、カダンにとってはさしたる問題もないように思えるものばかりだった。カダンはマリーの話を黙って聞き、時に同意して頷いた。


「ずっとモヤモヤしてて、そしたら、私って人の為とか言って本当は自分が良い気分になりたいだけの、本心から他人のためにと考えてない利己的な人間なんだなって思えてきて、これまでやってきたのもきっと自己満足に過ぎなくて…………」


 そこでマリーは深く溜息を吐いて黙ってしまった。カダンはマリーの様子を伺いながら言った。


「俺は難しいことは分からないけど、自分が良い気分になるためなんて皆同じだし、自己満足はむしろ普通のことだよ」


 マリーは首を横に振り、カダンは優しく微笑んだ。


「俺はねマリー、人は誰しも自分を基準として物事を考え判断していて、他人に判断基準を委ねたりしないと考えている。正常な場合はね。マリーは自己満足って言うけど、結局は自分が自分のためにしたことが他人の役に立っているか、いないかの違いに過ぎないと思うんだ」


「どういうこと?」


「例えば誰かの為に何かをしたとして、相手は満足しないままで礼を言われたらマリーはそれで嬉しいのかい?」


 それで喜んでいてはそれこそ自己満足なだけだ。嬉しいはずがない。だからこそこうして落ち込んでいるというのに。

 マリーは無言で首を振った。


「じゃあ、マリーはその人が本当に心の底から喜んで幸せになる、それがその人の為になる

として、罪もない人を殺せる?」


 マリーは驚いて言った。


「罪もない人を?いいえ、殺せない。許されない行為よ」


「だって殺すのは相手の為になって、その人は間違いなく幸せになるんだよ。人のための行為だ。どうしてしてあげないの?」


「だってそれは…………悪い……ことだから……」


「例え相手が満たされるとしても殺人はしない。つまり、相手が満足するか否かではなくて、マリーが良しとするかしないかで判断したんだよね?」


「そう……ね、そうなるのかな」


 マリーは自信なさげに頷いたが、カダンは構わず続けた。


 相手が満足してくれれば、私が嬉しい。人助けはこんな気持ちの元に成立する行為だ。なので相手が満足しても、≪私≫が満足しない場合は成立しない。本当の意味で人の為なんてものはなく、人は誰しもが相手に見返りを求めているのだ。そして、それは決して悪いことではない。


「つまり、私はお礼を言われてチヤホヤされたいわけじゃなくて、相手が満足することにより、自分が満足することが目的だと?そういうこと?たとえ、私がそういう人間だとしても、カダンの言い分はちょっと違うと思う。人のために尽くす、見返りを求めない気持ちはあるんじゃない?」


「それもちゃんと見返りをもらってると思うんだ。助けなかった場合における罪悪感を回避するだったり、苦しんだり悲しんだりする人を助けることにより自分が得られる幸福感だったり、そういったもの」


「そんなものは見返りじゃない」


「見返りって何も目に見えるものばかりじゃなくて、自分の気持ちも見返りになるんだよ。どんなヒーローだってそうさ。あなたが喜ぶと私も嬉しい精神でいる。私も嬉しいからやるんであって、嬉しくないならやらない。さっきマリーが人殺しはしないと言ったようにね。嬉しいは十分見返りと言えるんだよ」


 そうして聞くも確かに普通のことのように聞こえてくるが、やはり納得しきれない部分が残る。

 困惑しているマリーを見て、カダンは話が脱線しすぎたかもしれないと頭をかいた。


「つまり俺が言いたいのは、マリーが気にしなくても大丈夫ってこと。人間皆そんなもんだよ」


「そ……かな」


「じゃあ聞くけどもしも、もしも他人の役に立てない、自分のことで手一杯の人がいたとして、それは悪いこと?」


「いいえ、でも、他人傷ついてもどうでも良いと思ってる人は、私の中では悪ね」


「マリーはそんな人間なの?」


「まさか!違う!」


「では悔やむことはないじゃないか。マリーはマリーが許せる人間であると言うことだよ。それだけで十分じゃないか」


「十分じゃない!だって……」


 マリーは指遊びを始めて、中々続きを言おうとしなかった。

 彼女にとって自身のプライドに関わることであるが故に言い出しにかったのだが、カダンは急かすでもなく、マリーが言い出すのを待っていた。寧ろいつも自信に満ちている彼女のこのような反応は新鮮で、些か興味を引かれる。


「だって……タカヒロだけお礼言われて…………ズルイ……って思っちゃったんだもん。やっぱり私はチヤホヤされたいだけの人間なのよ」


 マリーは顔を真っ赤にして、悔しそうに唇を噛む。対照的にカダンは口を開いてポカンとした。

 カダンから見れℌば今更恥ずかしがるような内容ではないし、さっき言っていた事と大して変わらなく思えたが、マリーは大真面目だ。


「別に良いじゃないか。それでも。何の問題があんの?」


「ある!嫉妬なんて醜い感情よ」


「それこそ誰でも持っている感情じゃないか。嫉妬は人をより高みへ誘う道しるべだ。それに、マリーに感謝している人は大勢いるよ」


「……そうかな」


 マリーの表情は冴えないままだが、頬にぱっと色がさした。単純で分かりやすい。カダンは思わず笑みをこぼした。


「もちろん、俺も…………マリーが来てくれなかったら、今頃俺はこの世にいなかったかもしれない」


「お、オーバーに言い過ぎ!」


 カダンの言い様は冗談めかされてしたが、マリーは嬉しかった。彼女は不安だっただけなのだ。公園でのやりとりがずっと頭に残っていて、軍に協力するのだって嫌々付き合っただけかもしれないなどと考えていた。そんな時にあの親子が訪ねてきたものだから、不安な気持ちが捻くれてしまったのだ。しかし、もう大丈夫だ。気持ちを吐き出したことにより大分気分もすっきりしていた。


「私の方こそ聞いてくれてありがとう。正直カダンの言うことはよく分からないけど、気が楽になった気がする」


 相変わらずカダンは微笑んでいる。


「じゃあ、俺もそろそろ部屋に戻ろうかな、長く邪魔したね」


 カダンは部屋を出ようとしたが、扉を開ける前に一度マリーを振り返った。もう先ほどまでの笑みはなく真剣な表情だ。


「最後に一つだけ。人の為って言葉はさ、時として他人に責任を押しつける言葉になるから…………マリーは気を付けて。じゃあ、ゆっくり休んでね」


「え……」


 戸惑うマリーを一人残してドアが静かに閉まった。



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