夢に咲く花 63
孝宏が親子と面会していたちょうどその頃、飛行場の中でも一際煌びやかな鳥の腹の中、飛行船の一室でコオユイを含めた数人が、テーブルを囲んでいた。
民家人救出作戦は巨大蜘蛛と蜘蛛の巣の除去という成果までつき成功を収めたが、その後も蜘蛛の毒、零に犯された人の治療に加え、毒に汚染された町の洗浄作業は広範囲におよび、また、隠れ逃れていた巨大蜘蛛が発見されるなど、兵士たちは激務であり、気が付けば四日が経っていた。
コオユイの命令で一度情報のすり合わせと、抱えている案件を話し合う場を設けることとなったが、顔付き合わせる面々の表情は硬く、疲れを滲ませている。
「では、次に協力者の処遇についてなのですが……」
進行役の兵士が言葉を濁しちらりとコオユイを見ると、コオユイは一度咳払いしてから口を開いた。
「本部から彼らが敵になり得るか見定めるよう言ってきた」
テーブルにつく皆の顔が一様に、不満げに歪んだ。
「何を考えて、そんな……」
不満が漏れるのももっともだった。そもそもすでに孝宏たちについては害なしとして報告済みであるのにも関わらず、再度調べろと言ってきたのだからコオユイたちはたまらなかった。
「これに関してテムラから報告をお願いします」
名を呼ばれ、鳥人の若い男が立った。
彼はナキイの同僚で今回孝宏たちの護衛を任されいた一人で、黒い髪に羽のない翼を持つ彼は、鳥人の中でも非常に耳が良く、他の鳥人と違い夜活動するのにも慣れていた。それ故孝宏たちの監視する為に護衛の任務に就いていた。
「彼らからは部屋から出たい、町での奉仕活動に参加したいなどの希望はありましたが、許可か下りないからと言って我々の目を盗んで脱出するようなこともなく、また希望を言う以外の目立った行動は見られませんでした。それらの希望が通らなかったことで、我々に不満を抱いているようですが、仕方ないことだと言って、一応納得している様子でした。あと彼らは何者かに狙われているとも話し合っており、彼らが何らかの事情を抱えているのは間違いないかと」
「まあ、不満は致し方ないとしても、それが不信感に変わったときが厄介ですね」
「すでに不信感を抱かれていてもおかしくはないでしょう。作戦成功の最大の立役者が、軟禁状態に置かれているのですから」
「言葉には気をつけて下さい、エモン少佐。我々なにも彼らを捕らえているのではなく、保護しているのです。彼らほど能力に長けた者は今この状況下に置いては危険に巻き込まれかねないと判断されたからです」
言葉の端々に力がこもり、魔人の女、ハイナミはジロリとエモンを睨みつけたが、エモンは肩をすくめただけで挑発的に笑みを浮かべ反論する。
「だが、状況に大した違いはないでしょう。彼らの協力が必要ならこんな回りくどいことをせずとも、直接確かめたら良い。身元の確認は取れているのでしょう?何なら魔術でも使……っと、失言でした。申し訳ありません」
魔術でも使って何だと言いたかったのか。ハイナミだけでなく、厳しい視線がエモンに集中する。元より、疲労からか重い雰囲気の中始まった会議だが、場の空気がピリピリし始めた。
兵士たちの中にも孝宏たちが、敵の間者ではないかと疑う者も確かにいる。尋問して吐かせてればすべてすっきりすると。しかし、それは彼らが敵と通じてなかった場合、彼らの信用を完全に失う行為だ。敵に後れをとっている現状だからこそ慎重にならざる得なかった。
「彼らは誰かに追われていると話していたと言うのは新たな事実ですね。もしかしたらその者こそ敵だったりしないでしようか」
「それは安易に考えすぎでしょう。まずは情報を集めるべきですな」
「ではやはり彼らに直接聞いてみるべきです。もちろん拷問などでなく、丁重に聞けば答えてくれるのでは?相手はまだ子供です。丸め込んでしまえば良いでしょう」
「襲われたことをどうして我々が知っているのかと尋ねられた時、どう答えるのですか?盗聴してましたと丁寧に答えるつもりですか?」
「それこそ嘘を織り交ぜれば良いのです。真実の中に紛れた嘘は案外わからないものです」
何人かなるほどなどと頷いているのを見て、それまで口を閉ざし、話し合う様子を眺めていただけのコオユイが遮って言った。
「いや、それは返って不信感を強める結果になるな。彼らの中のカダンは人魚だ」
人魚は相手の言葉の真偽を見抜く能力に長けており、彼らの前で嘘をつけばたちまち看破されるのはわりと有名な話だ。ならば仕方ないといった風にため息を吐いたものがいれば、ある者は一拍間をおいてから表情を歪ませた。
「まさか!?彼は魔法を操ってましたぞ!あの、魔女の複雑で強力な魔法を!宮廷魔術師たちでも難しいと言わしめたあの魔法を、人魚ごときに操れるはずがない!」
驚いたのは声を上げたユウダ・ユウセ。彼は現場で魔術を使って戦うカダンを目撃していた一人だ。
人魚を見かけること自体珍しいが、知名度はそこそこはある人種であり、仮にも軍人であるなら知らない者はいないと断言できる程に人魚とは一般的に知られている存在で、通常魔術は操れないとされていた。人魚が有する膨大な魔力は彼ら自身の制御を狂わせ、生まれながらに操れる魔術以外は使いこなすのは困難だ。
もちろん例外はあるが、ユウセが見たのは武器を持たず、魔術を操り巨大蜘蛛を切り裂くカダンの姿だ。ただでさえ魔術を不得手とする人魚が、安定しにくい魔女のあの魔術を、あの乱戦の中操って見せたのだから、ユウセはルイ同様魔術師を目指す将来有望な若者だと思っていたのだ。一般的に見れば間違いではないのだが、人魚であるなら話は変わってくる。
「将来有望どころか天才ぞ……」
「まさか、間違いじゃないのか?」
皆にわかには信じられないといった表情だが、ユウセは己が見たものは否定しない質の人間だ。表情は厳しい。信じがたいのはコオユイも同じだった。しかし、手元にある報告書にはしっかりとした証拠がある。
コオユイは報告書を指でノックした。
「殿下が証言されている。それに、資料をよく見て見ろ。本部から彼らの身元を確認したと報告が届いているだろう。間違いなく人魚の子だ」
「そんな、あり得ない、人魚に魔術が操れるなんて……」
呆然とする面々にコオユイは心の中で同意した。
「まて、それよりもここには三人分の報告しかないが」
エモンが報告書の人数が合わないことに気が付いた。一枚一枚何度もめくっている。
「マリーとタカヒロの身元は確認できなかったとのことだ。つまり、我が国の人間ではなかったか、届け出がないまま育ったか、どちらかだ」
もしも魔女オウカの隠し子ともなれば、国中に衝撃が走り、ニュースはこぞって取り上げるだろう。ここにいる面々にとっては面倒なことこの上ない展開なのは間違いない。
「確か、ヒタル.ナキイ中尉がその二人に敵意がないことを確認したんでしたよね?」
「ああ、確かそのばすでしたな」
ハイナミがふと思い出すと、ユウセがそれに同意した。
「そうだな」
「彼なら適任でしょう。どうやらタカヒロとかいう少年とも仲が良いとか、なんとか」
コオユイが頷き、エモンが肩をすくめる。
その光景を見ながらテムラは、全部押しつけられることとなった友人に対し彼らと同じように適役だろうと頷いた。少なくとも、会議終了後、命令を友人に伝えるまでは。
会議終了後、珍しく会議呼ばれていた友人からもたらされた命令を聞いてナキイは頭を抱えた。テーブルに頬杖をついて不満を隠そうとしない友人を見て、ナキイにしては珍しい態度だとテムラは思った。
「なんだそれは。俺がどれだけ苦労して探ったと思ってる。何度もそう簡単にいくものか」
魔術師を名乗っていないといえ、限定的ではあるが、仕事柄必要になりえる魔術は会得している。それは決して本職に劣っておらず、同期の中でも巧みを持つ方だ。
テムラは真面目な表情で聞き返した。
「そんなにか?」
「そんなにだ。彼らの魔法防御は並じゃない。それを気付かれないようかいくぐって、本当に探るのは骨が折れたんだ。多分だけど、あのルイって奴がやったんだろうな。聞く話じゃ魔法の腕はかなりのもんらしい」
「それは俺も聞いたが、所詮は成人してない、一応子供じゃないか」
「馬鹿を言うな。治療と称して触れなかったら無理だった。作戦行動中だったから出来たんだ。そうでないなら…………無理だ」
ナキイは自信を過剰評価しない。決して魔術技術が優れていたのではなく、目の前の大事に気を取られていたからこそ、気付かれなかったのいうのがナキイの自身の評価だ。今度は何を口実にしようかと、頭を抱えるナキイの嫌がりようはテムラから見ても演技には見えない。
「それにしても以外だったな。お前タカヒロとかいう子のことを気に入っていただろう?彼女を疑って探るなんてしないと思っていたよ。別に命令されていたわけでもないんだろう?」
ナキイが自ら志願して作戦に参加したのはテムラも知る所だった。
ナキイとテムラは学生時代から付き合いだ。決して堅物ではなく人並みに恋愛遍歴を重ねるナキイだが、テムラが知る限り自らの任務より優先させた例はない。だからこそ容赦なく疑いをかける友人の行動に矛盾を感じていた。
「別に、疑わしいものは排除するのは俺たちの仕事だろう?個人的な感情は関係ないからな。それから彼女じゃなくて彼だ」
「へえ、そうか?」
テムラがニヤリと笑った。心の内を見透かされたようで、ナキイは居心地が悪い。
「あいつ等が敵じゃなくて良かったな」
「うるさいぞ。用事が済んだらさっさと仕事に戻れよ」
ナキイはテムラが部屋を出ていくのを見送りながら、そもそもどうやって孝宏たちに近づこうか考えていた。