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夢に咲く花 62

 男と娘は空港内の一室で待っていた。


 厳重な検査を終えた後であるから少々疲れていたが、それでも会える期待感が大きいのか、娘の方は父親よりは背筋をシャンと伸ばして座っていた。

 もうすぐ来るはずだ。自らを囮にしてまで自分たちを守ってくれたあの兵士。

 生きていると聞いた時娘は心の底から歓び涙した。安堵したのもあっただろう。体を張って守ってくれたあの兵士が、毎晩夢の中で必ず冷たく動かなくなる。だがそれもきっと今日で終わる。

 娘は自身の宝物を使い自ら贈り物を綺麗包み飾った。上手にできたと思う。娘は返してもらった贈り物をそっと抱きしめた。


「お待たせしました」


 兵士と一緒に女性が一人やって来た。軍服も鎧も身に着けていない、見覚えもない女性。

 娘は戸惑いながらもあの日の記憶を呼び起こしていた。この人だっただろうか。髪の色は、背の高さは、声は、この人と同じだっただろうか。

 娘の戸惑いは兵士にも女性にも伝わっていた。娘と同じく一瞬ポカンとした父親が頷いた。


「ああ、あの時の……」


 父親の方は女性を覚えていた。


「この人にもね、助けて頂いたんだよ。お礼を言いなさい」


「あり、ありがとうございました」


 娘は状況を飲み込めないまま父親に促され頭を下げたが、彼女の表情を見れば本当に礼を言いたかったのは違う相手なのだろうと容易に想像がついた。

 娘に顔をマジマジと見つめられ、女性、マリーは笑みを浮かべた。マリーの方も父親には見覚えがあった。応援に駆けつけ、孝宏を見つけたあの家にいた男だ。となると、本来ここにいるべき人物は自分ではない。

 マリーは自分を呼びに来た兵士を軽く睨み付けた。兵士も間違い気に付いている様子だが、今更間違えたとも言い出しにくそうだった。

 マリーは屈み娘と目線を合わせた。


「こちらこそありがとう。あなたが無事で入れて、私も本当に嬉しい。もう少し待っててくれればあの時のお姉さんに会えると思うけど待てる?」


「はい!大丈夫です!」


 娘は本当に嬉しそうだ。やはり自分じゃなかった。マリーは肩を落とした。この娘がお礼を言いたかったのはのは孝宏だ。あの時、死にそうになっていた彼だ。

 マリーは心の奥でチリチリするモノを無視して、孝宏の準備をするために足早に部屋に戻った。

 部屋に戻るとルイは寝ていたが、孝宏とカウルは起きていて、もはや日課となった筋トレをしていた。一日中しているので筋肉痛にでもなりそうなものだが、若さかそれとも意外と運動量が少ないのか、カウルはもちろん孝宏も毎日続けていた。


「あれ?意外と早かったな」


「お礼を言うだけならこんなもんじゃねえの?」


 カウルと孝宏がそれぞれが一瞬動きを止め、マリーを出迎えた。


「それが、私じゃなかったの。タカヒロへのお客様よ」


「俺?」


 スクワットをしていた孝宏は足を曲げた状態で一度動きを止め、ゆっくりと姿勢を崩した。


「そ、子供の……多分、七、八、九……十、十一、十二か……」


「小学生一年生くらいから六年生の子供…………範囲広いな」


 そうは言いつつも、孝宏には心当たりがあった。歳は定かではないが子供なら一人だけ会っている。

 巨大蜘蛛に次々と食いつかれ半ばパニックになりかけていた時、階段の上から息を飲む小さな声が聞こえ、孝宏はとっさに声を張り上げた。巨大蜘蛛の注意を引く為だった。

 実際にはそうでなくとも、その時孝宏が身に着けていたのは兵士の鎧で、彼らから見れば外で命を張る兵士も孝宏も違いはない。孝宏もそう思ったからこそ、肺が割ける割けんばかりの苦痛を堪え、引き千切られそうになりながらも、食いついてくる巨大蜘蛛を短剣で刺し殺しては這って外へ向かった。

 ただ孝宏もその時のことをおぼろげにしか覚えていなかった。言われてよくよく思い出してみれば階段の上にいたのは子供だったような。男が必死に戻れと叫んでいたような。そんなあやふやな記憶しか呼び起せない。


「そのあたりの可愛い女の子。心当たりない?多分家の壁が壊れて中に蜘蛛が入り込んだ時だと思うけど」


「ある……多分。良く覚えていないけど、子供は見た気がする」


「なら決まり、準備しよう。今下で待ってるから」


 化粧道具が入ったポーチを見せつけるマリーに孝宏はたじろぎ一歩後ろに下がった。


「そんなもん何に使うんだよ」


「タカヒロこそ何を言ってるの?あの子が待っているのは、あの時の、女の、兵士なの、わかる?」


「わかるけど……」


 理解できたのなら観念せざる得なかった。マリーは孝宏に前と同じ化粧を施した。それだけでも十分らしく見えたのだが、より女性らしく見えるよう渋るルイをマリーが何とか説得し魔術で仕上げをしてもらう。

 マリーは腕を胸の前で組んで、鏡に映る孝宏をしたから上まで眺めた。


「服は……仕方ないっか」


「十分だろ。むしろここまでしなくても良いと思うけどな」


 胸はなくとも鏡の自分はあの日と同じくとても女性らしい。もうないと思っていたのに、思いのほか早く次の機会が来てしまった。

 この格好で出歩けば嫌でも一目を引いた。マリーが隣にいればなおさらだった。兵士達の好奇の目にさらされ、潜めた会話が聞こえてくる。孝宏は恥ずかしくてたまらなかった。


(もしかして嫌がらせされてんじゃなのか俺)


 誰にとは言わないし、もちろん口に出す勇気はない。


「あの時のお姉さんだ!」


 孝宏が急かされながら通された部屋で、娘は孝宏を見て、今度こそ満面の笑みを浮かべた。マリーは満足げに頷いている。

 もしも男のままこの場に来ていたら、この娘はきっと笑顔にはならなかった。マリーが初めに入って来た時と同じように戸惑ったに違いない。そして理解が追いつかぬまま礼を述べ、贈り物をして帰ったに違いないかった。


「お姉さん、あの時助けてくれてありがとう。お姉さんのおかげで……私どうしてもお礼を言いたくて……あの……忙しいのに……えっと……」


 娘は孝宏に会って言いたいことはたくさんあった。

 弟と二人、父は戻ってこず悲鳴が聞こえ、どれだけ恐ろしかったことか。そんな中、守ると言われ、盾となってくれて、どれだけ安心したか、心強かったか。生きていると聞かされ自分がどれだけ嬉しかったか。

 しかし、いざ本人を目の前にすると考えがまとまらず言葉が出てこない。娘は頬を赤らめ顔を俯けてしまった。


(やっぱりあの時の子か……)


 孝宏のおぼろげな記憶にある、巨大蜘蛛に食われつつ視界の端に捉えた子供の姿。確かにこの少女だったかもしれない。

 中々戻ってこない父親を心配して隠れ場から出てきてしまった少女は悲鳴も上げられず、恐怖に固まっていた。

 孝宏の無意識に変化が起きたとすればこの時だ。それまではとにかく助かりたくて巨大蜘蛛から逃げることばかり考えていたが、怯える少女から引き離すため、渾身の力を振り絞り短剣を振るい、巨大蜘蛛の頭を潰した。

 絶対に上には行かせない、ここは必ず守るから隠れているようい言った記憶が蘇る。結果として、この行動が孝宏の命を救うことになったのだが、本人に自覚などないまま、孝宏は娘に対して礼を返した。


「こちらこそありがとう。良かった。無事で本当に良かった」


 今孝宏の目の前にいる少女には怪我一つない。

 あの時力を振り絞って良かった。そうでなければ娘の笑顔はなかったはずだ。こうして無事な姿を見ることも叶わなかったかもしれない。


「それに俺は特に忙しくないし、とても暇してたんだ。だから今日、君が来てくれてすごく嬉しい」


 孝宏は孝宏なりに娘に気持ちを伝えようと言葉を選びながら慎重に喋ったつもりだった。しかし娘は、えっと小さく零したまま戸惑ている。娘だけでない、父親も無表情のまま瞬きをしている。


(え?何?俺まずいこと言った?)


 孝宏はおろか、マリーも同然のことすぎてすっかり失念していたのだが、立ち会った兵士が孝宏にそっと耳打ちした。


「声だけ男のままです」


(なんだと!?ヒタルさんはスルーしてたぞ!?これは普通じゃないのか!?すぐばれるもんなの!?)


 そこの男の兵士と比べれば、変声期途中の孝宏の声はいささか高いが、それでも女性にしては低かった。緊迫したあの場面だからこそ、男も娘も孝宏の声まで気が回っていなかったのだ。


(取りあえず、ごま、かす……か?)


「あー……なんというか、こういう声なんだ。驚かせてごめん」


「はっ!こちらこそ失礼な態度をとってしまいすみません!」


「いえ、紛らわしいのは俺なんで……」


(いや、本当に……なんで女装なんてしたんだろ。今更ふざけていただけって言いだしづらいし)


「あの、お姉さん本当は男の人なの?」


 娘は控えめな態度で、か細い声は消えてしまいそうだ。

泣き出しそうにも見える娘に対し孝宏は本当のことを言うか、嘘をつき通すか迷った。

 娘が望む答えを孝宏が知る由もないし、孝宏には妹弟がいるとはいえ幼すぎて、思春期を迎えた娘の気持ちなどくみ取れるはずもなく、また純粋な娘の瞳を前にして嘘はつけず、孝宏は素直にしかし歪な笑みで頷いた。


「うん、そうなんだ。驚いたよね、ごめん」


「んーん、少し驚いただけ。ごめんなさい」


 少女は小さく首を横に振り父親の後ろに隠れてしまい、贈り物ごと胸をぎゅっと押さえた。


(これは間違えたな……でもちょっとだけ傷つく)


 孝宏が自分の態度にショックを受けているなどとは思いもしない娘は、父親にやんわりと諫められ、おずおずと出てきて贈り物を差し出した。


「これ、お姉さ、あ……おに、おに……」


「お姉さんでいいよ」


「お、お姉さんにあげます。お礼です。ありがとうございました。」


 受け取ったプレゼントはよれた薄紫のリボンで飾られ、落ち着いた青い花柄の包装紙にはいくつもの折り目がついている。

 不慣れながらも一生懸命包んでくれたのだろう。中身は、白い小さな花と青いブローチで装飾されたマフラーだった。

 白と淡いピンクとグレーのストライプのマフラーは孝宏から見ると少々可愛らしい印象を受けた。だがそれを手に取ってみると、むず痒い感情が湧き上がり自然と笑みが零れた。


「これ、もしかして作ってくれたの?」


「うん。お母さんみたいに上手じゃないけど……」


 確かに網目は荒くラインは歪ん見える箇所もあった。しかし、少女がこの短期間で編んだにしては上出来と言える出来栄えだ。おそらく比べる相手が悪い。

孝宏は気持ちを伝える為にあえて声を大きく、大げさに驚いて見せた。


「本当に!?すごく素敵なマフラーじゃないか!」


 孝宏が素敵だと思ったのは決して嘘ではない。大げさに言ったのは自身の妹弟と接する時に使う方法だが、孝宏の妹弟よりも歳上の娘に通用するとは限らない。

 少々大げさすぎたかも知れないと心配になり、孝宏はチラリと娘を見たが、心配の必要はなかったようだ。娘の表情を見るとまんざらでもない様子だ。

 娘ははにかみ言った。


「このブローチもね、私が作ったの」


「え!?コレ手作りで作れるの?」

 今度は孝宏も本当に驚いた。木彫りの細かいレースの枠に淡い青色の石がはめ込まれ、花の彫刻が施されている。職人の作品だと言うのならわかるが、少女が彫ったとなるとにわかには信じ難い。

 孝宏の驚きように娘だけなく、父親も兵士でさえもクスクス笑っている。


「もちろん作れるよ、結構簡単なんだよ。でもこれはその中でも特別綺麗にできたから私の宝物だったの」


(きっと何度も何度も作って練習して、これは一番上手にできたんだろうな)


「そんな大事な物を俺がもらっていいのか?」


「うん、もちろん。私お姉さんに助けてもらって、本当に嬉しかったの。だからね、あげたくなったの」


 孝宏は娘の気持ちが嬉しくて嬉しくて、心が解けるような、温かくなろうよな。この感情の高ぶりをどう表現したら良いのか分からなかった。だからありったけの気持ちを言葉に込めた。


「本当にありがとう。すごく嬉しい。大事に使わせてもらうね。マフラーも……このブローチも」


 礼を述べる孝宏に、少女は顔を見る間に真っ赤に染め、再び、父親の後ろに隠れてしまった。


 親子と別れ、孝宏は部屋に戻ってからもずっと笑みが絶えなかった。

 自分の行動の結果、このような反応が返ってくるのは初めての経験で、どう表現したら解らないが、少なくとも気分はすこぶる良い。


「ご機嫌だな。そんなにいいものもらったのか?」


 部屋に戻って来た孝宏を見て、カウルが言った。まだ筋トレをしている。孝宏はもらったプレゼント包みから出してちらつかせた。


「でも物じゃねえよ。いや、物もすごいんだけどさ、気持ちが嬉しいの。俺、誰かにこんな風にお礼言われるのは初めてだったから、なんだか嬉しくて……」


「初めて?だってソコ……」


 カウルは何かを言いかけて止めた。怪訝そうに首を傾げると、ルイを揺すり起こした。


「おい!起きろ!」


「んんん……ったく、なんだよ……」


 気持ちよく寝ていたところを大声で起こされ、ルイは不機嫌にカウルを睨み付けた。 


「おい、ルイ。もしかして村の人の、タカヒロに伝えていないのか?お前が伝えておくって言っていただろう?」


「むらのお……伝えてって何の……あっあれか」


「それだ」


「忘れてた」


「まったく……」


「悪かったって」


「俺に謝れてもな」

 


 カウルは前で腕を組んでため息交じりに言うと、孝宏にちらりと視線を送ると、すぐに逸らした。ルイは眠い目を擦りながらのそっと起き上がった。


 カウルが先ほど言いかけた言葉が引っかかり、孝宏はルイの目をまっすぐ見れなかった。≪忘れたんだけどさ≫ルイも言いながら孝宏を見ていなかったが、見当違いの方向を見る孝宏に気が付き、浮かない表情で孝宏を伺うように見た。


「ソコトラの人達、タカヒロが集めてくれた遺品、すごく喜んでた。もちろん誰のものとか解らないものがほとんどだったんだけどさ。でも、これでお墓を作ってやれるって喜んでた。誤解してゴメンって言ってた」


 ソコトラでの出来事は、孝宏にとって思い出したくない苦い思い出だ。思いださずにいられるならそのままでいたいと思うことが罪だと思いつつ、孝宏はソコトラの話題を避けていた。

 ルイもカウルも薄々気が付いていたが、二人もあえてそれに触れようとはしなかった。


「そっか……喜んでもらえたなら良かった」


 孝宏はあの日の告白をルイに伝えたとカウルから聞いたが、ルイから直接何かを言われたことはなかった。ルイが怒っているのか、悲しんでいるのか、許せないと感じているのか。

 孝宏は両手を握り合い、強張った表情の視線を自身の拳に落としたまま、顔を上げられなかった。







いつもお読み頂きありがとうございます

孝宏にプレゼントを渡した女の子は、この事をきっかけに、「女のように綺麗な男」が好きになります

姉もいますが、姉は例の成人の風習で別の街にいるので助かりました

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