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夢に咲く花 59

 結局蜘蛛の巣を焼いて回る作業は朝までかかった。

 いや、それだけで済んだと言うべきだろう。なぜなら壁で囲まれた半径十五キロの範囲は、一人で回るには広大で、普通ならば数日かけて行われる作業のはずだ。火の蝶がある程度自分で動いたのと、孝宏の六眼が完全に復活していたこともあり、これでも終わるのは早かった方と言えよう。

 蜘蛛の巣が見つけられずウロウロと迷う最後の蝶を回収すると、二人は飛行船に戻った。


「ではゆっくりと休むと良い。必要な物があれば言ってくれ。できる範囲だがなるだけ用意しよう」


 飛行船に乗り込んだ後、ようやくナキイは孝宏を下ろした。

 孝宏は身心もとにくたくたに疲れていた。なにせ、ナキイのスキンシップは孝宏には激しすぎた。ずっとナキイに抱き上げられたままで、空が明るくなってくる程に孝宏も自分たちに向けられた視線に気が付き始めた。しかし止めて欲しいとも言えずずいぶんと恥ずかしい思いをしたものだ。


(たぶん子供だと思われてる。絶対そうだ。だってルイたちはこんなにベタベタしてこないし、扱いいが完全に子供だろう……)


 朝を迎える時刻まで火の蝶を操り続け、己の失敗が恥ずかしく悶えて叫んでしまいたいのをぐっと堪え、さらには、冬の冷気に晒された鎧に密着し続けたのだから気力は果てていると言っても過言ではない。

 しかしこんなぼろ切れのような格好で冷気をやり過ごせたのは、凶鳥の兆しが体内で暴れ回ってくれたおかげだ。それで苦しい思いもしたが、結果軽い凍傷程度で済んだのだから良しとするしかない。


「おい!肌を火傷してるじゃないか」


 ナキイは下ろして初めて、孝宏のむき出しの肌が赤く腫れていることに気が付いた。

 初めはてっきり火に焼かれた時にできたものだと思い込んだ。カダンが孝宏の火は自分自身を焼かないと言い切ったので安心していたが間違いであったと考えたのだ。しかし孝宏は小さく首を横に振った。


「これは火傷じゃなくて、あっ……何でもないです。どうせすぐに治りますから」


 ナキイも人並みの思考回路を持ち合わせている。孝宏が自分に遠慮したことに気が付いたし、その原因にもすぐに心当たった。


「凍傷?……もしかして俺の鎧でか」


 もしかしても何も、それ以外に考えれないだろう。真冬にボロボロの鎧で肌をむき出しにいていればどうなるか、冷静になれば容易に予想が付く。暗かったなど言い訳だ。ナキイには周囲が良く見えていた。見えていたのに無意識の内に無視していたのだ。住人の安全と、本来自分が護衛すべき対象を守るために。


「信じられない……何てことだ」


 ナキイは己を恥じた。配慮のなさと、たった今自分が吐き出した己を責める言葉にも。

 ナキイは何かを言いたげな怯える瞳と視線がぶつかった。


「いや、あなたのことではない。己の未熟さが情けなくて。でも初めにあなたに謝るべきだった。申し訳けない」


 孝宏は首を横に振った。


「しもやけくらい大丈夫です。だって俺、意外と怪我とか治るの早いですし」


「それでもだ。焦って傷を負わせてしまった上にさっきはきつい物言いもしてしまったし…………」


 ナキイが大きく息を吸って、息を吐き出す様子を眺めながら、孝宏は早くこの場を抜け出す方法を考えていた。

 魔術は精神力だけでなく、体力も大いに必要とするものらしい。孝宏は謝罪よりも休息が欲しかった。夜通し働き続けていた体は限界を訴え始めてもう随分と経つ。


「まずは部屋まで送ります。それから手当てをしましょう」


「はい……すみません」


 やはり相手は大人だ。孝宏の心を内をすっかり読まれていた。


 戻った時、部屋には誰もいなかった。もちろんだ、他の四人はまだ巨大蜘蛛と対峙している。

 孝宏が自分は魔術に掛かりにくい体質であると伝えると、ナキイはすぐに薬を持って戻ってきた。その間孝宏は慣れないながらも時間を多少かけながら鎧から私服に着替えた。

 ナキイの用意してくれたお湯で体を拭き、患部を温め、薬を腫れている箇所に塗り、自分で手が届かない場所はナキイに頼んだ。


「その……聞いていいか?」


 始終無言で行われていた行為に最中、徐にナキイが気まずそうに切り出した。


「はい、なんでしょう」


 会話がないのも気まずかったが、唐突に声を駆けられても緊張が解けるでもないし、孝宏は全身を強張らせ上擦った声で返事をした。


「男…………だったんだな」


「あ゛っ」


(ぬあぁぁぁぁぁ……すっかり忘れてた……)



「コレハルイトフザケテイタトキニクモニオソワレタモノデ……ケッシテアヤシイモノデモナクヘンソウシテユウエツカンニヒタッテイタワケデモ、イタイオアソビヲシテイタワケジャナクテデスネ…………」


「ふっ」


 ナキイはたまらず吹きだした。


「いや、責めているんではないんだ。そんなに怯えないでくれ」


 緊張が反動か、ナキイの笑いは中々収まらない。


(自意識過剰だって思われたかな)


「そんなに笑わないでください」


「ああ、すまない…………さあ、多分これですべて塗れたと思う」


「こんなこと頼んですみません」


「いや、こちらこそ本当にすまなかった。だいぶきついことも言ってしまった」


 きついこととは火の蝶を町中にばら撒いてしまった時、自己嫌悪に陥った孝宏をナキイが諫めた一件だ。


「いえ、あれはヒタルさんが正しいです。あのままだと作戦を進めるどころではなかったでしょうし……」



「しかしだ、軍人でない民間人の君に我々と同じように立ち振る舞えと言う方が無茶だったんだ。それも忘れて俺は……」


 ナキイは真面目に反省しているのだろうが、孝宏には遠回しに使えない奴と言われた気がして、乾いた笑顔を顔に張り付かせた。

 つい深読みしてしまう。孝宏の悪い癖だ。


「あ、君が悪いわけは決してない。君は期待以上の働きをしてくれた。命を張って住人を守り、蜘蛛の巣を除去した。民間人としては十分すぎて、我々が不甲斐ないくらいだよ」


 孝宏の表情は、特にちょっとした視線の動きなど本人が思っている以上に感情を表している。しかし孝宏はそんなこととはつゆ知らず、心を読まれているのではなかろうかと驚いて目を見張った。


「すみません……ありがとうございます」


 (完全に気遣われてる)


 孝宏が落ち込む必要はないと言いたかっただけだが、ナキイから見ても真意を伝わっているとは思えなかった。ナキイにもその気持ちも分からなくもなかった。同じ民間人でも他の四人とはレベルが違い過ぎた。彼らと比べると、自分の至らなさが浮き彫りになるのだろう。


「君はもっと自分に自信を持つべきだな。嫌な言い方になるが、変わっているのは君の友人たちの方だ」


 確かにマリーやカダンたちと比べると、孝宏は出来ないことが多く自分が情けなくなることもしばしだ。自分自身に自信が持てなくなるほどに己を卑下しているつもりはなかったものの、ナキイにそう見えたのは、自分でも気づかない内に負い目を感じていたからだ。

 孝宏も薄々は気づいていた。ソコトラで負った罪悪感は自分を変えるには十分すぎた。

 孝宏は自信を持てというナキイのアドバイスは理解できたが、その後が分からない。まさか侮辱しよういうつもりでないだろうが、愉快な単語でもない。


「変わってる?どういう意味ですか?」


 孝宏が不快感をあからさまにしても、ナキイは真剣そのものだ。


「決して悪い意味じゃない。君の友人たちは、その……あくまでも俺の主観だが、訓練を受けた者のような動きをする。特にあの三人、狼の双子と白髪の少年は……あれは……その、まるで………そうだな、優秀な新兵のようだった」


「皆あんなものじゃないんですか?」


 孝宏のイメージする異世界は常に戦いが傍にあり、戦闘になれた者が多くいる認識だ。カダンたちが多少戦い慣れていても、さほど珍しいことではないと思っていた。自分専用の武器を持っているのも、戦闘用の魔術を見事に操るのも、この世界では当たり前だと。

 ナキイは驚いた様子で言った。


「まさか、普通に暮らしていて戦いに慣れるものか。彼らは兵士たちの使う合図にも反応していたし、動きも俺の見慣れたものだった」


 ナキイは個人的な主観と言いながらもはっきりとした物言いをする。


「まさか……」


 信じられない。今度は孝宏が驚く番だ。


「それからもう一人の女性の方は三人とは違う動きをしていたが、何らかの訓練を受けていた、そんな動きだった。それに彼女はとても良い感を持っている。初めは気ごちなかったがあっと言う間にこちらについてくれるようになったしな」


 マリーの化け物的な出来の良さは今に始まったことでない。カウルの牛からも余裕で逃げ切れたいうから、元々の身体能力は高いのだろう。とはいえ、魔術を操り、剣で戦えるのは教えてくれた人物がいたからだ。


(ルイが魔法を教えてくれて、カウルが武器を持つ戦いを教えてくれて………普通じゃない……のか?)


 普通じゃなければ何だろう。戦い、しかも実戦に正通している民間人程怪しいものはない。


「ああ、何も君たちを疑っているわけじゃないんだ。身元もはっきりしているしな。魔女の息子たちなんだろう?」


「魔女?」


「あれ?魔女オウカ。アノ国始まて以来の天才魔術師だよ。発明した魔術は数多く、国民の生活が一転したほどだ。学校でも習うはずなんだけど……」


「そう言えばそんな話もあったかなぁ」


 孝宏は笑ってごまかした。


「授業は真面目に受けないとだめだろう」


 呆れつつ溜息を吐くナキイに孝宏も愛想笑いで返した。


「それにしても、自分の子供に兵士と同じ訓練をするなんて……」


「駄目ですか?」


 双子の両親を侮辱するようは発言に孝宏は思わずナキイを凄んだ。双子がどれだけ両親の死を悲しんでいるか身近で見ている。あれだけ愛されている人達が悪い人であるはずがない。孝宏の中にある親とはそう言うものだった。


「あ、いや、駄目とかではなく……ただ俺なら自分の息子にあんな厳しい訓練を強いるのは無理だと思っただけだ。気分を害するようなことを言ってすまなかった」


 その後ナキイは逃げるように部屋出ていったが、一人部屋に取り残された孝宏はナキイの言ったことを頭の中で反芻していた。

 息子に厳しい訓練を強いるのは、あり得ないことではない。日本のアスリートだって、成功者の中には父親がコーチとして厳しく育て上げた例もある。本人が望むなら親としては叶えてあげたいと思うのも当然と言える。

 しかし考えてみれば、孝宏にも少し奇妙に思えた。

 そもそも軍隊式の訓練を知っているのはなぜか。ナキイは親が訓練したと思い込んでいた。カダン曰く、両親共に強い戦士であるらしいから、どちらか、あるいは両方が兵士だったのかもしれない。


「あいつらは19歳で15になると家を出るって言ってたから、それまでには今くらい強かった……えっと……」


 ナキイは優秀な新兵だとも言っていた。と言うことは15歳の時点でほぼ完成されていたと考えるべきか。それとも離れてからも訓練を続けていたか。

 しかしそれだとナキイは優秀な新兵でなく、マリーと似た様な感想を持つはずだ。同じ訓練内容をこなすだけではモチベーションも上がらず、結果突然起こった事件で優秀な新兵のように立ち回れたはずがない。四年以上も離れて訓練を続け強くあり続けるには必然的にオリジナル要素も増えただろう。モチベーションを保ちつつ我流にならずに、忙しい合間をぬって訓練し続けるには何かあるはずだ。よっぽど生真面目らなそれもありえただろうが、彼らから生真面目さは感じられない。彼らには程よい緩さがある。


「確かに変だ……何であいつらはあんなに強いんだ?」


 固定概念とはある意味恐ろしい。

 自分たちを勇者と呼び、親切にしてくれる彼らに対し、孝宏はこの時初めて疑問を持ったのである。





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