表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/281

夢に咲く花 54

 次はそこから百メートルも離れていない三階建てに住む若い男だった。その次、老婆の待つ商店は、男の家から五十メートル程しか離れておらず、どちらも地上を行った。その次は一度下水道に戻ったが、さらにその次は地上を行った。

 救助班が地上を素早く移動できたのは駆除班と囮班がそれぞれの役割を十分に果たしたからだ。中には手遅れで搬送中に亡くなった人もいたが巨大蜘蛛の出現はなく、作戦は順調にいってると言って良いはずだった。


「この辺りに蜘蛛の巣はありません」


 孝宏は暗視状態になったフェイスガードを上げ下げしながら蜘蛛の巣を探していた。暗闇の方が見つけやすい気がしていたからだ。念入りに、念入りに行われた結果、僅かだが作戦に遅れが出始めた。

 民間人の命がかかっていることもあり、作戦を指示するコオユイは孝宏たちのいる班を急がし、それを受け班のリーダーも、雑に作戦を遂行するつもりはなかったが、迅速に行動するよう指示を出した。


 ただ留意しなければならなかった。肝心の孝宏は何の訓練も受けていない民間人であったり、さらには異世界から来た者であった。

 後者は兵士たちは知らないのだからしかないのだが、この二つの要因が孝宏と兵士たちの間に認識のズレを生み出した。


(早く見つけないと……時間が……)


 この時、孝宏は時間が押してる言われて酷く焦っていた。

 焦りは人を愚かにするものだ。孝宏は暗視状態のまま蜘蛛の巣を探し始めたのだが、これが初めの間違いだった。

 次に張り巡らせたロープの中で光る物を見つけたが、ロープにかけられた魔術だと思い、とくに報告をしなかったのもまずかった。

 この世界の物は魔術または魔力によって維持、構築されていると無意識に思い込んでいたからだ。なのでロープが光っているのは、張り巡らせているロープを維持するために魔術が使用されているのだと。もしくはその残り香であると。

 このロープ、張る作業自体は魔術を使用したが、今はコンクリートによって強化された壁に打ち込まれた杭によって固定されているので、魔力を帯びているはずがなかったが、異世界から来た孝宏にはそれがわからず、魔術を使用した罠とは魔術のみで構成された罠であると思い込んでいた。

 それにこの何重にも張り巡らせたロープの中で、あの巨大な蜘蛛の巣がそのまま存在していると、孝宏にはどうしても思えなかったのだ。


「ここは蜘蛛の巣ないです」


 兵士たちが目配せをして、ドアの横に立っていた兵士がドアをノックをした。程なくして、応急処置を終えた年老いた鼠人の男が担架に巻き付けられ固定された状態で運び出されてきた。これまで避難してきた中では最高齢ではないだろうか。

 孝宏はその時はようやくフェイスガードを上げた。まだ目が慣れておらず闇が濃い。


「あっ!」


 たった今出てきた家の玄関の真上、壁がキラリと光った。


「カダン!玄関の上の方!何かある!」


 孝宏が叫び、それに対してのカダンの反応は早かった。大刀を抜きそれまでと同じく空を切ったが、蜘蛛の巣は現れず、何度も空を切る音だけが空しく響く。


「本当にここにあるのか?」


「えっと……壁が光ってるんだ。もっとそっち側を切ってみて」


「もっとって、あんなに大きいのに?本当に蜘蛛の巣? 」


 孝宏とカダンのやりとりに緊張したのは兵士たちだった。

 何を今さら言っているのか。すでに患者は外に出ていて、まだ下水道に下ろしていない状態で万が一にでも襲われれば、高齢の身では持たないだろう。急がなければならない。

 兵士たちはサインを送り合い、何か起きる前に済ませようとした。しかし、患者の担架がマンホールの上にたどり着いた時起きてしまった。


ーーピィィィィーー


 危険を知らせる耳障りな笛の音が響き渡り、ロープがギチッと音を立ててしなった。

 ほとんどの兵士たちが気が付いた時には、一匹の巨大な蜘蛛が、ロープの中に体を沈ませながら落ちて来ていた。しかしリーダーが指示を出そうとしたところで、幾重ものロープが巨大蜘蛛の体をしっかり受け止めたのは幸いであった。魔術師はその隙に担架の上に物理的な結界を作りだし、患者を蜘蛛の体毛から守るとともに素早く下水道に担架を下ろした。


「全員戦闘配備。目標はロープで身動きが取れないでいる。今の内にやるぞ」


 実に低くドスと効いた声だ。兵士の覚悟がよく分かる。

 孝宏は巨大蜘蛛が現れた場所が、さっき自分が光を見つけた場所であったことに驚いた。息は荒く、見開らかれた瞳が泳いでいる。


 ようやく、孝宏はもっとも重要なことに気が付いたのだ。


「大丈夫だから、孝宏はここにいて」


 孝宏とは対照的に、カダンの表情は実に自信に満ちていた。

 大刀を持って巨大蜘蛛の元へ駆け寄るカダンを見送り、孝宏は初めて蜘蛛の巣を見つけた時のことを思い出していた。


(そうだ、違う……どこからだ。どこから俺は見えてなかった?)


 初めて見た時は蜘蛛の巣自体が見えていたはずだが、この作戦中に巣が見えたのはどれもカダンが切った後だった。


(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい)


 孝宏は光る魔力にばかり気を取られて肝心なことを忘れていた。


(俺の六眼は兆しの鳥と同じで不安定だって………………いつからだ!?)



――ザシュッ――



 カダンの大刀がロープをよけて巨大蜘蛛の首を器用に切り落とした。ボタッと地面に落ちて転がる蜘蛛の頭が、ロープを支えていた兵士の足下に転がっていく。首が兵士の足にぶつかった。

 大きく開かれた口、鋭い牙、はねられてもなお輝きを湛える赤い目。首だけで動き出しそうな迫力に、兵士は小さく声を上げた。


「……………!」


 動かないとわかっていても恐ろしい物は恐ろしい。彼は号令がかかるまで目を離せずにいた。


「…………よし!次に行くぞ。ここから百五十メートルほど行った先だ。少々離れているが地上を行く。今みたいに突然現れる。気を抜くな」 


「タカヒロさんは先程までと同じく蜘蛛の巣がないか、確認しながら、先頭の二人の後に続いてください」


「あ……す、すみま、せん。俺……み、みえ、見えて…………」


 孝宏は声が震え、肝心の言葉が出てこない。兵士たちの目には一度の失敗を悔やみ恐れている子供に写ったに違いない。切り替えろと、無言の圧力が孝宏を刺す。


「見落としくらい大丈夫ですよ。その為に我々も警戒しています。今だってなんとかなったでしょう?」


(ち、違うんだ。そもそも見えていない…………)


 真実を言えば、今孝宏を勇気づけてくれた兵士も驚き、落胆し、怒るだろう。それに見えてなくとも何とかなったではないか。多少の犠牲が出るのは初めから計算の内だ。


(でも言わなきゃ……言わないと……)


 称賛が欲しいとは思わないが、間違いを非難され失望されるのは怖い。しかし軽蔑されるのも嫌だった。


 孝宏が中で葛藤の答えが出る前に、班のリーダーの指示がでた。


「お二人は隊列の中央に移動して下さい。そこから見える範囲で構わないです。よろしくお願いします」


 隊列の配列が変わったのは危険度が増したからに他ならない。

 これまで不気味なほどに姿を表さなかった巨大蜘蛛が孝宏の見落としから出て来たということは、これから起こることを暗示しているように思われた。たとえこれから見落としなく進めたとしても、蜘蛛の巣は町中にあるのだ、巨大蜘蛛との戦闘を回避するのは難しいだろう。であれば、民間人である彼らは出来るだけ安全な位置に置くべきだ。

 リーダーの判断に兵士の数人は、その意図を読み取り眉をひそめた。何のために協力を仰いだのか、承諾したのか。命を張るのでなければ戦場では荷物になるばかりだ。

 そんな彼らの視線に気が付きながらもリーダーが無視したのは、ヘルメルからの直々の命令もあったからだ。

 彼のいつもの信条からきたものであったが、今兵士たちの間に広がる噂が影を指す。この命令がヘルメルの個人的感情によるものでないことを祈るばかりだ。

 これからもヘルメルに振り回されるなら、女が理由であるよりも、やはり国のために奮闘したいと思うのは当然のと言えば当然だろう。彼らは兵士なのだから。とはいえ、彼らも人の子だ。安心安全に超したことはない。しかし不幸にも、孝宏が真実を口にする前に事態は動いてしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ