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夢に咲く花 53

「お時間です」


 迎えの兵士が来た時、孝宏たちの準備はすでに済んでいた。ピリッとした兵士のまとう緊張感に引きずれ、孝宏たちの意識も切り替わる。

 落ち着き頷く者、静かに深呼吸する者、表情をなくす者。孝宏もキュッと口元をひきしめた。作戦の内容によっては自分も戦うかもしれないと思うと、ソコトラの時は必死だったために感じなかった緊張感が襲う。

 会議の後、隊の中でただ一人の六眼を持つ研究所の職員は、いくつかの巨大蜘蛛出現地点を見て回った。現在、明らかに魔術に関係していると思われる蜘蛛の巣を、拠点としている空港の外壁や周辺設備にて、合計三か所で発見、除去に至っている。


 しかし、軍が確認している巨大蜘蛛出現地点ではいずれも巨大蜘蛛の巣を確認出来ず、そのため蜘蛛の巣は一度の使用で廃棄され、しかし使用されていない巨大蜘蛛の巣はまだ町中に残っている可能性があると結論付けられた。また比較的新しい出現地点では召喚魔術の痕跡も確認された。ただ、召喚にしては少々特殊な式が組まれた陣を、コオユイたちは召喚に偽装した転送魔術と結論付け、それすらも罠であった場合に備え別隊編成し捜索、警戒に当たらせることにした。

 それらのことを踏まえて立てられた至って単純だった。

 囮となる部隊が巨大蜘蛛を引きつけ壁で囲い隔離した後、蜘蛛の巣がないか確認排除。周囲を警戒しつつ民間人を下水道より避難させる。なお、避難する民間人は命に関わるような急を要する人物に限定され全体の避難ではない。

 それでも当初の予定よりずっと慎重な案に変えられていた。民間人を避難させる場所を塀で囲わない代わりにロープを何重にも張り巡らせ、民間人を素早く下ろせるようあらかじめマンホールは大きくした。万が一の場合に備え医者も同行させ、かつ、零に対応できる魔術師を最低一人は配置し、壁の中に隔離できなかった巨大蜘蛛は駆除班が対応する。駆除班はルイとマリーで二班を編成し、孝宏はカダンと、カウルは一人で救出班に組み入れられた。

 孝宏の役目はロープを張り巡らせた後に、目視で怪しい蜘蛛の巣がないか確認することだ。六眼を持っている者が孝宏を含め二人しかいないため孝宏の責任は重大だ。何せ誰にもフォローができないのだから、もしも見落としてしまえばそれはそのままリスクとなる。


「カダンや他の兵士たちが居るんだからそこまで気負う必要ない。何かあれば俺たちも助けにいるだろうしな。もっと力を抜け」


「そうよ。すぐ慣れるから大丈夫」


 マリーもカウルも孝宏の緊張をほぐそうとしているのだが、カウルは頻りに刀の鍔を爪で弾き、マリーも剣を握る拳にいつも以上の力が籠る。そもそも二人とも孝宏とは班が違うのだから孝宏から乾いた笑みがこぼれるのも致し方ない。すでに出発の準備は終えているのだ。あとは兵士たちと合流し、作戦に移るだけだ。

 移動する直前、いつになく真剣な顔でルイは孝宏に一振りの短剣を渡した。ただの短剣にルイが細工を加えたもので、鍔の部分に石がいくつか取り付けられ細かな文字が文様を描く。これは巨大蜘蛛に対抗するために作った短剣で、魔力の制御ができない孝宏の為に引き抜くだけで効果を発揮させるようオウカの術式をルイが調整して施した一品だ。

 孝宏は礼を言ってルイからその短剣を受け取った。


(こんなのいつの間に作って……)


 はたして町に着いた次の日、宿でルイがベッドの上に道具を広げた時にはあっただろうか。孝宏は記憶をよくよく思い出した。これだけ石をあしらった道具は目立っていても良かったはずだが、いくら思い返してもそれらしき物は思い出せない。そうであるならばこの短剣を作ったのは巨大蜘蛛に襲われた後ということになる。回復して間もない体で、巨大蜘蛛と戦って疲れた体で。きっと孝宏が休んでいる傍で休まずに。

 孝宏は目頭が熱くなった。 


「体調は大丈夫か?病み上がりだしこれを作るために無理をしたんじゃ……」


「あぁー……さっき魔法でパパッと……5分位で作った物だから。でもその分脆いし、何度も使えるとは思わない方がいい。僕らのとは違う術式で狙い通りの効力が出るとは限らないし、下手したら発動しない可能性もある」


 ルイの説明を聞いて、孝宏は先ほどまでの感動はどこへやら行って急に不安になってきた。


「おい、大丈夫なんだろうな?これを当てにして……」


「使えるかどうかは、実際に使ってみないと僕にもわからないよ。確認する時間もなかったし。僕の計算通りなら、刃が触れた部分のみに効果が出るはずなんだ」


(あ、俺これ知ってる。アレだ)


 ルイは魔術に没頭する時、自信に満ちたというにはやや物足りない実に生き生きとした表情をした。この探検を作っている時のルイはそれはさぞかし楽しかったのだろうと容易に想像がつく。しかしいくらルイが優秀とはいえ、これはあくまでも最終手段として意識するのが正解かもしれない。


「一応礼を言っておくよ。ありがとう」


「どういたしまして」


 ルイはニッと笑って、先に出ていった兵士を追って部屋を出た。



 孝宏はここに来たとき同様一度白い建物へ行くのかと思ったが、兵士は孝宏たちを飛行船の最下部へと案内した。入ってきたときはただの通路だった床に今は大きな扉が付いており、開ければ地面にぽっかり穴が開く。ここから直接現場まで行こうというのだ。兵士たちもすでに暗い地面の下で待っているに違いない。孝宏は意を決して暗い穴を降りていった。そこからは班に分かれて行動いた。多少明かりがあるとはいえ薄暗く狭い通路を大所帯で行くのだから圧迫感が増す。孝宏は軽い吐き気を催しながらも通路を進んだ。やがて地上に出たとき、あたりはすっかり夜になっていた。


「暗視状態へ切り替えろ」


 地上へ出る前に伝達されてきた命令だが、孝宏には暗視モードへの切り替えがわからなかった。ヘルメットにボタンがついているわけでもなく、他の人を真似しようにもうまくいかず、戸惑っている内に後ろから急かされるままマンホールから地上へ出た。


 濡れた地面、建物との境目がわからない夜空。冬の肌を刺す空気に湿気た匂いが混じる。雨は降っていない、やんだ後だろう。闇の中をバラバラと持ち場へと散っていく兵士たちの足音を見送り、自分はどこにいるべきか一瞬不安にかられる。しかし孝宏の役目は一つだ。


(それに、これまで薄暗い下水道を通ってきたのだから暗闇に目が慣れるのも早いはず)


 孝宏は目をこらして蜘蛛の巣を探した。これだけ暗ければ、逆に光りなどは目立つ。見上げると雲の合間から覗く星のような小さな光りがいくつか見えた。赤や青、白と見間違うグレーの淡い光。


「あれ?」


 孝宏が違和感に気が付くのは早かった。孝宏の頭上の星の光は多少の強弱はあるものの、瞬かなければ揺らぎもしない。小さくともこれだけはっきり見えるのだ。瞬く位しても良いだろうに。


「どうかした?」


 孝宏の右斜め後ろにいたカダンが尋ねた。孝宏にはカダンの姿が見えておらずとりあえず左後ろを振り返ったが、そこには兵士の一人が立っていた。


「あれ、あの光か見えるか?」


 自分に振られると思っていなかった兵士は戸惑いながらも暗い空を見上げた。縦横無尽に張り巡らされたロープと夜空を覆う分厚い雲が見えるばかり。


「いや、何も見えないが……」


「え?」


 カダンが答えるとばかり思っていた孝宏は答えた声が違うことに驚いた。間違えたのだと気が付いても肝心のカダンがどこにいるのか解らずきょきょろとするばかりだ。


「俺はここだよ」


 見かねたカダンが孝宏の肩に手を置いた。


「ゴメン、何も見えないくてさ。あせった」


 孝宏は左後ろ、おそらくは兵士がいるのだろうと思われた場所を一度振り返った。せっかく答えてくれた兵士にも失礼な態度を取ってしまった。謝った方が良いだろうかと孝宏は軽く頭を下げた。


「やっぱりカダンも見えないか?」


「光なんて見えないよ。どの辺が光ってるの?」


「どのへんって……初めは星かと思ったけど妙に低いし、でも真っ暗で光ってるの以外は見えないんだ…………暗視モードってのがどうやるか分からなくて」


 ため息を吐く声が周囲から洩れた。孝宏の左後ろからも聞こえてくる。それは説明を怠った者へ向けられたものだが孝宏自分に向けられたと思い恥ずかしくなった。どちらにしろ怖気づいていないで聞けばよかったのだ。孝宏にも落ち度はある。


「そっか、俺たちは説明受けたけど、孝宏たちは聞いていないのか。気が付かなくてゴメン。待ってて、今俺が切り替えてあげるから」


 カダンは孝宏目元部分を覆う透明のプレート、フェイスガードに指先で触れた。トントントン、軽く叩くだけで孝宏の視界は一気に開けた。それまで起伏も分からなった空にモコモコした雲が広がる。それから、苦笑いを浮かべるカダンに、蜘蛛の巣のごとく張られたロープ。周囲を固める兵士達。

 孝宏もどう表情に出してよいかわからず、顔を引きつらせた。


「見えたみたいだね」


「うん、見える。ありがとう」


 孝宏は改めて見上げた。やはり小さな光があるが、頭上のロープが光っているのではないようだ。それよりもやや低い。


「上のロープより下で光ってる。あそこに魔法があるんじゃないかって思うんだけど……」


 カダンが兵士を見やる。


「今回の作戦に魔術を用いた仕掛けはありません」


 そもそも殆どの魔術を無効にする相手に対し魔術の仕掛けは無意味だ。


 カダンが手に持つ刀を抜くとそれは、カウルのと同じく柄の長い大刀へと変化した。孝宏が指さした真下に移動し刃を上にして立て、孝宏の目をじっと見た。孝宏が無言で頷くと、カダンはロープに触れないよう慎重に刃を振り下ろした。

 そして、それは静かに姿を現した。

 道の端から端まで届くほどの、重なり合い分厚く人を飲み込んでしまいそうな蜘蛛の巣。突然現れたそれの巨大さに、兵士達も大刀を握るカダンも目を見張った。


「やっぱり俺が見たのと同じ感じだ。これやっぱり変……だよな?」


 皆の反応を見れば四十八区答えは予想できるが、孝宏ははっきりとした言葉が欲しかった。だが期待してカダンを見ても、蜘蛛の巣を刃にからめとるのに必死で気付いてくれない。


(まあ兵士はみんな驚いているし……いっか)


 孝宏が他にもないか念入りに見て回り、怪しいところは念のためカダンが大刀を入れ手確かめたが、結局一つのみだった。

 救出された民間人が下水道に下ろされていくのを見て、孝宏は誇らしい気持ちになっていた。

 これで彼女は助かるかもしれない。きっと今頃下に医者が待機してて、すぐ治療を受けられるように準備を整えているんだろう。


「次も頑張ろう」


「ああ、わかった」


 孝宏は力強く頷いた。



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