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夢に咲く花 43

 もちろんカウルは納得はしてなかったが、それよりもカウルのカダンへの信頼の方が上回っていた。ただ失敗した時の為の準備はすべきだろうと、カウルもそれぐらいは考えていた。


「念のため剣はいつでも出せるようにしておいて」


「そんなこと解ってる。それよりカダンはまさかあの中に入るとか言わないよね?」


「ん……でも俺もそれくらいしか思いつかないんだ」


「冗談でしょ?もしもこの中にもいたら、それこそ逃げ道がないじゃない」


「だよな。本当何考えてるんだろう」


 一度は信頼するカダンを優先しても、カウルの心の中にもどうしても残る不安がさらなる不安を煽り、自分が本当は何をすべきか解らなくなっていた。カダンを残してでもこの場から離れるべきではないのか。そんな恐ろしい考えが浮かび必死に打ち消した。

 悩まし気に顔を歪めるカウルは苦しそうで、悲しそうで、マリーはそんなカウルを見ているだけで不甲斐ない自分が悔しくて、はやり苦しかった。


「大丈夫よ。何があっても、大丈夫」


 マリーは大丈夫と繰り返し言いきかせ笑った。


「だって私、勇者だもんね。知ってる?勇者は決して折れないし、決して負けないって決まりがあるの」


「マリー………何だよそれ?」


 カウルが聞いたこともない、異世界の決まり事を得意げに言うマリーがいつかのカダンと重なり、カウルは複雑な気持ちになったが、彼女の励ましは純粋に嬉しかった。

 


「凄く……心強いな」


 カウルの戸惑いが、最後には笑みに変わる。


「でしょ?もっと私を頼りなさい」


 私を信じて。マリーは胸を張って拳で叩いた。


 カウルとマリーの二人に、マンホールへ向かうよう指示を出した後、カダンは次の魔術を紡ぎ始めた。

 頭の片隅で≪偉そうに何様だ≫と自嘲気味に言う自分がいる。頭ごなしに命令したが、マリーはともかく、カウルは従うとカダンには解っていた。双子はカダンにとって、カダンは双子にとってかけがえのない兄弟であり、共に暮らしてきた中で培った確かな信頼があった。

 もう間違えない。家族を守るんだ。

 カダンを突き動かすのはその一点のみだった。


「繰り返す。見えない壁は何者も通さず俺たちを守る。幾重にも何重にも重なり決して溶け合わず強固な壁になれ。可能である。あいつらが壊せない強固な壁」


 カダンの噛んだ唇から血が滲み、蒼白した顔面の目は血走っている。地面に片膝を付き左手で胸の辺り、服を鷲掴みにして息は荒々しく、胸ごと肩を上下させる。

 一度に多くの魔術を使えないカダンが、そうなるまで魔術を使い続けてようやく、巨大蜘蛛たちは歩みを止めた。


――giigititititigiiikikiki――


 赤い目がより赤みを増し、八本ある足がリズムを刻み始めた。巨大蜘蛛の大小無数の目がすべてカダンを捉え、見えない壁に鋭い二本の牙を見えない壁に突き立てたが、巨大蜘蛛は前進しようとしない。

 初めの壁よりは耐えている様に見えるが、単に壁が幾重にも重なっているだけで、一枚消えるのに必要な時間はほんの二・三秒秒程。それでも壁を幾重にも重ねればいくらかは時間を稼げる。

 カダンはニッと歯を見せて笑った。


「そこで指でも銜えて見てろ。化け物が」


 カダンは吐き捨てるように言うと、口元の血を拳で拭い、カウルとマリーに遅れること数秒後、マンホールの傍へ走った。


「カダンっ……お前…」


 駆け寄って来たカダンを見てカウルは絶句した。

 カダンは立っているのが不思議なくらいボロボロだった。足元もおぼつかなく、体をまっすぐ立てることすらできずにいる。


「顔色悪い。大丈夫?」


「このくらいなら平気。少し疲れたけどね」


 マリーにはちょっと疲れたよと軽口を叩いていても、彼がどれだけ無理をしたのか、ずっと一緒に暮らしてきたカウルだからこそ一目で見抜いたし、今どれだけ無理をして平静を装っているつもりなのかも解ってしまう。それ故に、カウルはカダンに労わる言葉をかけるられなかった。


「ここから下水道を通って行こう。さっき下の様子は見たから大丈夫」


 カダンが言うさっきとはいつだろう。マリーは喉まで出かかった質問を飲み込んだ。

 ずっと早口で呪文を紡いでいた時だろうか。それとも獣姿で逃げいた時だろうか。屋根から下へ降りてきた時かもしれない。

 いずれにせよ、カダンがこれほど巧みに魔術をを操ると知らなかったマリーは驚いた。

 本当に驚いてばかりだ。

 ルイや自分と比べ長い呪文や、優雅とは言い難い言葉選びも、不慣れだからとばかり思っていたが、むしろ逆で、魔術を使うのに慣れているからこその、あえての選択だったのかもしれない。

 何せマリーは一体いつカダンが下水道の探索魔術を使ったのか、全く気が付いていなかったのだから、少なくとも技術はマリー自身よりずっと上だろう。


「俺が目くらましをするからその間にこの中に入るんだ。それからカウルは服を脱いで」


「え?……わかった。全部か?」


「上、一枚だけで良い」


「了解」


 カウルは何故と聞きたかったに違いない。だが考えたのはほんの一瞬だけで、すぐにコートの中のハイネックのTシャツを脱いでカダンに渡した。カダンもコートを脱ぐのでマリーはたまらず聞いた。


「私のはいらないの?中に入るのに必要なら脱ぐよ?」


「ありがとう。でも大丈夫だよ」


 マリーが何を思って言ったのか容易に想像ができて、カダンは笑って答えた。

 カダンは二人分の服を適当に丸め両手で持ち、カウルに目配せで合図する。視線を合わせ小さく頷き合う二人を見て、いよいよだとマリーも覚悟を決めた。

 本当の所今でも下水道に入るのは嫌なのだが、そうも言っていられない状況なのは嫌でも理解できたし、マンホールの中に何が住んでいようともおそらく巨大蜘蛛よりもマシだ。


「カウルが先で次がマリー、最後に俺が入る。良いね?」


 カウルとマリーは無言で頷いた。マリーが一歩下がりマンホール上からどき、カウルがマンホールの持ち手をつま先で踏んだのを合図に、カダンが呪文を紡ぎ始めた。

 巨大蜘蛛たちが全ての壁を破る前に終わらせなくては意味がない。すでに壁の半数以上が壊されていた。

 カダンは高速で、しかし丁寧に魔法を組み立てていく様子を、マリーは息を飲んで状況を見守っていた。万が一の時は自分が前に出ると決めていて、剣の指輪をした右の拳に力を込めている。


「行くよ!」


 カダンの掛け声と共に足元が、カタカタと音を立て震え始めた。三秒か、五秒かそこら経つと、カダンが作った壁と思しき箇所にそって、黒い何が這いあがっていく。

 マリーが目を凝らして見ると、それは細かに砕いた石畳だった。細かに砕けた石は光を完全に遮断せず、かといってこちらが丸見えになることもなくしっかりと三人を外から隠した。


 視界から巨大蜘蛛が消えたのを確認してから、カウルはマンホールの蓋の口に手をかけた。日常的に使うものではないから、蓋は固く置けるのに難儀するかと思えば、拍子抜けするほどあっさりと開いてしまった。全身を使って開けるつもりで力を込めたカウルは、勢いのあまりマンホールの蓋を投げ飛ばしそうになったくらいだ。

 ゴトリ、重い音を立て蓋が凸凹に削られた石畳の上に置かれた。

 地面に開いた深く丸い穴。下へ降りていくための梯子が闇へ消えている。カウルが素早くマンホールに降りると、続けてマリーが慎重に降りていく。


「いてっ」


 カウルが上げた小さな悲鳴と足の裏のグニュッとした弾力がある感触に、マリーがゴメンと言いながら足を上げた。早く下へ行かなければと焦って、うっかりカウルの手を踏んでしまった。

 頭まで地面の中に潜ってしまうと、マリーの心の中に正体不明の不安が生まれた。マンホールの中から上を見上げると、丸く切り取られた天井に光の筋が入り初め、それらが増えると同時にパラパラと細かく砕かれた石が落ちてくる。見えない壁に張り付ていた、細かに砕いた石畳が零れ落ちてきているのだ。もはや時間がない。マリーは再び下へ下へ降り始めた。


 カダンが最後にマンホールに入り、ゴトリと重い音を立てて蓋を閉めると、マンホールの中はさらに闇を濃くした。




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