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夢に咲く花 40

 マリー・ソコロワは幼い頃より夢見がちな少女であった。

 兄が二人いた為か、もしくはビールタンクを軽々と担ぎ上げる叔母に影響されてか、少女の語る夢は両親が思い描いていたものとは多少違っていた。

 正義を貫くヒーローに憧れ、二人の兄に混じりごっこ遊びに夢中になり、兄を除くともっぱらの遊び相手は男の子が多く、故に幼少期は同性の友人が少なかった。

 数いるヒーローの中でも特にマリーが心奪われたのは、勇敢で賢明、正義感が強くそれに見合うだけの強さを持ち合わせた他者を魅了する美しいヒーロー。しかし彼女は憧れのヒーローの様になりたいのでなく、ヒーローその物になりたかったのである。

 それでも幼い頃は良かった。異性の友人とも対等に遊べたし、周囲の大人も笑顔で付き合ってくれた。だが歳を重ね友人が一人また一人と夢から現実へ目を向けるようになると、マリーの異様さは浮きだっていった。

 憧れのヒーローに少しでも近づくために格闘技を習い体を鍛え、勉学に励み知識を蓄えた。大人の美しさを求め背伸びもした。全ては憧れのヒーローに少しでも近づくため。こだわりの強い性格をあってか、どれも一定の評価を得るまでなった。朝目覚めてから夜寝るその時まで、マリーは常に憧れと夢を念頭に置いて行動しており、誰が見ても狂気じみていた。

 なぜそこまで陶酔するのかと友人に尋ねられたが、自分の中に明確な答えはなく、自分の夢について熱弁を振るい、結局≪ファンタジーの世界に生きているのね≫と友人を呆れさせただけだった。

 つまりはマリーと言う人間は、正義の味方に憧れ、己を磨き続けてきた生粋のヒーローバカであり、今自身が置かれている状況は神が示した使命なのだと信じていた。ヒーローになるべきなのだと。夢が現実になったのだと、正直なところ浮かれていたかもしれない。

 そんな理想にまい進している彼女に立ちはだかったのは無情にも現実と、共に行動する仲間だった。



 孝宏が意識を失い治療を受けている頃より、少しばかり時間を遡る。


 受け取った整理券番号の順にあと二ケタと迫った時、広場の外から悲鳴が上がった。

 四方から聞こえてくるおびただしい程の悲鳴が、瞬時にして広場のすべての人間に異常事態を知らせた。だが広場にいる誰もが慌てるでも逃げるでもなかった。

 国中に流れる、≪また戦になる≫だとか≪国中が化け物の群れに蹂躙される≫のだとかいう噂は、確実にこの国人々に影を落としていた。悲鳴が聞こえてきた時、誰もが動かずにいたのは、その誰もがついに始まったのだと絶望を脳裏に浮かべていたからだ。

 拳を握り狂乱じみた悲鳴に固唾を呑んだ。程なくして植木の向こうから黒い巨体が現れ、状況は一変した。ある者は腰を抜かしてその場に尻を付き、ある者は運悪く目の前に現れた巨大蜘蛛に押しつぶされながら頭を喰われた。ある者は巨大蜘蛛が食事に夢中になっている内に、我先と逃げ出し広場の外へ駆け出した。

 訳も解らぬ化け物に遭遇するのは初めてでなくとも、カウルとカダンは状況を整理するのが精いっぱいで、現れた巨大蜘蛛がどれも自分たちから距離があることに安堵していた。

 まずはこの場から離れ、宿に残してきた二人と合流する。カダンとカウルの考えはほぼ一致していたが、これに対しマリー一人が拳を握った。町にたどり着くまでの僅かな時間で、ルイが指輪へと加工し直した剣が、一瞬にして元の大きさへ戻る。古びた抜身の剣身が日の光を反射して光った。


「化け物が……退治してくれる」


 そう言ったマリーの瞳が憎悪に曇る。マリーは顔面を蒼白させ、奥歯にグッと力を込め歯を食いしばった。ヒーローに憧れ正義心に熱い彼女だが何も狂人ではない。無数の赤い目と八本の足を持つ化け物は怖いし、死に対する恐れも人並みに持ち合わせている。ただ彼女の使命感がこの場で引き下がるのを許さなかっただけだ。それは単にヒーローに憧れ真似ているだけでなく、彼女の本心から湧き上がる正義感だった。そんなマリーをカダンでなくとも止めただろう。


「待って。今行くのは危険だよ」


 カダンが駆け出さんとしたマリーの腕を掴み止めた。マリーは驚き目を丸め、美しい顔に困惑の色が浮かぶ。


「どうして、目の前で襲われている人がいるって言うのに、何を躊躇うの?少なくとも私の剣ならあれを切れる」


「だとしても駄目だ。相手の情報がない状態で無茶だ。怪我とか……最悪死んでしまうかもしれない」


 カダンは首を横に振った。

 勇者だなんだと持て囃しここまで連れて来ておいて何を言う。当然マリーは顔を歪めた。もちろんマリーも危険なのは承知していたが、本来の彼女の性格か、もともとのポテンシャルが高かったための油断か、死ぬことはないと漠然と思っていた。

 何故ならカダンとカウルが傍にいるのだから、危なくなる前に引き際を、危険なら助けがあると信じていた。ただその引き際が今だとは露ほども思っていなかった。始まってすらいないのだからと。

 しかしカダンの目的はあくまでもマリーや孝宏を魔術研究所に送り届けることである。それは二人を戦いの最前線に送り込むと同意義だが、だからと言って今ここで戦闘に巻き込み魔術研究所に着く前に使い物にならなくなるのは本意ではなく、それだけはどうしても避けなければならなかった。

 さらにはソコトラで毒を吹き出す化け物を、毒で溶ける人を目の当たりにしていたカダンのトラウマは深い。その上、止む追えず野宿した森の中での野党の襲撃に気が付かず、あまつさえ拘束されたのだから、これ以上なく慎重になっているのも無理からぬことだ。そうでなくとも情報が少ないまま対峙するのは好ましくなく、無事に届ける為にも身の安全を優先するのならばここは逃げの一手が妥当と言えた。


「大丈夫。死なない。多少の怪我くらい覚悟の上よ」


 ニッと歯を見せて笑った口元が強張った表情と不釣り合いで、だがあまりにも彼女らしい。カダンはこれまで共に生活してきた中で、彼女の性格はいくらかは解っていた。マリーは自分の恐怖心を抑え込むすべを持ち、他人の為に力を振るえる出来る人だ。それが命を懸けるのか、日常的なちょっとしたことなのかは、おそらく彼女の中では大した問題でないのだろう。

 説得している時間はないし、だからと言って彼女に暗示をかけて不必要に魔力を消耗するのも避けたい。カダンはカウルに声をかけた。


「カウル、行くぞ」


「ああ、解ってる」


 カダンとカウルは視線を交わし、互いに短く確認し合った。二人にそれ以上の会話は不要だった。

 カダンが唸りを上げ身をよじり背を反らせると、一気に体が膨張し全身を白い毛が覆い、四本の足で地面を捉える。カダンは瞬きをする間に大きな獣へ姿を変えた。白い獣が狼にしては大きすぎる尻尾を上下に振り背中に乗るよう促し身を屈めると、すかさずカウルがマリーをカダンの背中に押し上げた。マリーをカダンの背中に乗せると、カウルも慣れた仕草でさっと飛び乗った。

 それまでの僅かな間で、カダンは耳をピンと立て、自慢の鼻で化け物の嗅ぎ慣れぬ臭いを探っていたが、徒労に終わってしまった。というのも、そこかしこから化け物の匂いが漂い、まるで役に立たなかったのだ。


 無理やり乗せられたマリーは腹這いに、カダンの胴と交差するように乗っているだけだが、背中をカウルに押さえつけられ思うように動けなかった。降りようとしてもすぐにカウルに戻される。そんな状況で剣を振り回すのは危険であると、マリーはすぐさま剣を元の指輪に戻した。


「ちょっと、危ないじゃない!私は……」


「そう思うなら大人してろ」


 カウルの抑揚のない声がマリーをピシャリと黙らせた。


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