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夢に咲く花 25

 ルイが腕を前に突き出し、指同士を付けた状態で掌を孝宏に向けた。顔の筋肉がピクリとも動かなくなり、瞳に静けさを含む。


「姿を映す鏡になれ」


 口元を覆う布がモゾモゾと動いたかと思うと、手をそのまま、腕で縦に伸びる楕円を描いて見せた。

 はじめは大きくだんだん小さく。やがて楕円の中心に来る頃には孝宏の前に大きな鏡が表れていた。

 手で触れられないが、確かに艶やかな鏡が孝宏と背後を映し出している。

 元は太く不格好だったかつらは、ごく自然に孝宏の頭に馴染んでいた。髪をかき上げると、赤毛に覆われた、黒髪が表れ、前髪などはそのまま赤と黒が入り乱れる。


 髪型が変わった以外変わらない、そのまま自分の顔のはずが、一瞬誰だと口をついて出そうになる。髪型一つでこうも雰囲気が変わるのかと、呆気に取られた。


「はぁ……」


「……まあ、い、意外と似合ってるんじゃないかな」


 孝宏が吐いた溜息を、自分に見惚れているのだと誤解したルイが、ぎこちない褒め言葉を口にした。


「ちげぇよ!ただ思ってたより、何かこう……女っぽく見えるから驚いてたんだよ」


 それを見惚れているのだと反論されたら、孝宏には言い返す言葉もないが、ルイはそうは言わず納得して頷いた。


「そりゃそうだ。僕がそれらしく見えるようにしたんだから」


 女性の胸まで再現しているのであれば、それらしくというのはこの場合、女性らしくという意味合いだろう。魔術の効果が表れるまで嫌に長いと思ったら、他にも色々小細工していたようだ。


「すごいだろう?」


 ルイは自信満々だ。孝宏は多少呆れたものの素直に頷きすごいと繰り返した。ところがルイはその答えには満足せず、大げさに耳に手を当て聞き返した。

 今は隠れているが、ルイの耳は孝宏と違い頭の横ではなく、上部に並んで付いているので、ルイの手もそのあたりに添えられている。


「はい?孝宏はさっき何て言ってたっけ?魔法なんて…………とか?」


 根に持つ奴だ。大げさに振る舞っているあたり、だたふざけているだけだろう。


「はいはい、取り消す。俺の負け。ルイはすげぇよ」


 魔術でなく自分が褒められ、不意を突かれたルイは照れくさくて頬を赤らめた。そのままでも分かりはしないのに、孝宏に悟らせたくなくて、口元を覆う布を無意識の内に引き上げた。

 その行為が逆に不自然で、何かあるのかと勘ぐったがあえて触れず、孝宏は陽気に笑った。


「しっかし、似合わねぇな、俺。女っぽく見えるように魔法をかけてもこの程度かよ」


「案外孝宏って男らしい顔してたんだねぇ」


「ルイはイケメンだし、似合うんじゃない?女装」


「確かに僕は格好良いけど、女装は似合わないと思うな」


「そこは否定しないんだ」


 決して口にはしないが、ルイの過剰なくらいの自信はむしろ羨ましいくらいだ。

 日本に生まれかれこれ15年。幼少期は格闘技に明け暮れ、中学に入れば勉強一辺倒になった。それらは常に下からのスタートだった。孝宏には胸を張って自慢できるものはなく、ルイは傍目から見てキラキラ輝いて見える。たとえナルシスト気味であったとしてもだ。

 まじめに道場に通いそれなりに形にはなったが、才能には恵まれず凡人どまり。後から入った後輩に追い抜かれた時の惨めさといったらない。

 だから中学に入ったのを期に、勉強を理由にすっぱり辞めた。

 辞めなかったらもう少しはマシになっていたのかもしれず、そうなれば自慢とまでいかなくても、得意だと胸を張れたかもしれない。後悔しても、もう遅い。


 格闘技をやめた後も、勉強嫌いが祟りそれはそれで辛い日々であった。強固な下心がなければ学年トップを取るなど、夢のまた夢であったろう。

 下心で勉強を頑張りましたと恥ずかしくて言えない。孝宏はそう考えていた。


「こういうのは僕みたいなタイプよりも、もっとあっさりとした顔のほうが似合うんだよ。例えば………」


 例を出そうとしてルイは言葉に詰まった。孝宏と自分に共通する人物が少ない上に、似合いそうな人物が思い浮かばなかったのだ。

 言葉に詰まったまま、視線が空をさまようルイを見て、孝宏が言った。


「例えばカダンとか?結構似合うと思うんけど」


「ぅえ?カダン?」


 ルイが意外だと言わんばかりに目を丸くしたのが、孝宏には意外だった。


 地球とこちらの世界では、美的感覚が違うのだろうかと思ったが、双子が男前という認識は共通していた。ということは大した違いはないと考えられるが、単にルイのセンスが他と違うだけかもしれない。


「そんなに意外か?地球では結構いい………」


「いやいや、違う。確かにカダンなら似合うと思うけど…………大体カダンは……」


 ルイが孝宏のセリフにかぶせて遮った。たが、ちょうどその時、潜めた笑い声がふと耳に入って孝宏はそちらの方を見た。

 足首あたりまであるロングスカートにエプロン姿の、いかにも主婦といった出で立ちの女性が二人。楽し気に立ち話をしている。その二人が時折こちらを見ているように思え、孝宏は急に恥ずかしくなった。


 大して似合いもしない女装など、自分が見ても奇妙に映るのだ。傍目からは面白く見えているに違いない。

 孝宏は何も考えず、反射的に頭のかつらを引っ張った。


「っいて!」


 かつらがとれるはずもなく、自分の髪を引っ張った時同様痛いだけだ。


「なあ、そろそろこれ取って、魔法も解いてくれよ」


「別にいいんじゃないの?僕はそんなの気にしないよ」


「お前な、俺は気にすんの」


 マントの襟元をギュッと両手で締め上げても、ルイのほうが背が高いのでは、全く脅しにもならず、ルイは涼し気な目で見下ろしてくる。

 ルイが孝宏の両手首を掴んだ。


「魔法なんて大したことないんだから。自分で何とかすれば?」


「なっ!?さっき言ったこと根に持ってんのかよ。謝ったじゃん!」


「何のことかな?」


「大人げねぇぞ」


「あいにく僕はまだ成人して………ない…………」



 それだけ言うとルイは黙ってしまった。表情は凍り付き、手首を掴む両手から力が抜ける。


「何だよ。どうしたんだよ」


 感情を唯一伺える瞳は冷え切って静かで、生気を感じられない。

 孝宏はカウルから聞いた成人の儀の存在を思い出して唇を噛んだ。


 カウルと二人で牛小屋の掃除をしている時、双子といとこのカダンが、三人で暮らしている理由を聞いていた。

 その時は暗い事情でもあるんじゃないかと、内心おっかなびっくりしながら聞いていたが、結局誰もが通る通過儀礼と知り、ホッとしたのと尊敬の念を抱いた。

 金を貯め村に戻った後両親から贈り物を貰い、そこで初めて成人したと認められる。

 あの時カウルはそう言っていたばすだ。本当なら今頃は、成人の証を受け取っているはずの彼ら。村どころか両親まで失って、成人した感覚はないのだろう。



 こんな風に不意に落ち込んでいる双子を、どう慰めたものか、いつもあぐねいてしまう。誰かを慰めるのは得意でないし、そもそもどの面下げて、元気を出せと励ませるのか。

 彼らの両親を救えたかもしれないのに、慢心から死なせてしまった。自分が殺したも同然だ。


「ルイ、あ、その……」


 かける言葉が見つからない。






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