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夢に咲く花 12

 孝宏は怒りのやり場がなく吐き気をもよおし、大きく息を吐き出した。目を閉じると一瞬訪れる静寂。

 雫が鏡水面を揺らすがごとく広がる波紋は、孝宏の胸をそっと、しかし熱く揺らした。


──恐怖を押し殺すな……理不尽さに怒れよ──


 再び聞こえてきた、ぶっきらほうな声に孝宏は意識を傾けた。


──何もしないで、また後悔するつもりか?──


 声が脳を揺らし、やがて体中に響いた時、体の芯が震え燃えたぎる熱が腹奥で爆発した。


──いい加減本気でやれよ──


 全身が大きく脈打ち揺れる。これまで幾度となく感じた熱、湧きあがる押えきれない興奮に、孝宏は口の端を浅く持ち上げ息を吐いた。



「簡単だろう?」


 吐き出した息に火の粉が混じる。パキッと小さな音と共に両腕が軽くなった。

 孝宏は籠手が外れたのだとすぐに気が付いた。縄で縛られ自由はないが指先は動く。足首も頭も持ち上げられる。

 気付かれぬよう浅く吐き出す息にも火の粉が混じり、地面を転がっては雑草の先を焦がし、匂いが鼻先に漂ってくる。


(ちんたらやってたんじゃ、ばれる方が早いだろうな)


 男たちは幸いにもまだ孝宏には気が付いていない。そんな中唯一、マリーだけがこちらを見ていた。


(だ・い・じょ・う・ぶ・だ・や・る・ぞ)



 目が合った一瞬で言葉が伝わったか確認しようがないが、孝宏は間を入れず、肺に限界まで吸い込んだ息を一気に吐き出し、押えていた炎を一気に解放した。


 ちっぽけな火の粉などでない紅蓮の炎が、地面を人が駆けるよりも早く這い広がり、男たちの足元を炎で覆うと、まるで生き物のごとく足を這い上がり始めた。

 夜更けた闇に響く阿鼻叫喚の地獄絵図。ある者は地面を跳ね回り、ある者は魔術で炎を消そうと呪文を唱えている。

 簡単に逃がしはしない。逃げようとするなら炎の壁が立ちはだかり、男たちをその場に閉じ込めた。


「これは要らないよな」


 凶鳥の兆しの炎に破壊され、一層薄さを増した壁はもはや機能していないに等しい。

 孝宏が像の一体を足で軽く蹴り飛ばすと、かろうじで繋がっていた糸は音もなく途切れ、三体の像は意味のないただの人形に成り果てた。


 足元の炎を消そうと男たちが逃げまどう中、マリーはとても冷静だった。自分を捉えていた男を突き飛ばし、身を屈め駆けだすと、未だ地面の上に放り出されていたルイのローブを素早く掴み、そのまま孝宏の背中に身を隠した。


 マリーにはあまりにも大きいローブを着るのでなく、すばやく体に巻き付け左胸の上あたりで、落ちないようしっかりと結ぶと、胸の前で腕を組み背中を丸めた。


「大丈夫?」


 孝宏は思ったままを言葉に出していた。マリーが無言で孝宏の背中に寄りかけ、背中越しに体温と震えだとか伝わってくる。


(ああ、馬鹿な事を言ってしまった)


「二人はどうしたの?」


 マリーが地面に横たわったままの二人について尋ねてきた。


「動かないんだ。たぶん魔法だと思う。俺にはあんまり効かなかったし」


 炎を操る指先を、孝宏は一時も止めはしない。気を反らせば、炎はアッと言うと間に一跨ぎ向こうへ跳ね、そこにあるモノを燃やそうとしてしまう。

 逃げた炎を捕まえてはまた逃がし、捕まえては逃がし。勝手気ままに飛び交う炎は、久々に自由を手に入れた幼い子供のようだ。


「時間を稼いで、二人は私が何とかしてみる」


「わかった」


 返事をしたものの、孝宏は炎を使う以外に時間を稼ぐ方法を持っておらず、炎も実は低温のまま見せかけの炎が、奴らを襲っているに過ぎない。

 孝宏の制御が確かなら、少し熱い湯くらいの温度だろうか。もしかすると軽い火傷はあるかも知れないが、致命的なダメージにはならないだろう。突然の出来事にパニックを起こしているが、やがて冷静に気付く者がいるかも知れない。


(不思議だな、それでも今なら何でもできる気がする)


 心臓の音が嫌に大きい。全身が緊張で強張り、荒く早い呼吸は明からに落ち着きがないが、孝宏は特段気にもとめなかった。

 いつになく体は重いし、炎を操る指先は震え、関節に差し込むような痛みが走るが、むしろいつもより頭が冴え気分はすこぶる良い。気分が高揚し、口元には笑みさえ零れる。


 男たちの一人が、言葉に表現できない叫びを上げ、手に持った刃物を振りかざし向かってきた。

 錯乱しているのか、切先は定まらず闇雲に剣を振り回しているだけだが、それを止められる程孝宏は剣術に明るくない。とは言え、交わして逃げると、男の勢いではマリーたちを襲いかねない。

 孝宏は自分に向かってくる危険に対し、無我夢中で正真正銘の炎をまとった手で払っていたが、その時男が孝宏に向けて突き出した剣が、急所を避けられたのはただの偶然で幸運であった。

 手を振った反動で体の軸がぶれ、致命傷を避けられたのは良いが、脇腹をかすった刃が肉を裂き服を鮮血が染める。


(変だな、痛くない)


 その後は反射だった。


 伸びた相手の腕と胸元のシャツを掴み、腕を後方に引き腰を回し、自分よりはるかに上背のある男を、背中の上で転がした。男はそのまま地面に仰向けに叩きつけられ、目を回し、無理に立とうとしているのだが、起き上がることすらできずにいる。

 徐々に広かる炎に呑みこまれ、悲鳴を上げる男を上から見下ろし、孝宏は奇妙で得も言われぬ充実感を味わっていた。


 何という開放感だろう。高まる高揚もそれが凶鳥の兆しのものなのか、それとも孝宏自身のものかはっきりと区別がつかない。



 前に伸ばした手を打ち鳴らし、掌を上に腕ごと上げれば、炎の中から無数のヘビが生えた。相手が作り出した水で模られた三匹のヘビが、孝宏目掛けて牙を剥いたとしても、炎のヘビがあっさりとそれらを飲み込んでしまう。

 もしもヘビの牙が孝宏に届いたとしても、何も変わらなかっただろう。ヘビの陰に隠れて襲ってきた男の刃でさえも、振り下ろし孝宏の肩に食い込んだ所で、刃物がドロドロに溶けてしまったのだから。

 刃が食い込んでいた傷口から炎が湯水のごとく溢れだし、柄を伝い男の腕を飲み込もうとする。


「まさか……ありえない!」


 一瞬でも躊躇してくれるのなら、孝宏には好都合だ。


 孝宏は男の懐の入り込み、一瞬の内に男は宙を舞い地面の上で仰向けのまま気を失った。


 孝宏の思考はクリアなまま、しかし呼吸が乱れ、肩が上下するたび、左肩、首のすぐ横の刀傷は真っ赤な血を溢れさせ、薄手のシャツを赤黒くジンワリと染め上げていった。





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