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夢に咲く花 10

「カウル、ルイ。茂みの向こうに何かいないか?」


 孝宏が二人の側の寄って小声で言うと、とたんに二人は口を閉ざした。茂みの向こうに目を凝らし、周囲の音に耳を傾けている。

 カウルが傍に置いてあった剣を手に取り、鞘と中の刃がぶつかり音を立て、ルイは顔を覆った覆面の下で呪文を紡いているようだったが、二人ともが遅かった。敵はすでに行動を起こし、孝宏たちを捉えていた。

 孝宏は顔を動かさず、目だけを左、右、正面へと動かした。周囲の音が増えていき、幻聴だろうか、四方から息遣いが聞こえてくる。


(まさか、またあれが始まるのか?)


 脳裏に過るのは、ソコトラで目に焼き付けた光景。奥歯を噛み締め堪えても無意識に呼吸が早くなり、筋肉が痙攣し体の芯が震えて止まらない。


──きゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!──


 突然奥から聞こえてきたマリーの悲鳴。そちらに気を取られた一瞬の隙を付いて、茂みで息を潜めていた者達が一斉に飛び出してきた。

 四方で白い発光が飛び交い、目の前で魔術の光が弾けた。

 孝宏は焦って立ち上がろうとしたが、足がピクリとも動かせず、それどころか腕も上がらないし、首を傾けることすらできない。圧力が外側から内側へかかり、気を張ってなければ押しつぶされてしまいそうだ。

 潰され小さく丸まった自分の姿が思い浮かび、足先から恐怖がジワジワと這い上がってくる。目の前が暗く陰る錯覚が襲う。


 孝宏は瞬きをせず目を見開いたまま、腹の奥に力を込めた。心の中で腹に住まう鳥に、何度も呼びかけるが答えはない。その代り両腕に付けた銀色の金属が冷やりと冷気をまとい、重さを増す。

 オウカの術式は見事だった。ルイが術式を彫り、仕上げにカダンが魔力を込めた魔法具は、見事に凶鳥の兆しを封じ込めた。いくら孝宏が呼びかけても、今は気配すら感じない。


(くそっ……どうすりゃいい!?)


 茂みの奥、闇の中から姿を現したのは、例の化け物などでなく、二本の足で立って歩く、まぎれもない人間だった。


「何だい、ずいぶんとあっけないじゃないか」


「だなあ、もっと手こずるのかと思ったら、あっさり捕まったじゃあないかい」


「これなら、こんなに大勢で来ることはなかったんだぁ」


「いやいや、結界はなかなかの代物だった。用心はしていたんだろう。そう言ってやるな」


 一人二人、三人……男たちは全部で四人。こんな森の奥には似つかわしくなく、妙に小奇麗な恰好の男たちはおよそ犯罪にかかわっているようには見えない。

 短く整えた髪は白の混じった薄い赤色で、日に焼けた様な浅黒い肌が、唯一男たちを夜にふさわしく仕立てる。

 中でも一番最後に姿を現した男はどっしりとした体格で、一人だけルイと同じように顔をターバンで隠していた。その男がルイを視界に捕え、顎をしゃくり上げると、他の三人がすぐさま行動に移した。


 男たちはまずルイのターバンをはぎ取った。孝宏はその光景を視界の端で捉えているが、男たちの行動を見ているだけ。何もできない歯がゆさに、奥歯にぐっと力を込めた。


「へえ、せっかく良い値で売れそうなのに勿体ねえ」


 男の一人が卑下した笑みを浮かべて、仲間にも良く見えるよう、ルイの頭を掴み上を向かせた。すると別の男が身を屈め、ルイの頬骨から首筋にかけて指でなぞる。火傷の具合を見ているようだが、その距離は息がかかる程に近い。


「このくらいなら……まあ、時間はかかるかもしれないが、おそらく綺麗な顔に戻せるさ。そんで双子をセットで売れば、高くで売れそうじゃないかい。こいつぁ、良い仕事じゃい」


 また別の男が何かに気が付き、土にまみれた手で乱暴にルイの両耳から飾りを奪った。


「こいつが魔術師だぁ。気を付けろ。何するかわかんねぞ」


「他にも持ってるかもしれん。念入りに調べないとな」


 三人の男たちはルイのローブを脱がし、体中を文字通り念入りに探った。


 持っているだけで魔力を消費する魔法具がある。孝宏が身に着ける籠手や、ルイの耳飾などはそういう物だ。それは数が多ければ多い程、多くの魔力を必要とする。


 耳飾に首飾り、腕輪に指輪。一つ一つは大した物でなくとも、すべて集まれば効果は、たとえ高価な魔法具にだって勝る。

 ルイが持つ魔法具はそれだけではない。ローブに仕込まれたいくつもの道具に、男たちもついに感嘆の声を上げた。


「こいつはすげぇ……」


 男はルイから出てきた魔法具の数をざっと数え、若干引き気味に言った。男たちだって、こんな真似をしているのだから、魔術に関する知識は常人以上にあるのだろう。それぞれがルイの魔法具を見て感心している。


「若いのに大した者だ。将来があったら、きっとすごい魔術師ってやつになっただろうに」


「はっ、将来があればな。でもこの若さでこれだけの魔法具を持ち歩くやつだ。うまいことすりゃあ、別の使い道もあるだろうよ」


 孝宏がどれだけ心の中で罵ったところで、男たちに聞こえるはずもなく、彼らはヘラヘラ笑みを浮かべ、ゾッとする手つきでルイを撫でまわしている。

 やがて飽きたのか、男たちはルイを地面に転がすと、続けてカウルの方に向いた。真っ先に握っていた剣を奪われ、ルイと同じようにコートをはぎ取られた。しかし魔法具がないと知ると、男たちは早々に興味をなくし、カウルをルイと同じく地面に転がした。

 カウルとルイはされるがままで、うつろな目が空をさまよっている。この二人も間違いなく、孝宏と同じく動けないでいるのだろう。ただ、二人ともが男たちの動きを、視線で追わないあたり、孝宏と違い、目が見えていないのかも知れない。

 男たちは次に孝宏を囲った。興味本位にぎらぎら光る視線が頭上から降り注ぐ。男たちの視線に晒され、孝宏は無作為に視線を彷徨わせてみた。ルイやカウルを真似てみたのだが難しい。

 至近距離で見つめられれば、どうしても視線を外すのは不自然さが残りる。しかし初めこそ怪しまれもしたが男たちは深く考えておらず、孝宏にとっては意外な幸運だった。

 男たちは気軽に人形の品定めでもしている気分なのだろう。



 







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