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SiXTEEN  作者: 井口
Act.1
8/15

 王同士の交戦があってから早2週間以上経つ。世泉は雅とともに屋敷の前で待機していた。


 これから、4国の国王が会する。もちろん、2週間ほど前のことが主な話になる。


 しかし、4国といっても、既に西と東の2国は王の消息は不明。実質2国の王だけとなる。


 東国は代理として王の側近である雅と世泉が受け持つことになった。そのため今こうやって2人は来客を待っている。



 雅はまたもや、王の不在を聞いて大粒の涙を零していた。しかし、いつまでもそれでは駄目だと、自分に言い聞かせ、雅は今、ここに立っていた。


 陽和も伏見からわざわざ来訪し、ずっと手伝いをしてくれていた。それも雅の力になったのだろう。



「いらっしゃったみたいです。世泉さま、サポートお願いします」


「任せて」



 そう言って少年の頭を優しく撫でた。





 屋敷のとある1室。雅は緊張の面持ち。少し体が震えている。世泉は軽く少年の肩に手を置いて微笑む。雅はそれに頷く。



 世泉は前を向き、それぞれの国王を品定めするかのように見回す。


 雅は上手に座っている。そこから左手に南王、右手に北王、そして目の前に西王。


 それぞれ国際式豊かな顔ぶれ。


 左手の南王のスバル・シャムスは褐色の肌に鋭い眼光の持ち主だった。南国(みなみ)は部族が多い。それを取りまとめる、棟梁(とうりょう)というわけだ。スバルの部族はその中でも最強の戦闘部族と言われる、ユジン族の(かしら)でもある。



 そして右には、打って変わって白人の男性。歳は50くらいだ。けれど今の時代、何歳生きているかは種族によって違うため、やたらと老けなかったり、長寿が多い。一概には言えない。それは南王にも言えること。

 とても温厚そうな人に見える。北王、ラヴロフ・エフレム。


 そして目の前には問題の1つである西国の国王、がいるはずだが、千歳と同じく消息を絶っているため、代理の者のようだ。


 王妃、ノーラ・ロサ・アゼマ。国王の妻である。


 世泉は以前、西王の独裁ぶりについて耳にしたことがあった。しかし今ここにいる、その王妃は暴君王の妃とは程遠いイメージであった。


 柔らかいクリーム色の髪をセットし、華やかな飾りをつけている。着飾っているといっても、節度がある程度のもの。何処かにいるだろう、我儘(わがまま)なお姫様ではない。


 また、西の王族はエルフと呼ばれる。西国、全国民とまではいかないが、他国とは違い、一般的に耳の上部が尖っている。それが、王族はさらに立派な耳なのだ。それがまた高貴に感じられる。


 王族は人ではない。それは、他の3つの国もそうかもしれない。世泉には知りえないものだ。



 以上が揃ったところで、最初に口を開いたのは西王の王妃だった。



「この度は、我が王の言動、深くお詫びいたします。王族の、いえ、西国の代表として、無様な姿を晒してしまい、申し訳ございません」



 静かな声だったが、力強く誠意の込められた言葉だった。


 深々と畳に手をついて、頭を下げた。



「頭を挙げるといい、ノーラ妃」


 南王、スバルは言う。



「…はい。ご慈悲、感謝致します」


「西王は、オーベルは幼すぎた。人間なんだろう?」


「そうなりますね…あの御方は元は平民であるゆえ、しかし、最初に会った頃は、暴君でも、独裁者でもございませんでした。婚姻の儀、その1年は当時のままで優しい方でした……人が変わったのは王位継承の儀の前日からです。その日から新しく魔術師が王につきました。それからです…私に一切口出しは許されませんでした。私もまだ未熟だったのです。止めるすべはいくらでもあったはず。痛恨の極みです」



 世泉は初めて聞いた。西王は普通の人間だということ。しかし実物を見たことが無いためなんとも言えない。


 王妃の悔やみきれない思いは十二分に感じ取られた。


 スバル、ラヴロフも、西王オーベルの新たな一面を見たという表情である。



「そうか…まぁ、生きることは、変化することと同義だ。生きるってことはそういうことだ。所詮(しょせん)俺たちは同じ生き物だ。仕方がないことだ…あまり気負うのは、良くない」


「有難いお言葉です」


「そうだな。私もスバル殿と同意見だ。それに、これからの方がもっと大変ではないか?」



 ラヴロフは、そう投げかけ笑った。ノーラは感謝を伝え深々と頭を下げた。


 次にノーラは頭を挙げてこう言う。



「それでは始めましょう。これからの話を…」



 そして本題に移る。部屋にピリピリとした雰囲気が充満する。それに今まで、リラックスしていた雅が背筋を伸ばすのが分かった。




「最近は、誘拐も呪人の被害件数は0。西王と竜王の足取りが消えた時点からのようだが、どちらかが噛んでいるに違いはないだろう…」



 ラヴロフが冷静に分析をして的を射た発言をする。それにスバルが付け足す。



「と言っても、分かりきったことだ。竜王は関係ないだろう。シノノメ(アイツ)は英雄と言っても刺し違えないからな」


「そうです! 王さまは優しい人で……あ…す、すみません」



 雅は少し感情的になる。そして顔を赤らめ俯いた。





「ハハハッ、すまない。君の王を悪く言ったわけじゃないよ」


「はい、分かってます。僕がただ…」


「うん、君こそ優しいな。竜王が少し羨ましいくらいだよ」



 ラヴロフは雅を見て朗らかに笑った。



「雅、今は話をするのが先だ。誰も千歳を悪者だと思ってない。安心しろ」


「世泉さま…はい、申し訳ありません」



 雅は頭を下げた。


 話を戻して再び緊迫感が訪れる。

 スバル口を開いた。



「俺の国はあまり狙われていないようだったが、この先怒らないとも限らないからな。それぞれ対策は立てておいて損は無いな」


「ええ、同意見です。あと、その事件で不可解なことがあります」


「ほう、不可解とな?」


「はい、まず呪人のことです。今まで呪いを受けた人間や亜人の方々は、すべて最後に死の呪いがかけられています」



 ノーラは憂いげに目を伏せて話す。長いまつ毛が女性の色気を漂わせている。



「呪詛返しできれば、その死はなくなる。というより、呪詛を浄化のするという言い方の方がいいな」



 世泉は彼女の言葉に続け、小さく呟く。それにノーラも頷く。次に彼女から出た言葉は、衝撃を与えた。世泉は今まで、千歳らの屋敷に住むようになってから、全ての呪人を浄化してきた。それからすれば実に奇妙なことだ。



「世泉さんの言う通りです……が、返すことが出来なければ、死を待つのみ。その死体は砂塵となり、消えゆくそうです」


「砂塵…個体そのものが、ということか?」


 スバルが問う。


「ええ、血肉も骨さえ何も残ることはありません。私もこの目でしかと確認いたしました」


「私の国でも、数える程度だがそうなったと聞いている」



 ラヴロフも肯定の意を示す。


 話題は次へと進む。



「誘拐の方ですが、こちらはまだ調査も何もかも滞ったままです。特に共通する点もなく、目的さえ、未だに…ですが、1つこれだけは確かなことです。誘拐された者は、誰かに連れ去られた訳ではないとい事です。操られている様に見えた、と、何かに(いざな)われている様だ、と…」


「それは、呪いを受けてということか?」



 スバルはノーラを見た。



「いえ、そのようなものではない、かと。1度私の侍女がそうなりました。仕方なく薬で眠らせましたが、次の日にはその時の記憶はなく、何時(いつも)の様に戻りました」


「…ふむ。本当に誰でもいいようだな…殺す目的でもないようだしな。」


「それなら、人員集めと考えるのが妥当だろうな。それと相当な能力(ちから)を持っているみたいだな…操るならばそれ相応の能力がないとな」



 人々を操り、誘う。恐ろしいことだ。目的は人員集め。何をする気であるのか。100年前の様な酷い戦争の火種が着実に大きくなってきている。それを止める術は無くなりつつある。でもまだ出来ることはあるはずだ、と部屋は無言になった。



「千歳が言っていたんだが、100年前…その戦争では封印したものが不完全だった、と……私が伏見へ行ったとき、宇治の街が襲撃された。その時……ヘルシャフトと言う黒い男がいた。千歳のことを知っていた」


「ヘル、シャフト…か…恐らく、そいつが呪人と誘拐の件に関して噛んでるんだろうな……その名は2度と聞きたくない名だな。なぁ、ラヴロフ」


「うむ、(にが)い思い出しかないな…」


「その言葉では済ませられんだろう」



 そうスバルが呆れながらに言うと、そうだな、と、ラヴロフも少し口角を上げて笑った。


 世泉と雅はなんのことだかと首をかしげたが、彼ら2人は100年前の戦争にいたのだろう。100年以上生きているのか、と世泉は少し場違いなことを考えた。それは前も言ったように、寿命は種族それぞれだ。


 つまり、何が言いたいか。人は見かけによらない。


 そしてまた、逸れた話を戻す。



「すぐとは言わないが、断崖絶壁の場に立たされているのに違いないな」


「ええ、全てを守るのはもう不可能に近いでしょうね…アレはあまりにも酷く、強い。それだけの信念がある、ということでしょうが…」



 スバルとノーラはそう言う。雅はとても不安そうに聞いていた。



「そ、それでは…勝ち目はもう無いんですか?」



「…いや、そういう訳では無い」と、ラヴロフは低く信念のある声で告げる。


 つまり、彼らが言いたいのは、全ては守りきれなくとも、より多くの命を守るの手立てを考えるという事だ。


 弱気だと言われるだろう。しかし、それだけの相手だということを思い知らされる。



「でも、全てを守るという事に変わりはありません。雅さんも世泉さんも、お力添え願います」



 ノーラが強くそう言った。それに、世泉と雅も答える。


 彼女の強い心は尊敬に値するものだ。堂々とした佇まい。千歳といい、ノーラといい、やはり女王というのはこうも凛々しく強いのだ。



 そして話題はもう1つ。告げたのはスバル。



「俺も最近小耳に挟んだことがある。これも、100年前、アイツと一緒に封印されたモノだ。 ……死喰(しが)、1度は聞いたことあるだろう」


「死喰…また恐ろしい名だな…聞くに耐えん」



 死喰(しが)、世泉は知っている。それが何を表するのか。ラヴロフの言う通り、とてつもなく恐ろしい。できれば関わりたくはない。


 その"モノ"は死を思わせる。名前が死喰(しが)という理由でもあるが、もうひとつがこうだ。



「死者を喰らい、魂を喰らう。 化け物だ。そいつらが、目撃されてるみたいだ」


「被害は」



 世泉はスバルに問うた。



「ああ、喰われた者もいないし、南国(こっち)は定住者、ハッキリした建物というものはないから、地盤に亀裂が入ったくらいだ」



 そうかと納得した。南国(みなみ)は殆どが砂漠か、荒野だ。もうひとつ、民族国家でもある。国としての被害はほぼないと言ってもいい。


 しかし、喰われた者がいないだけでも十分幸運なことである。世泉は会ったことさえないが、なんとなくわかる。自分でも不思議に思った。



「ならば、それにも警戒しておく必要があるな。呪人と違って討伐は容易かろう」


「そうですね。こちらの騎士団にも注意を払うよう、命を下しておきます…皆様もお気をつけ下さいませ」



 皆がノーラの言葉に頷いて、この会合は終わりを告げる。張り詰めていた空気が一気に緩み始め、肩の力が抜ける。


 雅も大きく背伸びをする。終始緊張していた分のツケが今回ってきているのか、目が虚ろになっている。



「雅、奥で休んでていいぞ。あとの事は私がやるから…最近働きすぎだ」



 そう、千歳が居なくなってからというもの、雅は働き詰めだった。加えて、この会合の手配もそのひとつだ。所謂(いわゆる)社畜だ、社畜。


「すみません、お言葉に甘えさせて頂きます」


 背を向けて、ゆっくり、たどたどしい足取りで自室へと戻って行った。


 入れ違いで陽和が顔を出す。何か用かと首をかしげた。



「雅、お疲れみたいね。これから見送り?」


「いや、今日は1泊していくそうだ」



 お陰で世泉に休みはない。食事の準備、寝室、浴室。女将のところで働いてた頃を思い出す。と言っても、1ヶ月、2ヶ月前ぐらいの話だ。



「私もまだいる予定だから、手伝うけど」



 協力はありがたい。早速取り掛かる。千歳が居た時もこうやって1泊して帰るのがお決まりだったらしい。食事は有名料亭の出前。今回ばかりは手作り。宿の仕事と差し支えないので、世泉の足取りは軽い。元々こういうのが好きなのもある。


 国王が勢ぞろいということで腕がなる。


 それぞれの部屋へ食事ができたと伝えに行く。そこで思った。この屋敷が広い理由。会合は殆どこの国で行われていた。日帰りするにも、遠すぎる。それならば1泊休んで、疲れを癒して、次の出発に備えた方がいい。



「おお、これは豪勢だな。美味そうだ」



 スバルの言葉にほかの王も一緒に首を縦に振る。


 そう言うのも当たり前。なんせ東国(ひがし)の料理のフルコース。こちらで食べられているもの全て作った。


 世泉と陽和は誇らしげに、顔を見合わせ笑った。



「美味しい。これは世泉さんと陽和さんが作られたの?」


「はい、国王の方々のお口に合うか分かりませんでしたけど、僭越ながらそうさせていただきました」



 陽和は丁寧にそう答えた。ノーラは、余り畏まらないでいい、と微笑んだ。


 久々、楽しい談笑の時間だった。各国の面白い話だったり、文化の話だったり、たわいないこの会話に暖かい何かを感じていた。



 ようやくゆっくり出来る時間だ。世泉は風呂を済ませ、縁側で涼んでいた。まだ冬が残る日々。身体を冷やすまいと、厚手の羽織を浴衣の上に羽織っている。


 スっと影が伸びる。隣に陽和が腰掛ける。



「お疲れ様。これ1つどう?」



 陽和が差し出したの3つの丸い球体が刺さった串。緑に、黒い何かが乗せてある。蓬餡(よもぎあん)だ。礼を述べて、ありがたく受け取る。



 そのまま静かに、満月を眺めた。冬の空は済んでいて、ハッキリと月の形が見える。2人は何も喋ることなく、只只(ただただ)座っている。

 そこで世泉がこう言う。



「陽和は、守りたいものってある?」


 世泉は自分でも何を聞いているんだろうと思う。でも彼女は聞きたかった。



「…あるといえばあるけど、無いっていえば無い」


「何それ」



 2人して笑った。小さな笑いが白い息に混じって空へと消えていく。



「でも今の私が守りたいのは、大切なモノや人じゃなくて…多分、私自身の心なんだよね」



 世泉は頭にハテナを浮かべ陽和を見た。



「今の守りたいって気持ちは、まだ、自分がそうでなければならないって思ってるだけ。自己満足って言うのかな…他人を守って、それで優越感に浸って、まだ卵から孵った雛みたいに、幼い考えなんだと思う。すごく憧れてて、慕って、敬ってて、でもその人にはまだ追いつけない。 …まだ背中さえ見えない」



 そう前を見て、まっすぐな瞳で答えた。彼女は強いんだ。心がとても強い。



「それを分かってる陽和は凄いと思うぞ? 陽和にそんな思ってもらえてるヤツは、幸せだな。羨ましい」



 世泉は笑う。


「世泉もね」と、さりげなく、守りたい"人"と言われて恥ずかしさがこみ上げる。ありがとう、と心から感謝を述べた。


 時間も時間でそのまま、2人で部屋へと戻った。陽和は世泉と同室でいいと言った。独りでいるには広すぎてその申し出は丁度よかった。



 そのまま深い眠りにつく。


 明日も平凡でありますように。普通でありますように、と願いながら。



 陽和は次の日、伏見へと帰った。彼女も色々調べてくれているようだが、千歳の居場所はまだだと言っていた。


 束の間の休息は終わりを告げる。

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