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SiXTEEN  作者: 井口
Act.1
3/15

 今日も晴天。淀みなく広がる青。世泉はひと段落ついて背伸びをした。こんなに気持ちのいい日はない、という年末のこのとき。



「海晴みはるさん、こっち終わった」


「ああ、世泉。じゃあ、もう今日は終わりよ。5日も、ずっと手伝わせて悪いなぁ〜。今から闘技始まるんやろ、行ってきな? 丁度、店も閉めるから」




 そう言われ、時計を見ると昼過ぎ。


 マナ祭の最大のイベントである闘技大会、通称リート。それが始まる時間でもあったため、客もほとんど入らないのだ。


 女将さんにごり押しされ、世泉はやむを得ず出かけることにした。気を使われたというより、強制的に、だ。たまにこういう強引な時がある。いや、結構いつもだった。


 そしてまた、半ば強制的にめかしこまれてしまった。確かにこの1週間、多くの女性がきれいに化粧をし、街を出歩いていた。祭り事に浮かれるのも無理はない。


 街を歩けば、美女がたくさん。世泉は気後れしそうだった。しかし、興味が無いのもある。自分からしようとも思わず、(えんじゅ)を抱えて出かけようとしたとき、女将さんに引き留められたのだ。



「これでばっちりやね。もともと綺麗だからそんなに化粧はせんでよかったけど」



 女将さんが言うように、オレンジのチークとオレンジよりのピンク口紅をちょっと塗っただけだった。宿の制服から着替え、フィッシュテール型の着物を着ている。なので、着物の継ぎ目もあり、ラップスカートのようで、少し露出が多い。そのため足には膝上の足袋をはいた。そして長めの羽織を着ている状態だ。



「私、綺麗じゃない」


「きゅきゅ!!」


「あらあら、でも槐も可愛い()うてるよ?」


 槐は可愛らしく尻尾をフリフリしている。海晴の言う通りなのかもしれない。



「海晴さんも、行くの」


「あれ、行っちゃ悪い?」




 そう言われてみれば、女将さんも随分としゃれていた。女将さんのはいわゆる普通の着物の型で、足元に切れ目がある。そして、世泉と同じように上からは羽織を着ている。


 何処かそわそわしているようにも見える。誰か思い人と会えるかのように。



「誰かと待ち合わせてる?」


「あ、うー、まぁ、そうなるんかな?」



 言葉を濁した。ますます怪しい。そこで世泉はぴんときた。



「あー、わかった…三芳(みよし)さん、だろ」



 世泉がそう言うと、明らかに彼女の頬がそまっていく。思った通り。



「三芳さん」とは、ここより少し奥の街の外れにある、茶屋を営んでいる。以前の買出しで世泉が赴いた場所。


 雰囲気があって、東国の民がこぞって通う。また、他国の人々にも人気のある、知る人ぞ知る、有名茶屋。たまに、世泉はそのお手伝いをしたりもしている。


 何より、マスターである三芳がダンディーなおじ様なのである。けれども、歳は教えてくれない。それがまた女性ファンを魅了するのだろう。女将さんもそのひとりであるといってもよい。



「さっさと、行きなよ。待ってるんでしょ?」


「べ、別にそういうわけじゃないんやって…」



 あきれた世泉が溜息をつくと、女将さんも、なんだよ、と反発する。素直さが足りないのだ。


 だから、今まで結婚できなかったんだ。



「世泉、あんた、今失礼なこと考えたやろ?お見通しやからね〜」


 頬を膨らませる海晴は可愛らしかった。


「うん、行き遅れだなって。海晴さんはもっと素直になるべき」




 図星のようでぐうの音も出ないようだ。


 世泉やほかの人の前では素直な彼女だが、いざ、三芳さんの前になると、よそよそしくなりそっけないのだ。恋心ゆえか。


 彼女も一見若く見られる事が多いが、いったい何歳なのか世泉は知らない。また、人ではない、としか聞いていない。なんの種族であるかも分からない。結構、一緒に住まわせてもらってはいるが、知らないことはまだ沢山ある。


 そんな不思議な2人だ。



「じゃあ、行きましょ。待ってるんでしょ?私もいてあげる。 …って言ってほしかったんでしょ」


「うぅ、あんたの言う通りやわ…」



 恥じらう彼女をかわいいと思ったのは、心の中にしまっておく。



「お似合いだと思うけど、告白()わないの?」


「ばっ、そ、それはまだ早いんよ!そんな勇気もないしな〜…」


「何それ、海晴さんて、ホントいくつ?おばさ、」


「あんた、それ以上言()ったら…」



 ちょっと地雷を踏んでしまったようだ。どす黒いオーラを浮かべて世泉を睨んだ。


「そのうち、取られても知らないから」




 待ち合わせの場所に着いた。三芳の茶屋の前だ。ここからの方が闘技場までも近い。



「何ぼーっと立ってるの、早く呼んできて。時間もない」


「わ、分かっとる! ……ふぅぅぅ、よし」


「緊張しすぎだ、もっと気楽に」



 世泉が言いかけて、海晴はいざ、という時、ナイスタイミングなのかどうなのか、丁度、三芳が茶屋から出てきた。


 普段通りに和装だが、いつもより少し着飾って見えた。



「ごめん、待たせたかい?」


「ほら海晴さん、会話して」


「あ、ああ。待ったとも!」



 なんともへっぽこで、変哲な返答に溜息しか出なかった。それでも、三芳はニコニコ微笑んでいた。


 世泉とその腕の中にいる槐は顔を見合わせて、苦笑い。



 _____________________



 会場に出向くと、満員の状態で、立ち見もギリギリできるか。もう少し来る時間が遅ければ、見るものも見えなくなっていただろう。外にはマナの状態変化を使いモニタを作り、中の様子を見ることもできる。ざわざわと、人々の声がうるさく、会場に響き渡っている。


 場内の一角には4国王の見物室があり、そこから1人の小さな女性が顔を出す。彼女はこの東の国王、王女というべきだろうか。真っ白な髪に、赤白い目。彼女は竜人という種族である。耳が人間と違い鋭くとがったようになっている。


 人々は、それを竜王と慕い“ナーガ”と、そう呼ぶようになった。反発もあったそうだ。得体のしれない亜人に人々は支配されることを恐れた。100年も昔のことだからよくは知らない。


 ようは、王である彼女は、100年前から生きているのだ。それを経て、今の関係があるという。


 他種族、人間、すべての人々が同じ土地で暮らすようになっていた。助け合い、笑い合い、他種族同士の(つがい)も増えていた。


 小さなその体。皆が注目し会場は一気に静寂へと包まれた。




「今、ここに、リートの開催を宣言す。マナの加護、して我、ナーガの元に」



 彼女が奥へ消えると、一気に歓声の嵐となる。ようやく始まる。



 今日は予選。それぞれの国から3人、選ばれた者しかリートに出場することはできない。皆実力者故に選ばれる。年齢も性別も関係ない。亜人であろうが、人間であろうが。適合者がいなければ、エントリーが3人も満たない国もある。


 今年は参加者全12人。というわけもあって、皆がその実力を楽しみにしているのだ。対戦相手もランダムのため、同じ国同士だったり、属性の相性など様々な問題が逆に面白さを際立たせる。


 例え、頂点に立ったとしても、名が刻まれるだけで、特にこれといった報酬はないのだが、それこそがもう1つの面白さというやつではないだろうか。


 前半の3試合が終わり、女の人が1人、勝ち上がっていた。後半はこのあと1時間後にある。その間、壊れてしまった壁の修理などにあてられる。見渡すと壊れている場所が何か所かある。大変そう、と、他人ごとのように世泉は思った。


 女将さんたちを2人きりにして、会場から出て近場の出店のテラスで、槐と2人休んでいた。何をするでもなく、ぼぉっと、周りを眺めていた。ふと黒い点が浮いているのが見えた。


 マナが黒くなることはたまにある。黒い点はそれに違いない。マナは敏感で、人々の負の感情がマナを黒く染めたりもする。祭典が行われる1週間は、そういった現象が起こらない。


 人によってマナの色が違ったりもする。闇の力が使えれば黒くはなるが、そう多くはいない。闇の力も特別に禁じられている、というわけでもない。


 その黒いマナは黒点(ネグル)と呼ばれ、ある程度マナの加護がないと見れないと言われている。


 もう1度よく見てみると、それは無くなって淡い金色の、暖かい光のマナが浮いているだけになっていた。世泉の気のせいだったのだろうか。


 槐は人混みに疲れたのか、テーブルの上ですやすや眠ってしまっていた。


 特に気に留めることもなく、ぼぉっとしていた時、世泉よりは年下であろう、可愛らしい少年が話しかけてきた。





「空木世泉さま、ですか?」


「そうだけど、何か?」


「貴方にこれを、王さまからです。」




 渡されたものを見てみると、リートへの出場の封だった。何かの手違いだと思い、中を確認するも、自分の名が刻まれたプレートが1枚入っているだけ。これが何を意味しているのか、世泉は知っている。念のため少年に問う。



「嘘ではないんだな?」


「はい、大変申し訳ないのですが、手違いでお届けしていませんでした。先ほど気づいたのです。空木さまは午後から組まれていたので良かったのですが、そういうことで、今すぐ会場にお越しになってください。お貸しできるものもありますので、何か必要なものはありますか?」


「出るのはいいけど、1度、宿に帰らせてもらえる。着替えたい」



 少年は快く承諾してくれた。


 なぜ自分なのかを不思議に思い、一抹の不安を抱えながらも時間がないということで、会場に急いだ。槐は預かっててもらえるらしい。



「では、空木さま。準備はよろしいですか?」


「ああ、問題ないよ。槐のこともありがとう。そういえば、名前は?」


「失礼しました、僕は雅といいます! 検討をお祈りしてます!」




 雅は元気よく槐と一緒に去っていった。まだ力のコントールがうまくいかないのか、先程とは変わった容姿だ。角が右の額に3つ生えていた。その角は鬼一族の中でも、劣等種の鬼灯のものもに違いなかった。


 世泉は本の虫だった。幾分か昔にそういう書物を読んでいた。彼女は博学だ。


 最後に見た雅の笑顔が唯一、この不安を消してくれたが、それはすぐに元に戻った。


 さぁ、ここからだ。


 世泉は意を決して戦場へと足を踏み入れた。





 _____________________



「ちょ、ちょ、ちょっと、世泉?! あんたなんで?! ねぇ、ちょっとどういうことなん?!」



 三芳の肩を持ちぶんぶんと振り回す。それなのに三芳は慌てることもなく、微笑んでいる。海晴をなだめている。



「よくわからんけど、楽しみやな〜。応援せんとね」


「う、うん…そうやけど…相手が」



 にこにこと笑ったままの三芳とは裏腹に、海晴はおどおどと焦った表情であった。




 _____________________



 世泉は唖然とした。


 何なのだ、あれは。


 人間か?


 今まで一度も見たことのない、2メートル越えの巨体。何かの間違いだろうか。しかし、手違いでということは皆無に等しい。いや、皆無だ。


 何故なら、対戦相手はランダム。この巨体の男が負けなければ、いずれは戦う相手なんだ。


 開始の合図はない。自由に戦うのがリートの醍醐味(だいごみ)。世泉は相手の様子を伺う。相手との距離はだいたい100メートル。次に、男が勢いよく、突進してきた。世泉は構えた。



「うおぉぉぉぉ」



 雄叫びをあげながら、両腕を振り下ろしてくる。それを、回避して体勢を立て直す。簡単に地面にヒビが入ったのを見て、当たったらおそらく骨折重症で、最悪は死も覚悟しないといけないかもしれない。



「逃げてばっかりだなぁ!」


「…っ、ちっ…」



 回避し続けても、間を詰めて何度も何度も振り下ろされる腕。鬱陶しさと苛立ちが募ってくる。


 世泉の格好は太刀を1振、背負っている。やや大きめのため、動きづらいのもある。


 世泉からはまだ1度も攻撃をしていない。それに苛立っているのが男の言動で分かる。



「つまんねぇな、おい!」



 世泉は、大声で叫ばれ、煩いな、と悪態をつく。それがまた相手を挑発する結果となり、やるせなくなった。



 まず彼女は戦いの経験などないに等しい。女将さんの宿で手伝いをしている。世泉自身幼い頃の記憶も曖昧だと言っている。ここ、東の国に生まれであるとだけしか詳しくは分からないと。



「はやくこいやぁぁ!その刀は飾りかぁ、おい!?」



「さっきから、煩いなっ」



 この太刀はいつからか、ずっと世泉のそばにあったもので、特に国を守るような職に就いているわけでもなく、本当に飾りのようなものであった。


 けれど宇治の街に来るまで、度々酷い目に遭いそうになり、自分を守る術は必要不可欠だった。扱えないことはないが、要するに世泉は面倒くさいのだ。


 代わりにというわけじゃないが、マナの扱いには長けていた。しかしこの男には物理的にやるのが1番の得手。


 世泉はついに、背中の太刀に手をかけ腕全体にマナの加護で強化し、鞘に入れたまま思いっきり振りかざした。


 鈍い音を響かせ地面にめり込んだ。男は難なくそれを回避し、攻撃態勢へ。



「おらぁ!まだまだぁぁ!!」


「…」



 刀で受け流してダメージを軽減させる。ちっとも男はバテる気配がない。逆にだんだんと強くなってきているようにも見えた。頭をフル回転させて、目を凝らし観察を続け隙をうかがう。



 一向に攻撃をやめることのない男の奇妙な現象に頭を悩ませる。もう1度よく見ると血眼がギロりとこちらを凝視していた。身体の血管もこれ程か、とまで浮き出ている。男のことは何も知らないけれど、まるで何かが取り憑いているような。そんな感覚。世泉は眉をひそめた。



「お前、私の声が聞こえるか。」


「おぉらぁぁぁ!!!」


「おい、聞こえてないのか」



 それでも、答えない男に世泉はある、『もし』を考えた。なにかに操られている。2メートルを超えていたとしても人間は人間。おそらく、あれは亜人ではない普通の人間。この力の威力もきっとなにかわけがある。


 しかし、このリートに出ているという事は普通に強者なのだろう。加護やら何やら自分自身にかけている可能性もある。


 再び男は叫び、狂人化が増した。


 ふと、男の髪が風になびいて額に紋様を見つけた。



「呪詛…」



 有馬巴(ありまともえ)の紋様。この呪詛は1つ目の巴で人を操り、次の巴で身体強化する。最後には死。それぞれの巴の色がそう言っている。昔、ある市に行き、たまたま見つけた書物に載っていた。その本は今でもとってある。


 また、巴の紋は呪いだけに使われるものでもなく、どちらかというと祝福の加護として使われる方が多かった。稀にこうやって悪用されることもあるみたいだ。


 ただし、必ず死ぬという訳ではなかった。あの頭の紋に呪詛返しをする必要がある。それが終わると、不本意だろうが彼は気を失って倒れてしまうだろう。死ぬよりはマシだ。そう思って世泉は鞘に入れたままの刀を構え、勢いよく駆け出した。




「うぐぅがぁぁぁぁぁあ!!!!!」



 呪歌は例の書物には書いておらず知らなかった。けれど、勝手に口からこぼれていた。



「逆しにおこなうぞ。逆しに行い下ろせば、向こうは血花に咲かすぞ。味塵と破れや、そわか。

 もえゆけ、絶えゆけ、枯れゆけ。生霊、狗神、猿神、水官、長縄、飛火、変火。」



 呪歌を詠唱しながら、攻撃を仕掛け相手を錯乱させる。



「その身の胸元、四方さんざら、味塵と乱れや、そわか。

 向こうは知るまい。こちらは知り取る。向こうは青血、黒血、赤血、真血を吐け。泡を吐け。」




 半分ほど詠い終えると、さっきまでの咆哮とは裏腹に呻き声をあげた。頭を抱えて塞ぎ込んだ。苦しそうに。悲しそうに。



「即座味塵に、まらべや。天竺七段国へ行えば、七つの石を集めて、七つの墓をつき、 七つの石の外羽を建て、七つの石の錠鍵おろして、味塵、すいぞん、おん、あ、び、ら、うん、けん、そわかとおこなう。」



「ぐっ、がぁぁ、ああ゛ぁぁ!!!!」




 もう一息。




「打ち式、返し式、まかだんごく、計反国と、七つの地獄へ打ち落とす。」




 最後。男に近づいて鞘に収めたままの刀を彼の額へ。ゆっくり、口を開いて柔らかく、言葉に命を吹き込むように。





(おん) () () () (うん) (けん) 娑婆訶(そわか)




 刀の切先で紋様のある男の額にそっと当てた。たちまちその紋は空へ消えていき、男はそのまま動かなくなった。


 世泉はそのまま出てきた場所へ踵を返した。男の方は、医療班と思われる人に大人数で抱えられていたのが見えた。


 数秒置いて、どうなっているのか状況が分からずとも、観客から、わっ、と歓声が上がったのが聞こえた。



 世泉はすぐに振り返って足早に裏の方へと向かった。


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