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SiXTEEN  作者: 井口
Act.1
2/15

方言出てきますが、私の地域の方言です。

 世泉はせっせと働いていた。女将の経営する、宿のお手伝い。掃除、洗濯、食事、諸々重労働ではあるが、世泉は足取り軽く、楽しそうだった。



「世泉ー、そろそろ開店してきてくれん?」

「わかった」



 世泉は開店のため玄関の扉を開け、桃染色の暖簾を(のれん)を垂らす。暖簾には、(ゆずりは)と達筆に書いてある。確か海晴の苗字だったと思う。



「いらっしゃい!」



 元気よく、女将が客を接待する。



「海晴さん、宇治あんみつ1つと餡焼(あんや)き2つ」

「はいよー、世泉、餡焼きの方作れる?」

「うん、大丈夫。 …今日結構多いな」

「そやね〜。辛かったら()ってな〜?」



 海晴は世泉にそうなげかけた。世泉も感謝を告げる。それから客足も落ちることなく大盛況であった。


 日も暮れる頃になれば少しずつ人は少なくなる。そして夜になれば、宿泊しているお客さんが帰ってくるので、風呂の掃除だったり、布団の準備だったりと、また大忙しなのである。



「ありがとうございました。またお待ちしてます〜」



 さっきのが最後の客のようだったが、閉店まであと、30分ほど時間がある。世泉は残った食器類の片付けを手伝う。


 すると人影が見えた。急いで洗っていた食器を片す。裏方から表へ戻ると、パッと見10代くらいの女の人。(あけ)色の髪。毛先が少し白くなっている。もう一つ特徴的なのが、長く白いマフラー。


 世泉は確認すると、いらっしゃい、と茶を置いた。数秒間が空いて、少女が口を開いて、



「餡焼き、おしるこ、餡蜜」



 淡々と3つ注文をする。どれも看板メニューだ。


 餡焼きはふわふわで、あったかい鉄板で焼いた生地の中に、普通のこし餡、抹茶餡、白餡の3つを入れる。それが1セット。

 おしるこは、小豆と甘い汁、そしていい感じに焦げ目がついたお餅。

 最後の餡蜜は、白玉、小豆、寒天に季節のフルーツがトッピングされている。


 結構なボリュームだった。



「お待たせ。」


 世泉がそう言って、おしること餡焼きを彼女の目の前に置く。小さくいただきます、と、丁寧に彼女は両手を合わせた。


 その後も、美味しそうにそれらを頬張る。幸せそうな顔を幾度も見せた。こっちもやりがいがあるというものだ。



「ありがとう。美味だった。 …また来る」


「こちらこそ、御贔屓(ごひいき)に」



 赤毛の少女はゆっくりと茶を(すす)る。


 勘定を終えると、去っていった。


 見送ってから、片付けをしようといざ、さっきの少女の座っていた席へ戻る。そこには小さな巾着袋が1つ。『雪乃』の文字が刺繍されている。彼女の名前だろうか、と考えながえら女将に伝える。



「海晴さん、忘れ物、届けてくる」


「あいよ〜、気をつけてな〜? あ、ついでに買出し頼める?」


「いいよ」


 と、女将から、1枚の紙と金銭の入った巾着を渡された。


 急いで、彼女が歩いていった道を走る。まだいるだろうか、一抹の不安があった。これが大切なものならば、届けてしまわないと、と世泉は雪乃、という少女を探した。




 (ゆずりは)から、2つ目の角に差し掛かり、左右を見回す。左手にその姿があった。息を整えて、彼女に問いかけた。



「ゆ、きのさん?」


 本当にそれで合っているかは分からないため、歯切れが悪くなる。それでも、彼女が今振り向いたということは、正解なのだと安堵する。


 雪乃は少し目を見開いただけで、表情はあんまり変わらない。けれど怪しまれてはいるようだ。



「…なにか」

「これ、あなたの」



 世泉は小さな巾着袋を渡す。ふと顔を上げて雪乃の目を見ると、また目を大きくした。そして、小さな声だったが、雰囲気を柔らかくして礼を述べた。



「ありがとう、感謝」

「いや、こちらも、急に名前を呼んですまない」

「気にしてない、コレ、落とした、僕が悪い。貴方は」

「世泉だ」

「世泉、なんか、前会ってた気がする」

「雪乃さんも? 私もなんかそんな気がしてたんだけど」

「雪乃でいい」



 2人して悩んだ。親近感というか、なんというか。初めてあった気がしないのだ。気のせいだろうか。でも思い出すことは出来ない。



「なんか、寒いな」

「…僕のせい」


 いきなりそう言われて、世泉は頭がはてなマークが浮かぶ。


「僕、雪女。体温低い。冷気も出る」



 と、言う。冷気の方はこれでも抑えている方らしいい。雪女、聞いたことはあった。氷を自在に操り、こちらでは、雪の女王だったり、氷の女神だったり言い伝えられてもいた。


「造形とか出来るのか?」

「うん、はい…これ」



 手のひらを(かえ)して冷気を手に溜めると、みるみる綺麗な雪の結晶ができてくる。初めて見る感動が押し寄せ、目を輝かせた。ほぉぅ、とそれを眺めていた。



「世泉、時間はいいの」

「…ああ、買出し頼まれてた。じゃあそろそろ失礼するよ」

「うん、またこっちに来たら、食べに来る」

「御贔屓に」



 ずっと氷の造形を眺めていたら、雪乃の言葉にハッとされられた。これからお使いがあるのだ。


 あの時と同じ言葉を言って別れた。本当に彼女とはまたどこかで会いそうだ、と思った世泉だった。




 次の目的のため、例の紙切れをポケットから取り出す。小さな面積のそれにはびっしりと色んなものが書かれていた。果たしてひとりで持ちきれるだろうか、苦笑して目的の場所へ急いだ。




「毎度あり! いつもありがとな!」

「こちらこそ、ありがとう、おじさん」


 カゴいっぱいの果物。冬とはいえ、東国は多くの植物、野菜、果物が育つ。とても恵まれた土地。


 次々に買い物を済ませていく。あとは、紙の1番最後に書かれていたもののみ。



「海晴さん、自分が食べたいだけでしょ…」



 ふぅー、と、ひと息ついて、もう1度内容を確認。口をついて出た言葉に自分で苦笑い。もうひとふんばり、と意気込み歩き始めた。



 街外れにある、華密恋(カミツレ)と書いてある茶屋の目の前に来ていた。もうすぐ、5時を回った頃。季節は冬のため、日が暮れるのが早い。暗くなる前に帰らなくては、危ないだろうと、すぐにこの茶屋の店主の名を口にした。



三芳(みよし)さん…まだ、いい?」


「ああ、世泉ちゃん。いらっしゃい、重かったやろ、中に入って」


「ありがとう」



 世泉はお言葉に甘えることにした。そして用件を伝える。するとすぐに用意してくれる。それと引き換えに、銅銭を渡す。



「なんか、多い?」

「世泉ちゃんの好きないちご大福入れたとよ。おまけやけん、食べてね」



 そう言って三芳は笑った。なんだか申し訳なさがこみ上げる。悪いと言うが、三芳の好意を無駄にするのも、申し訳なく、素直に受け取った。


 そして、世泉の前にもう1つ、大福が現れた。丸く可愛らしく、ちょこんと存在を示す。中の赤い実が周りの薄い餅皮から、餡子を避けて見えていた。



「これって」

「今日、甥が来て、それで作ったものだけど。私のより美味しいと思うな、きっと」

「せっかく…いいの…?」

「ああ、疲れには甘いものが1番だよ。それに誰かに食べられる方が甥も喜ぶよ、きっと」



 三芳が甥という名詞を口にした瞬間驚きを隠せなかった。前々から謎が多い人だと思ってはいたが、家族の話を聞くのは初めてで、ちょっと得した気分だ。


 誘惑には耐えきれず、世泉は目の前の大好物に、ひと口かぶりついた。


 もちっと柔らかい周りの生地。中には甘いこし餡と、甘酸っぱい真っ赤ないちごが1粒。


 世泉はほっぺたに手を添えて幸せそうに目を細めた。それを三芳も嬉しそうに見守っていた。



「お孫さんに、お礼言っといて…美味しいって…幸せの味がするって」

「そうかい。喜ぶよ」



 そして世泉は何回目かの礼を述べて茶屋をあとにした。



 結局、三芳の茶屋から20分ほどかけて宿までたどり着いた。途中で休憩を挟みながら帰っていたため、いつもより5分ほど遅い。茶屋にいたのは、せいぜい15分。が既に6時すぎ。朱く火照っていた太陽はいつの間にか沈んでしまっていた。



「海晴さん、買ってきた」


「ああ、ありがとう。助かったわ〜。休憩しとってよかよ」


「いいよ、お客さんのこと終わってからにする」


「無理せんでよ? 世泉はよく働いてるよ」


「じゃあ、こんなに買わせないで」



 心配そうにしていた海晴に、わざと嫌味らしく言った。そしたら海晴は苦笑して感謝と謝罪を述べたのだった。



 午後9時。ようやくすべての仕事が終わる。世泉と海晴は大きく背伸びをした。マナ祭初日のことだ、これがあと6日。毎年この時は気が遠くなる。



「終わったわ〜。世泉先お風呂入ってよかよ」

「じゃあ、ありがたく、先に入る」



 客人とは別の風呂だが、とても広く、綺麗だ。足元は石畳でできており、浴槽は木造。海晴と入ってもまだ十分に広い。そこに悠々と足から浸かっていく。


 疲れが癒えていくのが分かる。世泉は目を閉じた。今日は色んなことがあったと、1日だけで思い出される事柄すべてが濃い。


 まずルカという美青年と会い、次は雪乃。そして久々に三芳にもあった。出会いが多い1日だった。


 湯船から体を起こして、脱衣所へと行く。冬用の厚手の浴衣を着て脱衣所を出る。



「海晴さん、いい……」



 次は入るように促そうとするが、海晴は机にひれ伏しすやすや気持ち良さそうに、夢の中へと旅立っていた。


 起こすのも悪いと、寝室から、毛布を運んで肩からすっぽり覆うように掛けてあげた。けれど、起きたら痛いだろうなと、思いつつ、前に座って見守った。


 海晴が起きたのは、1時間後ぐらい。11時ちょっと過ぎたくらいだった。



「ごめんね〜、迷惑かけて。寝てていいよ〜?」


「そう、海晴さんもちゃんと、休んでよ」


「ホンマに、ありがとうな〜」



 ニコニコ笑みを崩さずに風呂場へと向かっていった。




 自分の部屋へ戻り、目を閉じればまた思い出される今日のこと。素敵な人ばかりだ。世泉は恵まれている、と心底思った。



「巡りに感謝を、命に祝福を……なんだったかな、この、こと……ば…」



 自然と口から零れた言葉に聞き覚えがあった。続きもあったような。というところで、深い眠りに(いざな)われた。



 次の日、世泉が起きたのは暁の頃。まだ浅暗く、太陽は頭のてっぺんがひょこっと出ているだけ。ゆっくり体を起こすが、意識ははっきりしていない。そのまま立ち上がって、あったかい羽織を肩にかけ、首にはマフラーを巻いて自室をあとにする。



 宿の裏口から、外へ。白い息が次々と吐き出されていく。鼻も手も真っ赤になっているはずだ。水汲みされていた桶の表面は凍っていた。気温は0度近いと思われる。



 ゆっくりと歩を進める。街はとても静か。


 30分ほど経っただろうか、明るく暖かい光が世泉の頬を照らす。


 (はず)れの方まで来ると、棚田が広がっている。それも一面雪に覆われ、どこが畑なのかわからない状態。その畑と思われる場所に、狐の親子がとぼとぼ歩いている。


 母狐は度々、後ろを振り返って子を見守りながら、どこかへと行ってしまった。



 何か甲高い鳴き声が聞こえたかと思えば、空に1羽のハヤブサが旋回していた。それをじっと眺めていた。すると足にふわふわとした感触を覚える。見上げていた頭をつま先の方へと向けた。



「きゅるるる」、と、可愛らしい声で鳴いた。


 まだ子供で足に擦り寄ってくる。親とはぐれたのか、独りなのか。まだ小さな耳と角が2つ。背中から尾っぽにかけて植物で構成されたなんとも幻想的な生き物。水木(みずき)という動物だったと思う。



「お前、独りか」



 世泉は問いかけた。手を伸ばして頭からゆっくり撫でていく。気持ち良さそうに目を細めている。


 しかしそろそろ、店の準備があると、その場を立ち去ろうとした。


「きゅぅぅ」


 別れを惜しむように、悲しむように声を上げた。どうしようかと悶々と考えこんだ。そして決断する。



「お前も、一緒に帰るか」



 世泉はそれを抱きかかえて、帰路へと戻る。随分と暖かくなった。この子のお陰かと、微笑むのだった。



「名前…って答えられんか」



 今度は名前を考え悶々とする。



(えんじゅ)…でいいか」


「きゅぅ!!」



 槐の木を最近見たのを思い出す。


 槐と呼ばれた瞬間、反応して、いいよ、というような嬉しそうな声をあげた。



 帰ってから、表の掃除を始める。槐は一緒に落ち葉だったり、草花だったりを拾い集めてきてくれる。トコトコ、せっせと役に立とうという姿があまりにも可愛らしく、世泉の瞳には映った。


 海晴さんが起きてきて、詳しく説目すると、飼っても問題ないとのこと。早速撫でくり回して可愛がっている様子。



 しばらくして、客足が増えてきた。今日も大忙しに間違いない。意気込んで、仕事を始めるのだった。


 だいぶ、客足も減った頃、女将から声がかる。



「世泉、休憩してよかよ〜」

「うん、槐見てくる」



 自室の方にいるように、と槐には言い聞かせたが、通じているかなんて分かったことではない。


 そろっ、と、襖を引く。



「疲れてたのか…」



 小さく世泉のクッションに丸まってすやすや寝てしまっていた。その上から、起こさないよう、配慮してマフラーをかけてやる。

 10分ほど見ていた気がする。それでも飽きないくらいには癒されてしまう。



「きゅー!」

「起きたのか、すまないもう行かないと」


「きゅるぅー」と残念そうにしたので、申し訳なくなった。もう1度頭を撫でてから部屋をあとにした。



「槐、どうやった〜?」

「うん、大丈夫そう。利口だな」



 海晴に戻ってきたという旨を伝える。お客はまだちらほら見えている。テーブルを片付け、注文を受け、また忙しくなる。



 疲労困憊(ひろうこんぱい)。まさに今の世泉がそんな感じになっている。料亭の方を閉めてから、海晴との共有スペースで体を休めていた。



「世泉、はい、お疲れ様。これ食べな〜?」

「団子…いただきます」



 目の前に出された、三色団子と草団子そしていちご大福。昨日の買い出しの時買ってきたものだ。三芳の作る菓子は絶品。遠慮なくそれを頬張った。



「美味しい。やっぱり、幸せ」

「ほっぺた、落ちるわよね〜」

「ふむ」


 と2人して幸せを噛み締めた。


 世泉の太ももで寝ていた槐がもぞもぞと動いて起きてしまった。まだ眠そうにあくびを噛み殺すようにしていた。



 槐は目をぱちくりさせて、上目遣いで世泉を見た。気づいた世泉はそっと、槐の前に団子の刺さった串を差し出す。


 はむっとひと口。そんなひとつの仕草でさえ可愛らしい。半分ぐらい食べると、世泉たちと同じように幸せそうに目を細めるのだった。



「この味が分かるなんて、流石だな、槐。 幸せだろ?」


「きゅ、きゅー!!」



 世泉の言葉を肯定するように返事をした槐。下顎を撫でてやるとまた目を細めた。



「そういえば、槐の親はどうしたのよ?」


「さぁ、私と会った時は独りだったからな」


「へー、でも水木族って希少種だったよね」


「そうだな…でもこいつが、槐が離れなかったのが悪い」



 またウトウトしている槐を眺めてそう言う。そして、いつか探しに行こう、と、呟いた。



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