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SiXTEEN  作者: 井口
Act.1
13/15

12

ちょっと短いです

 固まったままの4人には構わず話を進めていく。



「前王、オーベル派閥の騎士らとの交戦の(のち)城が落とされ、ノーラ王妃は牢に監禁」



 動揺を見せず淡々と読み上げていく。でも内心、本当は焦っている。口早になっていた。


「現在アリサと名乗る少女による支配が続いている。内戦も、我々と派閥とで未だ収まっていない。まだその分進軍の気配はない」




「待って、今なんて」



 ルカが反応してずいっと世泉の方へ身を乗り出す。



「だから、内戦が…」

「違う、その前の」

「アリサというやつのことか? …知っているのか」

「いや、まだ確かめないことには分からないけど…他に詳しいことは」

「特に、書いてはない、な…」



 彼に少し焦りが見られた。またアリサという少女の名を知っているようだ。それ以降、彼は黙りこくっていた。そして立ち上がり、この場をあとにした。頭を冷やすと言って。



「それにしても、時間が無いな」

「ええ、こちらに今、戦を仕掛けられたら一溜りもないわね」



 改めて話を進めていく。陽和が冷静に分析し始める。雅は大人しく話を聞いているだけだった。



「みんな、いなくなっちゃうの?」

「紫苑さん…」



 小さなその少女の言葉は苦しく心に刺さる。雅も悲しそうに少女の名を呼んだ。

 それに対して陽和がこう言う。



「居なくはなりませんよ。大丈夫」

「ほんと?」

「もちろんです。指切りしましょう?」



 ふたりは固く小指と小指を絡め、約束をする。

 紫苑は子供ながらに今の状況が分かっているのだ。不安の面持ちは消えていないが、力強く頷いた。


 何度読み返しても、現実は変わらない。褪せてしまったその紙が目の前の現実を受け入れろとばかりに、淡々と文字を映し出していた。

 どんよりした空気がさらにどんより。居た堪れない雰囲気は拭えない。



「あの日、襲撃された日。オーベルが進軍は免れないと言っていた。私は、西へアウリゥへ行こうと思う」


「な、なぜですか?! 今、世泉さままでいなくなったら」


「分かってる。多分、それでも、私が行くべきなんだ。」


「おねぇ、ちゃん…」

「世泉さま」



 なんと言われても、彼女は行くつもりだ。何ができる訳でもない。が少しでも交渉の余地があるならば、戦わなくて済むのなら、喜んでこの身を差し出そう。そのつもりだった。


 ヘルシャフトが彼女を迎えに来ると言った。なら、もうこっちが行けばいい。そうしたら、もう苦しまなくていい。悲しまなくていい。そうすれば済むのだ。そう願った。覚悟を決めたのだ。



「それなら、俺も行くよ」



 頭を冷やす、と言って出ていったままだった彼が、そう言って戻ってきた。



「ル、カさまも…?」


「世泉独りで行かせたら、また無茶なことしそうだからね」



 自分にも確かめたいことがあると言って。

 それならば、と世泉とルカは早速準備に取り掛かる。一刻も早く行かなければならない。時間が無いのだ。鍵は時間だ。


 あちらに徒歩で渡ればひと月以上かかってしまう。リエフに乗ってもひと月かからないくらい。しかしリエフのことも考えれば、1日にそう多くは走れまい。だからと言って、歩いていくというわけにもいかない。猶予はあるとしても、そう呑気にかまけていられないのが事実。



「あ」


 ルカがひらめいた、と言うように小さく声を上げた。一斉に皆の顔がルカの綺麗な顔へと注目した。彼の口が動くのを待った。



「世泉、空間移動使えたよね」


「ああ、使えるが…。 ただし一気に飛ぶのは難しいぞ。力もまだ戻っていない」


「そっか、どのくらいなら行ける」


「短縮できるのは、最高5、6日」



 たったそれだけ。不甲斐ない、と頭を抱えたくなるのを抑える。本当は、一気に行けないこともない。けれど負担はそれなりにかかる。そうすれば交渉もできなくなる可能性だってある。そうなれば行くだけ無駄になる。ルカの足でまといにもなりかねない。



「そのぐらいあれば十分だよ。戻る間はリエフに乗っていけばいい。1週間は短縮できる」



 よし、と覚悟を決めて意気込んだ。今日のうちに出発したかったのだが、昨日からずっと起きていたこともあり、ルカにそれを指摘され渋々明日、ということになった。



 1日中そわそわしていた気がする。だが確かにルカの言うように、休まないと力も中途半端になる。それで迷惑をかけるのも世泉は嫌だった。



「あれ、世泉出かけるの?」


 振り返れば陽和が立っていた。


「ああ、ちょっとな。そこで休んでくるから」


 今日は帰ってこない、と告げて足早にその場を去っていく。陽和は疑問に思いつつも詮索することはなかった。


 行き先はというとあの泉。1本の大きな樹がそびえ立つあの泉。ルカと出会った場所でもある。

 あそこは世泉とルカだけの秘密。別に隠している訳では無いけれど、ただ、大切な思い出の場。みんな知らないというだけ。


 冬を越えて、春が巡ってきてからそこに行くことは1度もなかった。行けなかった。だからまた次、いつここに戻ってこられるか。それも不確かなため、顔を出すくらいはしないと、と思いここへと出向いた。

 あの泉には不思議な力があるのだ。癒す能力(ちから)。目に見えるものではない。でもそう感じてしまう。本当に不思議な能力。


 白く輝いていた冬の葉は、見事な淡いピンクへと色を変えていた。いつ見ても美しいものに変わりない。感嘆の息を漏らした。この場所だけアルムアックの影響が出ておらず、空は綺麗な青を広げていた。アルムアックの出現が2、3日前のことだけれども、ひどくこの、青い空が懐かしく思えた。


 小高くなっている岡の上に、がっしりとしがみつく様に根を張らせ、それは泉の中までにも広がる。ひとつの生命(いのち)がここに宿る。


 泉の奥深く、水底まで身体を沈ませていく。水の中はいわゆる水中庭園。波紋するたびに植物がそれに応じて、気持ちよさそうに揺れている。それを一目見れば、急な睡魔に襲われゆっくり目を閉じた。



 〇●●〇


「ただいま」



 帰ったのは早朝。日もまだ登りかけている時間。

 静かに玄関の戸を引き、同じように静かにそう言った。やっぱりまだ寝ているみたいだ。


 世泉の目が覚めたのはついさっき。それまでずっと眠っていた。やはり疲れが溜まっていたようだ。この休養がなければ、恐らくバテるのが早かったかもしれない。向こうに行ってもただのお荷物になりかねなかった。


 その分屋敷を空けていたわけで早速出発の準備に取り掛かる。ルカはもう終わっているはずだから。それでのロスは勿体無い。


 鈍色の不穏な空気の雲はまだ、かかったままだが、徐々に明るく、朝の気配を感じさせる。

 自室で着替えを済ませていた。動き回りやすように、いざと言う時のために。もしもが遭ってからでは遅いのだ。服の中に入った髪を両手で外へと掻き出す。最後に、ルカがくれた首飾りをつけ、それは服の下へと大事にしまった。


 次にすることは決まっていた。世泉は長方形の紙切れを用意し、1枚ずつ計3枚に自身のマナ流し込む。じっと目を閉じて、紙を人差し指と中指で挟み、自分の顔の中心へ掲げた。1本1本、針を通すように神経を研ぎ澄ませてその紙に術を施していく。全てが終われば、次は引き出しから、見た目が貧相な袋を取り出し、それらを持って部屋をあとにした。



「きゅぃぃ」



 足元から可愛らしい声が聞こえてきた。槐が世泉の足のふくらはぎあたりに頬を擦り付けている。またその動作も愛らしい。彼女はフッと笑ってその小さな体を抱きかかえて、再び廊下を歩き始めた。


 ここに来てから何も変わらないこの庭。冬の日、小鳥を助けたあの木。何日か前まで淡いピンクに色づいていたが、この空だ。どこか元気のなさが伺えた。

 例の小鳥の家族らも巣の中で(うずくま)っていた。


 どことなく寂しさを感じていた。



 〇●●〇


 屋敷の裏にある大樹。千歳がいた場所。大樹は宇治の街、否、(あずま)の国から、一望できるくらいには大きいことを最近知った。今でもマナの数は尋常じゃないほど多い。あの泉と同じように、此処だけまるで別世界のよう。黒点(ネグル)ひとつない。ここにはあの禍々しい魔力は入ってはこない。

 夜も明け、皆がそこに会していた。


「本当に行かれてしまうんですね」


 雅がか細い声でそういった。聞き取れるか否か、そのぐらいおぼろげな声だった。彼のこの顔を見るのは何度目だろうか。幾度も心配をかけてしまっているのは重々承知のこと。それでも、もうあ後には引けない。引いてしまえば逆に怒られそうだ。


「すまない。お前には迷惑かけてばっかりだな。私ではまだ頼りないのもわかるが、な」


「違いますよ! …そういうんじゃないんです」


 彼女はフッと笑ってから、懐から3枚の札とボロボロの袋を取り出した。朝帰りの後に用意したものだった。雅に2枚の札とその袋を渡す。残りの1枚は隣にいる紫苑に。2人ともおずおずとそれを受け取り、首を傾げた。その意図を汲むように世泉が言葉を紡ぐ。


「お守りだ。今朝術を施したんだ。もし危険な目に遭いそうになったときは使うといい。きっと助けになる」


 そんな目に遭わないのが1番だがな、と2人の頭をポンポンと、撫でた。


「紫苑を守ってやれ」


 雅にだけ聞こえるように、人差し指を唇の前にたてて約束した。


「世泉ねぇとルカお兄ちゃんに、はいコレ」


 紫苑が小さな両手に可愛らしいブローチをのせて、精一杯腕を伸ばして差し出した。綺麗な色をした2つのそれ。宝石のようにキラキラ輝いている。


「これ、私と雅と陽和さんと、一緒に作ったの」


 紫苑の顔から陽和の顔へと視線を移す。彼女は柔らかく微笑み、


「ふたりとも、貴方たちの力になりたかったの。だから受け取って」


 もちろん私も、と付け足す。


「へぇ、よくできてるね。ありがとう。そっか、昨日なんか余所余所しかったのはこれ作ってたから?」

「そうですね」

「バレちゃうんじゃないかと、心配でした」


 困った顔の陽和のと雅。裏腹に、紫苑はブローチを渡し終えたのか満足そうに、今朝から腕に抱えていたぬいぐるみを陽和から返してもらい、大事そうに抱きしめていた。特に見覚えのないそのぬいぐるみ。彼女と出会った時も特段そのようなものは持っていなかった。


「紫苑、それどうしたんだ」

「お兄ちゃんにもらった!」


 今のお兄ちゃんは雅のことだ。ブローチを作るのに必要なものを探していたら見つかった、とのことらしい。そのぬいぐるみの額には2本の柔らかい角が生えている。顔は何とも可愛らしいのだが、その角が主張するように鬼のぬいぐるみらしかった。そういえば、彼は鬼一族だったな、と思い出した。

 ところどころほつれの見えるそれ。


「昨日、お兄ちゃんがね、私が悲しい顔すると、みんなも悲しくなるからって。紫苑ね、ちゃんと笑って待ってるから、ただいまって言うから」


 帰ってきてね、とうつむき加減にそう言った。

 ぶわっと心の中に何かが湧き出てくるような感覚。こんなにも小さな少女にまで心配をかけてしまっている。少し傷んだ心を撫でてから、もちろんだ、と強く誓った。


 出発の時はもうすぐだ。この場所を選んだのにもちゃんと理由がある。世泉の使う空間魔術は現在地のマナと目的地のマナを結ぶことによりそのゲートを創り出すこと。目的地への正確な座標把握、そしてマナを結びつける技術、それが必要になる。それは、現在地のマナが多いほど、自己負担が軽くなる。そのため、ここが1番最適な場所となったのだ。


「それじゃ、行ってくるよ」


 ゲートの中へ足をかける。


「お気をつけて」

「こちらは任せてください」


 雅に続いて陽和。紫苑は手を一生懸命振っている。それに答えるように彼女らふたりは微笑みかけた。


 でもまだこれは始まりにすぎない。これから待ち受けるのは誰も想像できないほど、残酷で悲しく恐ろしいもので。

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