あなたの町の秘密結社
現在、謎の組織に絶賛拉致られ中である。奴らは恐らく警察機構さえも傘下に置く、なんかやばい組織だろう。
両隣の黒服のおじさんといい、黒塗りの車といい情報遮断が徹底され過ぎている。
命の危機なのに謎の組織はやっぱり黒いんだとか、アホみたいなことしか脳裏に浮かんでこないくらい情報をくれない。窓も運転席も覆われているし、エクステーゼもないので、いちいち何回曲がったとかも記憶できない。正直ガン飛ばしながら震える以外やることが本格的に無い。
"一昨日までは拉致する側だったのになあ"と意識を遠くに押しやりながら、僕は誰にともなくガンだけを飛ばし続けた。
あと、一つ緊急浮上する深刻な問題もあった。
両隣をぎっちりと固める屈強な黒服おじさん達のせいか緊張してしまい、脇から背中から嫌な汁が信じられない量溢れているのだ。この余談許さぬ環境で、まさか香ばしい香りが立ち込め始めている。
このままだと、悪臭に耐えかねて、まさしくごみのように消されてしまうかもしれない。というか、消されるなら早い方がいいという考えもある。
この後はきっと怪し気なコンテナ船にでも乗せられて、同じように拉致された人達と残酷なデスゲームとかさせられるんだ、きっとニヤニヤさらながら玩ばれて死ぬんだ。
ああもしこの窮地、いやデスゲームを乗り越えることができたら、直ぐ田舎へ帰ろう。あと岬君にも拉致したことちゃんと謝ろう。
全力で気が動転したまま、車は目的地に着いたのか、ゆっくりと減速し音も立てずに停まる。
脇を捕まれ降ろされると、どうやら駐車場の様だ。高そうな車が何台も停まっている。
あと目についたのは、特殊な形状の大型トラックがびっしり、隙間なく停まっている点だ。それらはベースを青色で一様に塗装され、ワンポイントでピンクの花のマークをあしらっている。その下には、ロゴだろうか筆記体でかっこよく、Albisia Tokyoと書いてある。
ん、、、、ん??アルビジア東京だと、するとなんだ、ここはアルビジア東京なのか?ちょっと待って、おい黒服のおっさん!ちょっといまは動かさないでくれ!考えるじ、時間を、、
頭の中でバラバラだったあれこれが、ある一点へ集まっているような感覚を覚える。ああ、なんか答えが喉元まで来てる気がするんだよなー。
必死でこれまでの記憶を呼び起こす。そして、感じている違和感の正体を探す。こういう時に限って、エクステーゼがないなんて皮肉だよなあ。
アルビジア東京は、全国に無数に展開されるアルビジアグループ会社の一つである。アルビジアグループの会社はそれぞれがエリアごとに独立して経営を行い、中枢を持たないという大企業には珍しい組織体系の企業隊である。その反面、事業内容は全国どこでも同じく清掃ソリューションをお届けしている。
清掃ロボット開発、清掃職人養成を強力な武器にして、隅々まで行き届く清掃ソリーション及びサービスを世の中に提供している。
アルビジア東京は、そのグループの中で業績トップであり、えー、後はなんだったかなー。なんかヒントになりそうな住所とか景観とか全く覚えていないや。
エクステーゼがなければ、短期記憶も満足にできないゆとり脳が悔しい。
結局手がかりすら思い当たらないまま、両脇を掴まれて駐車場の奥にある入り口をくぐる。中には地下階へ降りていくエスカレータが静かに稼働しており、ぎゅうぎゅうと三人横一列になり、下の階へと下る。
地下階へ降りると、大きくて明るい空間が広がっていた。眩しくて目を細めてしまう。肩を縮こませながら、辺りを見渡すと驚愕の光景が目に飛び込んできた。
数人の作業着のおじさん達が美味しそうな湯気登る定食をお盆にのせ、目の前を横切る。
目の前にあるテーブルには清潔な印象の青色の制服を来たOLさん達がお茶を飲みながら談笑している。
その奥に広がるたくさんテーブルには、青色の作業着や制服を身につけた人達が食事を取っていた。
「これは、、、、食堂???」
「おい、こっちだ。」
あっけに取られていると、黒服のおじさん達にぐいっと引っ張られる。頭がグワングワンなりながらこの食堂?の端っこへと連れて来られ、席に乱暴に着かされた。
何が何やらわからないし、何一つとして解は与えられてはいない。だが、状況は確実に進んだ、多分良い方に。
聞こえてくる食堂のにぎやかで暖かな喧騒に、先程までの緊張感はどこかに霧散してしまっている。緊張が解ければ、なんだかお腹まですいてきた。場違いではないのだけど、場違いだ。
席に座りながらぼーっと辺りを見渡しながら待つこと10分。入り口の方から、明らかに身なりの良いスーツのおじさんがこちらへとズンズン近づいてくる。
おじさんの目的地はこちらの卓で間違い無いようで、どんどん近づいてくる。
うわあ、なんかモデルみたいなカッコいいおっさんだなあと思ってたら、僕の対面の席に微笑を浮かべながら腰をズンと下ろす。鷲の様な鋭い眼がこちらに向けられてなんか居づらい。こちらか居づらいっていうのもおかしな話しだが。
目を逸らせないでいると、突然すっと横から安っぽい湯のみに入れられたお茶が2つ、ずずいと出てきた。僕を連行してきたおじさんの一人がいつの間にか汲んできたらしい。
びっくりして、意味もなくお茶と黒服のおじさんとカッコいいおっさんを順番に見比べてしまった。
その様子を見てた、鷲の様なおっさんはにらめっこに負けたように破顔して、漸く話を始めた。
「ここはアルビジア東京で、君は指名を受けてくれた猫野君だ。そうだろ?いや遠路はるばるアルビジア東京へ来てくれて嬉しいよ!ようこそアルビジア東京!そして、ありがとう我々の指名を受けてくれて。君のアルビジア東京への参加を一同歓迎するよ。といっても三人しかいないがね、全くだ!」
大分芝居がかった喋りの人だな、わかりやすいし、面白いからいいけど。
「大変申し訳ないのですが、我が家の大切な家族が拉致誘拐とも言える手段で連れ去られてしまい、行方が分からなくなっているのですが、ご存知ないでしょうか。あと、この状況に関する説明がものすごく省かれているような気がするのですが、求めれば与えらるものでしょうか。」
「ああ!誓約書条項に従い、君の住居はこちらへ速やかに移させてもらった次第だが、なにか問題だったかな。君の家族というのは、ペットの猫のことかな?それなら、新居で無事に君の到着を待っているだろうよ。まあ、ペットに関しては条項内に扱いを明記していなかったが、細心の注意を払っているから安心してくれよ!」
「・・・・・誓、約書、、、」
「ああ誓約書だ!もちろん読んでるだろ!
ん?もしかして社員アパートに引っ越しさせる理由かい?ああ同意書には記載していなかったね!仕事柄、緊急の召集がかかる恐れがあるからね、念のためだよ、念のため!」
ああ、あのアホみたいな誓約書は罠だったか。どうせ、すげー小さく書いてあるとかなんだろうな。エクステーゼに接続してなかったのが、重ねて痛い。
「なあにより!元の住居より立地、内装、併設設備、商業施設、我が社の一体感、どれも格段に素晴らしいじゃないか!それにだあ、猫野君!今回は特別に無償での社服提供、社員食堂で使える無限食券も特別についているんだぞお、羨ましいなあ。全く!」
「・・・・ミイさんが無事なら、それでいいです。」
なんか考えるのも疲れて意識が遠くなり、思わずつぶやいてしまっていた。
ミイさんの無事が心配でしょうがなくて、柄にもなく無理にでも攻撃的な姿勢をとっていたことにようやく気づいた。どっと疲れた。
騙されたとはいえ、結果としては自分のせいでこんな状況を招いたのだ。それを今まで八つ当たりしていたなんて、みっともないったらない。このおっさん達は確信犯だろうし、同意書にそんな記述あったかも怪しいけど今はどう逆立ちしても証明できないことだけ明らかだ。それにばっちりサインしちゃってるしな。騙されてここまで来てしまった自分に、気分が晴れずうつむいてしまう。。
「・・・・」
「勤務形態とかについては、すぐに配属先の上司と相談の上で決めてもらうと思う。概ね君の希望通りになるだろうから、安心したまえ!あと、さっき言った緊急の招集とかもちゃんと歩合給が発生するぞ!がんばれば頑張った分金持ちだ、な。基本給の額面はそうだな、このくらいかな」
そう言うと、鷲の様なおっさんは手元の端末をテーブルの反対側からこちらへと差し出し、うつむいたままの僕の視線の先に見せてくる。どうやら契約内容に不満があると思っているのだろうか。
「・・・・」
僕はその端末を見ない。なぜなら、いつの間にか契約内容に触れる事項にまで話が誘導されているし、相場をよく知らない相手に数字を突きつけて感覚を崩しに来ているのは分かる。人間として格上とはいえ、これ以上相手のいいように契約を勧められては後々まずいことになるのは目に見えている。
ここはビシッと自分の意見を通さないといけない。差し出された端末を流し見て、おっさんの鋭い視線上に自分の視線をあわせる。心の中で自分を励ましながら、腹に力を込めて、声を絞り出す。
「アルビジア東京の皆様の役に立てるよう精進いたしますので、今後とも末永く、お引き立ての程どうぞよろしくお願い申し上げます。提示の金額ですが、桁が間違えているなんてことはないでしょうか、時給とかいてあるけど月給だったなんてことないでしょうか。ええ、間違うなんてことはないでしょうけれども、小市民たる私の度量では受け止めきれなくて、ええ、はい。」
“長いものには巻かれろ”。
非常に良き言葉であり日本人ならば心に、少なからずも忍ばせている言葉だろう。僕の場合は、心の床の間に掛け軸として飾っている程なので、こういう場面での適用は任せろといいたい。特に“数字の桁が長い場合は、2倍速で巻かれろ”という隠れ方針の存在は大きい。
対面のおっさんは急にゲスゲスしだした僕に、少し驚いたように目を見開いた。かと思いきや、次の瞬間には笑い出してしまった。
今まで浮かべていた張り付いた笑みではなく、下らないオヤジギャグに不意打ちされたような人間味のある笑いだった。
「はっはっはっは!自宅を丸ごと、勝手に、こっそり移した相手を許すのかい?というかこちらの身分も明かしてないのに、契約に頷いてしまっていいのかい??いやあ、猫野くんは全く面白いなあ、全く!」
「へえ、長いものには巻かれたい主義でして。家族の無事さえ確認できれば問題など微塵もありません。自宅の強制引っ越しもサプライズとして考えれば、なかなか素晴らしい贈り物かと。ところで、この小市民の私にもわかる程度で御教え頂きたいのですが、どうして超国家的権力を行使してまでこのようなお戯れを?」
「急にゲスりだしたな!このままだとペースを握られてしまいそうだから、今日はこのくらいにして逃げさせてもらおうかな。新しい住居へは彼らに案内させるし、今後の案内は担当者が説明を行うから、待っててな。
君が小者の皮を被った何者なのかは、まだ見えない。だけど、その人間臭い感情で覆い隠している向こう側には、ワクワクするような何かが潜んでいるような気がするよ!ああ本当に面白い奴がきたなあ、これからよろしくだ。
今回のドッキリは、君がどんな反応をするのか見たくてね。きっといいことあるから、許してほしい限りだ。じゃ。」
高級感あふれるかっこいいおっさんは一息にそう言終えると、立ち上がり来た道を颯爽と帰っていった。その後ろ姿を眺めていると、エスカレータに飲み込まれていく瞬間、こちらへ意地悪な笑みを浮かべ小粋に手を小さく振りながら消えていった。
今まで出会ったことのない嵐の様なエネルギーあふれる人間だったなと思う。終わってみれば、なんてことはないドッキリで、なかなかいい契約条件まで結べたんじゃないだろうか。ここであまり欲張ってはいけない、お金とコネは同じ位重要なのだから。今日は最終的には引き分けくらいだろう。
余韻に浸っていると残された黒服おじさん達がこちらを向き謝ってきた。
「猫野君、怖い思いをさせて本当にすまなかった。上からの指示で、君のテス卜のようなものと聞いていたんだ。喋ることさえ許されていなかったんだ。」
もう片方の人もサングラスと上着を脱ぎ、こちらに親指を立ててウインクしてきた。
「あん人はアルムジアの役員でえ、すげえらい人だあ。テストの結果はよくわかんねけども、よがったと思うよ。これから頑張りなあ。」
めっちゃ、いい人たちじゃんね。これは卑怯だな。悪者は誰もいないという奴だ。
「・・・いえ、わざわざありがとうございます。あと、気を遣わせてしまい、なんかすみません。」
「君が謝ることはないよ。ペットの猫ちゃんのこと気にしてたけどすぐにアパートに向かうかい?それともご飯食べていくかい?よければごちそうさせてくれ。」
黒服おじさん達の魅せるギャップに一瞬うなずきそうになったが、空腹をぐっとこらえてアパートへの案内をお願いした。ご飯は今度お祝いとお詫びを兼ねてご馳走してくれると約束してくれたので楽しみだ。
そうと決まれば、僕らもエスカレータで地上階へと出て、新しい住居へ向かう。おじさん達に付き従い、会社敷地を抜けて、緑多く茂るアルビジア東京の住宅棟エリアへ足を踏み入れる。
10m位の高さの豆科の街路樹が程よい間隔で植樹され、緑豊かな並木道を形作っている。その脇には何棟もの小綺麗なマンション・アパートが目に入る。
おじさん達は並木道の終点近く、行き止まりの先にあるアパートの前で立ち止まった。
詳しい説明は部屋に備え付けの端末の方が詳しいし、わかりやすいからということでアパートの前でおじさん達とは別れた。ここの2階の角部屋が新しい住居らしい。人物を識別して自動開錠するからと、鍵一つ渡されず不安だったが、おじさん達の言う通りドアノブに手をかけると開錠の音がした。
急いで部屋に入ると、玄関、清潔感漂う廊下、部屋へ続く扉が見えた。扉にはめられたすりガラスにより、部屋の灯りが細く玄関まで伸びている。
そしてガタゴトと音が聞こえる。
靴を飛び散らしながら家に上がり勢いよく扉をあけると、部屋の中央でゲージの中に収まったミイさんがびくびくと荒ぶっていた。
フローリングに跪き、すぐにゲージの扉を開ける。だがミイさんはゲージから上半身をー瞬だけ出したかと思うと、そのスピードを乗せた強烈な猫パンチをくれて、またすぐに引っ込んでしまった。床に這いつくばってケージの中の様子を伺うと、“警戒を解くなこの馬鹿野郎”と言わんばりに毛を逆立てていた。
「ミイさん本当にすまなかった。まさかこんなことになるとは思わなかったんだよ。でも知らない環境にビビってるミイさんてかわいいかもしれない。どこ行ってもだいたい順応して強気だから、ケージから出られないミイさんにノックアウトだよ。まだなんにもわからないけど、新しいお家だよ。おちつきな。」
改めて家の中を見渡すと不思議と懐かしい感じがした。だがそれはおかしい、だってここには来たことないんだから。
あ、家具の配置とかが引っ越し前のあの六畳を再現して配置してあるのか。この新居はフローリングだし、前より断然広いのだが、極限まで元の部屋を再現しようとした熱意が垣間見えた。だって床上に散らばった本も、重なり具合から再現している節があるからだ。
この引っ越しをやってくれた人の職人魂はさらにすごかった。例えば、猫の餌がどこにあるかがなんとなくわかるのだ。部屋の構造上は違うのにだ、ほらここにあった。
そして僕の分身とも言える外部記憶領域装置も勉強机の上にしっかりと鎮座しており安心した。見られることはないはずだが、見られたら困るのでホッとした。
「ああ身体中が痛い。今日は我が人生史上最も大変な1日だった。先生のあの勧めのお言葉さえなければ、こんな苦労は回避できたのになあ。なんだか猛烈な勢いで、周りに流され始めている気がすして怖いよ。あ、ミイさん布団の中で寝ないで。君は明け方未明に起き出して、絶対に戯れに起そうとするから嫌いだよ、もう。」