外記技術士の派遣先はどうしますか?
翌朝、岬君は目覚めるが早いか仰向けで寝たままにノータイムで謝ってきた。体育館のガラスを大量に割ってしまった小学生の様な表情を浮かべる彼に対し、大丈夫だと言ったんだか駄目だ。
「祝いの場での数々の失態を申し訳ない」と繰り返すばかりだ。
思ったより覚えているらしいこのダメイケメン。
その後も、反転し土下寝状態で“イワイノバ、イワイノバ・・・”と繰り返すばかりのポンコツになってしまい、可哀想になってきた。
「岬君!そんなイワイノバさんなんて知らないし、僕は久方ぶりに楽しかったのだから気にするんでないよ!」
「・・・・」
「・・・・」
「イワイノバさんって何のことですか」
僕の気遣い何のその、岬君は真顔で斬り返してきた。
おいいいい、こいつう!確かに今のは滑ったけどその仕打ちはどうなんだと言いたいが、その冷たい視線に床を見るしかない。
もうこいつは無言のまま玄関から外に追い出す他ない。口惜しいことに、きっと奴は笑っているのだろうが黙って玄関へ押し出しつづける。
恥ずかしいことを口走ってしまう自分を恨みながら、排斥することに成功した。
友人よ!私の恩義をないがしろにしたことを後悔するがいい。貴様の顔は既にあだち充名言集と化している、帰りみち中街に青春を撒き散らしてこいや。僕は顔中吹き出しだらけの友人をドアの覗き窓から見送り、一息ついた。
ドアポストに珍しく手紙が入っている。送付元は外部記憶領域技術士協会からだった。
猫用の水と餌をセッ卜し直しながら、中身を読めば派遣登録についての案内らしい。協会で諸説明と登録手続きをするから来いと書いてあった。僕の様な初めての人間に対しては、研修という名目で短期派遣を行ってくれるらしい。業務トレーニングというやつだろうか。
"企業には低料金で人材を、新人には低リスクで経験を"とポップな字体で書いてあった。
善は急げとスーツに着替え協会にむかうことにした。
協会の最寄り駅は2つ隣の、行ったことがない街だった。
見慣れない街並みに緊張を覚えながら、目的地までの綺麗に舗装された道を歩く。
目的地に着くと、目の前には薄く色付いた一面ガラス張りのビルがあった。
鏡面の様な壁面に、スーツを来た僕の姿が映されている。久々に着たスーツはどことなく角が取れてしまっているし、硬くなった少し大きめの革靴は借り物の様に合っていない。
「誰がどう見ても不細工だけど、しょうがないか。そう、これからお金持ちになればいいんだよ!」
言い訳混じりにエン卜ランスのドアをくぐる。
ミステリアスなビルディングの中で僕を待っていたのは、まずは大きな案内看板、少し進んでカウンタ一、カウンター上の看板、呼び出しディスプレイ、壁際の何かの記入台だった。
「実家の区役所に似てんなー!!間違ったかな??」
余りのギャップに焦って、出直したくなる。
だが、昼まっただ中なのに客が全くいないという異質さが、その足を留めた。
更に勇気を出して、カウンタ一の内側にいる職員っぽいお兄さんへ、ひとまず聞いてみることにした。
「すみません外記技術士の派遣登録に參りましたが、こちらであってますでしょうか?」
「ようこそいらっしゃいました、お名前をお伺いしてもよいでしょうか。」
見るからに仕立ての良いスーツのお兄さんに名前を告げると、カウンタ一上の端末に僕のデータが出てくる。
更にお兄さんの説明は続く。
「猫野様、こちらのデータで間違いないでしょうか。大丈夫でしたら、右手を画面に乗せ、ご承認をお願い致します。」
お兄さんの淀みない案内に従い、画面データを確認して手を置く。
画面には“お疲れ様でした。係りの案内に従って下さい。”の文字が出てきた。
視線を上げお兄さんを見ると、引き続き微笑みをたたえて、今度は奥の部屋へと促された。
現在、診察室位の広さの部屋で机を挟み、さっきのお兄さんと二人だ。
「ああ、どうぞお座り下さい。緊張なさらずですよ、これは面接ではありませんので。」
ややあってそう言われる。
これが面接でないのはわかっているが、緊張するのが人間の業だと思うんだお兄さん。そして淡々と説明が始められる。
「まずは最年少での技術士試験合格おめでとうございます。これから外部記憶領域技術士のライセンスを基にお仕事をされると思います。我々協会は企業とライセンス保有者の契約サボ一卜等を担当させて頂きます。それはもう契約締結から労働闘争まで承りますので、気軽にお声掛け下さい。」
その後話は長々と続いたが、事前に耳にしていた内容と大差はなく順当に済む。また来るのも面倒なので、そのまま派遣登録までお願いする。
これで条件にあう契約内容を見つけてもらい、企業に打診するらしい。
簡単な質問に答え、登録も終わりになった折、お兄さんが少し眉をしかめて端末を見せてきた。
「猫野様は初回ですので、本来ならばこちらから適当な企業を見つけて、初回の短期派遣を斡旋させてもらうのですが、既にある企業から指名依頼が1件来ております。これは最年少合格の成せる技ですかね!!
ええと、企業名はアルビジア東京。清掃業界では最大手の企業ですね、事業規模、収益ともに非常に優秀で、外記技術士ライセンス保有者でも入るのはなかなか難しい企業ですね。うーん、これは大変珍しいパターンですよ。」
お兄さんが持つ端末を見ると、契約条件も既に明示されている。おお!数字の桁がやばい。
聞けば、短期派遣ではほぼ最高値での契約条件ということらしく、お兄さんがちょっと興奮していた。勤務時間は基本短時間シフトで応相談とある。お兄さんが契約条件を最後まで、一つ一つ説明してくれ、最後の質問を尋ねてくる。
「こんな好条件は、今までみたことないですね、いかがいたしますか?」
僕はできるだけ表情を崩さず、はやる気持ちを抑えてお兄さんへと答える。
「大変よいお話ですが、一端持ち帰らせて頂きたいと思います。時間かかって企業からのご指名がなくなったときは、別の斡旋先をご紹介頂きたくよろしくお願い致します。」
こちらこ答えに驚いたのか、協会のお兄さんはギクシャクと頷くだけだった。
ただより高いものは無いというのは我が家のモットーだ。本当によく出来た言葉だと改めて思う。新人の前に破格の条件をぶら下げてくる企業なんて、どうみても怪しいじゃんね。派遣された後に大変な目にあってはたまったもんじゃ無いよ。
協会のお兄さんは補足として、協会伝手の派遣契約に嘘や罠は無いことを説明してくれた。また企業からの指名依頼は公開制らしく、評判を上げたいのであれば、周りに角が立たぬように、とりあえず受けてみるべきと私的なアドバイスもくれた。ありがたいです。
協会から帰宅すると、すぐに自宅に電話する。
母親が出てきたので、試験に受かった報告と企業派遣の話をすると、嬉しそうにしてくれた。
「あらCMで良く見るところじゃない!頑張りなさいよ!あ、初任給でのプレゼントは温泉旅行がいいかな、あ、それと・・・
「あ、ごめん、電波が悪いみたい。ところで父は?」
「電波ばちばちあるわよ、そんなの騙されるのはおばあちゃんだけよ。それより最近ちゃんとやってるの?あんたは連絡がたりないのよ!・・・
「ご飯はたべてるの?カップ麺ばかり・・・
「おばあちゃんがこの間ね・・・
その後5分くらい猛攻が続いた。その闘いの果て、目的の父は出張で今週は家を空けていることが判明した。無理やり通話は終わらせた。
頼みの相談相手が早々にいなくなった。手詰まりだ。今は気を紛らわせるため猫のミイさんを膝に抱え、端末の少ないアドレスデータをスクロールしている。
「岬君はあれから音沙汰ないし、まだキレてるだろうな。ゴジラに聞いても、考えるまでもなくやればっていうだろうな。どうしたらいいんだあ」
久しぶりに落ち着いた時間になるはずだった今晩は、反対に悶々と燻ってしまった。
僕は薄い布団へと身を投げ出し、考えるのを先送りすることにした。
目を覚ますと見たことも無い薄暗い空間だった。
ぼんやりとした足元の明かりが辺りを照らすが、目に見える範囲にはなにも無い。
眼を凝らせばなにかが見えそうな暗闇だ。
首をすくめて眼をこらしてみる、、、
突如、はげのおじさんが目と鼻の先にぬっと現れた。
余りの衝撃に声さえ漏れず、意識を停止させているとバーコ一ド模様の髪をなでつけながらおじさんは口をぬちゃっと開く。
「これから72時間掃除をしてもらう。ここから逃げ出すことは許さない。貴様自身が箒でありチリトリであり雑巾でありバケツとなる。汚れがあっても貴様が倒れても、貴様の家族の命はないものと覚悟せよ」
あまりの展開についていけず自然と意識が遠くなる。なぜはげおじさんの命令に従わないといけないのか?なぜ突然家族の命を握られているのか?なぜここはまっくらなのか?
・・・?なにか頭の奥で警鐘がなっている。
生理的に不快感を与えるアラームが鳴り響いて意識が遠くなる。
lililililili...
「ゆ、夢か?夢だよね?!」
首を伸ばして辺りを見渡せば、薄暗いが見慣れた部屋だ。足ふきマットの上にはミイさんがいつもどおり寝ていた。そして枕元の端末をみると、ゴジラから音声通話が来ている。しかも相当コールし続けているためか、聞いたことないほどにでかいアラーム音だ。恐怖冷めやらぬままに着信を許可する。
「おはよう、朝早くごめん。今日の予定空いてない?猫野のお祝いに、ちょっと旅行に行かないかと思ったんだ!恐竜博物館がオススメなんだけど、どう?」
「おはようゴジラ。突然すなー、今や暇だしいいよ!いつ出発の予定?岬君は連絡済み?」
「岬には昨日電話したんだけど、彼女がうるさいからって断られたんだ。しょうがないから諦めて、拉致しようと思う。でな、持ってくもの、、、
「ん?」
受話器から聞こえるゴジラの元気な声に意識がやっと追いついてく。おいおい今拉致しようとか言ってるが、本当だろうか?本気だとするとタイミングがまずい、恐らくターゲットはまだキレてるはずだ。時期が悪く、今回は諦める他しょうがない。
「ターゲットは今キレている。そのため注意しつつ大胆に敢行する必要がある。すぐに作戦会議を立てよう。」
僕は正義と岬君からの評価を諦め、悪の軍門へと下った。
時刻は現在午前10時、場所は駅前のモールだ。
ゴジラ、ミイさん、僕の三人である店の出入り口の様子を車の中からうかがっている。
ターゲットは今、かわいらしい彼女さんと目の前の服屋さんでお買い物中だ。
ゴジラ家から借りた乗用車がスモークガラスだったおかげで、なんとか尾行し見張っていられるのだが、いまだ肝心な問題が未解決のままだ。どうやって車中に連れこんでいいか、それがわからないままこうして、一時間はこうして三人で尾行している。
出入り口を鋭い眼差しで見ながら、思案していた運転席のゴジラが何かを閃いたように重い口を開く。
「やつが最も気を抜くときはいつだと思う?」
「いつだろうか?あいつ女子といても僕らみたいにデレデレにならないからなぁ。おい!まさか、なにのあとか?!それは気まずくないか?!」
「それも答えだが、それは悔しいので断固却下だ!!答えの鍵はそこで丸くなっておられる猫様に秘められている!
筋書きはこうだ!まず友達の猫に似ている猫が、知らない車の上に載っている場面を見かける。ターゲットは確認するために猫に近寄り、やっぱり友達の猫だと気付く。そこで慌てて音声通話をかけるだろう。そして、ここで車体の下に置いていた猫野端末から音が鳴り響くと、混乱しながら身をかがめるだろう。そこを、こう、がっ!て車内に連れ込むことにする!」
「・・・おお!すごいじゃん、感動した!」
「さらに朗報として、実はターゲットは拉致され慣れている。いや、もはやにスリルを求めている節さえある。あいつの為でもあるんだ、諸君何卒頼む。」
その後店から出てきた岬君はゴジラの予想を寸分狂わず実行し、見事車内後部座席へと捕まった。
だが意外だったのは、不気味にも怒っていなかったことだ。
「ちょうど彼女からの束縛がひどくて、息が詰まっていたんだよ。あ、今日は山田さんも来てるんだ、めずらしいね。とりあえず無事だけ連絡して、電源切ってよーかな!この後はどういう予定なの?」
走り始めて十分くらいすると、なんか喉に刺さった骨でも取れたようにイキイキしだした。謝っていいのか、喜んでいいのかわからない微妙な空気のまま、僕ら3人と一匹は恐竜博物館へ向かうことになった。
道中ゴジラは前席で悔しそうにふて寝しているが、僕は隣なのでニコニコしてる岬君に怯え、安寧を求めミイさんの背中を無心で撫でつづけた。
目的地に近づき自動運転システムから降車の音声案内が始まり、皆んなの注意が前方に向く。頭まで被ったタオルケットから顔を出すゴジラに、PCで何か作業をしていた岬君ともに前方の光景をいぶかしんでいる。それも当然で、目的地の恐竜博物館についたはいいが、駐車場には車が全く停まっていないのだ。
全員の頭にこの後の不幸な展開がよぎり、車内の緊張感が一気に高まる。急ぎ車を降り、博物館の建屋に向かうと“緊急改修工事により休館”の張り紙が、僕らを見下すように貼ってあった。
3人で横並びで張り紙を前にしたまま、ゴジラが開口一番謝った。
「これに関しては誠にすまんかった。一食絶つ所存であるゆえ、ご容赦願う。」
僕はこれくらいはいいというか、恐竜博物館はゴジラが見たいだけだと思うんだが、どうなんだ。
恐る恐る隣をみると岬君も苦笑している、大丈夫そうだ。岬君はからかうようにこのあとどうすのか問い詰め始める。
「ツアーへご参加の皆様、安心してください、山に行きます。」
駐車場を経ち2時間、麓の駐車場から一時間、僕ら3人と一匹は隊列をなして山道を登っている。
それも時たま現れる“この先キャンプ場すぐ”の看板を心の支えにだ。
ただ、一時間もこのやばめな山道を進めば、この隊列を率いるゴジラに不安を覚える。というか絶対こいつ引き返せなくて無理に進んでいるだけだと思うんだけど、どうなんだろ。
次第に傾く太陽に、恐竜博物館の時をはるかに凌ぐ緊張感が場を凍りつかせつつ行軍は進む。
さらに15分程度登り、いよいよリーダーを殺して引き返した方がいいんじゃないかと危ぶみだした頃、なんとか広けたスぺ一スにたどり着いた。
山の中腹の平地に作ったキャンプ場の様だ。中央には手作りの炊事棟が立っている。
炊事棟は近づいてみると、あらゆる線が歪み禍々しく、テント設営スペースは雑草に飲みこまれている。その荒景に、さすがに隊列の一番後ろから非難の声が上がった。
「おいここはさすがにやばいだろ!いい加減戻ろう!」
だがあたりは夕焼け小焼けでもうやばい。せめて、ゴジラのその大きなリュックにすごい高性能なテントセットが入っているとかなら、まだ助かるみちがあるんだが、頼む!
ごじらはニヤリと自信有り気に振り向き、僕らに向かって右親指を突き立てた。
「安心してください、素泊まりなんてありえません。大丈夫、御キャンプファイヤーありますよ。」
「・・・は?ふざけるな!こんなとこで泊まれるか、俺は帰らせてもらうぞ」
「岬氏!車までは1時間以上の道のりですぞ。しかもっ!日没を迎えた今、1時間での下山は難しいでしょうねい。まして、下りの急な山道、途中の分かれ道を軟弱なあなたに突破できますかな、岬氏ぃ。」
後方の足音がゆっくりと止まった。
振り向くと、4、5歩遅れた場所で岬君がロをパクパクさせていた。
追い打ちの様に、前方を行くゴジラから楽しげな号令が轟く。
「これより状況を開始する。まず我々は可燃性の木材を収集し、可及的速やかに今夜の燃料を確保する。その後、炊事棟を我らが寝床にし、この夜を乗り越えるものである。我々は豚以下の畜生だ、よってこの豚小屋も最高級の宿と同義と知れ!」
「豚隊長、つまりどういうことでしょうか?」
「我々に与えられた飯はこのインスタント麺のみということだ!これを食べたければ、湯をつくれ!湯を作りたければ、火を燃やせということだ!あとは、藁にもおとるこの薄布が今晩の寝床だ!さあまさしく畜生暮らしの始まりだ!生き残りたければキャンプファイヤを灯し、己を昇華させよ!」
ゴジラはその背にある大きなリュックをどさりと置くと、大量の水とインスタント食品、マッチ、タオルのらしきものをならべ始める。マジかあ、ガチ野宿じゃんね。
いつの間にか追いついた岬君が、隣に立っていた。いつの間にか自分を取り戻したのか冷静に言及する。
「せめて掃除してからにしないか」
その一言で、岬君が掃除を、僕らが薪集めを担当した。僕らは蒸し暑くセミや虫の鳴き声が響き渡る中、泥まみれになりながら薪や枯れ木を集めまくった。
熱意の成果か、完全に暗くなる頃には炊事用の薪山と、2m四方の木の櫓が組みあげることに成功した。
炊事棟も短時間の割には見違えていた。床は土やほこりを払われコンクリ一卜が見えたし、簡易かまどには火が灯り、シンクは水洗いされていた。
岬君はこの状況を受入れたのか、薪拾いから帰ると自慢げに綺麗になった秘密を語ってくれた。
「実は雨水の貯水タンクがあってな!生活用水は使いたい放題なんだよ。裏手に簡易シャワーだってあるんだぞ!後、ベッドはコンクリ一卜の上に布を引けば結構涼しくて気持ちいいんだ!ここは標高が高いのか、ちょっと涼しいし虫もあんま・・・」
僕の記憶が正しいのなら、確か岬君は都会のいいとこのお坊ちゃんのはずだ。こういった野蛮なことはしない御家のはずなのだが、ゴジラが振り回し過ぎたせいで頭のネジ穴がガバガバになったのだろうか?尚喋り続ける友人をそっとしておこうと決めた。
ふと視線を炊事棟の外に向けると、キャンプファイヤーの組み木周りの青草を取り除いているゴジラが見える。草をえぐりだしている様子は鬼気迫り、こちらにもなんか声をかけられなかった。僕は行く当てのない視線を手元に戻し、水をひたすら温める作業に没頭することにした。
せっかくお湯を作ったのでミイさんに冷ました水と餌を持っていく。
今は炊事棟にリードでつないでいるおかげか辺りを駆け回っている。道中ずっとケ一ジのなかに閉じ込めていた鬱憤を晴らすようにバッタ類を捕まえて頭をかじっている。なんか一番楽しそうにしてて、安心した。
ミイさんの狩りを眺めていると突然”ドゥン”という破裂音が背後から轟いた。
振り向くと、続けざまにどんどんと大きな花火が夜空に咲いていく。
花火の根本には大きな火柱がまるで葉っぱの様に空へと揺らめく。
咲いては散り、散っては咲く絢爛な光景にしばしその場で見入ってしまった。
とうとう根本に火柱を立ち昇らせるだけになった頃ゴジラが歓声を上げる。
「ぃっひゃほおおおおおお!すげええええ!!」
どうやゴジラの仕業だったらしい。ミイさんは縮こまっている。ごめんね。
「おい、やるなら先に言えよ、掃除しててびっくりしただろ!」
「だからいんじゃない!すごかっただろ!市販品だと最大クラスの大きさなんだぜ!」
「ああ、ゴジラ!すごいなんか感動したよ!ありがとう!」
「猫野の合格に祝砲でもあるんだ、いいてことよ!」
それから3人で囲むには巨大すぎるキャンプファイヤの近くに腰かけ、皆でカップ麵をすすった。たまに灰とか火の粉がカップに味付けに飛び込んでくるが、おおらかな気持ちでなんだか許せた。
決して美味しくはないし、なんならこの暑い季節に激辛味ばかり揃えやがったせいで完全に我慢大会になっているが、こうして笑っていられることがなんだかとても嬉しかった。それは汗を垂らして、辛そうにしてる2人も同じ様で、
「これまで何回か拉致はされてきたけど、こんな最低なやつはなかったね!おかしくて笑っちゃうよ!」
「潔癖性のくせに、岬もしっかり楽しんでるじゃあないか!偶には、こういう過酷な状況を共にするのもいいだろう!誰とでもこれるもんでもないしな!」
「いっとけ、ゴジラの計画は昔からずさんなんだよ、だいたいなあ・・・
和気藹々とした喧騒の中、ゴジラのいう通りだと思った。
熱くて気持ち悪いし、飯はまずいし、絵柄は汚らしいし、寝床はコンクリだし、生産性の欠けらもないキャンプだけど、誰とでも来れるものじゃ無いと思った。
友人が変だった点を除いて、僕の人生が善きものであることの誇りのようで今日の出来事が途端に嬉しくなった。
キャンプファイヤの火がくすぶり消える頃。
順番に貯水タンクのシャワーを浴び、ぬるい缶ビールを空けて、水底に沈むように意識を手放し始めた。暑く湿った空気は定期的に吹く山風が、新鮮な涼しい空気に入れ替えてくれ、いままで味わったことのない気持ち良さがさらに眠気を誘う。
ふらふらとコンクリの寝床に重たい身を投げ出すと、疲労感のベッドで全身を包まれ、意識が空へと昇っていくようだ。瞼が閉じる直前に網膜が焼き付けた星空は、遠近感を狂わせるほど燦然と眼前にきらめいている。その数多無数の瞬きは一つ一つが力強く瞬き、言葉にできないほど雄大に視界を埋め尽くしていた。
翌朝筋張った体をかばいながら下山をするのだが、濃霧により軽く遭難して死にかけるという貴重な経験もした。もちろん東京への帰途の車中は誰も喋ることなく、自動運転のアナウンスだけが延々と鳴り続けた。ぼくの家で降ろしてもらう時、ゴジラはこの旅をこうまとめた。
「いまだからいうけど、あの場所は当初行く予定だったキャンプ場じゃなかったんだよね。いつのまにか別の看板を追っていて、地図にものってないキャンプ場だったんだよね、まあもう行かないと思うからいいけど。」