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月桂樹は裏切りをさす  作者: 和久井暁
8/21

やっとつかんだ手がかり

第八章 覚悟と進展


 一度マンションの部屋に戻った麻斗は、電話の留守電が光ってるのを見て再生ボタンを押した。

「週刊○○です。 奥様が不倫して、家を出て行ったと言うのは本当の話ですか?」

「なっ、なんだこれは!」

 続けざまに何件も同じような、内容のゴシップ記者からの連絡があった。

 携帯を見てみると、仲間四人や時子たちから着信が入っていた。

 とりあえず、麻斗は会社に連絡入れて、本当のことを話し、みんなに連絡をとった。

『麻斗、大丈夫か? ワイドショーのかっこうのネタになってるぞ。

 記者の話では明日のスポーツ紙の一面にも載るらしい』

「悪いな武斗、今日はちょっと会社に行って説明してくる。場合によっては緊急の記者会見だ」

『明後日、ルプランタンにいるから、お前も来いよ』

「ああ、わかった。 じゃあな」

 似たような内容を他の三人にも言って、時子に連絡した。

「お母さんですか?麻斗です」

『麻斗さん? 良かった、連絡着かないから心配していたのよ?』

「すいません、そっちは大丈夫ですか?」

『ええ、無駄にお父さん力あるわけじゃないのよ? 心配しなくていいわ。それよりあなたどうするの?

 こんなことになって……これじゃ、やはり香月さんは諦めた方がいいかもしれないわね』

「それだけは絶対嫌です。 今別れれば、記者たちが言うように香月が不倫したから別れたと叩かれます。

そんなことになれば守も、香月も傷つきます。

いわれなき批判に屈服するつもりはありません」

『あなたも頑固ね。 でも案外香月さんはこれを見越していたのかもしれないわね。 私たちも少し考える必要があるわ。

 でもあなたは香月さんから理由を聞きたいのね?』

「当たり前です! こんなわけのわからないことは、とりあえす理由を説明してもらわないと! なんのつもりか知らないが俺は認めません!」

『はあ、あの人も今回の事には頭を痛めてるわ。

 これ以上騒ぎが続くようなら、離婚も視野に入れておくことですね。 私からはそれだけよ、麻斗さん』

 味方だと思ってた母、時子の言葉に麻斗は唇を噛みしめた。

 長谷井の部屋に行って、会社に行くと言い、守を預かってくれるように再度お願いする。

 会社でもかなり噂になってた。 麻斗は辞表を手に会社に行った。

 仕事を取るか、信念を貫くか。

 そして長い話し合いの結果、辞表を預け、今回の騒動を説明することになった。 つまり緊急記者会見だ。

 いきなり消えた香月のこと、過去を知ったこと、それでも離婚する気はないこと、心配していること、周りの人間たちの意見、それでも決意はかわらないということ、信じてると言うこと、結婚式で指輪に誓ったことに嘘はないこと。

 全て決意表明のように淡々と語った。

 そして収録を終えてマンションに帰ると、守が待っていた。

 土曜の朝だった。

 守を引き取って、少し仮眠をとり、それから買い物に出る。

 いつも家事は香月がしていてくれたが、香月がいない間は麻斗がしなければならない。

 料理も、小さなころから一通りできるように仕込まれた麻斗は、時子の教育方針に感謝した。

何とか買い物も終えて、家に帰り、昼食を作る頃には収録された緊急会見がテレビの映像で流れていた。

 昼食は守が結構好きな白身魚のフライ、玉ねぎのコンソメスープとパンだ。

「守、ご飯で来たぞ?」

「お父さんお仕事やめちゃうの?」

「うん? ああ、テレビの事か」

 会見で麻斗は『今の仕事を辞める覚悟もしている』、そう言った部分を守は聞いたのだろう。

「どうして?」

「お母さんを探すためだ。 お母さんを見つけるのに時間がかかれば、今のお仕事はできなくなる。

 今はいろんな人に引き留めてもらって、お休みをもらっているがそんなに甘くはないだろう。 だからお母さんか、お仕事かどっちかを選ばなければならないんだ。 お父さんはお母さんを選ぶ」

 ぼけっと見つめる守に、改めて恥ずかしいことを口走ったと思った麻斗は、咳払いを一つして食卓に着かせる。

 ご飯を済ませると、洗物を片づけて、溜まった洗濯物を干す。

 守もいろいろと手伝ってくれた。

 そのせいで疲れたのか、守はお昼寝中だ。

 プルルルル、プルルルル……

 家の電話が鳴った。

「はい、御鈴院です」

「…………」

「どちらさまですか? まさか……香月?」

『麻斗さん』

「香月!」

 か細い声で麻斗の名を呼んだのは、まぎれもなく香月だった。

「香月、今どこにいる? 戻ってこい。 聞きたいことは山ほどある」

『ニュース見ました。 大変な目にあわせてすみません。

 もう探すのよしてください。

 あなたに合わせる顔もないんです』

「会って理由を聞かせろ! 俺はまだお前の夫だ。

 守だって待ってる。 俺たちには知る権利があるはずだ」

『私がずるいのはわかってます。 でもあなたもズルい人ですね。

 権利を盾にするなんて。 私はあなたと守を捨てたんです。

 それがどうしてわからないんですか?』

 香月の突き放した言葉に思わず、拳を握る。

「香月、お前、テレビ見たんだよな?

 不倫を、しているのか? 椎野なのか?」

『椎野?』

「お前が行方をくらませた日に行った家だ。 お前が祖父さんと暮らしていた家を買った男の名前だろう!」

『! そんな、まさか。 あの家が売られた?そんなはずは……』

「お前、何も知らずに行ったのか?」

『……どうでもいいことです。 あなたには関係ない。

 これ以上深入りしないでください』

 プツ、ツーツーツー

 言いたいことだけ言うと、香月からの電話は切れた。

さっきの着信記録をボタン操作で確認する。

 また公衆電話だった。

「畜生!」

 感情に任せて壁を殴った。

 殴った拳が痛かったが、それより心の傷の方が痛い。

 寝室に行って守の寝顔を見る。

 香月に似ずに麻斗によく似ている。

 細い目といい、可愛らしい鼻も、桜のような口も香月には似ていない。

「なんだっていうんだ」

 麻斗は香月の言葉を考えた。



 その夜、守と一緒に寝ているとき麻斗は夢を見た。

 香月が離れていく夢。

 知らない男に微笑み、話しかける夢。

 伸ばす手は届かない、声をいくら張り上げても届かない。

 振り返った香月がそっと唇を動かす。

「―。」



「はっ!」

 がばっと勢いよく身を起こす麻斗。

 全身が汗まみれだった。

 服が湿り気を帯びて、布団の温さと相まって肌に張り付き気持ちが悪い。

「うんん、どうしたのおとーさん」

 まだ眠い目をこすりながら守が尋ねてくる。

「守、お前はまだ寝てなさい」

「うん」

 まだ目が開ききっていない守はすぐに眠りについた。

 汗を洗い流そうと風呂場に向かう。辺りは暗い。

 六時半がこようとしていた。

 シャワーを浴びて、麻斗は着替えて早速朝食の準備をした。

 八時に守を起して、朝食を食べて、ルプランタンに行く。

 当然、長谷井も一緒だ。

 中にはすでに四人が待っていた。

「朝早くから悪いな、みんな」

「いいっていいって。休みの日しかこれないけどねー」

 なぜか全員を代表して健治が言った。

「それで、香月さんから連絡はあったのかよ?」

 武斗は面倒くさそうに頭を掻いた。

「実は昨日公衆電話から香月が電話してきた」

「マジかよ? なんて」

「探すな、深入りするな。 自分は俺と守を捨てたんだそう言ってた」

「諦めるのか?」

 琉惟の静かな問いに、麻斗は無論首を振った。

「探す。 それから離婚のことは考える。

 どういったって理由を聞くまでは納得しないつもりだ。

 俺はできることなら香月に隣にいてほしい」

「そうか、それで何か進展は?」

「実は先週香月が行方をくらました火曜日、香月は祖父の家に入って行ったというのを隣家の老人が目撃したらしい。

 だがその家はすでに一年前に人手に渡っていたそうだ。

 昨日このことを香月に話すと、香月は動揺していた。

 知らなかったみたいだ。香月の母親の君野さんでさえも知らされてなかった。

 俺は財産を管理している伊豆という弁護士が怪しいと睨んでる。

 だが、伊豆弁護士は俺に覚悟がなければ話せない。そう語った。

 あの人は何か確実に知っている」

「ふーん、じゃあその人のもとへ行って話聞かなきゃだね」

 珈琲に手を付けながら、冬哉が言った。

 その時不意に誰かの携帯のコールが鳴った。

 ピロリロリ……ピロリロリ……

「誰のだよ?」

「俺のじゃないよ?」

「僕のでもないね」

「違う」

「私のでもありませんよ?」

 みんな一様に違う違う言っているが、一向にコールは止まらない。

 しばらくすると止まった。

 みんな携帯の着信を見てみるが、みんな首を振る。

「あ、もしかして」

 鞄をがさごそと探す麻斗。

 ライトグリーンの香月の携帯のディスプレイを見ると。

「あ、着信あり!……どこの番号だ? 知らんな。

 アドレスにも登録してないみたいだ」

 リダイヤルボタンを押して掛けなおす。

『もしもし、香月さん?』

「もしもし、あ、切らないでください。 私は香月の夫で御鈴院麻斗といいます。 あの香月を知っていらっしゃるんですか?」

 スピーカー機能を使ってみんなにも聞こえるようにする。

『やはりあの緊急会見の奥さん、香月さんのことだったんですね。

 うろ覚えでしたがやはり間違えてなかった。

 香月さんとは小学校時代にうちの娘が親友でした。

 香月さんが結婚してからは、連絡もとらなかったんですが、その最近変な宅配が届いて、気味が悪いというか……。

 でも会見をみてもしかしてと思って荷物を開封したら、案の定香月さんから届けられたものだったんです』

「香月から荷物が?」

『全て、御宅に宛てて速達で出しました。 今日の午後には届くと思います。 香月さんはうちの娘の死に不審を持っていて、大学卒業して、就職してからこっそり調べてくれていたんです』

「え? 亡くなられたんですか?」

『ええ、娘が十歳の時に、それでその時の第一発見者が香月さんだったんです』

「そんな。香月が……」

『とりあえず、今度は香月さんに何かあったんじゃないか、一番心配しているのは、旦那さんのあなただし。

それに私もなかなか動けませんし、取り合えずあなたに全て知ってもらうのが一番かなと、大変勝手ながら考えました』

「いえ、感謝します。 それでは失礼します」

 そう言って切ると、今度は琉惟の携帯が鳴った。

「はい、細波です。 ご苦労様です、はい、はい、え?

 はい、はい、はい。

 行かなくても大丈夫でしょうか? ……そうですか、了解しました。 失礼します」

 ピッと携帯を切って、琉惟がため息をつく。

「なにかあったのか?」

 麻斗の問いに眉間に皺を寄せた琉惟はぼそっと「なんでもない」と答えた。

「それより麻斗の家に行こう」

「それもそうだな」

 各々飲み物を片して、それぞれの車に相乗りして麻斗のマンションに行った。

「相変わらず綺麗なうちだな」

「守も散らかすような子供ではないからな」

 台所に行って、お茶を用意しながら麻斗は全員分の茶を長谷井と運ぶ。

「お昼出前でもとるか」

「当然あっちゃんのおごりだよね?」

「まあな。 お前ら巻き込んでるし」

「じゃあ、ピザでもとるか。少し早いが」

時刻は十一時を回ったぐらい、開いたばかりで忙しいだろうが、注文して五十分待ちと言われた。

ピンポーン……

「飯か?」

「いや、それにしては早いだろ」

『ちわーっす。 カエル運送です』

「あ、電話の人のじゃねーか?」

「そうだな、出てくる」

 麻斗は出ると、段ボール箱二つ積み重ねた青年が現れた。

「どうも、サインか印鑑ください。 はい、ありがとうございました」

 とりあえず段ボール箱を玄関に引き入れると、助っ人を呼んだ。

「おーい、誰か手伝ってくれ」

「はい、お手伝いします」

「聡は俺の忠犬だな」

 半ば呆れながら麻斗は言った。

 リビングに運んでいくと、みんながしげしげと段ボール箱を見た。

 開けると十個くらいの茶封筒と、ボイスレコーダーの録音再生機。

 もう一個の箱には大量のファイルと、黒いフラッシュメモリが一個。

「何のファイルなんだ?これ?」

「とりあえず、封筒開けてみようぜ?」

「お? これボイスレコーダーのカセットじゃないか」

「聞いてみるか?日付がないが、回数が書かれてるな」

 ラベルには一、二と数字が書き込まれていた。

 とりあえず一をセットして再生する。

『音声記録第一回目、家を出てホテルに部屋を取ってとりあえず考えることにした。

 二十年前の茜と同じ症状が出ている。

 やはり、見間違いではなかった。

 おばさんに連絡して、当時の同級生の電話を教えてもらう。

 一人でやるには時間がかかるが致し方ない。

 明日から定期の連絡を入れることになっている。

 なるべく早く解決できることを祈っていたい』

 そこで音声は途切れた。

 そして残りを聞いても何も録音されてはいなかった。

「香月さんの声だが、やっぱり何か病気だったみたいだな」

「茜って子が誰かわからないけど、当時の病人第一号みたいなもんらしいね」

「次の聞いてみよう」

 琉惟の言葉に、次を無言でセットする。

『録音第二回目、新しい携帯はやはり慣れない。

 全員に連絡したが、連絡が取れたのが半数。

 当時の学級委員長だった河本君に連絡すると、私以外に四人そして河本君自身にも症状が出ていると話してくれた。

どうやら特に症状が現れているのは金糸雀組の子供、茜、私、河本君を入れると七人だ。

あの唄の通りになっているような気がする。

河本君は薬剤師になっている。 今日遅効薬をもらった。

妊婦が飲んでも大丈夫なのか心配だが、これはある意味賭けだ。

金糸雀かなりあ組の中で行方不明になっているのが、三人ほどいる。

もう回収されたか、死んだか、どちらにしろ今連絡がとれるのは三人。 茜は二十年前に死んだから、恐らく第一発病者と考えていいように思う。 しかしなぜ今になって?

あの子には薬を打ったが、アレが最後の一本だったなんて。

効果があることを祈る。

河本君に渡せれば解析してもらえたかも、そう思うと持ってこなかったことが悔やまれる。

しかし、やはり調べる必要がありそうだ』

 ここでやはり音声が途切れた。

「金糸雀組ってなんだ?」

「というか、香月以外にも同じ症状の人間が六人?

 同じ症状ってなんだ?」

「一の時に見間違いではないって言ってるから、身体的な特徴じゃないか?」

「ウタってどういう意味だろう?」

「とりあえず続き続き!」

 健治の声にみんな、頭を捻りながら聞く。

『音声録音三回目、何も収穫が得られない。

 一人では無理と言う事なのだろうか?

 苛々する。 あの場所には行きたくないが戻るべきなのだろうか? いや、もっと相談するべきだ。

 しかし時間がない。 居場所を知られないようにしないと。

 最近誰かに見られているような気がする。

 とうとう監視が付き始めたか、もしくはこれも症状の一環か。

 とりあえず用心にこしたことはない』

『音声録音四回目、しくじった!

 金糸雀組の一人から連絡があった。

 今度はやはり私が狙われているらしい。

 幸い不審に思ったその人は、私の事を咄嗟にかばってくれたらしいが、時間がない。 明日また河本君と会う。

 その時に当時の話や、あの日の事を話しておきたい』

『音声録音五回目、なんてことだろう。 部屋が荒らされてる。

 やはり私の身柄を拘束したいのだろうか?

 幸い大事なものは持ち歩くか、金庫に預けてある。

それにしてももうこのホテルにはいられない。

お義父さんにも悪いが、連絡は取れないと断って身を隠すことにしよう。今日河本君と話していて、奇妙なことに気づいた。

浅生にも確認しなければ、彼女も遅効薬を飲んでる。

つまり発症者の一人らしい、彼女は新宿の裏道で占いをやってるらしい。

東京は大学時代の知り合いがいるから、あまり気は進まないが、確認しておきたいことがいくつかある。

それにしても昔のデータや記録を宅配しておいて良かった。

紙一重でなんとかついてる。

とりあえず荷物を持って、ホテルを移らなければ』

「この日だな。 恐らく、父さんが香月と連絡とれなくなったのは」

 麻斗の言葉にみんなが茶を飲んだり、伸びをしたりと各自休憩を入れる。

「香月さんなんか大変なことに巻き込まれてないか?

 なんかこう、薬とか、見張られているとか。

 行方不明者とか……ちんぷんかんぷんだぜ」

「でも一つ手がかりにはなってるよね。 浅生って女占い師、新宿の裏道にいる香月さんの同級生」

 ピンポーン……

「誰だよ、こんな時に」

「飯の事忘れてない、たっちゃん?」

「たっちゃん言うな健治。でもそれもそうだな」

 武斗が時間を見ると十二時五分前。

 麻斗が財布を持って出る。

 Lサイズの箱が三つほど重ねて麻斗が戻ってくる。

「やったー! お昼♪」

「高かったろ?」

「でもお前ら払ってくれるほど優しくはないだろ?」

「まーな」

 みんな遠慮なく平らげている。

「食いながら聞くか」

「そうだな、時間がもったいない」

 麻斗は濡れティッシュで手を拭くと、カセットを入れ替えた。

『音声録音六回目、浅生と会う約束をとった、これから出かける。

 夜は仕事だからと、昼間に会うことになった。

 正直ありがたい。 夜はいつ狙われるかわからない。

 この日の録音はまた後で行うとしよう』

『音声録音六回目の続き、やはり私の予想は当たりだった。

 違和感が当たったというか、浅生も河本君も私に指摘されるまで気が付かなかったらしいが、やはりおかしな点を自覚してくれた。

 記憶操作、嘘のような本当の話、私たちの記憶は操作されているみたいだ。 浅生は体の異変にいち早く気付いたらしいが、それ以外にも私たちには共通していることがある。

 まず三十の誕生日を迎えて、一か月以内に呪印が現れること、幻聴、既視感、妄想、睡眠障害。

 そして河本君の話と茜の症状を照らし合わせると、まず、左手首に呪印が現れ、背中に侵食し、右手首に至るまでに解毒剤を投与しなければ死に至る可能性が高いことがわかった。

 まさか茜の痣の意味に、そんな意味があったなんて思わなかったが、ここまできたらそうも言ってられない。

 行方不明の三人はわからないが、河本君は新薬の開発と偽って、解毒剤の開発を急いでいる。

 私、浅生、河本君の中で、一番症状が重いのは河本君だからかもしれない。

 彼は呪印が二の腕にまで伸びていた。

 見せてもらったし、河本君の話では個人によって色が違うらしい。

 私は紫だが、河本君は赤、茜は緑だったし、浅生は藍色、他の三人は黄、橙、青だったらしい。

 これは奇妙なことに虹の七色と符号する。

 なにかの暗示だろうか?』

『音声録音八回、図書館のインターネットから、昔見た資料を探そうと接続してみる。 おかしなことに情報が残っていない。

 司書さんに聞いてみたら「国立図書館のデータベースには残っているかもしれない」そう言われた。

 それにしても行方不明になった三人が気になる。

 明日から調べることにする』

「えっ、僕の職場? 何調べてたんだろ?」

 冬哉が不思議そうに眼を見開いた。

『音声録音九回、二人はどういう経緯で行方が分からなくなったのかわかった。 旅行先で姿を消したそうだ。一度会社に忍び込んで見たデータと比べると、あの村に近い。

 やはりあの村に何かあると睨んだ方がよさそうだ。

 そのうえで近づかない方がいいだろう。

 仕事を利用して、役員に近づいたのは正解だったようだ。

 こんなことを知ったら当然あの人には嫌われてしまうだろうな。

 なぜか、幸せだった夢ばかり見る。 困ったことに、一人では倒れそうだ。 今日はとうとう睡眠導入剤のお世話になる。

 河本君から一応と言って渡されていたものだ。

 軽いものだそうだが、嫌なものだ』

「おいおい香月さん、大丈夫かよ?」

「っていうか体って、そんなこともしてたのかよ……」

 見損なったと言いかけて、健治は口をつぐんだ。

 命がかかっているのだ。 それだけ必死だったんだろう。

『音声録音十回目、つじつまを合わせたり、調べを進めた結果、やはり会社は黒で、なおかつこれは文部科学省が統合する前、科学技術庁だったころの実験だったようだ。

 はじまったのは昭和だったらしい。

 人を人体実験に使っておいて何が『神の研究』だ。

 ふざけているにもほどがある。

 だが調べを進めていると奇妙なことがまた出て来た。

 当時は猫や犬、猿などの動物を使った生体実験だったにも関わらず、人体を実験に使用したという記録は残っていなかった。

 意図的に消去されたか、本当に当時は人体実験をしていなかったか確かめる必要がある。

 やはりあの村を暴いて行くしかないようだ。

 とりあえず、当時の科学技術庁のデータがほしい』

「次のテープは?」

「ない、ここまでしか送られてないな」

「科学技術庁、と会社ってやっぱ香月さんの勤めてた星望企業ってことだよね?」

「なにか知らないか琉惟? お前官僚でそこそこ出世してるだろ」

 文部科学省勤めである琉惟に武斗は言った。

「さっきの電話、職場からだった。

 内容はファイアウォールを破って、極秘ファイルのデータが攻撃されてる。 そういう事だった。

 詳しい話は聞いてないが、今の話を聞くと香月さんが関わってるように思う」

「データが破られたってことは、流出したってこと?」

「いや、破られたのは第一ファイアウォール、第三段階まで用意されてる。 最終ファイアウォールが攻撃されると、メインコンピュータの電源が落ちて、サブコンピュータの対攻撃プログラムが発動する。 だからアクセスしてきたパソコンもただじゃすまない」

「じゃあ、そこから居場所なんかを特定できる可能性はあるってことだよな?」

「ああ、ちょっと職場に連絡してみる」

 そう言って琉惟は廊下に出て行った。

 戻ってきた琉惟にみんなの視線が集まる。

「信じられないことが起こってる。 ファイヤボールが破られた……」

「おいおいそれって、データの流出かよ?」

「その通り、省内に非常事態が発表されて、非番の職員全員に呼び出しがかかった」

「ってことは琉惟も行くの?」

「うん、一応。 今夜は泊りこみだと思う」

「そうか」

「……香月さんじゃない」

「えっ?」

 琉惟の言葉に麻斗がはっと目を見開く。

「アクセスしてきた奴は『男爵』と名乗ったうえで攻撃してきたらしい。

第二、第三ファイアウォールに攻撃しながら、まだ作動してないサブコンピュータに同時アクセスして、侵入者対攻撃プログラムを、非常時電源供給に書き換えたらしい。

サブには一応バッグアップ機能もついてたからそこを突かれた。

プロの仕事だ」

「ちょっと待ってよ。 琉惟、『男爵バロン』って最近有名なハッカーのことじゃない?」

「その通り、冬哉よく知ってたね」

「僕の職場には新聞も置いてるからね、麻斗もニュースで読み上げてたし」

「そうだな、あの『男爵』か。 なんの目的で?」

「詳しくはやっぱ行ってみないとわからない。 ちょっと出かけてくる」

「お前その格好でいくのか?」

 琉惟が自分の体を見下ろす。

「いいんじゃないか?」

 黒のダウンに茶色のジーンズ。 中の服は白と青のチェックのシャツだったはずだ。

「お前の彼女怒るだろ?同じ部署で働いてるんだろ?」

「うん」

 琉惟はなぜか『非常事態だからわかってくれる』と言いたげに、靴を急いで履いて出て行った。


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