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月桂樹は裏切りをさす  作者: 和久井暁
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裏切りのローリエ

第三章 ローリエに託された意味


それから一週間、仕事をこなして、やっと手に入れた休み。

 四人を家に呼んで、とりあえず何から調べればいいか考えていた頃だった。

ピンポーン……

「ん、誰だろうな」

 麻斗が玄関に行って、ドアを開ける。

 そこには黒い髪の毛が好きな方向にはねた、黒いスーツの背の高い男が、守の両脇を抱っこして無表情に立っていた。

長谷井はせい! それと守!?」

「お久しぶりです麻斗様」

「お前が、どうして守を?」

「僕が頼んだの」

 罰が悪そうな顔をして守が俯く。

 長谷井は幼少の頃からの麻斗の親友であり、武文の秘書になった後も、麻斗のフォローも何かとしてくれて、香月と結婚後は長谷井の嫁である薫が、麻斗のマンションの部屋の近くの部屋を借り、行き来がある。

「そうか。エントランスホールのオートロックは、お前の鍵で開けて入って来たのか」

「はい、守様が今日部屋を抜け出したと聞いて探したら、門の外に出ようとしていらしたので。 事情を聴いてお連れしました」

 その淡々とした報告に麻斗は鋭い目で守を見た。

「守、あれほどお祖母ちゃんたちと一緒にいなさい、と言っただろう!」

 長谷井がそっと守を下ろすと、麻斗の足に守がしがみつく。

 その必死さに、当惑して守の頭をそっとなでる。

「麻斗様、どうか守様のお話を聞いてください。 これは私個人の意見です」

「長谷井、こんなことして後で叱られるのはお前だぞ?」

「構いません。 私も香月様には麻斗様の元にいてもらいたいし、何より私も力になりたいんです」

「お前うちの嫁と仲いいもんな。 俺が妬くくらいに」

 しれっと素が出た麻斗に、長谷井は笑って言った。

「奥様は誰にでも優しいだけです。 私も妻が一番ですから」

「お前も俺に負けない愛妻家だったな」

 確か今、薫は妊娠五か月だ。 やはり心配なのだろう。

「それに薫からちょっとした心配事も聞いたので」

「? まあ上がれ」

「失礼します」

 リビングにいた一同を見て、軽く礼をした。

「こんにちは、皆さん」

「あっ、まも君! 久しぶり」

「あっ健治小父ちゃんだ!」

「こいつぅ、小父ちゃんじゃないだろー?」

 健治がぐりぐりと守の頭を撫でる健治。

「あ、武斗兄ちゃんも、冬哉兄ちゃんも、琉惟兄ちゃんもいるー。

 なんで兄ちゃんたちがいるの?」

「守様のお母様、香月様を探すためですよ」

守の問いに、後ろから長谷井が耳打ちした。

「本当!?」

「そうだよ」

 麻斗がぶっきらぼうに言うと「やった」と喜ぶ。

「お兄ちゃんたちきっと見つけてね? 約束だよ」

「まかせとけって」

「長谷井、玄関で言ってたことだが、心配事っていうのは何だ?

 香月に関することか?」

 麻斗の言葉に長谷井は、麻斗と守をちらっと見て言った。

「香月様は現在妊娠三か月でいらっしゃいます」

「なに?」

 麻斗が驚愕した。

「俺の子……だよな」

「それは間違いございません。 薫に『麻斗様との間に二人目を授かった』と報告していたそうです。

 つまり幸せの絶頂にいらしたということです」

「ならよけーおかしいよな。 なんで行方くらませたんだ?」

 武斗が膝に守を乗せて長谷井に尋ねる。

「何かやむにやまれぬ事情があったと思われます」

「あっ! そうだ、長谷井のお兄ちゃん。 時計直して?」

 守は武斗の膝から勢いよく降りると、自分の部屋から仕掛け時計をもってきた。

 受け取った長谷井は時計を軽く振ると、音を確かめて工具を麻斗から借り受けた。 分解してみて長谷井は奇妙なことに気づく。

「これは、意図的に歯車を外されたようです」

「意図的に? 動くのか?」

「ええ。 ネジ穴にネジが止まってますが、歯車だけ綺麗にとられています。 これがここ、これはここにはめて、ネジを締めなおせば」

 綺麗な音色と共に仕掛けが動いて奥から銀の鍵が出て来た。

「どこの鍵だ、これ?」

 みんなが一様に見つめる中、守が声を上げた。

「あーこれ、僕の机の鍵だ!」

 麻斗がつまみあげて、守の前に持っていく。

「守、どうしてこの鍵がお前の時計の中からでてきたんだ?」

「知らない。 けどお母さんがやったのかもしれない。

 だって、お母さんがいなくなった日まではちゃんと動いてたから」

「ふーん、じゃあなんでお母さんはこんなところに鍵を隠さなきゃならなかったんだ」

「うーん、わかんない」

 何かあたふたし始めた守に、みんなが見守る。

「守、これは大事なことだ。 お母さんを助けるためだ、何か隠してることがあるなら、お父さんの目を見てちゃんと言いなさい」

「お母さん、これ言ったら帰ってくる?」

「わからない、だが何かきっかけになるかもしれないだろ?」

「うー……わかった。 言う。 その小さい方の鍵ね。 お注射の箱の鍵なの。 それで机の鍵はその箱を仕舞ってる、引き出しの鍵なの」

「注射? なんの注射だ?」

「知らない」

 困惑したように言う守は長谷井の背中に隠れた。

「守、ちゃんと言いなさい」

「まあまあ、麻斗様。 守様、お母様はなんの注射か言ってましたか?」

「言ってない。 ただ「この注射しないとまー君が死ぬかもしれないから、お願いだから注射しよ」って」

「死ぬかもしれないだと……? どういうことだ?」

「お父さんは平気だけど、まー君はお母さんの子供だからしなきゃいけないって」

「香月さん、なんかの病気だったのか?」

「いや、いたって健康だった。 でも……とりあえず守の部屋からその注射の箱とやらを持ってくる」

 麻斗が引き出しの鍵を開けて、工具箱のような箱を持ってくる。

「なんか工具箱みたいだねー」

「開けるぞ?」

 カチン

 鍵が開いて白い封筒と、使い終わった注射器が窪みにはめ込まれている。

「守、お前がお母さんに注射されたのはこれで間違いないな?」

「うんそうだよ。薄い水色のやつだった」

「長谷井、知り合いの病院に行ってこれを検査に回せ、注射器の内部に液体が付着しているだろうから」

「かしこまりました」

 麻斗は封筒から便箋を取出し読み始める。

「『これを開けたと言うことは守が喋って、なおかつ時計の仕掛けが見つかったということでしょうね。

 残念です。 麻斗さん短い間でしたが、ありがとうございました。

 あなたに出会えて私はとても幸せです。

 たくさんの幸せをありがとうございました。

 言ってなかったですが、また妊娠しました。

 これを伝えられないことが心残りでしたが、これで少し気が楽になりました。

 お願いがあります、どうか探さないでください。 守を守ってください。 私のことは私がなんとかします。 貯めていた貯金を崩すことにしました。

 お腹の子を守るために、どうしてもしなければならないことができました。 理由は言えません。

 ただあなたとすごした時間に嘘はありませんでした。

 最後にお願いです、どうか関わらないで、幸せになってください。

                         香月』

 バカヤロー、何が幸せになってくださいだ。ふざけるな!

 お前なしで幸せになんてなれるか!」

 麻斗は本気で怒っていた。

 クサい台詞だが、誰もツッコめなかった。

 麻斗の本気を知っていたから。

 落ちていた封筒をつまみあげて、冬哉が中から何か取り出す。

「はっぱ?」

 出て来たのは乾いた清々しい、スパイシーな香りのする薄い葉だ。

「たぶんこれローリエの葉だと思うよ」

 健治の問いに答える冬哉。

「ローリエって料理に使うあの、ローリエか?」

「うん、なんで封筒に入ってたんだろ?」

「何かのメッセージとか?」

「なんの意味で?」

「……花言葉じゃないか? たぶん」

 黙っていた琉惟が突然喋った。

「どういう意味なの?」

「葉とかには『勝利』とか『名誉』があるが」

「が?」

「おそらく花を入れたかったんじゃないかな。香月さんは。

 花の方には『裏切り』って意味がつけられてる」

「琉惟! お前!」

「おそらく結婚に対する裏切りに思えて、香月さんはこれをいれたんじゃないかな? 真意はわからないけど、自分の気持ちにたいする裏切りかもしれないし」

 わからないことだらけだ。

「長谷井。 ついでに守を病院に連れてってくれ。 しばらく検査して注射の影響を調べてほしい。 俺は香月の実家に行ってくる。

もちろんみんなも香月の親友だからついてきてくれるだろ?」

 なにか傲慢なその言い方に、武斗はため息をつく。

「お前、相変わらずだな。 その俺様なところ」

「嫌なのか?」

「別にかまわねーけどよ」

 そうと決まれば、メンバーは動き出した。

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