捜索〜最愛の妻を探す夫
第二章 傷心の水曜日
ブー、ブー、ブー……。
麻斗はプライベート専用の携帯のバイブレータが鳴っているのに気付いて、車を路肩に停車し携帯を取り出した。
「はい、もしもし?」
何か胸騒ぎがして、ディスプレイも見ずに電話に出る。
『ぐすっ……、お父さん……』
愛息の泣き声に不審に思いながらも、ふーっと息を吐く。
「どうした? 怖い夢でもみたか? お母さんと一緒に寝てなさい」
『お母さん、いないの』
「トイレじゃないのか?」
片眉を跳ね上げて、指でハンドルをトントンと叩く。
不機嫌になった時の麻斗の癖だ。
『見た。 でもいなかった。 玄関はちゃんと鍵しまってたし、お父さんたちのお部屋にも、お風呂場にも台所にも、どこにもいなかった』
「客室があっただろう、お客さんが泊まる部屋だ」
『いなかった』
「何? わかった。 お母さんの携帯に電話してみる。
それからできるだけ早く帰るから待ってなさい。
我慢できるか?」
『うん、頑張る』
「いい子だ」
電話を切ってすぐに香月の携帯に電話する。
『発信音の後にメッセージを録音してください』
アナウンスが流れる。
「クソっ! 息子をほったらかしにしてどこいったんだ!」
今まで一度もこんなことなかった。
午前一時二十分が過ぎている。
女性が一人で出歩く時間ではない。 ましてや香月は子持ちだ。
何よりも子供や麻斗を優先させてきた香月が、突然こんなことするとは思えない。
急いで車を走らせ、マンションに帰る。
エントランスの、ダイヤルロック式の郵便受けにちらりと目をやると、紫の縮緬のクマの人形が覗いていた。
六百二号室、香月の持っている鍵につけてあるクマの人形だ。
出張で京都に行った時、麻斗がお土産にと買い与えたもの。
引っ張るとカランと紐の先に着いた家の鍵が出て来た。
ピッキングに強いディンプルキーが出てくる。
水平な金属板に深さの違う窪みが描かれた鍵で、普通の鍵屋ではなかなか作れない。 エレベーターに乗り込み、六階につくなり、ぬいぐるみのついた鍵を差し込む。
守が鍵はかかってると言っていた。
(頼む、違ってくれ)
カチャ……
ノブを回すとドアが開く。
香月の鍵だ。 一瞬理解できずに、呆然とする。
しかし次の瞬間、ぐずついた鼻声が聞こえた。
「おかあ、さん……?」
「守」
真っ暗な部屋、水色の生地に黄色い機関車の模様が入ったパジャマを着た守が涙をぬぐいながら玄関にいた。
ドアの鍵を閉め、部屋中の明かりをつけながら香月の姿を探す。
寝室のドアを開けた時、机の上に置かれた紙に麻斗はわが目を疑った。
「なっ!」
離婚届け。 名前と印鑑も押してある。
一緒に置かれていた封筒の中、便箋ともう一つ入っている何かを感じて封筒を逆さまにした。
結婚指輪、香月が結婚以来決して外そうとしなかったものだ。
便箋には「ごめんなさい」の一言。
「お父さん?」
どれだけ泣いたのか知らないが、泣き疲れて少しぼーっとしている守に詰め寄った。
「守、昨日何があった。 寝る前まで母さんはいたのか?」
「うん、お母さん、いたよ。 何時かわかんないけど、一回寝て、もう一回目を開ける時まではいた」
麻斗の詰問に怯えるように守はびくびくしていた。
「? 守、お前何時に寝たんだ?」
「いつもと一緒。 寝る少し前、お母さん泣いてた」
「何? それでお父さんに電話したときは、いつ目が覚めたんだ?」
「お父さんに電話する、だいぶ前」
「守、お母さん様子が変なところなかったか?」
「そう言えば、昨日お祖母ちゃんちに遊びに行った時、お母さんがお祖父ちゃんに『どうしてもおねがいしたい、きゅうよう』って話してた。
僕お祖母ちゃんと一緒に遊んでたから知らないけど、お祖母ちゃんが、お祖父ちゃんがお母さんのこと待ってるって言ってた」
「時子お祖母ちゃんとこか?」
「うん」
はっとして二つ折りにした便箋を開く。
そこには慣れ親しんだ字で一言「ごめんなさい」と書かれていた。
「守、とりあえずお前は寝なさい。 お母さんのことはお父さんが何とかするから」
なんとか守を宥めて、眠らせる。携帯のGPS機能を使う。
ピっと携帯を切って、部屋中を探す。 部屋中探したが見つからない。 GPSはこの家の場所をさしていた。
探してないのはトイレだけだ。
男があまり触りたがらない場所。
汚物入れ―。
黒いビニールが設置された中、ライトグリーンの携帯があった。
ディスプレイには着信ありと表示されている。
香月の携帯履歴、アドレスを見ようとすると……。
「なに?」
全部データがない、入力される前の状態になっている。
なにかそこまで知られたくないことでもあるのか?
男か? ギャンブルか?
香月は何事にものめり込むタイプの女ではない。
ただ一つあるとすれば、何かを諦めることを知っている女だ。
深呼吸一つして、散らかした部屋を片付けながら、冷静になって考えた。 そして片づけながら気づいたことだが、普段香月が貯金している通帳が一つなくなっている。
通帳記入以外に持ち出すことはない。
それが何を意味しているのか、真意はわからないままだ。
水曜日の朝がきて、麻斗はとりあえず守のために朝食を準備する。
幼稚園はしばらくお休みさせよう。
そう考えて、守を起こしに行く。
「守?」
部屋の真ん中に座って、置時計と睨めっこしている守に麻斗はため息をついた。
「守、どうしたんだ?」
「この時計壊れてる」
振るとガランガランという大きな音と、チャラチャラという音がした。
「時計ならまた新しいのを買ってやるから、朝ご飯たべるぞ」
「新しいのいらない。 これがいい」
守はブスッとして時計を抱きしめる。
「はぁ、わかったから。 早くご飯たべなさい。
今日は幼稚園お休みして時子お祖母ちゃんとこ行くぞ」
「お母さんは?」
「お父さんが探す」
「じゃあ、昨日帰ってこなかったんだ」
しゅんとした守に腕組みして麻斗は、じっと待つ。
しばらくして観念したのか、お腹がぐうと鳴った守は時計を置いて麻斗の前に立った。
「行くか」
「うん」
守は台所のテーブルに座ると不思議な顔をした。
「ハンバーグ……」
「いただきます」
自分の席に置かれたハンバーグに守は「あっ」と声を上げる。
「お父さん、昨日晩御飯食べたの?」
「食べた」
言いながら耳の裏をかく麻斗に、守は反論した。
「うそつき」
「なんでだ?」
「お母さん言ってた。 『お父さんが嘘つくときは、耳の裏をかく癖があるから、信じたらだめだ』って」
「あいつ……そんなことまで言ったのか」
守はハンバーグを半分に切ると麻斗の方に皿を押しやった。
「なんだ?」
「半分こ。 お母さんならこうするから。 お父さん食べて」
「気にしなくていい」
「いいの、お母さんが早く帰ってくるおまじない」
「なんだそりゃ?」
「お母さんの昔話。 小さい頃お母さん好きなものを我慢したら一つ願いがかなうって信じてたって。
でも僕、ハンバーグすごく好きだから少し食べたい」
愛息の上目使いに折れた麻斗が、半分に切られたハンバーグを食べる。
「ありがと、守。 お母さん絶対見つけて連れ帰るから待っとけ」
「うん!」
にぱっと笑った愛息の顔を久しぶりに見た気がした。
車で御鈴院邸に向かい屋敷の中に入る。
「お母さん、おはようございます」
「麻斗さん、守ちゃん。 おはよう、それで香月さんのことは本当なの?」
「ええ、離婚届と一緒に結婚指輪が置いてありました。
覚悟の失踪だと思います」
「どうしたのかしら急に、麻斗さん何かしたの?」
「まさか、清廉潔白。 身に覚えがありません。
香月が離婚を望んでも、俺は香月を手放すつもりはありません。
ハネムーンで喧嘩したとき誓ったんです。
『どんなに嫌がっても手放しはしない』と」
「そうね、私もあんなにいい子がお嫁さんじゃなくなるのは悲しいわ」
頬に手を当てておっとりと微笑む時子に安堵する。
「父さんに話があるんですが、書斎ですか?」
「いいえ、それが出かけたらしいのよ」
「こんな朝早くからですか?」
時刻はまだ九時前、出かけるにはあまりにも早すぎる。
「どこにです? 聞きたいことがあるんです」
「さあ、知り合いのところだとしか言ってなかったそうなの。
温室の花に水をやりに行った隙に行かれてしまったから。
確信犯ね」
武文はよく何か気まずいことがあると、昔から時子が温室の世話にいくとき外出する癖があった。
これをするということは武文も何かしら後ろめたいことがあるということだろう。
「しばらく待ちます」
他にもしたいことはあったが、今はまだ時間が来てない。
一時間ほど待ったとき、玄関が開いて武文が入って来た。
「なんだ、麻斗か」
「父さん話があります」
「なんだ、お前と話すことは特にないが?」
「香月の事です。 昨日ここに来たそうですね。
何を話したんですか?」
「特に何も。 守を預かってほしいと言われて預かっただけだ」
「質問を変えます。 香月は昨日、守を預けて何をしていたんですか?」
「実家に戻ると言っていた。 それ以外私は知らんそれは本当だ」
武文は横を向いた。
こうなると頑固な父は頑として言わない。
「わかりました。 香月が昨日から姿を消しています」
「そうか」
「俺は探します。 例え香月が嫌がろうとも」
武文はなにも言わず二階への階段を上がった。
麻斗は車に乗ると、携帯ショップを訪れた。
「いらっしゃいませ」
「携帯のデータを復活させたいんですが」
「では、お電話番号と名前をご記入ください」
さらさらと記入して、紙を店員に渡す。
順番がきて席に座る。
「携帯のデータを復元したいのですね?
少々お待ちください」
「ええ、そうです」
「携帯のデータを読み取って、保存しているもので良ければすぐにできますが?」
「ここ最近のデータは無理ですか?」
「ええ、SDカードにも保存されてないので無理かと、ただ電話帳を自動で読み取って記録しておりますので、そうですね。
最近ですと十一月八日に保存したデータを提供できますが?」
「ではそれをお願いします」
「かしこまりました」
携帯をケーブル端末に繋いでしばらく待つ。
「終わりました。 電話帳だけですが確認なさってください」
「はい」
操作して電話帳を見る。知らない番号ばかりだ。
「ありがとうございました」
会計を済ませ店から出て、携帯の電話で香月の母、君野に電話する。
「もしもし、麻斗です。 お義母さまですか?」
『あら、麻斗さん。 こんにちは、守と香月は元気?』
「えっ? 昨日会ったんじゃないんですか?」
義母の言葉に麻斗は耳を疑った。
『いいえ、あの子はこの家には来たことは一度もないわ』
「そんな、香月が昨日『実家に帰る』と言って、うちの両親に守を預けたそうなんですが」
『そう、香月が……。 でも本当に来てはいないわ。 あの子がこのうちのこと実家って言うはずないもの』
「そうですか……」
『なにかあったの?』
「実は香月がいなくなったんです。 マンションの鍵も郵便受けに入れて、携帯もアドレスデータ全部消して。
離婚届に署名捺印までして」
言っていて暗くなってきた。
自分はそこまで駄目な男だろうか?
『そう、あの子は何か悩みがあったんだと思うんだけど。
麻斗さんに言わなかったのなら、きっと言えない理由があるんだと思うの。 きっと覚悟の上だから、本当に別れたとしても麻斗さんのせいじゃないわ』
「お義母さん、俺は香月と別れるつもりはありません。
必ず見つけて取り戻します」
『そう、あの子を愛してくれているのね。 ありがとう。
ふつつかな娘ですが頼みます』
「すいません、また連絡します」
電話を切って、ハンドルをトントンと叩く。
「嘘をついて出かけたのか?」
香月が……。
今度は車を今度はルプランタンという喫茶店に車を走らせる。
「こんにちはー」
「お久しぶりですね、麻斗さん」
「御無沙汰してます。 宗近さん」
「みんなさん、集まってますよ」
「すみません、また使わせてもらいます」
奥にドアがあって、そのドアを開けるとL字型ソファーに幼馴染でみな有名人になってしまった仲間に集合をかけていた。
健治、武斗、冬哉、琉惟が座って珈琲や紅茶を飲んでいる。
「悪い、急に呼び出して」
「全くだ。 たまたまシーズンオフで集まったが」
「こらこら、そんなこと言わないの。 あっちゃんが普段忙しくて連絡とれないからって、拗ねない」
健治が憎まれ口を叩く武斗を窘める。
「それにしてもなんかお前服が草臥れてるぞ? なんかあったのか?」
いつも清潔感を忘れない麻斗が珍しいとでも言いたげだ。
「ああ、昨日帰ってから着替えてないからな。 ついでに言うと寝てないから少し疲れているが」
ソファーにズシッと身を沈める麻斗に、みんなは驚いた。
「ええー、夫婦喧嘩? 寝てないってなんかしたの?」
「喧嘩ならまだ良かったんだが……」
いつもより重い空気に、お調子者の健治も黙る。
「嫁が消えた」
「は? 嫁って香月さんか?」
「他に誰がいる?」
「あのな……」
脱力する武斗に麻斗は続ける。
「守の話によると昨日から様子が変だったらしい。
ついでに言うと気づいたのも守だ。 昨日の一時半ごろ電話があった。 家中探してもいなかった」
「お前の忙しさと育児疲れで、実家に帰ったんじゃないのか?」
面倒臭そうに言う武斗に「じゃあ」と前置きして一気に喋る。
「子供を寝かしつけた後、離婚届に署名捺印して、結婚指輪封筒に入れて、「ごめんなさい」の書置き残し、家に外から鍵閉めて、その鍵をポストに入れる必要はないだろ」
冷静に見えて相当イライラしているらしい。
「それすっごい嫌われてるような感じだね」
「心当たりはないのか?」
健治と琉惟のつっこみにため息をついて「ない」と答える。
「香月さん本気だな」
「でも、これはきっと香月の本意じゃないと俺は睨んでる」
「なんで?」
健治の純粋な問いに麻斗は答えた。
「泣いてたそうだ」
「泣いてた?」
「どんなことがあっても、人前では泣こうとしないあいつが、守の隣で泣いてたんだそうだ。 ついでに言えば、奇妙なことがいくつかある。 まず昨日の昼過ぎ、守の幼稚園の後俺の実家に守を預けて、香月は「実家に行く」と嘘を言い、出かけたそうだ。
それに何か知られたくない物があったのか、携帯電話がトイレの汚物入れに捨ててあった。 それをさっきお義母さんに確認したら「香月は来てない」と言われた」
「香月さんのお母さんが嘘をついている可能性は?」
「ないな、俺が『こんにちは』と挨拶したのに対し、お母さんは間髪入れず『守と香月は元気?』と返してきた。
昨日会っているんならこんな答えは即座にできない」
「それにしてもお前汚物入れ開ける勇気よくあったな」
「GPS使ったら携帯は家の住所から全く動いてなかったんだ。
家じゅうひっくり返して探したら、守の部屋か、トイレしか選択肢はなかった。 ダメでもともとだった」
「それにしてもなんで俺たちを呼んだんだ?」
「香月の携帯のアドレスを片っ端から試そうと思って。
人数は多いに越したことはないからな」
「はぁ~? お前マジかよ? たくっ、しょうがねぇなー」
そうして片っ端から連絡してみて二時間。
半分は繋がらず、半分は知らないと言う人が全てだった。
だが、それでも一つ奇妙なことが分かった。
香月の携帯のアドレスは全員大学から付き合いのある知人、友人だけだった。 誰も高校卒業前の香月を知らない。
大学以来の友達で、出会いのきっかけになった沙紀と連絡が繋がった。
『はい、塔瀬沙紀『とうせ さき)42です』
「もしもし、御鈴院ですが少しお尋ねしたいことがあるんですがお時間よろしいですか?」
『ええっと、ちょっと待ってください。
チーフ!ちょっと資料取りに行ってきます! すみません……』
「ああ、お忙しいのならまた掛けなおしますが」
『アハハ、ちょっと口実です。 で、なんですか?』
「香月がいなくなったんです。 今どこにいるか知りませんか?」
『えっ?香月が? 残念ながら知りません』
「じゃあ、高校時代の友人とか知りませんか?
何か知ってることがあったら、教えてください」
『うーん、これ内緒ですよ?
香月、就職先はこの会社って決めてたみたいなんです。
なんでそんなに拘るのか不思議で聞いてみたら、「実は過去の陰謀と繋がってるから」って言ったんです。
嘘だぁ~って笑ったんだけど、会社に入社してから香月、鬼のように仕事こなして、でも何故か夜まで残業するために手を抜くことがあって。 先輩やお局様からは「遠坂お前、なんでできる仕事をさっさと片付けない」って言われてたんですけど、平然と謝ってて。
なんだか残業っていいつつ、何か調べものしてたみたいで、USBメモリに保存したり、コピー取り行った時に他の資料もコピーこっそりとってたみたいなんです』
聞けば聞くほど謎が深まる。
香月は何をしていたんだろうか。 『過去の陰謀』とはいったい?
「なんで沙紀さんは知っているんですか?」
『香月の家の本棚にファイリングしてあったんです。 何冊も、新聞のコピーとか、メモみたいな走り書きとか……。
内緒にしてねって言われてたんですけど。
そのファイルは結婚して、今のマンションに引っ越すとき段ボールに大事そうにしまってましたけど。 私が知ってる秘密はこれくらいです』
「ありがとうございます。 香月から連絡あったらまた連絡ください」
そう言って携帯を切った。 一同しーんとしている。
スピーカーホンにしていたので全員が聞いていた。
それにしても今の話を聞く限りでは、香月の過去が怪しさを増すばかりで香月が何を隠しているのか謎だ。
「なんか漫画か小説みたいな話だね。 こういうのはジャンル外だけどさ」
「過去の陰謀ってなんだろ」
琉惟のぼそっとした呟きに一唸る。
「俺そう言えば香月の昔話聞いたことないな。 大学時代の話はたくさん聞いたが、それ以前の話は言いたがらなかったから」
落ち込んだ様子の麻斗にみんなが激励する。
「諦めるなよ! 好きなんだろ!」
「そうだよ、守君もいるんだし」
「巻き込んだのは希望があるからじゃないのか?」
「お前がしんみりするなんて柄じゃねーんだよ!」
健治、冬哉、琉惟、武斗の言葉に不敵な笑みを浮かべた麻斗は、髪をかき上げて一息ついた。
「だよな。 俺らしくない。 ありがとみんな、頼りにしてるよ」
「で、他になんかやることある?」
「そうだな、今は特にないが来週から俺は仕事を極力休む。 香月探しに本腰入れたいし。 もし帰った時はみんなに知らせて詫び入れさせる」
「いつもの麻斗だ。」
「当然だ。 こんなに人を心配させやがって。
何のつもりかしらんが絶対許さん」
麻斗の目は寝てないせいもあってか、ギラギラしていた。
「なんか麻斗変なスイッチ入ってないかな?」
「ああ、たぶん嫁のことを愛してるんだろう」
こそっと呟いた冬哉に、琉惟が淡々と返す。
「じゃあ今度の休みが取れ次第連絡する。 みんなすまんが本当に頼む」
「「「おう」」」
みんなの力強い答えに麻斗は、店の外に出る。
そしてマンションに帰りシャワーを浴びて着替え、仕事場に行く。
交渉の結果、なんとか一週間後から仕事を休む期間を作れた。
家に帰ってみて、納戸を探してみる。
ほぼ全てのダンボールを開けてみたが、沙紀の言っていたようなファイルはなかった。
「くそっ! 香月、お前何を調べてたんだ」
その時、携帯が鳴った。
「もしもし」
『お父さん! 僕だよ。 お仕事終わった?』
「あぁ、守か。 お母さんがまだ見つからなくてな、探すためにお休みを取った。 待ってろな、守、絶対お母さん探すから」
「うん、絶対だよ! 僕ね、今日変な夢を見たんだ。 真っ暗なところでお母さんが一人で泣いてる夢。
すっごく怖かったから僕まで泣いちゃった。
お父さん、お母さん助けてあげて、お願いだよ?」
電話の向こうの痛切な声に、麻斗は自分がしっかりしないとと無言で喝を入れる。
「じゃあ、お祖母ちゃんのところでしばらく一緒にいなさい」
「はーい……」
急に声が暗くなった。
「どうした?」
「僕お父さんと一緒がいい」
「それは……まぁ、お母さんが見つかってからな」
「嫌だ、僕もお母さん探したい!」
「駄目だ。 お前に何かあったら、お父さんもお母さんも倒れるぞ?
守はそれでいいのか?」
「いやだ。 だけどいやだ!」
「いう事を聞きなさい。 それじゃあ切るぞ」
「お父さんの馬鹿!」
ツーツーツー……
「守の奴、全力で叫びやがって」
全く、敵わない。
冷蔵庫にあるものでありあわせの料理を作って、一人で食べる。
一人でいるときはあまりなかったが、こんなにも誰もいない家が寂しく感じるとは……。
いつも帰ってくると寝ないで香月が待っていてくれた。
微笑んで、帰ってきた麻斗を暖かく迎え入れてくれた。
愛息が生まれて、初めてマンションに連れ帰った時、ここが今日から家族のいる場所だと実感が沸いた。
とりあえず仕事を済ませて、香月の事はゆっくり考えよう。