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月桂樹は裏切りをさす  作者: 和久井暁
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執着の記録

第十八章 隠された情熱


 連絡をとった麻斗チームと琉惟チームは合流して学校の寮に侵入していた。

「それにしても広い学校だとは思っていたが、まさか寮まであるとはな……」

 シャワー室、厨房、各部屋、トイレ、など暮らしに必要な場所は、学校の敷地内、少し小高い台地に寮が建っていた。

 まず部屋を探索してみるとそこは奇妙なものだった。

 まるで急に日常から人が消えたように、物が残っていた。

書きかけのノート、厨房の冷蔵庫には腐り、枯れたらしき食材が残っていた。

食堂の六つある長方形の、十人掛けのテーブルの一つには、最後の晩餐をするかのようにセッティングされた皿や、コップ、食器が並べられていた。

部屋は二人一部屋らしく、二段ベッドの布団が、誰かが寝ていて、起きるためにめくったかのように、布団がめくれていた。

「なんだか気味が悪いな」

 流石の麻斗もこれは不気味に感じられた。

「だーいじょうぶだって。 みんなで固まって動いてたら、何か起きても対処できるよ!」

 元気づけるように、あえて能天気にふるまう健治。

「厨房には幸い保存がきく缶詰や、乾パン、ミネラルウォーターのペットボトル。 栄養補助食品とうがありました。

 どうやら、非常時、緊急時には食堂と厨房に集まるようになってたみたいです」

 おもに厨房を調べていた長谷井が、食堂にいる四人に言う。

「だいたいどんなものが残っていた?」

「鯖缶やら、カップめん、お湯を注ぐとできる粉末スープ、後はなぜかそうめんの詰め合わせやら、米が残ってましたね。

 使えるかわかりませんが、ちなみにどれも未開封でした。

 調理道具も鍋や、フライパンも一式使えそうです。

 ただ問題なのはガスが使えるかどうかですね」

「そっか、ガスはさすがに閉鎖される時とかには、閉めるかなんかするよね」

「でも閉めるとしたら、なんか変過ぎじゃねーか?

 なんでいかにも今まで生活してましたよって痕跡があるんだよ」

 武斗の言うとおりだ。

 いくら埃などがたっていたとはいえ、今までの部屋はかなり急に生活をやめたように見える。

「それはなんかこの日誌が怪しいと思う」

食堂に入って来たのは、寮母室に行っていた琉惟だ。

「日付が六月の中ごろで止まってる。 読むよ?」

『六月二十一日、雨、記録者、今野真咲。

 今日はいよいよみんなで旧館の探検に行く。

 かつての卒業生たちも、あの旧館に行ったことがあるらしい。

 寮母さんである野上さんが、教えてくれた。森の中の木に、赤いリボンの目印が着けてあるらしい。

 もうすでに廃墟として久しいらしく、「何もないのに、物好きね」と言われてしまった。

 五年前の少女の死亡事故で、あの森に入る人はいないが、学校の七不思議、金糸雀館の幽霊見たさに、現在の在学生全員で行くことになった。

 来週からこの村自体が閉鎖されてしまうため、最後にみんなで七不思議を解こうというわけだ。

 夕食には戻るつもりなので、今のうちに日誌を書いて置く』

「これで、金糸雀館の場所がわかったわけだ。

 それで、長谷井と健治がみた香月が金糸雀館のモニターに映ってた、と。

 金糸雀館はやはり、ヤバい実験を行う施設だったみたいだな」

 麻斗の結論に顔を見合わせる一同。

「あっ、そうだ。 麻斗、どうやらこの日誌香月さんのお祖父さんのじゃないかな?」

 冬哉がおずおずと、ずっと合流してから読んでいた分厚い日記を麻斗に差し出す。

「どうもこれは、この村の研究や、香月さんのお祖父さんの目的を叶えるために行われていた実験みたいだよ?」

 麻斗は受け取った日記をパラパラと斜め読みした。

『○月某日

動物実験を始めて二十年、あの色んな薬品と動物実験を重ねた結果、毒素のキツイ培養液が出来上がってしまった。

 徹底した管理の元、気化したものを吸い込まないようにするため、防護服と酸素マスク、そして解毒剤の開発を急ぐ。

 菜月が逝ってしまったもう二十年。

 かつての日本軍が放棄したこの場所を、星望企業が買い取って様々な施設運用をし始めてやはり二十年だ。

 君野は残念ながらアイツに似てしまった。

 だが君野の子供さえ生まれれば、また実験ができるかもしれない。

 とりあえず、君野が不慮の事故で亡くなっては困る。

 最近、培養液の中に誰かが、「投薬し続けている被験動物を入れて見ては」と意見してきた。

 この研究の趣旨を言えば、確実に彼らは私を批判するだろうが、なんの理由も知らずこの研究を続ける彼らは、実に滑稽だ。

 しかし、一方でかつてない功績を生み出しているのも事実だ。

 彼らにとってはそれが蜜の味なのだろう。

 割のいい給料と、自分の探究心を満たしてくれる場。

 ここはなかなか快適だろう』

『△月某日

 以前の部下の進言通り、被験動物を培養液に入れて見た。

 酸素マスクをつけるのに苦労したが、あはり投薬し続ければ免疫がつくらしく、毒素の中でも生きている。

 これは思わぬ朗報だ。

 さらに副産物として、研究に対して、動物が反応を返すようになった。 もっと高次の脳機能をもつ動物でこの実験を行えば、よりすごい結果が期待できそうだ。

 だが体のほうが毒素に耐えられないのかかなり変形している。

 見てくれとしては可哀想だが、より高度な存在に進化することを選ぶか、見てくれを気にして進化の以前に戻るかは重要な命題である。 とりあえず見てくれはあとで研究しよう』

 麻斗が読んでいるページから随分破られたページがあり、今度は香月の名前が出て来た。

『君野はいい仕事をしてくれた。 菜月に似た女の子だ。

 なおかつその子は私に懐いて、疑いもなくこの村の学校に入ってくれた。 これで長年の研究成果が果たせる。

 しかし慎重に事を運ばねば、この頃会社と政府が口を出してくる。

 人体を使った実験を申し出たことで、所内にも動揺が広がっている。 しかし目的を達成するためには、必要な実験だ。

 やはりあの子にすぐ試して失敗という結果がでてはいけない。

 手ごろな少女を一人金糸雀館の地下実験場で実験してみよう。

 培養液の毒素を産まれて間も無くから投与し続けた結果、金糸雀組の子供たちはその身体能力、IQ値が高く。

 「塾に集める」という名目で隔離することに成功している。

 毒素も研究員が触っても、軽い症状で、継続的に触れたり、飲用したりしなければ危険だと言うことはなくなった』

『□月某日

 金糸雀組の子供たちの中で、特に七人の子供に限定して実験を継続する。 企業や政府からの資金援助は打ち切られ、研究員も解雇され、純粋に研究に賛同する同志のみが残った。

 残念ながらあの子の前段階として実験を行った少女は、拒絶反応を起こして死亡してしまった。

 金を回して事故死にしたが、少しまずいことになってしまった。

 重要な時期だと言うのに』

「この亡くなった少女って里中さんだよな?

 まさかあの子って……」

 麻斗は考えてぞっとした。

 雅道氏は香月に人体実験しようとしていたのだ。

『◇月某日

 金糸雀組の子供の中に私の適合者がいた。

 喜ばしいことにこれで実験が続けられる。

 失敗事例から、長期間にかけて、毒素の安定化を図ることにした。

 これはまさに神が与えた設計図をもとに、その人物の蘇りを果たす。 それには及ばないが似た事例は臓器移植をおこなった患者にもみられるだろう。

 例えば臓器を移植された患者に、移植された臓器の記憶があり、移植後の人間に以前の人間の嗜好などが残るケースだ。

 その記憶をより強く、完璧にバックアップできるのがこの金糸雀組の子供たちであり、その遺伝子を食いつぶし、空白化して書き換えるあの毒素だ。

 これが叶えば、かつての偉人たちを、遺伝子さえあれば現代に蘇らせることができるのだから』

「これ、なんか異様な研究内容だな……。 実際にできるとも思わないが……。 仮にもしできたとしたら恐ろしいことにならないか?」

 信じられないと言いたげに麻斗は冬哉を見た。

「うん、僕もこれを見て、末恐ろしいと思ったよ。

 でも本当の狂気はこれじゃない。 ここ見て」

 冬哉がページをめくって指さす。

『○月某日

 非常に残念なことに私はもうすぐ死ぬ。

 しかしながら打てる手は全て打った。 あとは時間がたつのを待つだけだ。

 龍三郎にも遺言を伝えてある。 これで実験が成功すれば私は再び蘇る。 そして、蘇り、時が満ちたその時に香月の体と意識を、菜月のモノに食いつぶさせ、なり変わらせることができるだろう。

 もしできなくても卵細胞を取り出して、新たな金糸雀を作ればいいだけの話だ。

 金糸雀たちには目印と、すぐに入れ替えが可能かどうかの判断材料として、印をつけておいた。

 虹の七色になぞらえて時が満ちれば浮かび上がるだろう。

 それまでに復活できればいいが、期間はおそらく十年以上はかかると見積もっておく。

 準備は整った。 あとは答え合わせだ』

「これっておぞましい執着だな。 妄執とか、執念とかそういったものだ」

「この金糸雀館に行くんでしょ?」

「当然だろ、こんなモノ見ておいて、香月を見捨てられるわけがない!」

 麻斗の手から次々に仲間に日記が渡る。

 みんな無言で読み、言葉を失った。

「あっちゃん、でもこれ誰なの?

 香月さんのお祖父ちゃんの適合者ってさー」

 健治が「敵が分からないよ」とぼやく。

「目星はついてる。 長谷井、お前も会ったよな?」

「椎野、というあの男ですね?」

「誰だそりゃ?」

「香月さんのお祖父さんの遺産を相続した謎の人物です。

 でもその椎野という男自体が、香月さんのお祖父さんの意識に乗っ取られた金糸雀組の誰かだとしたら、話は簡単です」

「確か蜂須聖、榊雀、高屋学という三人がどこにいるかわからないんだよな?」

 琉惟がおもむろに、食堂の一つのテーブルに置いてあったファイルを見て調べ始める。

 そして三十冊の中から六冊のファイルをはじき出した。

「この六人、男爵が送ってきた名前と同じ。

 会ったんなら子供の頃の面影が残っているかもしれない。

 麻斗、長谷井さん見てみて」

 そのファイルの顔を見て長谷井が、短く叫んだ。

「麻斗、この男の子!」

「……、確かにこの男は椎野だ」

 ファイルの名前は、高屋学。

 だが間違いなくその目元に面影が残っていた。

「じゃあ、その高屋って人が、椎野って名前を変えて香月さんのお祖父ちゃんの遺産を継いだってこと?」

「ああ、恐らく金糸雀組の適合者はこいつだった。

 だから自分がこいつを乗っ取るための生贄として、死に、そしてまた意識を乗っ取って復活した」

「なんて野郎だ……」

「俺と長谷井は、伊豆龍三郎という香月のお祖父さんの遺産管理人に、これと同じようなことを聞いた。

 木川菜月と言う人にものすごく執着していたようだ」

ファイルをのぞき込んだ琉惟が「あっ」と声を上げる。

「ここ、高屋学の記述事項欄に両親の離婚後、『椎野』姓になる。

って書いてある」

「よし、行くか」

五人は必要最低限の装備で、森を目指した。


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