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月桂樹は裏切りをさす  作者: 和久井暁
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それぞれの役割

 第十一章 それぞれの役割



 時間をさかのぼって、琉惟るいは職場に来ていた。

「琉惟!」

 スーツ姿の女性が手を振っている。

琴音ことね、こんにちは」

「もー、琉惟ってば緊急招集なのにだからってどうしたの、その恰好? ちゃんと着替えてこなきゃダメじゃない」

「暇なかった」

 黒髪をくくった女性はプンプン怒りながら、ため息をつく。

「どこにいたの?今日は?」

「友達の家」

「あっ、そうか……言ってたもんね。 初恋の人の旦那のところだっけ?」

 琉惟は怪訝そうに眉根を寄せて、顔を顰める。

「なんで初恋? そんなに遅くないし、違う」

「あっ、でも好きだった。ってことは認めるんだ。 獲られちゃったけど、好きだったんでしょ?」

「昔は。 今は友人」

 琴音はフッと笑って横を並んで歩いた。

 部署のフロアに入って、ざわざわと慌ただしく動く人の隙間を縫いながら、部長の所まで行く。

「お疲れ様です。 細波さざなみです」

「お疲れ様です。平野琴音ひらの ことね登庁しました」

「おお、二人とも。 休日なのにすまんね。特に被害らしい、被害はなかったんだが、一応な」

「今全員でデータの移送を行っている。

デジタル化してるものは、新しいシステムとセキュリティが張られた区画に移動している。

量が膨大だから、全員にやってもらってるんだ。

君たちの担当はこの期間からこの期間のデータの移送と、教育関係のレポートの保護だ、頼むよ」

「はい」

 二人は自分のデスクに戻って仕事を始めた。

 琉惟はパソコンを起動させて、しばらくカタカタと動かしていたら、突然「チャットが開かれました」というメッセージと共に、画面が自動で切り替わった。

 つるんとした卵がフリフリの中世の服とマントを着て、モノクルをつけ、シルクハットをかぶったキャラクターが出て来た。

『やあ、細波琉惟さざなみ るい君。 ごきげんよう!

 僕の名は『男爵』、今日のハッキングをやった人物だよ?』

 琉惟は静かに周りを見た。

 怪しい動きをしている人はいない。

「お前、なんの目的でこんな騒ぎを引き起こした?」

 冷静に琉惟は返した。

『まあね、我らが旧友を助けんがため!

 過去の悪事を裁く時かなと思って』

「なんのことだ?」

『おやおや、つれないね。 君の友人、旧姓遠坂香月のためさ☆』

「なんだと」

 琉惟は逡巡じゅんじゅんの後、返事を待った。

『知らないのかい? 本当に? だとしたらせっかく出て来た僕は無駄だったかな。 その程度の人物でしかなかったわけだ。

 残念だね。 君って奴は本当に残念だ』

「待て、香月さんが行方をくらませてから、録音していた音声テープを聞いた。 金糸雀組とはなんのことだ? 人体実験とは……。

 痣とか、行方不明とか、何か知っているんなら教えろ」

 背中を向けていたたまごの『男爵』がくるっと、こちらを向いて電球を頭の上に光らせた。

『おっ? 知ってるじゃないか!

 焦ったよ。 まんま知らないんじゃないかと思ってさ☆

 話すと長くなるから君のパソコンにデータを送るよ。

 そこから結論を導き出すといい。

 何のデータかって? それはもちろん、今回の騒動で僕が盗んだデータさ。 これから指示通りに従ってもらおう、でないとデータは消えちゃうからね。

 まず―」

 琉惟は指示に従い、データを自分の個人的なメモリに移動させた。

 そしてチャットを自動で閉じて、仕事をこなした。

 早くデータが見たかったが、ここで開くのは危険だ。

 我慢して仕事のデータの保護を優先させた。


 冬哉とうやは三時ごろには、浅生あそうが仕事をしている路地裏が見える喫茶店に来ていた。

そのまま外を眺めること三時間。

日も暮れてきたころに、一人の女性がセッティングしているのが見える。

 それを見て冬哉は動き出した。

路地裏でいそいそと用意している女性に近寄り、声を掛ける。

「アソウさんですか?」

「はい?」

 女性はにっこりと笑って、動きを止めた。

 ブリーチしているのか、染めているのか、金髪に朱色のケープを羽織った女性だった。

「どなたでしょうか?」

「御鈴院香月……、旧姓遠坂香月さんの友人で笹川冬哉ささがわ とうやと言います。

 お時間いただけないでしょうか?」

「ふぅん。いいわよ、場所を移しましょ」

 そう言って浅生は占い道具とセッティングした台を片づけると、近くのカラオケボックスまで歩いて個室に入った。

「それで何が聞きたいの?」

「香月さんが録音したテープを聞きました。

 金糸雀組とはなんなんです?

 二十年前の茜さんは何故亡くなられたのですか?」

 浅生は煙草を一本取り出して、火をつけ吹かす。

「金糸雀組か。 懐かしいわね。

 私たちが通っていた塾のクラスのことよ。

特設進学コース特別クラス、通称金糸雀組。

 隔離校舎である『金糸雀館かなりやかん』という建物にいたわ。

 茜ね、彼女もこのクラスの一人で、恐らく最初の発病者だと思うわ。」

「それでどんな人だったんですか?」

里中茜さとなか あかね、温厚で明るくて誰ともよく遊んでいたわ。

 一番の親友は香月かしらね。 でも、死んでしまった」

 浅生の瞳が暗い色を帯びた。

「それで、その死んだ場所はどこで?」

「うーん、薄気味悪い森の中だったと思うわ。

 記憶操作されたみたいで、その頃の記憶がごっそりと抜けているのよ」

「じゃあ、他に詳しく知ってる方いませんか? 河本さんとか」

「たぶん彼は私以上に知らないわね。

 彼が一生懸命になっているのは解毒剤の開発だもの。

 そうね奴なら知っているかもしれないわ」

「誰なんです?」

「『男爵』よ」

「えっ!」

 男爵が琉惟の職場にサイバー攻撃を仕掛けたその日に、男爵と繋がりある人に会うとは思わなかった。

 冬哉は何か進展がありそうな雰囲気に期待を膨らませた。

「ちょっと待って」

 浅生は携帯でメールを打つと、しばらくして帰ってきたメールを見て顔を顰めた。

「駄目だわ。 あいつメールする気はないって。

 細波って言う人にヒントだしたから、そっちを当たれですって」

「細波? まさか琉惟?」

「なに、その人も知り合いなの?」

「ええ、香月さんとその旦那の共通の友人です」

 煙草の火をもみ消した浅生が、用は済んだとばかりに出て行こうとする。

「すみません、連絡先を交換していただけますか?」

「いいわよ」

 そして連絡先を交換した冬哉は図書館に戻った。



 麻斗たちは写真がある場所のほぼ全体像を写した物だとわかった。

 武斗は帰り、健治はその日麻斗の家に泊ることになった。

 健治は近くのコンビニへ出かけた。

一旦その日は打ち切りにして、長谷井の家に守を迎えに行った。

 長谷井の家に行くと、守が泣いていた。

「どうしたんだ? 守君泣いてるじゃないか?」

「それが泣き止まなくて……」

 長谷井の咎めるような声に、守にどうしたのか聞く麻斗。

「どうした、守。 言ってみなさい」

「怖い、夢見たの。 お母さんの」

「どんな夢だ?」

「追いかけられる夢、お母さん逃げてた。 捕まりたくないって」

「どこでだ?」

「木がいっぱいあるところ、枝に赤いリボンがついてた」

 麻斗と長谷井は顔を見合わせた。

「まあ、この話は明日しよう。 じゃあ、守ありがとうな。

また頼む」

 守の手を引いて麻斗は一足先に自宅に帰った。

 料理の準備をしていると、健治が帰ってきた。

「まも君、お土産」

「あー、プリンだ!」

 ビニール袋に入っているプリンを見て守が喜ぶ。

「良かったのか、健治?」

「うん、僕も食べたかったしね。 今日は糖分補給のためにね」

 夕食を済ませた後、健治は印刷した詩と睨めっこしながらお茶を啜ってリラックスしていた。

「何かわかったか、健治?」

「うん、これ場所を示す暗号なんじゃないかと思って。

一番最初の詩はわからないけど、『森の中にある』、『聖なる誓いの場所』、『地界の入り口』、『安置所』、『集い場』。

全部場所の事だよ。

そのうち第三篇と第四篇は、謎の解き方を表しているように思えるんだよね」

「そうだな……。でもこれがどこの場所を表しているかわからないんだよな?」

「まあね、なんかひっかかるんだよな」

 健治はうーんと唸りながらパタパタと紙で顔を扇ぐ。

「風呂沸いたから入れよ」

「ん、ありがとう」

 健治が風呂に入っている間に、麻斗はデジカメで鮮明な写真のみを記録し、プリントした。



月曜、再びみんなで集まった。

守は薫のところに預けて、みんなで進展を報告する。

「琉惟、大丈夫か?」

「……大丈夫」

 今の間は何だ、とツッコみ入れたくもなったが、冬哉から報告を始めた。

「浅生って女性と連絡が取れたよ。

 彼女が言うには『金糸雀組』っていうのは、金糸雀館という建物に集められた、塾の生徒のことらしい。

 それに面白いことがわかった。 職場で調べたら、里中茜さん。

 第一発症者の記事が重要記録物保管庫にあったんだ」

「それってつまり一般閲覧できない記録物の事だよな?」

 武斗の問いにみんな一斉に冬哉を見る。

「ああ、その通り。

 アルバイトとか一般司書は見れないけど、僕は一応責任者だからね。 印刷してきた」

 コピーした紙をみんなに配る。

上織村かみおりむら、少女十歳事故死。 上織村の森で少女の遺体が発見された。 発見者は同級生の女子、数人で遊んでいたところ少女、里中茜さん(十歳)が森の中で亡くなっていた。

 警察は事故と発表し、これ以上の追及には沈黙を保っている。

 少女の体には不審な点もなく。 心臓発作によるものと見解』

「これが香月さんの友達のこと?」

「間違いないようだね」

「上織村ってどこだよ?」

「それについては俺の情報が役に立つと思う」

 ぼそぼそと口を開いたのは琉惟だった。

 大きな鞄からノートパソコンを取り出して、起動させ、メモリーカードを差し込む。

 途端に衛星写真のような写真がアップされた。

「どこだ、ここ?」

「上織村。 昔は神居り村だって言われてた」

「さっきも出て来たが、そんな村あるのか?」

「国土地理院の地図にも載ってない」

「つまり存在しない?」

「そんなとこ」

「おいおい、マジかよ」

 頭を抱える面々にさらにパソコンを操作する琉惟。

「というより、どうしてこんな情報を琉惟が持ってるんだ?」

「男爵が送ってきた。 奴も金糸雀組だったらしい」

「この衛星写真の座標と、地図の座標を照らし合わせると、この辺りにあるはずだ」

 琉惟が分厚い地図帳を広げ、座標を確認しながらトントンと指で何もない山間部の盆地を指す。

「ここになにか秘密があるはず」

「っても道もないぞ?」

「男爵がいうには農道が南にあってそこから入れるらしい」

「男爵は何者なの?」

 健治が不思議そうに眉を潜める。

「香月さんの同級生で、茜さんの死亡事故に関して協力していたらしい。 それで、健治たちは何見つけたの?」

「それが……」

 データの九十パーセントを紛失したこと、写真がどうやら場所であること、六篇の詩が見つかったことを告げた。

「その詩っていうのがこれ?」

 琉惟と冬哉が早速見て、琉惟は男爵に、冬哉は浅生にメールを送った。

しばらくすると連絡が帰ってきた。

「浅生さんがそれは鍵だって、言ってる。

 研究所の場所を示す場所とキーコードの鍵だってさ」

 冬哉は短い文章を読み上げた。

「男爵がなんかひっかかるって、全文送っていいか?」

 琉惟の問いに麻斗は印刷した紙を渡し、琉惟はタイピングして送信する。

 またメールが帰ってきた。

「読むよ?

『諸君、鍵をありがとう。 これは全ての鍵ではない。

研究所の場所と被害者を指し示す暗号だ。

七つ目の詩がある。

以下の通りだ。

〈地獄の門 茜色に染まりし

世界の中で 鎖に繋がれた

悪魔たちは その身を嘆く

それは狂気の始まり〉

 これで全文だ。 思えば最初からこの詩の中に被害者の名前は記されていたじゃないか。 僕もこれは一本とられたね』

 どういう意味だ?」

 そのまま打ち込むと、詩と対応するように名前が送られてきた。

『第一のうた、  浅生恋あそう れん

 第二のうた、  榊雀さかき すずめ

 第三のうた、  蜂須聖はちす ひじり

 第四のうた、  河本龍介こうもと りゅうすけ

 第五のうた、  遠坂香月とおさか かづき

 第六のうた、  高屋学たかや まなぶ

 第七のうた、  里中茜さとなか あかね

 画面を見ていた健治が突然耳がつんざくような、頓狂とんきょうな声を上げた。

「あー、なるほど! そうか、そういうことだったのか。

 なるほどね」

 一番近くにいた武斗が耳を押さえながら、顔をしかめる。

「おい、わかったなら説明しろよ」

「あっ、うん。 この名前さ、それぞれの詩の中に出てきてるんだよ。 一番最初の詩は『恋焦がれ』の恋が、浅生さんの名前。

 その次の『金糸雀』の雀が、榊さんの名前。

 次はもうわかるよね『聖なる』が蜂須さんの名前。

 『水龍たち』が河本さんの名前。

 『香り』ってのが香月さんの名前。

 『学芸』が高屋さんの名前。

 そして最後の『茜色』が里中茜さんの名前、詩の中に一文字をとっているんだよ」

「おお、マジか。 なるほど、確かによくできてんな」

「それで、その上織村に香月がいるのか?」

「男爵の見解だと可能性が高い。

 行ってみるか?」

「ああ、虎穴に入らずんば虎児を得ずだ」

「じゃあ、山道だし俺が車だしてやるよ」

 武斗がポケットからキーを出して、玄関に向かった。


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