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月桂樹は裏切りをさす  作者: 和久井暁
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不安の予兆

第一章 悪夢の火曜日

 

 木枯らしが吹く中、幼稚園に迎えに行った御鈴院香月ごれいいん かづきは、愛息のまもるが走って抱き着いてきたのを受け止める。

「お母さん、お父さん今日は早く帰ってくるかな?」

「どうかなー? わかんないね」

 そのとき、ずきっと痛んだ左腕を見てみる。

 紫の痣がうっすらと浮かんでいた。

「守ー、お祖父ちゃんとおばあちゃんとこ行こうか」

 心配させないようんに笑顔で、守に言うと御鈴院邸ごれいいんていに向けてタクシーを捕まえた。

 車内で携帯の番号を押し、義父である武文たけふみに連絡をとる。

「あ、お義父さんですか?

 香月です、そちらに今から急ですがいってもよろしいですか? どうしてもお願いしたいことがあるんですが。 ええ、急用です。 理由は……ここでは言えません。

 はい、わかりました」

 携帯を切るとふぅっと知らず知らず息を吐く。

「お母さん大丈夫?」

「うん、ごめんね。 守、大丈夫だから何も心配はいらないよ」

 そう言って夫の麻斗あさとにそっくりな愛息の頭を撫でる。

 しばらくして御鈴院邸に着いた。

 庭園を歩いていると、玄関の入り口で時子ときこがニコニコしながら待っていた。 それを見て守が時子に抱き着く。

「お祖母ちゃんこんにちは!」

「いらっしゃい、守ちゃん。 香月さんもよくきたわね、主人が書斎で待ってるわ」

「ありがとうございます。 急に来てすみません。

 お義母さん、あの……これから守を預かってもらえませんか?」

 いつになく切羽詰まった様子の香月の申し出に、面くらいながらも、何か事情があるものと読み取っったのか「いいわよ」と受け入れてもらった。

「ありがとうございます。 じゃあ、お義父さんと話してきます」

「僕お祖母ちゃんと遊びたい!」

「お義母さん、いいですか?」

「ええ、いいわよ。 守ちゃん行こうねー」

 時子と連れ立って歩いて行くのを見届けて、香月は二階にいある書斎に向かった。

「入りなさい」

 ノックして入ると、入るだけでゾクリとする威圧感を感じる義父武文が座っていた。

「こんにちは、お義父さん。 急な来訪申し訳ありあません」

「まあかけたまえ、それで急にどうしたんだ?」

「お義父さんは『使徒計画しとけいかく』についてご存知ですか?」

「しとけいかく? なんだねそれは?」

「いえ、なんでもありません。 少し実家に用がありますので少し守を預かってもらえませんか?」

「ああ、それは構わないが。 なにか悩み事かね?」

「いえ、なんでもありません」

「まさか麻斗に不満でもあるのかね?」

「いいえ、麻斗は申し分のない夫です!」

 訝しむ武文に、珍しく声を荒げて間髪入れずに香月が言った。

「なら、何故?」

「まだ話せませんが、少し事情があるんです」

「いずれ話してくれるね?」

「はい、約束します」

「それでは、この話はもう終わりだ。 今日はこれからすぐたつのかね? なんなら一服お茶でも」

「いえ、一刻も早いほうがいいのでこれから出かけます」

「そうか、残念だ」

 肩を落とす武文に深く一礼して部屋をでた。

 こっそり御鈴院邸から抜け出し、祖父と暮らしていた家に電車を乗り継いでさらに、タクシーを使い向かう。

実の祖父のしていたことはわからなかった。

だが、何か研究していた祖父の家なら確かあるはず。

祖父の部屋を探索するのは初めてではない。

スライド式の本棚、この本棚の本を決まった順番に動かす。

パズルのような凝った造りの本棚を手さぐりで動かす。

カチッ

動かなかった棚が動いて、棚の奥、工具箱のような箱を取り出す。

「これの鍵は確か、こっちに……」

 机の引き出しを開けて裏を探る。

 小さな鍵があった。 箱を開けてみる。

注射器に薄い水色の液体が満ちた物が一セット、もう一つ注射器のくぼみがあったが、それには注射器がセットされていない。

本来ならそこで疑問に思うはずだった。

だが、このことを頭の隅においやって、その箱を閉めて香月は急いでタクシーに乗り、駅に向かった。

帰ってこれたのは夕方だった。

御鈴院邸に戻って時子にお礼をいい、守を引き取る。

そしてマンションの守の部屋でバックから箱を取出し、注射器を取出し守に向き直った。

「まー君。 これはねすごく大事なお薬なの。 お父さんは大丈夫だけど、まー君はした方がいいの。 まー君はお母さんの子供だから」

「えー、痛いの嫌だよ。 お母さんはしなくていいの?」

 何か引っかかる顔をして顰め、嫌がる守に香月は忍耐強く続けた。

「お母さんも大丈夫。 でもね、まー君、これはしておかないとまー君が死んじゃうかもしれないの。 とっても貴重なお薬なの。

後、このことはお父さんには絶対に内緒にしておいてね?」

「絶対? 約束する」

 お願いする香月の悲しそうな顔に、守は不安そうに見ながら腕を差し出した。 腕に刺して注射する。

 香月には注射の仕方を教えたのは祖父だ。

 無事に薬を打って香月は一息ついた。

「はあ、これでお母さん一安心だわ。 守ありがとう」

 これで守は守られる。

 守の学習机の鍵付の引き出しに箱と注射器をしまい、鍵をシャツのポケットにしまう。

「どうして鍵をしまうの?」

「ん? 間違ってまー君が触らないようにね」

「あ、テレビの始まる時間だ。 お母さん見てていい?」

「うん、お母さんもお料理するから、遊んでてね?」

 香月はリビングのテレビを見始めた守を一瞬見て、急いで料理し始めた。

 今日は守の好きなハンバーグを作ってやろう。

 せめて限られた時間は愛情をかけてやりたい。

 ……いずれそれが叶わなくなる時まで。

 おかずや味噌汁などを作っていても、香月の心はどこかここになかった。 麻斗の帰りは深夜だ。

 ご飯ができたら、温かいうちに守に食べさせ、お風呂に入れて寝かしつける。 守の就寝時間は午後九時。

 あの痣は見られないようにしなければ、まだ広がってない痣のところに絆創膏を貼り、守に悟られないように接する。

 守が寝た後、便箋と封筒を二枚づつ取出し、必要なことを書いて置く。

 そして守の部屋へ行き、引き出しの鍵を開け注射と手紙を閉まって箱に鍵を掛ける。

 引き出しにも鍵を閉めて、メリーゴーランドの仕掛け時計の回る仕掛けの奥に隠して、中を分解し歯車を外しておく。

 これでもし自分に何かあっても、この時計が手掛かりになるはずだ。 手紙が永久に読まれないでもよし、読んだら―。

 はたと、可能性を考えている自分に気づき涙が頬を伝った。

 泣いても仕方ない、それはわかってる。

 早く涙を止めないと、そう思うほど涙は溢れてきた。

 思えば幸せすぎたのかもしれない。

 思考を停止するほど、昔の自分からは考えられないほど麻痺していたのかもしれない。

「おかあさん……?」

 薄目を開けた守がこちらを見ていた。

「なあに、まー君? まだ夜だからゆっくり寝てなさい」

「うん」

 すうっと引き込まれるように眠った守を撫でて、そっと立ち上がりドアへ歩く。

「いかないで……おかあさん」

 その言葉に香月は後ろめたさに振り返る。

 だが寝言だったようだ。

 そっと部屋から出て行った香月は、寝室に一枚紙と封筒に入った大切なものを麻斗の使うパソコンのある机に置いた。

 そしてその日、麻斗と守の前から姿を消した。

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