突然の出合い
奇跡、神秘、偶然、必然、当たり前、必要、無駄、どんな言葉を使えばこの世の中の色々な事象を正しく表現出来るのだろうか。
ふとそんなことを考えながら、姿見に映る自分の姿を見る。
ネクタイの歪みを正しながら、鏡越しの自分が何故か他人のような錯覚すら覚える。
自分…自分…自分…三回ほど頭の中でそんな言葉を繰り返し自分と言う存在について考える。
いつも、考えてしまう悪い癖だ。
答えのないくだらない戯言だ、宗教や哲学のような崇高なものでなく、ただ自分を満足させるための思考の旅だ。
自分は、食べて寝るだけに焦点をあてれば一応の成功をおさめていた。
ただそれ以外に、欲望というものがある。
淫らなものから良俗なものまで色々と叶えたいと思うものはある。
自分って不思議な存在だと思う。だいたい人間は三十七兆二千億個の細胞から形成されているということらしいが、良くもまぁ、皆似たような形に出来ているもので、一人ぐらい羽が映えたり、角が映えたりしそうなものだが、それはなく、きちんと、手があって足がある、でも、バランスはまちまちで僅かな差異でその見た目が大分変わってしまう。
運が良く、自分はとても普通の容姿をしている。
そんなことが、最近不思議に感じてならない。
そんな自分は、賢い訳でもなく、かといって愚かな訳でもなく、一般人の中の一人として目立たず、かといって消えない程度の存在として社会に溶け込み生活をしていた。
優秀ではない学生時代を考えれば、まぁ上出来な人生なんだろう。
まぁ、それも社会のお陰で生きていけているようなものだ。
だってそうだろう…無人島で一人で生きていく術なんて知らないのだから…
良くも悪くも、自分は社会という守れた世界の中で生きていくしかないのだ。
それがもし檻の中だと感じたとしても…
そしてまた一日がはじまる。
「今月の残高は…モヤシでも買って帰るか…」
仕事帰りに寄ったコンピ二のATMで一万円を下ろした俺はそんな事を呟きながら出口の方に歩き始めた。
綺麗な女性が目に写った。
化粧品コーナーで何かを物色しているみたいだった。
プラチナブロンドの髪が肩の辺りで綺麗に切り揃えてあり白桃のような柔らかく白い頬が印象的だった。
見る程度には罪にはならないだろうと思いながら、少し下心のある眼差しを向けた。
『何だか…疲れちゃったな…』
私は塾の帰りに何か目的がある訳でもなく、フラリとコンビニに立ち寄った。
『あ〜あ…一人になりたいな…いっそ、消えて無くなりたい…』
私は疲れきっていた。
プラチナブロンドの髪…白桃のような肌…
見た目がとびきりの外人の中身が思いっきり日本人…
見た目が良すぎる…
色々と疲れる事が多い…
身長も胸も発育良すぎで高校生に見えないし…
見た目ハイスペック過ぎて、生まれながらに詐欺師確定…
ギャップ萌えとか言うのは、良い意味で期待を裏切る時に使われるものだと、最近、感じる様になった。
英語は大の苦手、というか…勉強自体嫌い…
エロすぎる見た目も…異性同性問わず視線がキツイ…
ハーフがハイスペックって、誰が決めたのよ!
『神様!何でこんな私に外見ハイスペックを下さったのですか?…モデルとかアイドルにでもなれって言うのですか?…何の取り柄無くて、上がり症なのに…』
そう思いながら、コンビニのコスメコーナーで時間を潰していると…
『また…見られてる…』
平均的日本男性代表例な何の特徴も無いサラリーマンに下心有りな視線を注がれていた。
『綺麗な人だなぁ…まぁ、見るだけにしておこう…あれだけ見た目が良いと言うことは…頭脳明晰で俺みたいな凡人は鼻で笑っているんだろうから…』
俺はその場を立ち去ろうとした。
その時、彼女が俺を軽蔑するような視線を向けてきた。
しまった…俺としたことが…チラ見のつもりが…それなりに、見すぎてしまったようだ…
痴漢騒ぎにでもなったら、面倒だなぁ…と考えながら、視線を外そうと下の方に目をやって…
俺の視線は釘付けになった…
剃刀…まさか…しかし…こんな美人が…いや…
俺は彼女の瞳をじっと見た。
彼女はびっくりしたのか…瞳を見開いて俺の顔を見ていた。
瞳の奥が鉛色の鈍い光を宿し、眼の下にはうっすらと隈があった。
まさか…
あぁ、もし、騒がれたら、でも…このままで…良いわけが…いや、単なる考えすぎだろ…しかし…どっちにしろ、下心もありあり何だし…しかし、今の生活を…今の生活?…たいした事無いか…
色々な事を考えながら、俺は彼女の手首を掴んでいた。
「君の手の物は何だい?」
と、彼女に声をかけた。
えっ!
私は見知らぬ男に手首を捕まれた。
何?何?
痴漢?軟派?補導?
混乱する私に男は声をかけてきた。
「君の手の物は何だい?」
その手の中には剃刀がある。
「これですか?…」
私の声に無言で彼は首を縦にふった。
「ご免なさい…」
自然と私は言葉を落とし、泣いてしまった。
静な店内に私の泣き声だけが響いていた。
「ご免なさい」
そう言うと彼女はポロポロと涙を溢した。
そして、心の中の何かが外れたのだろうか?
大声で泣きはじめた。
慌てて近づいてくる店員が目に入った。「ごめん!俺が悪かった。」
咄嗟にそんな言葉が出る。
痴漢確定の文字が大脳を占領する。
顔写真の入った痴漢逮捕の新聞記事を想像する。
逃げ出そうと思い、彼女の手首を握っていた手を離そうと意識した時、俺は何かを感じた。
彼女の手はあまりに白い…手首は氷の様に冷たい 、今にも消えてしまいそうだった…
今、この手を離したら彼女はこの世から消えてしまうのではないかと…思った。
咄嗟に、俺は彼女の彼氏のフリをした。
「俺が悪かったから機嫌なおして…お願いだから…チョコレートでも食べる?好きだろう…」
アタフタとした態度で適当な話をする。
チラリと店員の方を見れば、呆れた顔でレジの方へ向かうのが見えた。
すると、小さな声が耳に届く。
「シュークリームがいい…」
「へっ…」
「シュークリームなら食べてあげる…ねぇ…聞いてる…」
「…あっ、シュークリームね…」
「うん」
赤い目をした彼女は少しはにかみながら笑った様に見えた。
「剃刀を棚に戻そうか?」
彼女は無言のまま軽く目を瞑り首を左右に振った。
プラチナブロンドの髪がフワリ揺れる…
照明の光を受け小波の様に動く銀と金の色…
俺の心臓が一瞬強い脈を打った。
「自分で戻す…」
「そうか…」
俺はそっと手を離した。
細い腕がゆっくりと動く。
コトリ…
彼女が剃刀を戻すのを見届ける…
それを見て、ハッとした。
あまりに白い彼女の腕はコンピ二白い棚と同じ質感で…浮世離れしていた。
「そんなに覗き込まないで…」
「あっ…ごめん…つい…」
「つい?…なに…?」
「綺麗だなぁっって…」
「…変…態…」
「そんなんじゃない…ホントに綺麗だなぁって、思ってさ…」
「ふ〜ん…新手の軟派?」
「子供に手を出すように見えるか?」
「うん…変態そうだもん…」
「どこが?こんな良識が服着て歩いているような大人の俺を捕まえて…」
「なんか…嘘っぽい…」
「どこがよ」
「全部」
「全部って、」
俺が反論しようかと考えていると空かさず彼女は、話を変えてきた。
「ねぇ…シュークリーム買って…」
「ちっ…声かけるんじゃなかった」
吐き捨てるように自然に言葉が出た。
「聞こえてる…」
彼女の軽蔑の眼差しが更に強くなった。
いや、眼差しが強く感じるのはこの距離かもしれない…
さっきより確実に俺に近い位置のいる彼女に棚にあったシュークリームを掴んで見せた。
「これでいいか?」
彼女は首を横に振って否定した。
「違うのがいい」
「あぁ…もう好きなの食え!」
「ホントに?」
彼女は一瞬目を輝かせ大きめのプラスチック容器に手を伸ばした。
「ちょっと!まて!シュークリームじゃなかったのか?」
「好きなの食えって言った…」
「はいはい…プリンアラモードね…」
容器の中にはプリンやらメロンやらサクランボやらクリームやらタップリシッカリ入っていた。
「ありがとう」
「これ買ってやるから、真っ直ぐ家に帰るんだぞ!」
「いやっ…」
「いやって…お前なぁ…子どもが夜遅く出歩くのは危ないだろ?」
「きっと大丈夫」
「どうして…」
「あっ、やっぱりダメかも…だって…貴方に目をつけられたから、ストーカーとかやりそうだもの」
「いきなり、そんな事いうな…子供に手を出すほど、飢えてないよ」
「さっきから、厭らしい眼で見てるくせに…」
「それは…仕方がないだろ…男の性だ…」
「うわっ、開き直った…最低…」
「最低で悪かったっな!」
俺が開き直って言いはなった言葉を聞いて、何故か彼女がクスクス笑いはじめた。
「おじさん面白い」
「おじ…さん…まだ二十三だ」
「やっぱり、おじさんだ」
「あのなぁ…だったら…お前はいくつなんだ」
「お前って、ひどくない?十七ですよ!」
「はっ?…嘘…」
「これだからおじさんは…これでどう?」
そう言いながらリックサックの小さなポケットから親指で名前を隠すようにして学生証をチラリと見せた。
「まじか…」
「これで納得した…お・じ・さ・ん」
「これで十七かよ…」
「人を珍獣みたいにジロジロ見ないでよ」
「だって…なぁ…」
「やっぱり痴漢?」
「今さら、かよ…奢った上に痴漢かよ…こんなことなら痴漢の方がましか…?」
「うわっ、本気でしようとしてたんだ…呆れた…」
「喰うんだろ…それ…」
「もう一ついい?」
「好きにしろ」
「うん♪はいこれ」
「何?」
彼女はプリンアラモードを俺に渡してきた。
「一緒に食べよう」
「俺はいいよ」
「一人で食べるのつまらないの…」
「家に帰ってから誰かと食べればいいだろ」
「家に帰っても一人だもん」
「わかった付きやってやるよ…でも、いきなり知らない俺なんかといいのか?」
「いいよ♪てっいうか私と一緒に食べたいんでしょ?」
「なんでそうなる」
「だって顔に書いてあるもん…」
「大人をからかうんじゃない」
「からかってないもん…ねっ一緒にたべよ」
彼女に引っ張られるように、会計を済ませレジの脇のイートインコーナーの小さな椅子に腰かけた。
プリンをちまちま食べながら、見知らぬ少女と会話と言ううか彼女の話をきいた。
「で、私の事どう思う…好み?厭らしい事とか考えたの?」
「あのな…そこにこだわるなよ」
「いいじゃん…こだわったって…どうなのよ?
彼女は馴れ馴れしく肘内をしてきた。
「いきなりこれかよ…まぁ、そこそこな」
「そこそこ?」
「いっぱいしました…」
「素直でよろしい」
「あのなぁ…」
「でも…いいかなぁ」
「いいかなって…」
「私の身体あげても…」
「ちょっ…」
「嘘っぴょ〜ん」
「あのな…大人をからかうのも大概にせぇ…っておい…」
頬に何か柔らかいものが触れた。
「うわっ…赤くなってるし…」
「……」
俺の思考回路は一瞬止まった…
『頬にキス…って…何で…』
有り得ないくらいの急展開が俺の経験則を遥かに越えていく…。
「プリンのお礼…ダメかな?」
「えっあ…ありがとうって…お前なぁ…人に軽々しくキスとか…勘違いされるぞ…」
「勘違い?何を…?」
「怖っ…無自覚かよ…」
「えっ…自覚あるよ…恋人でしょ私達…あれ違うんだっけ?」
「は?…いつから?」
「今から」
「今からって、突然すぎるだろ!」
「別にいいじゃん」
「良くない…俺が言うのもなんだが、そういう大事なことは相手をじっくりと見て…なんだその視線は?」
「なんだって?それは、今、あなたの事じっくりと見てるの…こう見えて目利きはいい方なんだから♪」
「あのなぁ…そういうことじゃなくって…」
「サンマは目が濁っていないのが新鮮な証しなんだって…鮮度はどうかな?」
「俺は魚か?」
「やっぱりダメかも…目が濁っているみたい…」
「お前…俺で遊んでいるだろ?」
「私はいたって真面目よ♪」
「ほんとかよ…」
俺は彼女の顔をじっと見て…ハッとした…
そこには…
とっても自然に笑う彼女の顔があって…心なしか周りの空気も光っているように見えた。
俺も…何だかホッとして、 久しぶりに笑顔がこぼれた。
「また、厭らしいこと考えたでしょ…」
「そうかもしれないなぁ」気がつくと…二人ともプリンを食べ終えていた。
俺の役目もここまでか…
「気をつけ帰るんだぞ」
立ち上がって出口に向かった。
「ちょっと、待って…」
「楽しかったよ…ありがとう」
「だから待ってよ!」
彼女は立ち上がって、小走りに近づいて来て上着の裾を掴んだ。
カウンターには彼女の手荷物が置きっぱなしだった。
「もう少し一緒に居て…」
「嬉しいけど…少女趣味じゃないからさ…」
「嘘つき…厭らしいこと考えたくせに、付き合いたいんじゃなかったの」
「子供に手を出すほど…」
「何よ!子供!子供って!?貴方も皆と同じなの?私の事、自分の都合に合わせて子供にしたり…大人にしたり…私はただ自分でいたいだけなのに…勝手すぎるわ!」
「いや…そんな事は…」
「貴方に剃刀の事、聞かれて、お節介な大人だと最初思ったけど…私の我儘に付き合ってくれて…嬉しかった…厭らしい眼で見たでしょって言ったら、馬鹿正直にそうだって言って…ビックリしたけど…何だか嬉しかった…私に対して自然に隠し事なく接してくれたんだって…口で言うほど悪い人じゃないって、感じたの!…皆、私の事を特別な眼で見るの…貴方は違って見えたの…」
「俺は…そんな特別な人間じゃないよ…極普通のしがないサラリーマンさ…」
「違うの…私の事…ただ自然にありのままに見てくれたのが…嬉しかったの…ねぇ…お願い…一緒に居て…一人にしないで…私…怖いの…自分が怖いの…普通に生きたいと願えば願うほど…違和感を感じるの…生きていたいの…でも…消えてなくなりたいの…」
「俺は何もしてあげれないよ」
「えっ…」
「きっと、それは君が自分で答えを出さなきゃいけない事だと思うんだ…」
「私が…」
「だから俺は何もしてあげられない…」
「そんなの…嫌…」
「でも…仕方がないんだ…皆が皆、何かしかに悩み…最後の答えを出すのは…自分でしか出来ないんだ…」
「嫌…嫌…嫌」
「嫌なら考えなくてもいい…でも…きっとまた悩みはやってくる…俺がもし君の為に出来ることがあるとするならば…ただ傍にいるだけかも知れない…」
「えっ…それじゃ…一緒にいてくれるの…」
「まぁ…そういうことになるかな…」
「うれしい…ありがとう…」
「俺だって…」
「?だって…?」
「何だか行きなり彼女が出来て…嬉しいよ」
「うん…」
俺と彼女は微笑んで…
「すいません…他のお客さまの邪魔になるので…」
店員さんに注意されました…
完