結果をみて
結果は2番。何回見ても変わらない。
終わったのだ。何もかも。
ひまわりは私を包み、今だけ隠してくれる。でも隠れるだけだ。
この町から出られない。ずっとここにいなくてはいけない。
結果が出た時、クラスメートはシャルに祝辞を述べていた。
こんなことをしなくても王都に行けるシャルを、私のことなどお構いなく皆が皆、喜んでいる。
惨めだ。情けない。もう嫌だ。
涙が溢れる。
シャルは祝辞を受ける中、私に目を向け笑った。
悔しい。辛い。
あんなに頑張ったのに・・・。
とめどもなく涙がでてくる。
私はこれからどうしたらいいのだろう。
ふと寒気を感じる。
初夏とはいえ日が暮れると肌寒くなる。
クシャクシャになった成績表を広げ丁寧に折りたたみ、カバンの中にいれた。
家に帰ろう。今は混乱しているだけ。落ち着いて考えよう。
夕暮れの一本道を力なく帰る。
なんかの本に書いていた、絶望を感じたとき人の本性が出るって、だから私は冷静にしよう。
でも家の前で心配そうに立っているシャルをみて、悔しさで涙があふれた。
「カナーディア様。」
近くに駆け寄り私の荷物を上品に受け取る。
「遅かったので心配しました。家に・・・」
言葉を止めた。俯いたままの私から涙が地面にぽたぽた落ちるのをみたのだろう。
家の中から物音が聞こえる。
シャルは扉を開き中の人に言った。
「カナーディア様が落し物をされたそうですので、探してきます。申し訳ありませんがこれを・・」
私の荷物を中の人に渡して、私の腕をとった。
「こちらへ」
さっき歩いた道を引き返す。
夕暮れは闇に変わり、星が散らばりはじめた。
「カナーディア様。ひまわり畑にいたでしょう。あのひまわり畑は私が作ったのですよ。ご存じでしょうか」
私は返事をしなかった。
「僕が住んでいたところでは、寒すぎてひまわりが立派に育たないのです。だから旦那様や奥様に頼んで土地を貸してもらったのです。毎日あなたがあそこで僕のひまわりを見ているのがとても嬉しかった。」
反応のない私を確認してなお話し続ける。
「あれは特別なひまわりです。普通のより油が多い種が採れるのです。そして・・・」
聞くのも面倒に感じ、黙らせたくって口をはさんだ。
「そう。王都はもっと暖かいって聞くから良かったね」
嫌味に聞こえたかも、でももういいや。
しばらくの沈黙のち、深呼吸する気配の後に力強い口調でシャルが言う。
「カナーディア様も行きませんか。王都に。」
驚き見上げる私に、シャルは慌てて口の中でつぶやいた。
「いえ、ごめんなさい。すみません。申し訳ありません。」
本当にこの人は何を言っているのだろうか。行けるのはこの村の学校で一人だけなのに。思い出してまた瞳がうるんできた。シャルはおろおろし始めた。
「差し出がましいことを言い申し訳ありません。そうですよね本当に・・・」
顔を赤くして言い訳してるシャルをみて、今までの半年間がふと蘇る。
この言葉は嫌味や意地悪で言ったのではないという事はわかる。言うなれば行けないものに対する同情だ。私は同情させてしまったのだ。
「うん。ありがとう」
素直な気持ちが口から出てきた。
「シャル。頑張って。」
精一杯気持ちを振り絞り、多分笑いながら言えたと思う。
素直な私にシャルはキョトンとしていた。
「あの。僕の言ったことわかりますか。」
「そこまで馬鹿じゃないわ。シャルの気持ちは解った。慰めもいい」
そう。自分の力が及ばなかっただけ。
「いえ、あの、私と家族になるならカナーディア様も王都へ行けるので、慰めとかではなく・・その、あのですね、何と言ったらいいのか」
月は雲に隠れシャルの表情は読み取れない。
「あなたの助けがなくても私は大丈夫だから」
「え・・・」
変な空気が流れたのを追い払うかのように私は明るく聞いた。
「王都は優秀な人がおおいのでしょうね」
「そうでもありません。」
即答だ。いつもの口調に戻った。
「ほとんどが貴族や王族です。その地位に甘んじている人が大多数です。今回のような平民の試験で来た人は優秀ですがほとんど潰されます。特に女性は・・・ですから、旦那様はカナーディア様を王都に行かせたくなかったのでしょう」
お父様が私を王都に行かせたくない。
その言葉を聞き取った時、解っていたこととはいえ、耳の奥でガンガンと耳鳴りがはじまってきた。
王都に行くならきちんと学ぶんだぞ。笑っていた幼少時。
がむしゃらに勉強していた時の苦笑い。
試験を受けたいといった時の冷たい視線。
それでも・・・
「カナーディア様。」
私は今、混乱している。こんな頭で話をしてはいけない。
「帰る」
「ああ。カナーディア様。お待ちください。もう一度、話したいことがあります。私が王都に行く理由です。これから忙しくなるのでこのように話ができる時間が取れないので言わせてください。私が勇者の子孫とお話したことは覚えていますか。私の母はブルレア地方で勇者の子孫として隔離された村で育ちました。16歳の時、隣国の前エスパイル公が母を見染め求婚しました。しかし前エスパイル公の親友であったザール公が横恋慕し王都の片隅に屋敷を構え私が生まれたのです。その時国が混乱していたことはご存知でしょう。両国で争いになり、母は前エスパイル公に囚われ、取り返しに来たザール公の前で殺されました。私はその後王都の屋敷で過ごし、4歳からは貴族の子弟が入る寄宿舎で過ごしました。おそらくザール公爵の血を継いでいるからでしょう。しかしザール公に嫡子ができたのと同時にザールの血を継いでないとエスバイルに戻されました。しかしエスバイルでも同じようなことを言われ、母の故郷のブルレアに戻りました。私は普通の方法では父に会うことはなりません。」
雲の切れ間から光がさす。
「全て私のわがままです。カナーディア様には申し訳ありません。としか言えません。」
「シャルもういい、結果が全てでしょう。」
私は渦巻く感情を押し殺すだけで精いっぱいだった。
月光がしめす道は家への帰路。
黙る私にシャルは囁くようにつぶやく。
「王都に行ってもここに来ていいですか。」
「許してください。家庭を知らなかった私にとり、ここは手放したくない聖域だから。」
でも今までの人と同じようにまた手を振りながら去って戻らないのだろう。
私は家への道が永遠に続くように思えてならなかった。