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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第一章
6/30

1-5




 この街には県を横断するように路線が敷かれている。

 ちょうどその路線はこの街の真ん中にも通っており、駅も存在した。だから、この街の隅まで行くには、この街の中心である駅のバスロータリーに停っているバスに乗ることで、僕たち住民は隣町まで楽々行くことができる。

 僕もそれに習って、北へと向かうバスに乗り込んだ。

 山々に囲まれたこの街は端に行けば行くほど坂が多くて、曲がりくねった道が多くになり、あまりバスに慣れていない僕には辛いものがあった。

 そして僕はバスを降りる。

 元々バスに乗る前に運転手さんから「北に有名な木はありますか?」という、何を意味しているのかわかりやすい言葉で僕は聞いてしまい、すぐに運転手が「あぁ、《綾子さん》のことだろ?」なんて言ったもんだから、僕は率直に《綾子さん》について聞いた。

 そしたら呆気なく僕に桜の木の場所を教えてくれた。

「うん? 別にただの噂話だからな。そんなもん誰も信じちゃいねぇよ。なのにな、もしもの場合があるからなんて言って、どこの雑誌にもあの桜の木を載せないんだよ。観光名所として絶対売れると思うんだけどな」

「でも、《綾子さん》が子どもを拐うという話が……」

「それって昔の話だろ? 俺が小さい頃にあの木に登ったけどな、別に《綾子さん》らしき人に会わなかったぞ。そういう話を信じてるお袋が俺のこと、探しに来てな。そん時はお袋の方が恐ろしかったわ」

 まぁそれはともかく、僕は例の木を探す。

 暇つぶしのため、家に帰りたくないという理由だったけれど、比重的には後者のほうが重かった。

 これ以上おばあちゃんに嫌われるようなことはしたくなかった。

 家にいれば、おばあちゃんと会う回数は増えてしまう。

 だったら、最初から僕の方がいなければいいのだ。

 こうしてどこかをふらついて、なるべくおばあちゃんに会わなければ、おばあちゃんの負担になるようなことはしたくなかった。

 これ以上嫌われたくなかった。

 もう、相手から嫌われるようなことはやりたくなかった。

 陽が傾いて、辺りが一気に暗くなってきた頃。運転手さんから場所はある程度教えてもらった甲斐あって、気の近くである目印だという、大きな館を発見することができた。

 洋風のその館はだいぶ古びていて、誰も住んでいないことが僕の目から見てもわかってしまうほど、朽ち果ててしまっていた。その館は昔、この街を収めていた一族が住んでいたようなのだけれど、当主が死んでからは全くと言っていいほど手入れをされずに、そのまま放置されてしまったらしい。

 洋館を通り過ぎると、木々が視界を埋め尽くす。

 日が完全に沈む前にたどり着きたかった。

 周りに街灯など見当たらず、明かりと呼べるものは自分のポケットの中にある携帯電話くらいしかない。そのため日が沈んでしまえば、辺りは気づかないうちに暗闇に飲み込まれてしまう。

 僕は少し坂を下り始める。道路はあまり舗装が施されていないようで、砂利道に近いものであった。周りを見渡せば人家など全く見当たらず、そのうち木々がなくなり視界が開ければ、目の前には見上げるほどの大きな大木がそこに存在していた。

「これが……」

 周りの木々よりも明らかに背丈が高い。

 しかし、大きな桜の木は――枯れていた。

 春だというのに桜の木には蕾も葉も見受けられない。

 それに何より、周りの木とは違う印象を持った。違和感を感じたのだ。

 僕はその樹木に近づき、触れる。

 枯れているのだから、感じるものは何もないはずだった。

 ――しかし、僕は確かに《何か》を感じた。

 何かがこの木に流れている、そう感じたのだ。

 周りの木々が全くないのは、まるでこの木に近づきたくないからないように思えた。いや、そう確信出来た。

 僕はすぐさま離れる。嫌な予感が背中でうごめいているように思えた。

 その木を背に向けて、僕は小走りで遠ざかり始める。ここにいるのは危険だと、本能がそう叫んでいた。

 後ろを振り返っても、あの桜の木が見えないところ、洋館まで来ると、僕はこちらに向かってくる老人と目が合う。

 杖をつきながら散歩をしている様子で、会釈をされたのでこちらも返したのだけれど「何しにこんな山奥まで来たのですか?」と優しくそう聞かれたので、僕は「ただの散歩です」と嘘を口にする。

 だが、それが偽りであることはすぐに見破られてしまう。

「この辺に子供が住んでいるお家などありませんよ。それにわざわざここまで散歩をしに歩いてくる子供もいませんね。いるとすればあなたのような人ですよ」

 完全に見抜かれている。

 そうわかったから僕はおじいさんに聞いてみることにした。

「おじいさんはあの木のことを?」

「えぇ、知っていますよ。昔は綺麗に咲き誇りまして、何度かお花見をさせてもらいました。私はこの土地に何十年も前から住んでいますからね。幼い頃は私もその話によってこの街の南の方に移り住んでおりましたが、仕事のためにこちらへ引っ越すようになったのです。今はお暇させてもらっております」

「……お仕事、ですか?」

 バスは今いる最寄りのバス停よりも奥まで行くのだけれど、ここまで来る段階でさえ、車にも人にも会っていないのだ。こうして老人にあったことに僕は少し驚きを感じていたから、この土地に仕事があるなどど思えなかった。

 今でさえ、このような過疎地域になってしまっているのに、《綾子さん》の話であまり近づきたくない人が大勢いたはずだ。そんな場所に仕事などあったのだろうか。

「私は執事をしていたのです」

「それはあの館の?」

「はい、その通りございます」

 どこか品のある人だと思っていたら、執事だったからなのだと言う。たぶん腰が曲がることなく、杖を使わずにスーツを着ていれば今でも執事と言われてもわからないと思う。

「あの館はいったい誰が住んでいたんですか?」

「あなたはこの土地に来るのは初めてで?」

「つい最近この街に引っ越してきました」

「そうですか。なら知らないのは無理もないですね」

 おじいさんは近くのバス停まで付いて来てくれる。そしてそのバス停に置かれていた錆び付いたベンチに腰を下ろす。

「この土地を治めていた――草壁家の館でなのです。何代も続いたお家でありましたが、宗博様の息子である我流様が幼い頃に家を出てしまい、それからすぐに宗博様もお亡くなりになりまして。十年以上手入れをしなければあの有様でございます。私もできる限りのことをしましたが、さすがに歳には敵いません」

 主人に忠実で、死んでからも忠誠し続けたのだ、このご老人は。

 しかし、あの館もだいぶ前から建てられていたようで、手入れをしなくなれば自然の前では建物も敵わない。一気にあの館は朽ち果ててしまったのだろう。

「さて、これ以上遅くなっては帰るのが困難になりましょう」

 どうしてこのご老人がそんなことを言ったのが僕にはわからなかった。バスはこの時間でも来ると思ったから。

「計画を立てて来るべきでしたね」

 バス停に貼られている時刻表を見つめてみる。

 十分前にこのバス停を通り過ぎてしまっていることがわかった。そして何より、それ以降のバスがないことも無慈悲に伝えていた。

 そうなると、唯一の徒歩で家まで帰らなければならないこととなる。タクシーでも呼べば、と考えるのだけれど、僕の財布の中にはタクシーを使えるほどの金が残っていなかった。やはり、徒歩で帰るしかない。

「早くお帰りになった方がいいです。この土地は暗く物騒ですから」

 バスが通っていた道は一応舗装されているため街路灯が存在するけれど、広い範囲を照らしてくれているわけではなく、頼りなかった。ところどころでは街灯が点いていないところもあった。

 帰るのに不安を抱き始めた時、老人は口を開く。

「そして、あなたに忠告しておきましょう」

 僕は妙に、その老人が真剣な声でその言葉を発したため、背筋を伸ばして顔を老人の方に向ける。

 そして、おじいさんは告げる。

「もうこの土地に来ない方がいいです」

「……なぜです?」

 僕は息を飲みながら、その理由を聞いた。

 一度その場が静寂に包まれ、おじいさんは僕の顔を見てこう言った。









「――あの話は真実でございますから」






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