1-3
「なぁ、なんでやめんだよ?」
チームメイトと一緒に円陣を作っていた。
いつも監督がいる場所には、僕が立っている。
僕が重要な話をするために。
そんな時、チームメイトの一人が僕にそう言ってきたのだ。
その理由は先ほど、監督とチームメイトに告げたのだ。なのに、まだ納得してないのか、もう一度理由を聞いてくるのだ。
「だから、肩を痛めたんだよ」
「だったら、治せばいいじゃないか!」
その子は声を荒げて、僕に迫ってこようとするけれど、後ろから監督がその子の肩を掴んで押さえつける。
言いたいことはわかる。
まだ僕たちには大会が二つだけ残っている。秋に一度、卒団間近に一度、大会がある。だから、ちゃんと肩を治すことができれば、最後の試合くらいは出れる可能性があるのだ。
なのに、僕は野球をやめようとしている。
それはまるで、今まで一緒にやってきた仲間を裏切るような行為だった。
「治せそうにないの?」
セカンドを守っていたこのチーム唯一の女子である子から聞かれる。ショートを守っていた僕は彼女に一番世話をかけてしまったと思う。大人しい性格だけれど、僕よりも良く動いて協力してくれた。
僕は一瞬、彼女と目を合わせるけれど、すぐに外してしまう。
彼女の瞳が訴えようとしていることに、耐えることが出来なかった。
「みんな、わかってやれ。そう簡単に治せるものじゃないんだ」
後ろから僕たちのことを見守っていた監督が話に割って入る。
「歩、お前がもう一度戻ってきたいと思ったら、戻ってこい。みんなお前のことを待ってるからな」
そう言われて、監督に連れられて僕はグラウンドから出て行く。
最後に僕はグラウンドの入口に立つ。
そして、グラウンドに、監督に、チームメイトに、礼をした。
思い出すことは山ほどある。自分が初めてヒットを打ったのは、このグラウンドでの試合でだった。ファイプレーも数多くやった。なかなか仲間が集まらずに、同じ学年の仲間十人で試合がやれるようになったのも最近のことだった。ずっとこのグラウンドで練習を重ねてきて、ようやくこの夏に大会で優勝を果たした。
なのに、やめるのだ。
後ろめたさがないとは言わない。
でも、一度言ってしまった――嘘を覆すことはできない。
もう戻ることは出来ない。
僕は心の中で整理がつき、頭を上げた瞬間――。
「お前……本当は肩なんて痛めてないんだろ?」
目の前にキャプテンが立っていた。
なんで、と思うよりも驚きが勝った。
僕はその言葉に動揺を隠せない。
「お前のような人間がいても困るだけだ。いなくなってくれてありがたいくらいだな。感謝しようか?」
僕は目を見張った。
驚きで声が出てこない。いや、声が出たとしても、何を口にしたらいいのか、わからなかった。
――怖い。
恐怖で体が震え始める。
後ろに一歩ずつ足が引いていく。
キャプテンから目を離して、遠くにいる仲間の方に目を向ける。
助けが欲しかった。なんでキャプテンがこんなことを言うのか、わからなかった。わからないことが怖い。怖くて口から何かが吐き出されそうになる。嘔吐しそうになるのをなんとか抑えながら僕は、キャプテンの後ろにいる仲間に目を向けようとするが――。
「もう居場所なんてないんだよ」
「お前みたいな人間が一番嫌いなんだ」
「嘘つきめ」
「死んだほうがいいんじゃない?」
いつの間にかチームメイトは僕の周りを囲んでいた。
そして、僕に向けて言葉を放つ。
耳を塞ぐ。
聞けなかった。
耐えられなかった。
「……あぁ……」
ダメだ。
その場に蹲ってしまう。
頭が揺すられる。
何が起きているんだ。
なんで、こうなった。
――僕だ。
僕がこうしたんだ。こんな状況を作ったんだ。
目を上に向ける。
視界に入るのは、仲間たち。
だけど、その手に持つ物は――バッド。
「――消えろ」
「うわぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああっ」
「っ!?」
どこからか、鳥のさえずりが聞こえてくる。
目を開ければ、眩しいほどに西の窓から陽が入り込む。
「……夢……」
時計を見れば、四時のところにちょうど長針置かれていた。
学ランだけを脱いでベッドに横になっていたら、どうやら寝てしまったらしい。妙に気持ち悪いと思えば、寝汗がひどくて、ワイシャツが肌にまとわりついていた。
一旦深呼吸をする。
そうしなければ、生きている心地がしなかった。
だんだんと落ち着いてくると、僕は窓を開けて風を感じる。
「……なんで……」
ここに引っ越してきたというのに、まだあの夢を見るのか。
僕は思い出す。夢ではなくて――過去を。
自分が野球をやめることになった時のことは覚えている。
だけど夢では、僕がクランウドを去る直前で、記憶とは違うものが差し込まれるのだ。
あんなことにはならなかった。
どうしてそんなものを見てしまうんだろうか。
最後に見たチームメイトの顔。
誰もが笑っていた。
黒く、不気味なほどに。
「……僕は……」
この悪夢を見続けるんだと思う。
僕がしたことは消えることはないのだから。